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第16章

「そうだねえ。彼らに関しては特に、それぞれが不幸な生い立ちを背負っているということの他に、将来的にそう長くは生きないということがあるからね。それぞれ得意なことを特に伸ばして褒めてあげることが、感情が不安定な彼らの生き甲斐や自信に繋がることだし、その逆をやったところで意味はないだろうね。私は中位惑星系にあるテリオン星という国の首都で、十年くらいああした一般に知的障害者とか知恵遅れと呼ばれる子たちの施設で治療に当たったことがある。まあ、場合によってはね、<普通の社会生活>とやらをある程度独力で送れるのが本人のためである……とされて、色々窮屈に矯正されることがあるんだ。周囲の人たちも『それが本人のためである』と思ってるんだろうけど――それが愛情から出てる場合はある程度本人にもわかるにせよ、結果、本人は矯正に矯正を加えられ、どうにか<普通の生活>とやらをひとりで送れるようになったけど、そのせいで周囲の人とむしろ距離が生まれたり、もともと得意だったことをする時間を減らされて、無理なことばかりやらされた結果、最初は得意だった物事に対する意欲すら本人から失われる場合もある……まあ、なんとも言えない問題だよ」


「その……わたし自身、本星のこの機関に救われたという口ですし、そのやり方に口出しするのもどうかとは思います。ただ、あんな年端もいかない子供たちを戦争が起きている惑星へ戦力として投入したりするというのは……やはり、間違っているのではないかと思えてなりません。彼らひとりひとりがいかにいい子かということがわかってくればくるほど、尚更……」


 実はゼンディラはこの疑問を、同僚である教師たちにも先に聞いていた。このESP学園とも言える学校の教師らは、「ああ、子供たちのカウンセリング・ファイルを読んだんですか」と、一様に溜息を着いていたものである。だが、各科目二名以上いて、さらにゼンディラのように生活指導のための教師というのが五名ほどいるのだが、彼らからは何か誤魔化すような回答しか得られなかったものである。中にははっきり、「これも仕事ですから」と割り切っている教師もいれば、「うちは子供が四人いて、全員が上級大学へ行けるほど頭がいいものでね。ここで働いて、稼げるうちは稼ぎたいのです」とゼンディラに微苦笑する教師もいた。ゼンディラにしても、彼らの苦しい胸中についてはわかっているつもりである。というのも、こうした教師たちはやもすれば注意散漫になりがちな子供たちを忍耐強く教え、心身ともに良い影響を与えこそすれ、害となるような先生というのはひとりもいないほどだったのだから。


「そうだねえ。私だって結局、スタリオンの雇われ気違い精神科医みたいなものだしね。情報諜報庁から給与の振込を受けている以上、お上に刃向かうことは言えないのが実情という気はするよ。もしここの方針が気に入らないなら「やめたまえ」というただそれだけの話でもあるだろうし……私も何人かの子供のカウンセリングをしてみてだんだんわかってきたが、彼らは何か思想的に洗脳されているということもなく、仕事自体は好きらしいのだよ。何分、普通の銃器類ではまず滅多に死なないというか、無意識のうちにもシールドを張って防御することが出来るし、それよりも自分の能力を十分に活かせることのほうに強い喜びを覚えているようだ」


「それが人殺しか、あるいは人殺しに繋がることであったとしてもですか?わたしも、ここへ来て三か月ほどが過ぎ、子供たちと一緒に街へ出たりすることもあるからわかるのですが……あとは、毎日見るニュースやテレビ番組などによってもね。ここ、本星と呼ばれている場所で正義とか正しいと信じられていることが――必ずしも一番であるとは限らないし、その道徳性や道義性といったものにも、わたしはそのすべてではないにせよ、疑問を持ちます。だから、可能性として……わたしは自分が間違っているのではないかと、毎日問いかけずにはいられないのです。正直、今もあの時ダリオスティンさまの代わりに自分が死ぬべきだったとも思いますし、そこから自分が何か間違った選択をし続けているのではないかと、そんな気がして……」


 フォスティンバーグ博士は、内心で(ふう)と溜息を着いた。今ふたりは、ESP能力者の能力封じの部屋にいた。もっとも、<能力封じの部屋>などと言っても、そこには四方に実際にそこにない快い風景が映し出されており、彼らは座り心地の好いソファに向きあって座っているだけではあったのだが。また、すぐ横にはカウチがあり、博士はそちらを好む子供たちにはそちらへ座るなり寝るなりしてもらうようにしている。


「きっと、子供たちのファイルを読むことで、追体験してしまったんだろうね。それも、一度のみならず、何度も繰り返し……そうした君の心の疑問というのは、子供たちの過去や未来にも関わることだから。私が思うにはね……ここの子供たちは、過剰タイプの子たちは何かが過剰であるがゆえに、むしろその奥底で根本的に何かが欠けているのだ。一方欠損タイプの子たちは、一見何かが欠けているように見えるが、その奥底で何かが過剰すぎるがゆえに、表面的には欠けが大きいようにしか見えないんだね。まあ、超能力がなかったとすれば、ここの子たちというのは、私のような精神科医にとっても、同僚の神経科の先生たちにとってもさして珍しい存在ではない。能力が強く高い子の多くが下位惑星系の出身であり、中位惑星系出身の子たちというのは、その多くが何故か中間型の子たちだね。なんというか、奇妙な話、彼らの不幸な生い立ちなどを一切無視したとすれば――理論として私は『上手く出来ている』と、少しばかり感心してしまうほどだよ……あ、勘違いしないでくれよ、ゼンディラ。私だってこうした子たちの過去の不幸や、この先彼らを待ち受けることについて、心底心配してるんだからね。ただ、君に説明することで、私自身ももう一度、この問題について考えてみたいと思うんだ。ゼンディラ、君は高位惑星系に超能力者が事実上いないのが何故か、わかるかい?」


「そういえば……よく考えてみるとそうですね」


 ゼンディラが超能力者の子供たちを、『純真で純朴』と評するように、彼自身もまたそうであることに、フォスティンバーグ博士は微笑した。


「他の、結婚していて……いや、結婚していなくても、子供がいる場合は今は多いんだけどね。何分、子供というのは文字通り<天からの授かりもの>だから。君も、他のそうした教師の同僚たちから話を聞いているかもしれないが、高位惑星系では、基本的に自分の子供の子育てをしない。いや、おかしな言い方だし、自分たちの間で子供を作って、血の繋がった子と養子の両方を育てていたりといった家庭もある。あるいは、高位惑星系で唯一、アーミッシュと呼ばれる区域では、これだけ高度なテクノロジーに囲まれていながら、ネット環境を一切排除した、昔ながらの生活が営まれている。だが、そうした極狭い地域を除けば――もう、大体ほとんどすべてのことが予定調和的にコントロールされてるんだね。それは新しく生まれてくる赤ん坊にしてからがそうだ。僧侶の君にこんな話をするのは恐縮だが、決して面白半分で話すことじゃないと信じてくれ。高位惑星系の人たちというのは、もうかなり昔から、セックスに関してはそうお盛んじゃないんだよ。そのあたりがもっとも盛んなのは、『下位惑星系の原始人さ』といったくらいなものでね、子供に関してはありとあらゆる男女の精子と卵子の組み合わせによる、DNAの配列をセントラル・コンピュータが創出して、色々な独創性を持った赤ん坊が誕生する。この過程で、なんらかの障害か病気を持つ可能性のある配列は削除されるというのが……高位惑星系に超能力者が誕生しない大きな理由だろうと、ここのESP機関の学者たちは考えているそうだよ」


