第17章
こうして、ゼンディラは自分がどこへ向かうかもよく知らずして、とある超光速貨物船へ乗り、エスタリオン宙港から旅立つことになった。惑星エフェメラの一年は13か月、一日は25時間であったが、その7月13日にゼンディラは裁判惑星コートⅡより到着し、その約四か月後の11月24日、首都エフェメイルに初雪が降った日に……イチョウが道を黄色く染める中、その上の薄氷を踏みしめつつ、彼はエア・タクシーで宙港へ向かったわけであった。
ESP機関の子供たちには、「ゼンディラ先生は休暇を取ることになった」と知らされていたが、ただひとり、強い予知能力とヒーラーとしての力を持つ、ハリエット・ヴーレだけは反応が違った。彼女のカルテには、「無気力・無感動症候群」、「知的退行が見られる」、「自分の口で話すことはないが、文字に熱中しているため、唯一筆談によるコミュニケーションのみ可能」……などとある。また、彼女には過書字傾向が見られ、口数少なく毎日文字ばかり書いていたのだが――ゼンディラがメトシェラの言語であるシェフェーラー語を書き記すと、見慣れない珍しい象形文字でも見たかのように、妙に喜んでいたものである。
その彼女が、教師の官舎にまでやって来て「ゼンディラ先生にお話があります」となんの淀みもなく言った時、ゼンディラは言うに及ばず、その場にいた他の教師らも驚いたものだった。というのも、彼女はまず滅多に口を開かないし、普段は大人しい、目立たないタイプの生徒だったからである。その彼女が明白な意志を持って、震える両の手を揉みしだきながら、瞳には涙さえ浮かべ、決死の覚悟によって口を聞いた……そのようなある種の必死さを感じ、ゼンディラにしてもすぐ、生徒指導室のほうでハリエットとふたりきりになることにしたわけである。
ハリエットはゼンディラとテーブルを挟んで向かいあうと、はらはらと泣きはじめていた。「一体どうしたのですか、ハリエット?」と、ゼンディラがいつもの優しい声音で聞くと、彼女はポケットから出したハンカチで、必死に涙を堪えようとした。
「幻視が見えたのです……おそらく、ゼンディラ先生はもう二度と、ここ本星エフェメラへ戻られることはないでしょう。そのことを思うとわたし、あんまり悲しくって……でも、このことはみんなには知らせないでおいたほうがいいと思います。何故って、まるでお葬式のようにみんなが泣きながら見送ったりしたら……ゼンディラ先生も困ってしまいますものね。それよりは、ただの休暇で、そのうちまた戻ってくるのだと、そういうことにしておいたほうがずっといいと思います」
「ええと、その……わたしは本当に二度とここへ戻ってこないのかな?」
ゼンディラにしても、ハリエットの予知能力を疑っているわけではなかった。ただ、二度と本星エフェメラへ戻ってこないとしたら、どのような理由や原因が考えられるだろうかと思ったのである。とりあえず、現時点において自分が惑星Pという場所へ滞在するのは約2か月の予定といったところで……メイウェザー長官の言によれば、「自分の目で見、そこで聞いたことに満足したら帰ってきてください」ということだったからである。つまり、自分は今ここ、本星首都にある諜報庁ESP機関へ戻ってくるつもり満々であるというのに――そうしないいかなる出来事と遭遇するのだろうかと、そう疑問に思ったというのがある。
「はい。というより、それがゼンディラ先生の運命なのだと思います。むしろ、宿命と言っても差し支えないくらい。あ、どうかご安心くださいね。宇宙海賊に船をハイジャックされるだのなんだの、そんな古いSF映画みたいな事件は起こりません。ただ、惑星パルミラがあなたを離さないでしょうから……それで、先生はもう二度とこちらへ帰ってくることはないでしょうと、そう申し上げているだけのことです」
「ええと、惑星Pがわたしを離さないというのは……」
防諜ウイルスレベルの高い庁内といえど、みだりにかの惑星の名を口にしてはならない――ゼンディラはメイウェザーより、そのようにキツく申し渡されていた。だが、ハリエットはその後もパルミラの名を何度も口にし続けていたわけである。
ハリエットはふとここで、くすりと笑った。
「大丈夫ですよ、ゼンディラ先生。わたしは自分の話した言葉を他人が聞くことが出来ないようシールドを張ることが出来ます。そして、わたしの話した言葉はAIエレクトラにさえ、分析することは不可能なのですから。それはさておき、惑星パルミラはその名のとおり、とても素晴らしいところです。先生はパルミラの意味をご存知でしたか?」
