第15章
――こうして、一旦ゼンディラとフォスティンバーグ博士は長官室を出、AI<エレクトラ>の案内で、それぞれの居室へ向かうことになった。博士は他の、彼と同じ精神科医といった医師らが勤務するエリアへ別のエレベーターで案内されることになり、一方ゼンディラは十数名いる教師らの居住エリアへ行くことになったわけである。
このESP施設では、子供たちの健全な教育ということを謳っており、下は4歳から上は27歳と幅はあったが、学校での通常カリキュラムを普通に受けさせることが、引いては子供たちの精神の安定・ESP能力の安定にも繋がることであるとして、奨励されているわけであった。エスペリオール語、その他の主要な惑星間言語の取得、国語、言語学、数学、物理、生物、化学、音楽、美術、歴史、哲学、社会人類学や倫理学……などなど、強制することはなかったが、それでも子供たちが熱中できるような科目を最低一科目は見出すようにさせ、勉強の楽しさを教えるようにしているわけである。
今から約十年前、メイウェザーがESP部門の長官になった時(彼が心の中で「これの一体どこが昇進だ!」と叫んでいたのも無理はない)、子供たちは極度に甘やかされるか放っておかれるかのどちらかで、一日中ヴァーチャル・リアリティの世界でESP訓練をゲーム感覚でしているという、ただそれだけだった。あとは警察庁なり諜報庁なり、あるいは軍部なりからお呼びがかかれば任務へ赴き……平均して、子供たちは二十歳を越えて生きていること自体、とても少なかったのである。それも、任務に赴いた惑星で、なんらかの不幸や災厄に見舞われ死亡するというのではなく、寿命の限界に達すると、大抵の場合、虚血性心不全や脳出血等によって突然死を迎えるのであった。
メイウェザーはまず、ESP能力者の寿命の延伸に一番の関心を寄せ(というのも、子供たちが現在の中位惑星系の平均寿命くらい生きるのが彼の願いだったから)、もともとそうした研究機関にいた人員の補強をし、その分野の最前線にいるような研究者を何人となくスカウトすることさえした。その後、ある薬の開発によってESP能力者の寿命は二十歳を越えるようになってきたが、果たしてそれが本当にこの薬によるものかどうかは、もう少し時が経たねばはっきりとはわからなかったろう。何分、このテロメア薬の開発に関わった研究者らは「メイウェザー長官。あの子たちはあなたがそのような熱意を持っているから、それであなたの一種の愛情のようなものに応えようとして自己暗示をかけつつあの薬を服用してるんですよ。だから、プラシーボ効果ということもありえます」と、口を揃えて言うくらいだったから。
とはいえ、メイウェザーは自分が子供好きの善人でないことを、他でもない彼自身が一番よく知っていた(彼は小さな子供というものが大嫌いだったし、自分の子供も欲しくなければ、養子をもらうなどというのも、気狂いじみた考えだとしか思えない)。メイウェザーはこの左遷されてきた機関において、自分がある一定の成果を出せば、再び元の対惑星任務情報分析官の仕事へ戻れるものと考え……そこで、随分熱心にあらゆる改革を行なったわけであった。
子供ひとりにつき、親に当たるような存在がひとりいるのが理想ではあったが、それが無理ならばと、なるべく優秀な教師を雇うことにしようと考えたわけだが――こちらもまた難事業であり、今ではもう高額な給与に釣られて「来てくれる」という物好きな人間がいた場合、あまり選り好みは出来ないとすら言えただろう(しかも、守秘義義務といったことが絡むゆえに、教師をひとり選定するにも、やたら時間がかかるのだった)。
また、「情報諜報庁に善人なし」というのは、そこに勤務している者であれば誰もが知るところであり、メイウェザーにしてもそれは例外ではなかった。たとえば、ESP能力者の寿命の伸張といったことの他に、その能力をクローンに移植することは出来ないかとの裏の事業があり、これはメイウェザーと彼よりも上の役職にある上官、それにその研究機関に勤める研究員以外は知らないことだったが、そこではクローン人間相手にかなりのところ非人道的なことが当たり前のように行なわれていたのである。
メイウェザー自身、特殊工作員であった頃から、本星以外の惑星において、汚い事業にであればいくつも手を染めてきたし、ゆえに今さらその罪滅ぼしをしたいとも思ってなかったが、少なくともESP能力者である子供たちには、よい父親としての顔、保護者の顔をしてみせたわけである。この演技については今のところ見破られていないようで、ESP能力者というのは、テレパシストでなくても、大体相手が信用がおけるかどうか、腹黒い人間かそうでないかというのは見当がつくというのに――ESP能力者でもないメイウェザーが案外慕われているというのは、ある意味不可解なことでもあったろう。