 ちなみに、高位惑星系の人間がセックスに関してあまり<お盛んではない>というのは、進化の過程でそうした衝動が弱くなっていったということではまったくない。ただ、五感――見る・聞く・味わう・嗅ぐ・触る――を最上級に満足させる過程において、人間の中で制御するのが難しいとされる性欲の問題でさえも、ついにある程度克服されたわけであった。つまり、ヴァーチャル・セックスといったことすら超えて、脳のどの部位を刺激すれば最上の快楽が手に入るのか、今では男女それぞれでわかっており、いつでもそうしたものを手に入れられる薬剤や脳を刺激する道具なども安価かつ安全なものが販売されている。パートナーとなる異性や同性がいなくても、実際にセックスしたのと同じか、むしろ、不満足で中途半端なセックスなどより、遥かに優れた快楽が簡単に手に入れられることがわかると……生の体験が欲しい物好きは下位惑星にでも行って獣のように振るまえと、最も進化した人類種と自負する人々の間では、そのような言い種さえ流行するまでになったわけである。


「なるほど……完全にではありませんが、大体のところは他惑星出身のわたしにも理解は出来ます。でも、そのアーミッシュと呼ばれる区域では、今でも自然分娩によって――ええと、こんな言い方はなんですが、通常の男女の行為ののち、そうした形で赤ちゃんが誕生するということなんですよね?」


「そういうことだね。もっとも、ネット環境がないと言っても、本星のセントラル・コンピュータの監視の目をかいくぐれる場所など、エフェメラにはどこにもないだろうが……それはさておき、確かにアーミッシュ区域では、時々、体になんらかの障害や、知的発達の遅れの見られる子供が生まれることがあるようだ。だが、そうした場合でもね、高位惑星系にはそうした障害を――それが体に属するものでも、精神的なものでも――大体治せる薬剤や治療法などが存在する。そうした場合に病院を受診して医者の言うとおりにするというのは、アーミッシュ区域に住む<自然派>と呼ばれる人々も容認しているわけだ。でね、中間型の子供たちというのは、過剰タイプの子と欠損タイプの子たちを繋ぐ<橋>として、絶対的に必要だと思うんだ。少なくとも私は、複雑なオペレーションになればなるほど中間型のタイプの子たちの存在は重要だと思っている。仮想空間においてのオペレーションの実践でさえそうなんだから、実際の現場に出た時には尚のことそうだろう。そこで、少し調べたんだがね、中位惑星系で時々見られる微弱なESP能力者を……強化する施設というのがそこには存在するんだね」


「なんですって!?それは……ようするに、ESP能力者を人為的に育てる施設が中位惑星系に存在してるということですか?」


 ゼンディラは頭がこんがらかってきた。中間型の子供たちは、何故か中位惑星系の出身者が多いということは彼も知っていた。だが、それは「不思議と自然にそう」なのであって、人為的な操作によるものだとは、想像してもみなかったのである。


「どうも、私が調べた限りにおいてはそうらしい。といっても、ここでESP研究をしている学者先生であれば誰もが知っていることだし、私の同僚である精神科医や神経科医といった先生たちも知っていることではある。まあ、あまり詳しくそれ以上調べられないよう情報規制がかかっているということは……まあ、私の想像ではね、今のようにある程度安定した中間型の超能力者を生みだせるようになるまでには、相当の非人道的手法も含めた実験が繰り返されたのではないかと思う。だが、こうしたこと全般について今ここの諜報庁を非難したところで始まらないよ。相手はこの国の中枢に関わる極秘事項についてずっと守り続けている国家そのものが相手であるにも等しい。もうそのようにシステム自体が強固に組み上がっているものに対して『おかしい』として変えたいと思うなら、いわゆる宇宙救世軍といったテロリスト集団にでも参加するか、世界救世主教といった宗教団体にでも加盟するしかないだろうしね」


「いえ、わたしは何も本星エフェメラ自体に刃向かいたいというわけではないのです。わたしが今この瞬間も感じているのは、ここまでわたしを導くことになったすべての人に対する感謝と恩義の気持ちだけですから……ただ、超能力者である彼らがわたしくらいの成人に達した年齢であるならともかく、『本当にこれでいいのだろうか』という矛盾については、これからも悩み続けることになるだろうと思っていて……」


 宇宙救世軍についても、世界救世主教についても、ゼンディラはプラネット・テレビのニュース報道によってすでに知っていた。宇宙救世軍というのは、本星や高位惑星系の支配から脱するよう中位惑星系や下位惑星系に呼びかけているテロリスト集団であり、高位惑星系の惑星大統領や最高議長などが新しく誕生したり任命されたりするごとに、抗議の文句を掲げたり宣戦布告したのちにテロを行なうという連中であり(そのスローガンは『目覚めよ!洗脳されたる者たちよ』である)、世界救世主教というのは、「地球にかえれ」という謳い文句を掲げる、最先端の科学テクノロジーを批判しつつ、元あった地球のような環境下で生きるのが人類の最大幸福である……と説いている宗教団体である。


「いや、ゼンディラ。君の気持ちはよくわかるよ。というより、私はもともとここの首都エフェメイルの出身なものでね。君のように何かの疑問の壁にぶち当たっても、自分の気持ちを誤魔化すことに馴れきってしまってるんだね……こんなことをメイウェザー長官に申し上げても、あまりまともには取り合ってもらえないだろうな。というのも、彼には彼の立場というものがあるだろうし、長官にしても、今の私のように内省の気持ちを感じはしても、それはあくまで個人的なものだ。ESP部門長官という公人としては、彼よりもさらに上に立つ上官にそう言い逆らうことも出来ないだろうし、そんなことをしたところで――メイウェザー長官のクビが飛ぶか、さらに左遷されるといったくらいなもので、この情報諜報庁の体質自体が変わることもなければ、ここのESP機関のやり方に変化があるわけでもない。でも、この点を踏まえた上で、メイウェザー長官と話したいと思うなら、一度話し合ってみるといい。じゃないと、ゼンディラ、君の心のモヤモヤは今後とも晴れないだろうからね……」