「ええと、確か古代エスフェラス語で<喜び>を意味するんだったかな」
「そうです。わたしも一度だけ、行ったことがあります。次にわたしがそこへ行くとしたら、自分の死期が間近になった時でしょうね。とても素晴らしいところです……それはもう、言葉では言い尽くせないくらい」
暫しの間、恍惚の思い出に浸るように、ハリエットはぼうっとしていた。けれど、次の瞬間にはハッとして、話を続ける。
「まあ、話を誰にも聞かれる心配はないとはいえ、惑星パルミラの詳細については、現地に着いてから、そこに何十人といる学者先生たちにでも教えていただいたほうがいいのでしょうね。メイウェザー長官には、どのくらいご説明いただいたのかしら……地球という母星を失った人々が、深く絶望して辿り着いたのが惑星パルミラだったという話は、お聞きになりまして?」
「いえ、あまりそんなことも聞きませんでしたね。ただ、君たちESP能力者に関することで疑問に感じることがあると、直談判しにいったら――わたしにもよくわかりませんが、何かそんな話運びになったのですよ」
力なく微笑み、肩を竦めているゼンディラのことが愛おしくなり、ハリエットもまた微笑した。彼女も、コレットやべリンダたちと同様に、ゼンディラのことを愛していた。だが、そうした種類の好意を態度で示すことは迷惑にしかならないだろうと思い、あえて何も言わないというそれだけだった。
(でも、次にわたしが惑星パルミラへ行った時、ゼンディラ先生はこの世の人ではなくなっているだろう……そしてそのことがこんなにもわたしを嘆かせるのだとは、今ここでそんな説明をしたところではじまらない)
「どうせ、パルミラへ行ったら誰かしらから聞かされたりして知ることになるでしょうから、今わたしがその話をしても何も問題はないでしょうね。わたしたちが今は亡き地球について、その歴史のはじまりから何故滅亡に至ったかまでを知ることが出来るのは……地球についてのデータというデータをすべて繋ぎあわせ、あとは生き残った人々の中にある記憶データを移植し保管することが出来たそのお陰です。でもこんなことは当然、ゼンディラ先生もご存知ですわね?」
「ええと、知ってるなんて言っても、『惑星列伝』といった本や、3D図鑑などにそう書いてあったり、コンピュータが音声で解説してくれたりといった、そんなことを読んだり見たり聞いたりしたっていうだけなんですよ。なんでしたっけ?今から約六千年ほど昔のこと、この既知宇宙内はいくつかの星系を治める惑星軍同士が泥沼の抗争状態にあって……そんな中、あるテロリストグループが、地球が存在しているから戦争は終わらないのだと考え、禁忌とされていたブラックホール発生装置を地球の近くで使ったとか……」
惑星メトシェラにせよ、元を辿ればご先祖さまはこの地球に住んでいたことを思えば――もっと我が事のように感じ、考えるべきに違いなかったが、ゼンディラにはやはり(本当にそんなことがあったのだろうか)というように、懐疑的な思いが少しばかり働いてしまうのだった。
「ええ。旧宇宙歴、王立宇宙歴、銀河平和同盟自由歴、帝国宇宙歴、新銀河帝国暦……などなど、それぞれの星系に伝わる歴史書を紐解くと、おのおのが自分の星の正義ばかり強調していてまったく驚いてしまいますけれどね。とにかく彼らは互いにそのような宇宙派閥を築き上げ、星系の支配域を広げ、宇宙戦争に明け暮れたというその時代、いくつもの暦があったそうですが、今では一般に統一宇宙歴が使われていますね。統一宇宙歴では、3万8101年のその年、当時の地球の暦では7月14日と言われていますが、平和を求めるテロリストグループ、アースヘヴンが地球と太陽の近くでブラックホール発生装置を使いました。元は、地球からも、さらには太陽系からも遠く離れた辺境惑星で、ゴミ処理のために人為的にブラックホールを発生させることがあったそうですが……事故によってそのゴミ処理施設どころか、その惑星ごと消えてしまうという事件があったそうです。アースヘヴンはそこに目をつけ、地球を破壊しようとしたのですね」
「でも、何故……いえ、動機のほうは一応、本にも書いてはありました。なんでも、当時地球というのは今のここ、本星エフェメラ以上に出入りが厳しく監視され、滅多なことでは外の惑星民が観光ですら滞在することが許されなかったとか。そこに住むのは極一部の特権階級の大金持ちばかりだったから、それで嫉妬を買ったのだろうと……正直、わたしなどにはよくわかりません。何故そんなことが恐ろしい惑星破壊兵器を使用することにまで繋がるのか……」