ゼンディラもまた、このメルヴィル=メイウェザーについて、概ね好感を抱いていたと言える。その後、彼の言っていた例のESP能力開発ゲームとやらを専用の装置に繋いでもらい、まずは三時間予定で行なうことになった。その無限にすら思える広大な空間では、360℃、山越え海越え、草原や丘を越え、どこへでも移動が可能であった。繰り返しになるが、ゼンディラは生まれてこの方、ゲームなるものをしたことがないし、初めてやったのは、軍艦アルテミスβの娯楽室で、まわりの将校らに薦められてのことだった。また、その時もゲーム音痴であるとしてハイザー少佐らにからかわれたのであったが、デジタルナラティブでないことは、何も彼の責任というわけではない。
ゼンディラは技術者兼ガイドのガブリエル・ピーターソン(ちなみに、三十七歳の男性である)に、「ゼンディラ、鳥のように飛ぶところをイメージして、飛んでみてください」と言われても、彼の足は地上から1センチたりとも浮くことはなかったし、「右でも左でもいいですが、道の石ころをどかすよう念じてみてください」と言われても……小石のほうは微動だにすることはなかったのである。さらには、命の危険に見舞われれば、なんらかの能力が発現するのではないかとギャビー(どうでもいいが、ガブリエルの愛称)は期待したが、ゼンディラはゴブリンに囲まれてもこん棒で滅多打ちにされ(痛みはないが、画面的には弱い者いじめもいいところである)、トロールたちには誘拐されて食糧にされ(ここでゲーム・オーバー)、サイクロプスといった巨人族にはあっさり踏み潰されて終わっていた。
「長官、まるで話になりませんよ」
VRゲームをはじめて累計十四時間後、ガブリエルに呼ばれたメイウェザーは、専用の装置に繋がれたゼンディラの脳画像の変化とゲーム画面の変遷を同時に見やりながら――確かに彼の呆れる気持ちも無理はないと思っていた。
「彼、今二十八歳って言ってましたっけ?ここへ来て超能力を発現できるのは大抵、十代の子たちばかりですからね。二十歳や三十歳を越えてる場合も、記録には確かに数人残ってますが、大抵が微弱なテレパシストであるとか予知・暗示能力者だったりとか、そんなに大きな力の持ち主じゃありません。重力位相能力者なんて、結局ただの伝説か何かなんですよ」
「それはまだわからんさ。何より我々には、オッド・ステラの伝説があるからな」
「今まで、ひとりそんな前例があったからって、それがなんだって言うんです?彼女にしたって、たまたま自分の滞在していた惑星が災禍に見舞われて――隕石の軌道を逸らすとか、直接攻撃して砕くといったことが人為的に間に合わなかったことで……仲間たち数人と力を合わせて隕石を次々砕いたり、あるいは人のいない場所に逸らして大禍には至らなかったという、ただそれだけのことですよ。しかも、能力の使いすぎで、その後間もなく十七歳という若さで死亡してるんですからね」
「いや、それからもう七十年ばかりの時が経ってる。ギャビー、君は不思議に思わないか?念動力者や予知能力者、テレパシストにテレポート能力者、さらには大地鳴動能力者といった能力者であれば、既知宇宙内に張り巡らされた探索網にある程度引っかかるのに、何故重力位相能力者というのは、そう滅多に見出されないのだろう」
「さあ……それこそ、神のみぞ知るというやつですよ。とにかく、彼は駄目ですね。脳の反応部位は、大体のところ我々やESP能力者とも変わりありませんが、『やる気あんのかっ!』と、普段は心優しいオレでさえ、ゲーム内に天の声を響かせたくなるくらい、とにかくゼンディラには適性がありません」
「ふう~む。もう少しがんばってみてくれ……とは、私にも言えないか。もしかしたら彼には何か、別のアプローチ方のほうがいいのかもしれんな。なんでも、フォスティンバーグ博士のカルテによると、彼の出身惑星の僧侶というのは、小さい頃から真っ暗闇の狭い部屋みたいなところに篭もって祈りと瞑想に多くの時間を費やすのだとか。そのことと能力顕現がなんらかの形で結びついているのではないか――という、そうしたことだったからな」
「そうですねえ。あとは、彼の記憶の中の大切な人間にでも登場してもらって、その人たちがゴブリンなどに襲われるといったシチュエーションであれば、すぐプログラム出来ますよ。ゼンディラの性格からいって、彼は自分が死ぬ分には構わんといった精神の持ち主なんでしょうが、大切な人間の生命が危機にさらされてるとなったら……」