「もちろんそのくらい、今ではわたしにもわかってますよ、フォスティンバーグ博士」


 そう言って、ゼンディラは笑ってみせた。フォスティンバーグ博士がメイウェザー長官の立場を慮る言い方をしたのが何故か、ゼンディラにもわかっている。おそらく、彼が結果として怒りとともに自分の正義と思うことを口にし、メイウェザー長官を糾弾するのではないかと、博士は心配だったのだろう。


「メイウェザー長官はここに必要な人です。そのくらいのことは、わたしにだってわかっています。今のところわたしは、この施設の一時的居留者といったところでしょうが、おそらく彼が別の部署へ移り、他の四角四面な諜報庁の職員がESP部門の長官となった場合、ここの雰囲気もガラリと変わってしまい、子供たちにもいい影響はないでしょう。そのくらいなら、わたしのくだらぬ疑問など胸におさめて沈黙を守るべきなのです。あるいは、何か気に入らないことでもあるのなら、わたしがここを去るべきだということも……十分わきまえているつもりです」


(そうか。それならば大丈夫だろう)


 フォスティンバーグ博士はそう思い、何もない壁に向かって「エレクトラ、メイウェザー長官と連絡を取ってくれないか」と告げた。博士がメイウェザーとFPCを通じて話せるようになるまでは、少しばかり時間がかかった。おそらく、他の部署の誰かしらと連絡を取り合っていたのだろうが、「のちほどまたお掛け直しください。また、メッセージがあれば代わりにお伝えします」とエレクトラが言わなかったところをみると、メイウェザーのほうでも博士と話したいことがあったのかもしれない。


『お待たせしてすみません。毎日、軍部の石頭の連中とやりとりしていると、くだらん説明がいちいち必要なもので、それでどうしてもリモート会議のほうが長くなるのですよ』


「いえ、実は長官殿に用のあるのは私ではなく、ゼンディラ先生のほうなのですよ。私はここエフェメラ出身なので、本星流のやり方には慣れております。ですが、ゼンディラは何分、他惑星出身ということもあって、ある種のジレンマに悩んでいるのです。そこで少々、メイウェザー長官に相談に乗っていただけないかと思いまして」


『なるほど。では、これから以前と同じ長官室へ来ていただけますかな。私のほうでもゼンディラ先生にお話したいことがあったものですから、ちょうど良かった』


 ――といったような話運びにより、ゼンディラは壁の窓にやって来た小鳥の囀りを聞きながら、カウンセリング・ルームを辞去し、メイウェザーのいる長官室のほうへ向かった。カウンセリング・ルームがあるのは地下21階であり、長官室のあるのは地下20階である。スマート・エレベーターのほうもすぐやって来たから、ゼンディラは以前一度行ったことのある場所へ辿り着くのに、そう時間はかからなかった。


 とはいえ、メイウェザーのほうでは、例のホログラム映像による回廊を通ってメトシェラのアスラ僧がこちらへ近づいてくるのを見ながら、(さて、どうしたものかな)と考えていた。ゼンディラが当初彼が想像していた以上に教師として有能であり、子供たちからも慕われているというのは、メイウェザーとしても喜ばしいことだと思っていたものの……。


(やれやれ。ある部署から有能な男を引き抜いてきて、その業績に満足していたら、なんだか相手がこちらが予想していた以上にうまくやりすぎることが鼻につくようになってきた……とでもいうような展開だな)


 先ほど、カウンセリング・ルームにいたのがもしフォスティンバーグ博士ひとりだけであったとしたら、メイウェザーにしても先にもう少し『何を相談したいのか』について、詳しく聞いてからゼンディラと会うことにしていたろう。だが、彼はすでに大体のところ見当がついていたし、よしんば彼の勘が外れていたとすれば――メイウェザーとしても(ああ、なんだ。違ったか)と思い、胸を撫で下ろしてやり過ごすだけだったに違いない。


 だが、やはりメイウェザーの勘は当たっていた。ゼンディラは以前一度座ったことのある場所へ腰を落ち着けると、「コーヒーか紅茶、それとも抹茶ラテか何かのほうがいいですかね」と聞くメイウェザーに「どうぞお構いなく」と答えてのち、ズバリ核心を突いてきたのである。


「メイウェザー長官も、何かとお忙しいことと思いますので、なるべくお時間を取らせたくありません。そこで、最初に一番重要なことにお答えいただきたいのです。ここの子供たちはおそらく……本星の最先端医療技術を持ってすれば完全に治る可能性がある。そうなのではありませんか?」


「ほう。何故そう推論されたのですか?」


 メイウェザーはゼンディラの質問を面白がるように、微かに笑っていた。彼はマホガニー製の机の引出しからリキッドタイプの煙草を取りだすと、中身を詰め替え、それを吸いはじめる。


「いえ……子供たちが食後に飲む薬の数の多さに、最初から不信感を抱いてはいました。あと、ここの国というか、惑星の人たちはよく薬を飲んでますよね。思い返してみると、メトシェラにいた本星から派遣されてきたという人たちにしてからがそうでしたし、割と親しくなった特殊部隊員の人たちもそうでした。わたしの住んでいた場所では、薬を飲むのは病人だけです。あとは滋養強壮のためとか……それで、彼らが何かの薬を取りだして飲むたびに、こう聞いたんですよ。『どこかお悪いのですか?』と。ところが、彼らが口にするのはまったく同じ言葉なんです。食後に何か錠剤を飲んでいたら、『今食べたものの中で、足りないミネラルやビタミンといったものをこの薬が計算して、栄養素を補ってくれる』のだと。まったく無害なサプリメントのようなものだから、ゼンディラも飲むといいとも勧められましたが、わたしは断りました。また、食後ではない時にもまた、何か錠剤を瓶から取り出して飲むのを見て、わたしはその時にも『それはなんですか?』と聞きました。そうしたら彼らは、『これは安定剤だよ』と言うんですね。『脳の中の不具合を微調整するもので、飲むと頭がスッキリするんだ』と。その時も『まったく無害な薬だから、一度飲んでみるといい。それで気に入ったら、一瓶丸ごとあげるよ』と……おそらく、その通りではあるのでしょう。また、子供たちが飲んでいる薬は種類が別のものですが、他の教師の先生らに聞いてみますと、『子供たちの自閉症的傾向や、その他の病的傾向を緩和する薬剤だ』ということだったんですね。でも、その子にもよりますが、あんまり飲む錠剤の量が多いことに、わたしが不審の念を持っていると、先生たちも気づいたのでしょう。『ネットで調べてもらえばわかりますが、すべて上位惑星系で認可されている薬ばかりですよ』とのことでした。そしてその後……色々不思議な出来事に出会ったりしても、わたし自身が辺境惑星出身の田舎僧だから、文明の極めて進んでいるこちらのことがわからないんだと思って納得していたんです。けれど、先日子供たちのカルテを読んでいて――このことだけはゆるがせに出来ないと思うことが出てきたのです」