「そうですね。でも、わたしには少しわかる気がする。その頃、地球に住んでいる人々は、ただ<地球に住んでいる>というだけで、特別視される民族だったそうですから。つまり、銀河地球連邦軍、宇宙王立連合軍、宇宙共和同盟軍、新銀河皇帝騎士団とあるうち、銀河地球連邦がもっとも力を持っており、その気になれば他の各宇宙軍閥を滅ぼし尽くすことも出来たでしょう。また、他の宇宙軍にしても、地球のことだけは決して攻撃すまいと、誰もがそう思っていた……けれど、ヘヴンアースは地球がなくなれば、このバランスが崩れると考えたのです。誰が裏で手を引いていたのかまでは歴史に記されていませんが、とにかく過激な思想を持つ一派が、アースヘヴンにそのような武器を与え、すべての汚名を彼らに着せたということです」
「きっと、後悔したでしょうね。そのひとりひとりが逮捕され、もっとも残虐な形で処刑されたからではなく……その兵器を使った結果どうなるか、きっと本当の意味では誰もわかってなかったのでしょうから」
「でしょうね」
そう頷いて、ハリエットは瞳を伏せた。実は彼女は未来を先読みすることが出来るだけでなく、過去についてもその気になれば遡って同じように<視る>ことが出来るのだった。
「とにかく、こうして銀河地球連邦軍、宇宙王立連合軍も宇宙共和同盟軍も新銀河皇帝騎士団も、共通の敵を見出すと、互いに協力しあってこちらを木っ端微塵に打ち砕いた。人類の悲しみと絶望は極度に高まっていたから、テロリストグループが本拠地とする惑星、その宗教を信じる惑星もすべて、文字通り宇宙の塵と化したわけです。このことを教訓に、これからは互いに手と手を携えて、宇宙に平和を構築しようということになったわけですが、その後、百年としないうちにまた雲行きがあやしくなってきた。再びの星間戦争に次ぐ星間戦争に絶望した人々の中に……既知宇宙外へ出て、そこに自分たちだけのユートピアを築こうと考える人々が出てきたのですね。ねえ、ゼンディラ先生。ユートピアの意味をご存知?」
「ええと、確か理想郷とか、そうした意味ではありませんか?」
ハリエットはひとつ頷いて微笑んだ。(ゼンディラ、あなたこそわたしにとって理想郷のような人だわ)と、彼女はそう思っていたのである。
「ユートピアっていうのは、どこにもない国という意味なのよ。そもそも、宇宙王立連合軍にしても、宇宙共和同盟軍にしても、銀河皇帝騎士団にしても……最初、銀河の外、そしてそのまた外の新しい惑星へと移住した時は、そんなささやかな気持ちによって開拓していったのだろうと思います。ところが、最初は小さかったひとつの惑星が、文明を築き、他の惑星の軍隊にも打ち勝ち、そうやってひとつの星系を治めるまでになった時――互いに互いをゼロにまで戻す兵器を使用するか否かの瀬戸際にまで追い込まれたのですね。そして、そんな状態に嫌気がさした人々が、さらにもっと遠くの惑星で平和に暮らしたいと考えて移住した……こうして見つかったのが、惑星パルミラだったのです。ただ、のちに最初に移住した人々がパルミラと名づけた星は、普通の惑星ではなかった。人々はそこに神にも近い存在を見出し、その言葉に聞き従ったのです。そしてその後、すべての宙域で戦争がやむ奇跡が起き、今のような平和な時代が訪れたと言います。もっとも、他の人たちはパルミラなんていう惑星についてなんて、何も知らなかったりするわけだけれど……」
「どういうことですか?」
ゼンディラは、再び心に疑問が生まれ、首を傾げた。歴史の本には確か……銀河地球連邦軍、宇宙王立連合軍、宇宙共和同盟軍、新銀河皇帝騎士団、その他の宙域を支配する王や貴族、軍幹部や政府の要人などが一同に会し――当時は今ほど文明が発展していなかったエフェメラの星都、エフェメイルに集ったということだった。面白いことには、ゼンディラの読んだ本にはその当時起きたことが<宇宙会議は踊る>と書き記されていたことだったろうか。
「ふふっ」と、ハリエットは謎めいた笑みを浮かべて言った。「誰にも聞かれてないとしても……これ以上のことはトップシークレットですわ、ゼンディラ先生。ただ、実際にパルミラへ行った時に、そこにいる学者先生たちに詳しいことはお聞きになればいいにしても……ひとつだけヒントを差し上げましょう。わたしたちESP能力者が飲んでいる薬は別のものですけれど、ここの惑星の人たちも、中位惑星系の人たちもみんな――とにかく薬が大好きですよね。実際、体内で欠乏している栄養素を計算して補ってくれたり、脳内の調子を微調整してくれるんですから、まったくの無害なら誰でも飲もうというものですわ。値段のほうも、とても安く売られているわけですから……ね、ゼンディラ先生。惑星パルミラは素晴らしいところだけれど、時々はここのことも思い出してくださいませ。向こうへ行って色々な事情がわかったら、『ああ、そうか。あの過書字のハリエットが言っていたのはこうしたことだったのか』なんて、そんなふうに」
「もちろんだよ。忘れるわけなんてない。わたしは一応、先生ということにしてもらってはいるが、君たちとは教師と生徒というより、互いに友達同士と思って接してきたんだからね。その大切な友達のことを忘れるわけなんてない」
「向こうには先に、ラティエルやティファナや、他の子たちもいますわ。みんなにもよろしく言っておいてください。特にティファナとはわたし、彼女がここにいた頃、とても仲良しでしたの。双子のお兄さんのラティエルのことは少し苦手だったんですけどね……」
深いグリーンの制服のポケットからハンカチを取り出すと、ハリエットは再びとめどもなく泣いた。ゼンディラはハリエットの座るソファのほうまで移動すると、そんな彼女のことを慰め、「きっとまた会えるよ」と、ハリエットにしてみれば無責任この上ないことを優しい気持ちから約束したわけであった。
この約二週間後、惑星パルミラへ出立するまでの間に、ゼンディラは子供たちから彼自身宛ての手紙の他に、ラティエルやティファナといった子たちに渡して欲しいという手紙や品物などを受け取った。彼らのほうでは、ゼンディラが1~2か月留守にするだけだと思っていたせいだろう、ハリエットのような悲壮感は一切なかったといえる。
こうして、そろそろ冬がはじまろうかという11月の末近くにゼンディラは超光速大型貨物船<クロイツェル>に乗船し、何度もワープして移動することを繰り返した約2か月後――惑星パルミラにある三つの月のさらに外側に存在する人工コロニーへ到着したわけであった。そして、実際のところエフェメラのある銀河の端から端までが二十万光年であると考えた場合、惑星パルミラは本星からそう離れているわけではないと言えただろう。ただそこは、本星より<立入禁止宙域>とされており(この宇宙内にはそのような場所がいくつも存在する)、近くを通りかかった宇宙船にはすべからく、『貴船は立入禁止宙域へ入り込もうとしている。もし即刻立ち去らねば、パトロール艦艇により攻撃もやむなしとするものである。警告、警告!繰り返す……貴船は……』といったようなアナウンスが流れ、実際それ以前に宇宙船のブリッジにはそのような表示がスクリーンに表われているはずである。
この時、ゼンディラが乗船した大型貨物船<クロイツェル>は、惑星パルミラとしてではなく、不毛の惑星ルーディンと宇宙図には記されている立入禁止惑星から一番近いコロニー<ルステラ>で一緒に降ろしてもらうことになっていた。実は彼らは、コロニーに住む人々だけでなく、惑星パルミラの住民たちのために物資を運びに来たのであった。
何分、いくらスタリオンの仕事とはいえ、その輸送料のほうは破格なものであったため、<クロイツェル>に乗船している作業員らは、ゼンディラに対してさえ、ほとんど必要最低限口を聞こうとすらしなかったものである。これは、守秘義務要綱にそのくらい厳しいことが書き記されていたからであり、実際のところ彼らは人工コロニー<ルステラ>へ行ったことも、そこで見聞きしたことも他言しないよう宣誓書に電子サインまでさせられていたわけであった。
自分が何か話しかけても、<クロイツェル>の乗組員たちは、よそよそしい態度であまり口を聞きたがらなかったことから……ゼンディラにしてもある程度のところを察していたわけである。そこでワープ航法についてなど何も知らない彼がその二か月の間にしたことといえば、与えられた船室にて、とにかく以前と同じくひたすら祈りと瞑想に専心するというそのことだけであった。
というのも、ゼンディラにとっての信仰の危機とは、この宇宙中に何千という神々が惑星ごとに存在するということではなく――やはり、ダリオスティン=アースティルナーダ・メセスシュトゥックを死に至らしめたという事件によってであった。今にしてみれば、その後半年ほど裁判惑星コートⅡにて不自由な生活をしたことは、彼自身(幸福なことであった)と振り返ることが出来る。何故なら、(このような罪深い自分が祈ったところで何になる)という絶望から立ち直り、祈れないがゆえに瞑想のみに専心したことによって……彼の魂は新たな光明を見出していたからであった。