「ああ、なるほど。ちなみにこのリキッドタイプの煙草も、精神安定剤みたいなものですよ。あなたの出身惑星メトシェラや、他の下位惑星系の星々でもそうでしょうが、大麻や麻薬といった副作用や常習性のある薬物があるでしょう?ですが、高位惑星系では、もう遥か昔から一切の副作用や常習性もなく、薬の与える快楽に酔うことの出来る薬剤等が存在しています。まあ、あなたも少しばかり服用してみればわかりますよ。頭がスッキリしたり、ストレスが緩和されたり……まあ、一種のサプリメントですね。子供たちの服用している薬剤については、他の先生たちのおっしゃる通り、不審に思われたのならばネットでそのひとつひとつの効能についてお調べになるといい。カルテと照らし合わせれば、何故その薬剤が調合されているのか、ゼンディラ先生にもおわかりになるはずですよ」


(他に何かご質問は?)というように、サングラスの向こうからじっと見つめられ、ゼンディラは一瞬ひるみそうになった。実をいうと、カウンセリング・ルームを出る時、最後にフォスティンバーグ博士にこう言われていたのである。『メイウェザー長官は人当たりがいいけれど、彼がESP部門へやって来る前までは百戦錬磨の情報分析官だったことを忘れないほうがいいね。それと、彼が今も上層部の古狸どもと上手くやりとりしているところを見ても、相当のその筋の手練れだということもね』と……。


「最初に、わたしがした質問にまだ答えていただいてません。それと、わたしは何も、子供たちを自閉症やその他の社会性を欠く行動から解き放つ別の薬剤が存在しているはずだ、などと言っているわけではないのです。ただ、ここ本星エフェメラではこれほどまでに医療が発達しているのですから、あの子たちの病気的な何がしかといったものも、癒せる手段があるのではないかと思うのです。でも、もしそうしてしまったら、子供たちからESP能力がなくなるか、その力が弱まるなど、何かあなたにとって――いえ、あなたがたにとって不都合な事態が生じるのではありませんか?」


(純朴で純真な田舎僧侶かと思いきや、どうしてなかなか……)


 メイウェザーは薄い唇から煙を吐きだすと、(さて、どうしたものかな)と、不敵な笑みを浮かべたまま言った。


「その前に、ひとつお伺いしましょうか。そもそも、本星エフェメラでは、何故こんなにもESP能力という、この我々の知る広い既知宇宙内でもそう滅多に存在しない力に着目するのでしょう?だって、そうじゃありませんか。この宇宙の広さに比べて見て、ほとんど砂金でも発見するくらいの確率でしか、超能力者なんてものは見つかりゃしないんですから。私が本星のセントラル・コンピュータなら、そんな効率の悪い、存在が見つかってもそう長生きしないような存在、放っておきなさい……そう、診断を下すと思いますよ。となると、思惑は<エレクトラ>の計算外にあって、スタリオンの最高議会の議長らが審議して、<エレクトラ>は超能力者など必要ないと断じたけれども、我々はそう思わない。ESP能力者は是非とも必要だ、また、多少人道に反する実験を繰り返してでも、人為的に生み出せる方法を模索すべきだ――そう判断したということですか?」


 本星及び、高位惑星系の政治方針は、まずその惑星ごとにあるメイン・コンピュータの発案や診断によっていると言われる。だが、思考機械の言ったことを絶対のものとすることはなく、その法案等については、星府スタリオンの最高議長らによって再討議されるといったシステムなわけである。


「わたしには、機械の考えることは理解できません」


「まったくもって健全な態度ですな。これだけの超高度テクノロジーに囲まれていても、ゼンディラ、あなたと同じような猜疑心を我々も決して失ってはいないのです。本人がいる目の前でこんなことを言うのはなんだか、ここ情報諜報庁のAI<エレクトラ>も、絶対的に万能ということではない。というより、神でもない限り、人間にもコンピューターでも気づかぬ<死角>というものが常にどこかにあるのではないか……我々は絶えず、そのことを疑ってかかっているのですよ。ところで、先ほどのESP能力者という稀少な存在についてどうすべきかについて、スタリオンの最高議長らはそもそもあまり重要視してなかったのです。時たま、そんな変わった存在が見つかって本星の役に立ってくれることもあるが、いつどこで生まれるかもわからぬそんな存在、非効率的だと考えたわけですな。ところが、<エレクトラ>のほうは違ったのです。ESP能力者こそ、人類の未来に是非とも必要だ、絶対に間違いなく必要不可欠だとの意外な計算結果をだしたということが――ここ、情報諜報庁の地下にESP部門などという、出来た当時は地上階の職員全員が笑ったとすら言われる機関が誕生したわけですよ」


「じゃあ、超能力を持つ子供たちが宇宙中から集められてくるのは……人間の決定によるものではなく、あくまでAIコンピューターが算出した演算結果によるものだということなんですか?」


 メイウェザーは、リキッド煙草の煙を吐き出しつつ、ひとつ頷いてみせた。


「ただ、その役人のひとりである私が言うのもなんですが……一度その法案なりなんなりが決定事項となった途端、とにかくここ本星というところはやり方が極端というか、徹底してるんですな。これはあくまで噂の域を出ないことではありますが、AI<エレクトラ>はその時、こうも言ったそうです。我々のいるこの既知宇宙内など、この広大な宇宙全体に比べれば、あまりに小さい。ここへ、他の銀河系で同じように宇宙へ飛び出した超科学文明を持つ巨大な軍団が攻めて来た場合――また、可能性として、彼らひとりひとりが地球発祥人類より遥かに高度な知的生命体であった場合、征服されて我々は奴隷にでもなるしかないかもしれない。その対抗手段として、ESP能力者は絶対必要なのだとかなんとか……」


 ゼンディラは黙りこくったまま、真面目な顔をしてメイウェザーの話をじっと聞いている。


「ここ、笑うところなんですけどね……まあ、それはそれとして、とにかくエレクトラの発案は最高議長らの承認を得て、ここ諜報庁内で極秘機関として出発することになりました。紆余曲折はありましたが、私の先代くらいになってようやく、ESP能力者はそこそこ使えると言いますか、ようするに適材適所ということですよね。そこさえ間違えなければ絶大な力を発揮すると、同じ諜報庁内においても軍部においても、警察庁にも――認めさせることが出来るようになってきた。問題はね、私がここのESP能力を持つ子供たちを可哀想がって、『超能力などどうでもいい。そんなことより、この子たちひとりひとりに人間らしい充実した生活を送らせてやりたい』とどんなに願ったところで……事態を根本的に変えることは出来ないということなんですよ」


「では、認められるのですか?高位惑星系の最先端の医療技術を持ってすれば、あの子たちの病気……いえ、わたしは病気とは思ってないのですが、とにかくああした行動を縛るような何がしかから解放される可能性があるということを」