いまやゼンディラは、再びアストラシェス僧院の仲間たちからはじめ、その後出会い、自分を助けてくれた人たちのために――祈りの力を回復していた。ヨセフォス、マロス老ことロドニアス隊長、ライオネル、ネオス、ジョージ、レディウム、オーレリア、弁護士のルキオス・ル=ドルー(それに秘書のエリス)、フォスティンバーグ博士、ミネルヴァ=ハイザーや他のアルテミスβの軍人たち、アレクサンドラ=ハイデン大尉やメイフィールド=アップル少尉、そして何より、情報諜報庁内にいるESP能力者である子供たちのために……彼は飽くことなく宇宙のどこかにいるであろう神に祈り続けることが出来たのである。
こうして、幼い頃よりの祈りと瞑想の習慣を取り戻せたゼンディラは、自分のことを(たくさんの人々に助けられ、なんと幸福なことであろう……)と感じることさえ出来、他の人々の幸福を――さらに引いては、この宇宙中の人々の幸福を祈る祈りを、虚空に星屑を降りまくようにして、惜しみなく永遠の環でも紡ぐように継続し続けることが出来たわけであった。
一応ゼンディラは、人工コロニーなるものがいかなるものか、メイウェザー長官から説明を受けていたし、そこにある宙港へ降ろしてもらって以後は、宙港ロビーに迎えに来ているロドニー=ロドリゲスという男がいるから、あとはその案内に従えばよい……そのように聞いてもいた。だが彼は、宙港へ誰か迎えに来てくれているらしいとは覚えていたが、貨物船<クロイツェル>のクルーにロビーまで案内してもらい、そこから外の荒漠たる砂漠の景色を眺めやると――(ここが惑星パルミラか……)などと、何やら寝ぼけたことを思っていたようである。
宙港ロビーは、エスタリオン宙港に比べ、人影もまばら(というより、いてもそのほとんどが人型アンドロイドである)で、なんともうら寂しい様子をしていたと言える。一応、申し訳程度に3D絵画が飾られていたり、例の今ではゼンディラもすっかり見慣れたホログラムによる映像もあちこちに仕掛けられていたが――その場所はあくまで実用的・機能的な役割を果たす中継地といった趣きであった。
ゼンディラは一通りの手続きを済ませて荷物も受け取ると、ロビーの天井まである大きな広い窓から、外の景色を暫く眺めていた。そこは裁判惑星コートⅡに到着した時に見た景観と少し似ていたが、違うのはやはり、地表がゴツゴツした地面でなく、砂漠の砂で覆われていたことだったろうか。実は彼が砂漠というものを間近で見るのはこれが生まれて初めての体験である。
(随分、美しいものだな……)
時刻はまだ日中ではあったが、真っ暗な夜のような闇の中、金とも黄色ともつかぬ砂漠の砂が宙に舞うのを見、その脇のほうの作業場で、今まで彼が乗っていた大型船が荷下ろしの作業をするのを見ながら――ゼンディラが暫しぼうっとしていた時のことである。
「ああ、あなたがゼンディラさんですね。どうもどうも、メイウェザー長官からお話のほうは伺っておりますですよ、ハイ」
ロドニー・ロドリゲスは、見るからに平凡な中年サラリーマンといった風に見えたが、実はゼンディラが一番注目したのはその点ではない。彼の頭髪がM字型に禿げ上がっているのを見て――コートⅡでただ一度だけ会見した弁護士のルキオス・ル=ドルーのことをふと思い出したのである。
「もしかして……ロドリゲスさんは、マ・キロス星のご出身でいらっしゃいますか?」
「おや、よくご存知で。私は本星その他からここルステラへ届く荷物を、不毛の惑星ルーディンへ運ぶ仕事を請け負っておるわけでして……なんてって、ほんとはマ・キロスの某大学を首席で卒業し、その後エフェメラの研究機関で働いていたところ――まあ、なんという幸運な偶然からか、ルーディンで学者のひとりとして働かせていただけることになったわけですな、ウォッホン」
「そうですか……ああ、すみません。わたしはてっきりここがその……ええと、ルーディンという惑星なのかと思ってました。違うんですね。こことはまた別に、そのような場所が存在しているということなんですよね」
「ええ、もちろんそうです。ここは、宙港の他に、私のようなルーディンにある研究施設で働く人間が定期的に石の影響を抜きに……いやいや、一体何を言っておるのでしょうな、私は。わっはっはっ。とにかく、研究施設の学者などがバカンスに使う住居施設があるといったようなところでして。ゼンディラ先生は1~2か月の滞在ということでしたが、それでも一度くらいはこちらで石抜き……ええと、ゴホッごほっ。とにかくですな、百聞は一見に如かずと申しますように、一度ルーディンへ行きさえすれば、色々なことが明瞭になろうというものです。ではでは、私が乗ってきた中型宇宙船に荷物が積まれ次第、出発することにしますかな」
「よろしくお願いします」
こうしてゼンディラは手荷物ひとつを持って、ロドリゲス博士について、宙港内のドックへと向かった。そこではちょうど荷物の積み込みが完了し、整備アンドロイドがチェックを終えたばかりの宇宙船が出発を待っていたのであった。
「……これで、中型ですか」
宇宙船というより戦艦を思わせる威容の、全長1.6キロばかりもある機体を見て、ゼンディラは呆れたように言った。
「ええ。大型や超大型ということになりますと、まあこんなものじゃありませんわな。それはさておき、乗船するのは私とゼンディラさん、あなただけです。あとはお飾りの操縦アンドロイドやロボットが何体か、邪魔にならん程度におるという、それだけのもんですわな、ハイ」
(確かに、もしアルテミスβが超大型であるとしたら、このくらいでも中型に分類されるのは理解できるが……)
実際のところ、ゼンディラの乗り込んだ中型宇宙船<ワシントン>は(戦艦や宇宙船にはよく、今はなき地球を懐かしむ気持ちから、地球の都市名がつけられることが多い)、ほんの二時間とかからずして不毛の惑星ルーディンこと、惑星パルミラへ辿り着いていたわけであった。
ワシントンの展望室から惑星パルミラを眺めたゼンディラは、ある種の驚きに包まれていたと言ってよい。彼は、出身惑星メトシェラを離れ、そこを遠く離れゆく時、初めて自分の住む惑星を外側から見(なんと美しい場所にわたしは住んでいたのだろう!)と驚異を感じたものだったが――そして、本星エフェメラを見た時には、そこが3D絵本で見た地球にそっくりだったことに対して驚き――ゼンディラはまさしく今、さらなる大きな衝撃に打たれていたわけであった。
青く見えるのは、当然大気があるからであろうし、パルミラに浮かぶ茶色い大陸や点在する緑の平原らしきもの……それらは、ゼンディラがメトシェラをあとにした時、母星を振り返って見たものや、あるいは本星エフェメラを初めて見た時とも大体似たものではある。だが、惑星パルミラでは、遠くからでも何かが不思議と光って見えたのだった。
「あの色とりどりの光は、一体なんですか」
ゼンディラは、ブリッジの展望スクリーンからだんだんに近づいてくる惑星パルミラを指差してそう聞いた。
「まあ、何か人がわざわざ暗号でも送ってるように見えますわな。でもあれは……もう真実をお答えして大丈夫でしょうが、鉱物なのですよ。あくまで、ざっくり一言で言ったとすればということですが」
「鉱物……ようするに、ルビーとかサファイアとかエメラルドといったあれですか?」
「左様です。といっても、パルミラには多種多様な数え切れないほどの鉱物が存在しておりまして、惑星パルミラが発見されて約六千年――私のような石学者どもが研究に研究を重ね、分類に分類をしてきましたが……今もまだ、大体大まかなところしかわかってはおりません。とにかく、初めてパルミラを発見した人類の一団は、あの鉱物の明滅する様を見て、ここにはもうすでに人が住んでいるに違いないと思ったそうですよ。ですがまあ、折りしも宇宙船に故障箇所が見つかって、一時不時着させてもらって、修理したり、あとは物資や燃料を補給させてもらえればと考えたのですな。ところがその後、人らしき影など惑星のどこにもないらしい――ということに、彼らは気づいた。この時、宇宙船<ピルグリム号>に乗船していた人々は約三百名。到着してみると、そこは見るからに美しく慕わしく麗しく、住みよい場所であるように思われ……まあ、ゼンディラさんもきっとすでにご存知のことと思うが、大抵の場合、そうした惑星でヒト型人類がまだ誰もいないとなると、そうした惑星は『なんかある』として注意したほうがいいと、今ではあまねく知られておるわけで……何分、人の肉体の視力には見えない精霊型人類などというものも、今では存在が確認されておるわけですからな」
「この美しい星、惑星パルミラのパルミラというのは、古代エスフェラス語で、<喜び>という意味だとお聞きましたが……」
「その通り、その通り」
ロドニアスは、ロボットが運んできたコーヒーを飲む前に、まずはその深い芳香を楽しむように匂いを嗅いでいる。
「ああ、惑星セディマ産のコーヒー豆はやはり最高ですな。確かに惑星パルミラはその名の通りの素晴らしいところではあります。ですが、あそこは土地も滋味豊かで素晴らしいのに、人がそこで物を栽培して食べるというわけにはいかんもので……それが何故だかゼンディラさんにはわかりますかな?」
「いえ、まったく見当もつきません」