 ゼンディラはメイウェザーがサングラスを外さないことが多少気になりはしたが、それでも彼が大まかに言って嘘だけはついてないと見てとっていた。もっとも、もし彼がメイウェザーがこれまでの間、どのような対惑星任務に関わってきたかを知ったとすれば――この長官なる呼び名の人物の言うことはすべて嘘八百であるとして、到底信じられなくなったに違いないのだが……。


「そうですねえ。ですが、おそらくフォスティンバーグ博士あたりも似たことをおっしゃりそうだが、そもそもゼンディラ先生、あなたの言う<治る>とはどのようなことですか?まあ、これはあくまであなたがおっしゃることの推論を進めていって、こういうことをあなたが言いたいのではないかと私が類推することですが……我々はESP能力者たちが持つ自閉症その他の病気が治ると、超能力を失うか弱まるかするために、あえてそこらあたりを治療していない――ということは決してない、ということだけははっきり申し上げておきましょう。それどころか、彼らの寿命が少しでも延びるよう、学者先生らともども最大限努力してもいる……その努力がまだまだ足りないという叱咤であれば、この部門の最高責任者として、私はあなたの話をとっくりと聞く覚悟があります。ですがまあ、これ以上のことは簡単にいえばあなたが私の言ったことを信じるかどうかということですね」


「…………………」


 ゼンディラは、メイウェザーの言葉を信じてはいた。何より、子供たちは彼が施設内に姿を現しただけで、まるで実の父親か何かのように慕っているのだ。そのメイウェザーの判断を疑うことは出来なかったし、実際彼の言ったことが真実なのだろうと思ってはいたわけである。


「すみません。何か、随分くだらないことのために、長官殿の貴重なお時間を無駄にさせてしまったようで……」


「いえいえ、いつでも気軽になんでもお訊ねください。私も、庁内のくだらん会議にいくつも出席せねばならないといった身なもので……まあ、いつでも体が空いているとは限らないにしても、あなたが相手であれば、どんなことでも誠実に答えさせていただきましょう」


 ゼンディラはこの段になると、自分の疑いを取るに足らないものと感じはじめたのだろうか、少しばかり頬を赤らめることさえして、部屋を出るのにソファから腰を上げようとした。そして、そんな彼のことをメイウェザーは「そういえば」と言って呼び止めたのである。


「ここからは少々、極秘事項ということになりますが……」


 誰もいないのは明らかなのに、何故かメイウェザーはきょろきょろと左右を見回していた。


「極秘事項、ですか」


 メイウェザーは回転椅子をくるりと回すと、(もう一度お座りください)とでもいうように手ぶりで示し、彼自身はゼンディラの向かい側のソファのほうへ座った。


「実際のところ……少々どころではなく、その惑星の名前をあなたがエフェメラ中のどこかで呟いたとしたら、その音声は必ず拾われます。それから、どういった文脈の中で語られたのか、それともたまたまの偶然なのかどうかを、徹底的に調べられるでしょうね。ゼンディラ先生、そこへ行ってみる気はありませんか?」


「…………………」


 メイウェザーのこの突然の申し出に、ゼンディラは戸惑った。(もしや、小うるさいハエようなことを言ったため、どこかよそへ行けということだろうか?)と、彼としては一瞬疑ってしまったほどである。


「その惑星のことについては……軽々しく口にした場合、私ですら問答無用のうちに一瞬にしてクビが飛ぶほどのものだ。ただ、今のあなたの疑問を聞いていて、こう思ったのです。子供たちの死期が迫ってきた時、あなたはきっととても動揺するでしょう。それに、何かの不慮の事故で子供たちがどこかの惑星から帰還してきたといった時や、彼らのうちの誰かが死体で戻ってきたといった時にも……あなたはこのESP機関に関してその存在自体に疑問を持つかもしれない。その前に、あなたであればむしろ知っていたほうがいいかもしれない事実について、先にお報せしておきたいと思ったのです」


「どういうことですか?」


 ここで、どういったわけか、メイウェザーはサングラスを外していた。まるで、先ほどまでのゼンディラの戯言などはどうでもいいが、ここから先の話こそ、真剣かつ討議する価値のあるものだ、とでもいうように。


「その前に少々お聞きしたいのですがね、ゼンディラ、あなたは人は死んだらどうなると思いますか?」


「アスラ教では、人は死んだら天の御国へ行くことになると、そのように信じられています。ですが、正直なところを言って……人が死後どうなるかについて悩んでいたとすれば、そうしたことを語ってその人の魂が安らぐようにするとしても――わたし自身は少々懐疑的ですね。天の御国なぞ、人間の心が創り出した妄想だというのではないのです。確かに、他の人にはそんな天国があるのでしょう。でもわたし自身は……死後がどうこうというよりも、今生きている間に一生懸命すべきことはやり終えたという人生を送ることさえ出来れば、天国からなんらかの理由によって締めだしを食らったにせよ、そう嘆かずに済むのではないかと、そんな気がしています」


「ああ、なるほど」


 そう答えて、メイウェザーは唇の端に笑みを刻んだ。一方、ゼンディラのほうではぴくりとも笑ってはいない。あくまで彼は真面目なのだ。


「しかし、何故なのでしょうね。この既知宇宙に存在する幾千万もの惑星の神々について、共通点があるとすればおそらく――それは一番多い宇宙の神というキィワードと、その神が死後の安寧というのか、最初の生よりも次の来世においてより良い世界……つまりはひっくるめて言えば天国が約束されていると宣言していることではないですか?まあ、人間は死への恐怖から神を生みだしたとも言われますが、それはさておき、ここ本星の人間はほとんど不死とも言える永遠に生きられる存在となった……にも関わらず、実際に永遠に生きている人間などほとんどいないわけです。それが何故か、ゼンディラ先生には理解できますかな?」


「ええと……なんでしたっけね。確か、本人の希望があって、法的手続きもクリアーされれば、コールドスリープ装置に入って眠り続けることが許されていて……それをここの人たちは<死>と呼んでいると聞いたことがありますが……」


 ゼンディラにしても、実際にそのコールドスリープ装置に入ったことがあるだけに……その後、もし仮に何かの不具合で永遠に目覚めなかったとしても、それは幸福な死ではないかと思ったものである。