(そうでしょう、そうでしょう)というように、ロドニアスは何度も頷いている。
「最初、宇宙船<ピルグリム号>に乗っていた人々は、もしあとになって誰か先住民がいるとわかった場合――交渉の余地がないようであれば、すぐ出ていくといった心積もりで惑星開発に着手しました。ところがですな、ある程度の探査を終え、そろそろ防護スーツを脱いでも大丈夫でないかと彼らが考えた頃……連れてきていた犬や猫などがですな、どうも様子がおかしかったわけです。愛犬らはしきりと外に出たがり、愛猫らはまるでまたたびに酔ってでもいるような様相を呈しはじめ……それは日ごとにひどくなっていった。犬というのは暫く飼い主と離れていて再び会えた時、気が狂ったように喜びますわな。次第にそれが常態となり、最後にはほとんど眠れもせず、目つきなどはほとんどイッてるような状態だったそうです。喜び死に……果たしてそんな言葉が正しいかどうかはわかりませんが、とにかく連れてきた犬たちはそんな形で次々死にました。先に犬たちが死に、その後数日して猫どもも死にはじめ……快楽死などということが本当にあるかどうかわかりませんが、猫たちの死に様は可愛がっていた飼い主たちにとって、そのようにしか見えないものだったそうです。さて、これが宇宙船<ピルグリム号>の乗員たちが惑星パルミラに対して『何かある』と感じた、最初のサインだったわけですよ」
ロドニーは、馥郁たるコーヒーの香りを心ゆくまで嗅いでから、それをじっくり味わってのち、言を継いだ。
「犬や猫に対して現れたものは、明らかに惑星パルミラの大気が関係しているのだろうと考えられました。といっても、そんなものとっくに検査済みだったわけですよ。窒素が77%、酸素が22%、その他二酸化炭素やアルゴンなどが1%……特に何か、空気中に人を害するものが含まれているとは思われない。ただ、惑星パルミラは美しすぎたのです。人々はそこに生える草木一本一本に<美>を見出し、花や蝶たちが詩の歌を歌うのを聞いた。空や海の青さも緑の平原も――これほどまでに綺麗な素晴らしい楽園を、彼らは目にしたことがないとすら思った。もしここで自分たちが安住して暮らすことが出来たとして、誰か人がよそからやって来た場合、互いに争うことになるでしょう。ですが、そこまでのことを考える前に、自分たちの前にはなんらかの障害が立ちはだかっているようだと、彼らは直感したのですな。こう言ってはなんだが、犬や猫といった下等動物に先に出た症状が、いずれ自分たちにも出て頭がおかしくなるのではないかと彼らは考えた。それがこの美しい惑星に人が住んでいない理由ではないかと……」
「ですが今、現に惑星パルミラには人が住んでいるわけですよね?」
「左様、左様。宇宙船<ピルグリム号>の人々は、ここへ残るべきか否か話しあいを重ね……何分時は地球が滅びて、再び銀河の四大勢力がしのぎを削って戦争をはじめそうだという絶望的な気運にあった頃のことですからな。そうした時代背景も手伝ってのことでしょう、人々は宇宙船の修理が済んでも、惑星パルミラから出て行こうとはしなかったのです。というより、その頃には犬や猫がやられたものに空気感染していたせいもあったでしょうが、とにかくどうせ死ぬならこの美しい惑星で死にたいと、驚いたことには三百人いた人々のほとんどがそう考えたのですな。が、まあ、惑星開発の手法が比較的面倒が少ないものになっていた当時でさえ――人がほとんど入ったことのない未知の惑星を開発をする時は、最初の開拓民というのは苦労するよう運命づけられておるものなのでしょうなあ。彼らが防護スーツを脱いでそこで暮らし、住居を建て、最初の収穫物が実ろうかという頃……次々、目の見えなくなる人が増えていったのですよ」
「目が……」
ゼンディラは、アストラシェス僧院の目が見えないシヴァータ老が、『私は目が見えないゆえに、神がよく見える』と言っていたのを覚えていた。だが、普通の人ではとてもそこまで達観することは出来ず、いかにその不幸を嘆き悲しむことだろうと……そのことを思った。
「原因は、惑星パルミラの草木や花や地面が反射する<光>が原因でした。これから、ゼンディラさんも実際にパルミラに降り立てばわかりますが、今では専用の眼鏡やコンタクトがあります。パルミラに生えている植物類などはすべて、若干何がしかの鉱物的な輝きが含まれていて……それを太陽の光が反射したものを受け続けると、人は除々に視野が欠けていき、目が見えなくなってゆくのですよ。あ、ちなみに眼鏡よりも私がお薦めするのは絶対的にコンタクトです。何故かというと、眼鏡もうまく有害な太陽光だけを遮ってはくれますが、やはり光というものは横からも入ってくるものですからな……ああ、そうそう。あと四十分もすれば到着するでしょうから、先にゼンディラさんにもお渡ししておきましょう。ミミちゃん、例のものを持ってきてちょうだい!」