「まあ、大体のところ間違ってはいませんよ。ただ、大抵の人はやはり、ある程度の時の経過ののち、コールドスリープ装置を切られて仮死状態から本当の死へと移行する……というか、移行せざるをえないのですな。何故かというと、ここエフェメラにも、他の高位惑星系の星々にも――そうした、一般に<白の霊廟>と呼ばれる墓場に隣接した施設があるのですよ。エスペリオール語では、ホワイティシ・アンネットと言うんですがね。コールドスリープ装置は星府の善意によって無料で貸与されているわけではなく、実際には莫大な費用がかかります。そこで、金持ちはもしかしたら、その後百年でも千年でもぐーすか寝てられるか知れないが、一般の善良な市民の場合、どんなにその両親のことを愛していたにせよ、十年も維持費用を支払っているうちに、そろそろコールドスリープ装置を切ろうという心持ちになろうというものです。意外に思われるかもしれませんが、我々が不死にも近い状態を得ていながら死なざるを得ないのは、実は経済的な理由なのですよ。金さえ続く限り、記憶データのバックアップを定期的に取り、体を新しくカスタマイズして生き続けることは確かに理論上可能です。けれどやはり、人が生きるということは=経済活動なんですな。そして、そんなことのためにただ生き続けることが嫌になったら、やはりそろそろコールドスリープ装置にでも入ろうか……と、自然そうなろうというものです。星府を批判する批評家たちなどは、このことを「金がなくば死ね方式」と言って揶揄してますがね。やはり、人間には生まれてきた以上、死というものが避けがたく、むしろ必要なものだということなのでしょう」


「そうだったんですか。でも、自分の死期を自分で決められるというのは……ある意味、幸せなことなのかもしれませんね。わたしの出身惑星メトシェラなどでは、人の平均寿命というのは五十年にも満たないほどですから……」


(いや、本当にそうだろうか)と、ゼンディラは思いもする。子供の成長を見届けられずに病気で死ぬ母親や、ある日突然戦争や災害などにより若くして命を落とさざるをえないというのは、ひどい悲劇ではあるだろう。だが、やはりこちらの文明・文化に慣れていないせいか、ゼンディラにはやはりそのことが、<不自然な、天国にも行けない死>のような気がして……やはりここでも、複雑な思いを味わわざるをえない。


「ああ、すみません。余計な話が長くなってしまったようです。実は、私がここのESP部門に居続けているのは――ここ、情報諜報庁の上層部と、ある取引をしたからなんです。私もその惑星へ行ったのは、まだたったの一度きりです。『どうしてもESP部門の長官など辞める!』と言って、ごねたことが就任してまだ間もない頃に一度だけありましてね。君が泣いて縋ってでも今の地位に居続けたくしてやろうというわけで、そこへ短い休暇を与えられて行ったわけですよ。とにかく私はね、上層部が満足するような働きを今後も十分したあとは……その惑星で余生を過ごすつもりでいます。それで、ESP能力を持つ子供たちのうち、今何人かそこに滞在してますね。詳しいことは、かつて上層部の私の上官がそう言ったように、『自分の目で見て確かめるがいい』としか説明しようがありません。とにかく、それまで自分が持っていた死生観が180度変わるような体験を――私はそこでしたわけですよ。断っておきますが、私は神のことなぞ信じていない無神論者ですし、死後の天国なぞ、あればあったであったらいいなという程度のものです。その惑星には、このESP部門創設以来、一番長く生きている能力者の子供がふたりいて……まあ、子供なんて言っても、今確か、三十八とかそのくらいでしたかね。そして、そちらにある研究施設で、何故そんなに長生きできたかの、研究対象となってるんですよ」


「そうなんですか。三十八歳……」


 ゼンディラはこの瞬間、胸を突かれる思いがした。やはり、メイウェザー長官は、自分の浅はかな考えを越えたところで子供たちのことをしっかり考えてくれているのだ……そう思うと、最初の自分の疑問の問いかけが、あらためて恥かしい気がしてきた。


「その子たちは双子でね、二卵性の双子なので似てませんが、上の兄がラティエル=レーゼン、妹がティファナ=レーゼンと言います。随分長きに渡って本星の大義のために尽くしてくれた子たちでしたから、もしかしたらもう少し能力者として働こうと思えば働けたのかもしれませんが……そのような形で言わば褒賞が与えられたのですよ。他にも、死期が近くなったようなESP能力者の子たちがいて……いえ、これ以上のことは防諜レベルがいかに高い庁内といえど、私も口にするのは憚られます。とにかく、私がこのようなことをあなたに申し上げるのは、実に特例中の特例のことだと思っていただきたい。どうですか?一度行ってみませんか」


「そうですね。その能力者として長生きしているという子たちと、一度会ってみたい気がします。それと……どうか、わたしの非礼をお許しください。わたしなど、ここへ来てまだ三か月かそこらなのに、あのようなことを長官殿に申し上げるなど、お角違いもいいところでした。どうか、辺境惑星の田舎僧侶の言ったこととして、笑ってお忘れください」


「いえいえ、どういたしまして」


 メイウェザーが再び胸ポケットにかけたサングラスをすると、まるでそのことを合図とするように、ゼンディラはソファから腰を上げ、扉の前で一礼してから長官室を出た。もっともゼンディラがどれほどの――高位惑星系のすべてを揺るがすほどの、物凄い招待を受けたかまったく気づいてないだろうと思い、メイウェザーは彼が部屋から出ていくなりくっくと笑いはじめたわけである。


 もっとも、ゼンディラのほうではこう考えていた。メイウェザーが「行ってみませんか?」と言ったのは、おそらく中位惑星系のどこかにある星で、そこで中間型のESP能力者が確かに生みだされているにしても……あくまでそこは健全な機関なのだということを知るために、一度そこへ行ってみないかという、見学を薦める言葉だったのだろうと、そんなふうに受け止めていたわけであった。


(やれやれ。この俺ともあろう者が……これは一体なんの仏心だ?あんなこの宇宙中のどこにもいもしないであろう神を信じている田舎僧侶のことなど、適当にあしらっておけば良かったじゃないか。だがまあ、もう時期ブラッディ・ロニーが惑星エルヴァーナから還ってくるからな……)


 実をいうと、ゼンディラがこのESP機関へやって来た当初、ゼンディラとロニー・ブラッドリーが顔を合わせた場合どうなるだろうと、メイウェザーは多少意地の悪い思いで楽しみにしていたわけである。というのもこのロニー、人間の体を内部から爆発させて殺せる超能力者であり、彼が情報諜報庁の地下へ帰ってきている時には、彼の言うことは絶対の法則であるとして他のESP能力者にも作用する。つまり、そのくらい他を圧するほど能力値が高く、ロニーはいつでも司令塔としての役を担うリーダーであったからだ。彼は細かな段取りにうるさく、オペレーションの練習中であっても、まるで実戦さながらの厳しさを他のESP能力者に求めたものだった。もっとも、ラティエルなどは「なんだ。あの妙にやる気のある奴は……」などと言って、彼のことを毛嫌いしていたわけであるが。