ミミ、と呼ばれたうさぎの着ぐるみのような大型ロボットは、ただ黙って指令に頷き、別の船室へ行って戻ってくると、眼鏡ケースとコンタクトの入ったケースを持ってきて、ゼンディラに渡した。
「これは……」
「ああ、見た目はフツーの眼鏡だし、コンタクトにも一見特別なところは見られません。ただ、最初にこれを作った職人さんは大変だったでしょうな。その後、だんだんに改良を加えて、今では有害な太陽の光のみ遮断できるようになったのですよ。ちなみに、眼鏡もコンタクトも、ナノコンピューターの入ったものとノーマルタイプのものと二種類ありますので、それぞれ使い分けてください」
「ありがとうございます。有難く大切に使わせていただきますね。ところで、目が見えなくなったという最初の開拓民のみなさんは、その後どうなさったのですか?」
ゼンディラは眼鏡ケースを開いて見たが、そこにあるのは透明なレンズが嵌まった、それほどどうということもない眼鏡であるように見えた。また、コンタクトのほうも――以前、子供たちと仮想ゲームをするのに入れた時のものと、大差ないように見えたものである。
「培養した眼球ごと入れ替える超微細手術を行なえば、再び目のほうは見えるにしても……惑星パルミラで暮らし続けるなら、その前になんらかの手段を講じなくてはならないということでしょう。その眼鏡の初期モデルが誕生してのち、人々は順に手術を受け、再び目が見えるようになっていったそうですが、今度は人々を鉱物病が襲いました」
「鉱物病、ですか」
「左様です。パルミラに生える植物はすべて、なんらかの地中に含まれる鉱物から栄養を得ていますから……その土から生えるものを食べた人々は、何年も時間をかけて鉱物のなんらかの成分が蓄積してゆき……まずは手足がどこか鉱物的になり、だんだんに動かなくなってゆくのです。ただ、そのような鉱物に人が冒されてゆくには二十年三十年と時間のかかることでしたし、その頃にはもう……例の犬や猫を襲った症状と同じものが人々に現れはじめておりましたからな。彼らは目が見えないようになっても希望を失わず、鉱物病になって体が動かなくなっていっても、脳のほうは喜びに支配されつつやがて来る死というものに向かっていったようです」
「まさか……それがつまりは、今わたしたちが向かっている惑星が喜び――パルミラと呼ばれるゆえんだというのですか」
「左様です。人生と運命なるものは、実に皮肉なものですな。そのことがわかって以来、土壌改良やらなんやら、随分頑張ってやっていったようなのですが、今では何をどうしてもパルミラの土地に生えるものを食べると鉱物病になるであろうとわかっています。となると、どうします?食べ物だけでなく、川の水でもなんでも、バルミラの自然という自然には必ずなんらかの鉱物が溶け出すなどして含まれているわけですから……まあ、水は今は浄化する方法が見つかっておるので問題ありません。ですが、食べ物は無理でした。そこで、外から輸入してくることにしたわけです。それがもともと、人工コロニー<ルステラ>が生まれた理由でした」
「では、もしかして……宙港にて、石の影響を抜くのに先生のような学者の方々がコロニーで過ごすと言っていたのは、鉱物病にならないためなのですか」
「左様、左様。パルミラの研究施設の誰かしらが『石抜きに行ってくるわ』と言ったら、コロニーで過ごすということを意味しておるわけですよ。大体、三か月も続けてパルミラにいたらヤヴァいと誰もが自覚しておりますから、そこで大体三か月交替で順にコロニーで過ごすといったような次第でして……おっと、そろそろ成層圏突入ですな。ゼンディラ先生、我々も一応シートベルトを締めて若干の衝撃に備えましょうぞ」
ゼンディラは言われた通りにした。宇宙船を操縦しているアンドロイドは、こちらはなんとリスの着ぐるみ姿だったが、それが何故だったのかも、ゼンディラはのちに知ることとなる。
この時、ゼンディラは頭の隅のほうで、ハリエット・ヴーレの言っていた言葉――『人々は、惑星パルミラにて、神にも近い存在を見出した』との――を思い出し、そのことをロドニーに聞きたくもあったが、宇宙船<ワシントン>が成層圏を抜け、惑星パルミラの大地を一望した瞬間……その驚くべき美しさに彼は息を飲んだのであった。
>>続く。