 ロニーにもやはり、ある種の偏向があり、彼はいつでも数字を数えること、何かの数学的疑問を自身に課してはそれに熱中するという若干病的な癖があったと言える(彼と一緒に街へ出かけると、「ここの階段は何故13段なんだ!タイルの数と調和してない」とか、「あの樹木の葉っぱは全部で496枚だよ。なんて美しいんだろう」といった独り言が聞けたに違いない)。また、宇宙の闇の彼方からやって来るダークサイドの敵を倒すといった系のヒーローものを好み、ESP能力を持つそれらの英雄と自分を同一視しているというのは、誰の目から見ても間違いないところである。


 メイウェザーは、軍部の者や、同じ諜報庁内の特殊部隊員それぞれの部署に、『ESP能力者、取扱説明書』といったようなレクチャーを定期的にしている。またこれは、他の惑星へ共に任務へ赴くといった前には会議内で必須のこととして行なわれる。結果、ロニーはリーダーとして優秀のみならず、周囲の人間は絶えず彼のことを戦隊ヒーロー物の主人公の如く扱い、賞賛するのが一番いいということに落ち着き……彼はいくつもの対惑星任務において、数々の業績をおさめ、軍部においても諜報庁内の特殊部隊員からも――「扱いやすいESP能力者」として、実に好まれていたわけであった。


 そんな彼だったから、絶対非暴力の平和の君とでもいった趣きのゼンディラに、もし仮に「いかなる理由があろうとも、人殺しはいけない」とか、そのあたりの人道について説かれた場合……アイデンティティが崩壊するとまではいかなくても、かなりのところ自身の能力に対し自信が失われ、任務に対する意欲も損なわれてしまうに違いない。


(ロニーにはまだもう少し働いてもらいたいからな。ゼンディラ先生には彼の帰還中、惑星パルミラへ行っていただいて……彼がパルミラから帰ってくる頃には、ロニーは再び対惑星任務へと赴いてもらうというのが、今の段階のベストな選択といったところか)


 リキッド煙草を肺の奥深くまで吸い込み、それから吐き出すと、メイウェザーはAIエレクトラに命じて、情報諜報庁内における最上の位階を持つ、ネルス・リヴィングストン最高司令官と連絡を取ることにした。


 メイウェザーは、リヴィングストンとすぐに連絡がつくとは思っておらず、メッセージだけ残し、彼自身は再び別の仕事に没頭しはじめた。だが、その日の夜遅く、彼が諜報庁の屋上駐車場からスカイレーン目指し、高級スポーツ・エアカーを飛ばそうとした時のことだった。自動運転モードであるため、メイウェザーは自宅の超高層マンションへ戻る間も電子書類に目を通したり、決裁書類に電子サインを記したりといった仕事をするつもりでいたが――エアカーが飛び上がろうかという直前、ピピッと通信の入ったことを知らせる警告音が車内に響き渡ったわけである。


「おや、これはリヴィングストン司令官……」


『おやじゃないよ、メイウェザー君。例の惑星の件で至急ご相談したいことというのは、一体どんなことだね?』


 たまたま機嫌が悪かったのかどうか、リヴィングストン司令官はぶすっとした顔のままそう聞いた。もっとも、メイウェザーはこの老練の諜報庁内最高司令官のにこやかな顔など、政治パーティにおける社交辞令以外で見たことはなかったが。


「諜報庁の建物を出る前に連絡していただけて良かったですよ、司令官。実は前に申し上げていた、第二のブラッディ・ボマーと同じ能力を持つかもしれない、例の辺境惑星の僧侶のことなんですがね……やはり能力開花は無理ではないかと思うのです。いえ、もし目覚めたにしても、彼の性格では本星の大義のために人を殺すことなどは到底できないでしょう。また、洗脳といったことも難しいですね。むしろその場合、自殺して終わりという、なんとも後味の悪い結果で終わる可能性のほうが高い。それより、ゼンディラには教師として極めて高い適性が認められましたので、その方面で頑張ってもらおうかと思うのです。ですが、人間爆殺魔のロニーが次期、惑星エルヴァーナの戦争を鎮圧して戻ってきます……となるとですな、ゼンディラ先生は慈愛溢れる僧侶であられ、自分の戦果を誇るロニーに説教しかねないどころか、私の元までやって来て、『これは一体どういうことですか!?』などと文句を言いかねない。いえ、今日も何かそんなことに近いことで苦情を言いにきました。そこで一度――彼に例の惑星まで飛んでもらうのはどうかと思ったわけです」


 ブルドッグのようなほうれい線を持つリヴィングストンは、「ハッ」という嘲笑とも、「ケッ」という嘲弄ともつかぬ笑いを立てると、常時刻まれたままの額の皺をさらに深くし、昔から目をかけている有能な部下にこう告げた。


『例の惑星というのは、ようするに例の惑星のことなわけだな、メイウェザー君。わしはあまりその案については感心せんね。そもそもあそこは、わしですら行こうと思ったところで滞在許可などそうやすやす取れない場所であることは、貴君も承知のことだろう。そこへ、下位惑星系の田舎僧侶を向かわせようというのかね?もし彼がロニー・ブラッドリー君のように輝かしい勲功をいくつも立てているというのであれば、わしも「うん、いいよ」というのにやぶさかでない。が、そのような結局のところESP能力者でもなかった一教師に、何故そこまでの恩寵を与える必要があるのだね?いかに教師として優れていようとも、そのような話にならない田舎僧など、うまく理由をつけて解雇にし、中位惑星系の、そこそこ住みよい場所に移住する世話でもしてやったらどうなのだ?それでもまだ与えすぎという気がわしなどはするがね、何分相手は気質の穏やかな僧侶ということだし、わしとしてもこの宇宙中に何億人いるかわからぬ神とやらに、そうした形で多少恩を売っておくというのは、やぶさかでないといったところだからね』


 いつものリヴィングストン節を早口でまくしたてられ、メイウェザーとしても笑いそうになる。だが、事はあくまで真面目かつ、さらにはこの高位惑星系において、超最高機密事項に属する事柄でもあったから、彼はあくまで真顔で続けた。


「いえ、リヴィングストン司令官のお怒りはごもっともです。無論、私もその線についてはよくよく考えました。最初、彼――ゼンディラは、重力位相能力者という触れ込みで紹介されてきたのですよ。彼の母星のメトシェラ滞在の特殊部隊員からそう連絡があった時……私などは『こりゃ眉唾もんだな』と疑ってかかったものです。が、まあ、ゼンディラがその惑星政府の有力者にレイプされかかった時の、相手の殺害方法がですな……転送されてきた画像を見た瞬間、『これが本物ならば使える』と私はそう直感したわけです。とはいえ、重力位相能力者とは思いませんでした。どちらかというと、第二のロニー・ブラッドリーになれるかもしれない超能力に近いものとして認識したわけです。ところが、年齢のほうはすでに25歳ということでしたし、オペレーションシステムによって何度となく試してもみましたが、人に掠り傷ひとつつけるどころか、アリの足一本もぐにも罪悪感を覚えるといった類の人物なんですな。私は『こりゃダメだ』と思いましたが、ゼンディラはすでにESP機関の子供たちにとても好かれていますし、彼はまあようするに天然の人たらしなんですよ。教師たちもみんな同僚として彼のことが好きだし、こうした人物というのは巷でもそう滅多に見つかるものじゃありません。そこで、ですね……例の惑星では、ESP能力者の子供たちが余生を送る傍ら、延命のための研究も行なわれていることですし、そちらでゼンディラのことを見てもらうのはどうかと思ったんです。何かこう……彼を通して何故能力が目覚めないかの抑制機構がわかれば、人為的にESP能力を発現させられないのが何故かのとっかかりでも掴めるかもしれない。まあ、可能性は低いですが、そんな気持ちも多少あります」


『なるほど……君は頭がいいからね、メイウェザー君。全体としてそれがベストな選択、と君が思ったのであれば、わしもその考えを推すのにやぶさかでない。わしも、君に連絡する前に一応、そのゼンディラという僧侶のファイルについては目を通した。きっとそのあたりのことに関して、君がわしに何か言いたいのだろうと思ってたものでね。まあ、少々甘い気もするが、例の惑星へのゼンディラの滞在を許可しよう。そして、ゼンディラが例のピーッ惑星から戻ってきた時、人間爆殺魔ロニー・ブラッドリー君は次の任務のために遠くの惑星へ旅立ったあとなのであった……という、君の立てたシナリオはそんなところなんだろうから、とりあえずはそのセンでいいのではないかね』


「随分古い放送禁止用語風に表現していただき、リウィングストン司令官におかれましては恐悦至極に存じます……私も自分で何を言っているやらと思わなくもありませんが、他の軍司令官らとは違い、素早く骨子を掴んで問題点を見抜いていただき、いつもながら有難いことです」


『そりゃあな。メイウェザー君、君のESP機関があるのとないのでは、我が情報諜報庁でも軍部でも警察庁でも――最早、紛争解決においても事件解決においても、まったく段階が異なってくるのでね。その功績によって、今後も君の意見はある程度通さざるをえんだろうさ。それは、この庁内最高権威者であるわしですらがそうなのだからな』


 ESP能力者を作戦で多用するのは諸刃の剣……とは、今も諜報庁内における作戦会議においてよく言われることである。というのも、バナナやりんごを栽培するようには、ESP能力者を全宇宙中からリクルートしてくることなどは不可能だからだ。また、その供給が先細りとなった時、ESP能力者ばかりを頼みとしていたがゆえに、本星の軍部は戦略実行能力が落ち、情報諜報庁は情報収集能力がすっかり落ちた――というのでは、本末転倒もいいところだからである。


「いえ、それは流石に私とESP機関を過大評価しすぎというものでしょう。それに、ESP能力者に理解あるリヴィングストン司令官が庁内において最高司令官の地位にあり続ける限りはともかく……そのあたりについて理解のない、ESPに対して懐疑的で融通の利かないタイプの人物が次にリヴィングストン司令官の椅子へ座った場合――私にしても即座にESP部門長官の椅子を他の者に譲らねばならんでしょうからな」


『わかっているとも、メイウェザー君。君とはもう、知りあってから二十数年の仲になるかね。その間、ともに他惑星の任務において苦しみを分かち合っても来た。ここにはね、君や私のようにある程度バランスが取れていて頭のやわらか~い、ユーモアを解する人間というのがどうしても必要なのだよ。この私のブルドッグの如きほうれい線のようにやわらかい、ね。おや、メイウェザー君、ぴくりとも笑っていないね。妻は私の顔を見るたびにそろそろ整形手術を受けろとうるさいのだが、この顔だから私は情報諜報庁の最高司令官が務まっておるのだぞと、毎日釘を刺しておる』


「そういえば、ご夫人はブルドックとパグと狆とペキニーズの愛好家でしたっけ」


『左様。そうだ、そのうちわしと妻とブルドッグとパグと狆とペキニーズがそれぞれ三匹写った写真を送ってやろう。何かの魔除けにでもなるかもしれん。それはそうと、例の件に関しては許可した。それではな、わしの上司としての温情に、これからも死ぬまでの間一生感謝したまえよ』


「はい。ありがとうございます。お写真、楽しみにお待ちしております」


 通信が切れると同時、すぐ写真が送られてきた。FPC内のファイルを開くと、そこにはリヴィングストンと彼の妻スーザン、それにブルドッグとパグと狆とペキニーズが三匹ずつ写っていた。また、動画写真であったため、写真のフレームに収まるまでの間、犬たちがいかに自分勝手に振るまい、撮影に苦労したかや、カシャッ!という音とともに写真が撮られると同時、犬が再び四方八方へ走り去る様までが、ほんの短い映像として収められている。


(さて、と。わかっていたことではあるが、これでリヴィングストン司令官殿の許可も下りたし……あの善良なる愛すべきゼンディラ先生には、近いうち惑星パルミラへ行ってもらうとするか)


 だがここで、メイウェザーはエアカーが飛び上がり、スカイ・レーンへ入っていくのを見ながら――ふと、不思議な感慨を覚えぬでもない。何故なら、エフェメラから五千光年も離れた辺境惑星に住んでいたひとりの僧侶が、その後本星の超最高機密事項を扱う部署のお膝元までやって来て、さらにはこの既知宇宙中で、本星よりもさらに重要とされる、その存在すら秘匿されている惑星まで行ける可能性というのは……果たして一体何パーセントくらいの確率によるものだろうか?


(なんにせよ、あのゼンディラ先生には、この元は仕事においては冷徹なことで知られる俺でさえ……心を動かされるところがあるのは確かだ。だが、まさか直接会ったこともないリヴィングストン最高司令官にまで、こうもやすやすと彼の神通力が通じようとはな)


 それから、メイウェザーはネルス・リヴィングストンの前で堪えていた笑いを全解放した。彼はリヴィングストンが上級オフィサーである実行部隊にいたことがあるが、同僚たちは誰もがリヴィングストンに対し、特別な敬意と親しみを覚えていたものだった。そして、メイウェザーが笑ったのは実は、同僚たちとの間で昔よく交わした会話を思い出したそのせいである。


『ブルドッグ上官殿はなんて言ってる?』、『くそっ、ブルドッグの奴め。また一本取られたよ』、『ブルドッグ、結婚するんだってよ。ブルドッグと結婚する物好きなメス犬がいて良かったじゃねえか』などなど……情報分析官の中には、鋼鉄頭とすら呼ばれる頭の固い連中が多いのも事実であるが、こうしたタイプの分析官の出世というのはある程度のところで頭打ちになるのに対し、やはりトップまで登りつめることの出来る人間には、さらにもう一歩、あるいは数歩上の人間としての技量が必要となるということなのだろう。




 >>続く。






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