「いや、今はまだそこまでのことはいい。何より、善良なゼンディラ先生の信頼を損ねたくないからな。第一、彼が重力位相能力者だったとして……その力が一体どんな役に立つだろうね?物を移動させたり砕いたりしたいのであれば、念動能力者で十分事足りる。しかも、その能力が開花したがゆえに、彼がもし寿命を縮めるのだとしたら――私は彼にはむしろ長生きしてもらって、ESP施設の先生としていてもらったほうが……よっぽど我が機関として有益なのではないかという気がしているよ」
「確かに、そうですよね。先生方はみんな、あの我が儘な子たち……いや、そうじゃない子もいますが、精神的に問題を抱えた子が多いですからね。ゼンディラは珍しく大抵の子たちから好かれているようですし、ESP能力などなくても、十分我が機関のために役立ってくれるでしょう」
(話のほうはこれで終わりだ)というように、メイウェザーはガブリエルの肩をぽん、と叩いた。その後、二週間ほどの時が経ち、フォスティンバーグ博士は精神科医として子供たちのカウンセリングを受け持つようになり、ゼンディラは他の教師たち数名と一緒に、共同生活をはじめるようになった。教師の全員が地下施設に住み込んでいるわけではなく、大抵は都内及び郊外から通ってくるのだったが、中には住居費用がただでいいということで、ゼンディラと同じく子供たちの寮と同じ場所で暮らす教師もいた。
とはいえ、ゼンディラは例のESPチェックといった一通りの手続きを終えていなかったし、何か教えられる専門科目の担当があるといったわけでもない。また、本人の希望で、子供たちと一緒に勉強することで、同じ<生徒>として親しくなれれば……とのことで、彼はまずエスペリオール語や、他の惑星言語の授業、他に歴史や人類社会学、音楽や美術などの授業に参加していた。子供たちは最初、「あんなおっきい人、学校で見たことないや」と言って笑ったりしていたが、彼があんまり真面目に勉学に励んでいたせいだろう。十歳以上年下の子たちのほうがよほど成績が良かったわけだが、彼らは以後、ゼンディラの熱心さに敬意を払い、色々勉強を教えてあげる……というようになっていった。
もっとも、特に女の子たちの間でゼンディラ先生の取り合いのようになり、「次はわたしが教える番よ、ベリンダ!」、「何よ、このでしゃばり!言語学の成績はあんたよりわたしのほうが上よ、コレット!!」……といったような具合で、彼は別の意味で頭の痛くなることのほうが多かったようである。
また、例の過剰型、欠損型、そのどちらでもない中間型――という見分けというのも、ゼンディラは大体十日もしないうちにつくようになっていたと言える。たとえば、ゼンディラに自分の得意分野を積極的に教えたり、一緒に同じ座席で食事しようと熱心に誘ってくる子供というのは、大抵が<過剰型>である。一方、欠損型の子供たちというのは、「知らない人に自分から話しかけるだなんてとんでもない!」といった具合に、遠巻きにこちらを眺めていたり、話しかけたそうにしていても、目が合うなりパッと走って逃げてしまったり……何かそういった具合なのである。
他に、中間型の子供たちというのは、ESPオペレーション・システム内にて、作戦課題を与えられた時の動きで、一番その特色が現れたと言えたに違いない。過剰タイプの子供たちは、作戦参加にも熱心で、いつでも先頭に立って問題の中心人物として事の処理に当たりたがったが、一方欠損タイプの子たちというのは、自分の頭で何かを考えて行動することはなく、大抵は指示待ちであり、これが過剰タイプの子たちの苛立ちを誘うのだったが――中間型の子供たちは、このふたつの間を繋ぐ、言わば橋渡しの役を請け負うことが多かったからである。
「確かにこれは、現実と変わりないくらいリアルな仕組みと思いますが……でも、頭の中でばかりこんなことを繰り返していても、実践ではうまく動けないということはないんでしょうか?」
自分は作戦に参加せず、例のゴーグルによって子供たちの<人質救出作戦>を見守っていたゼンディラは、ガブリエルにそう聞いたことがある。それに対する彼の答えは――
「実際に任務が決まると、そのミッション・クリアに向けての実戦訓練をすることになるんだ。それは、ここの地下で一番広いスタジアムで行なわれる。それ以外は脳の中だけでオペレーションを実行したり、ミッション解決したりするだけでも、この子たちには十分なんだよ。もしかしたらあんたにはわからんかもしれないが、ESP能力者ってのは、数学が苦手な子は点数が100点満点中8点でも、社会や歴史の苦手な子はその点数が12点とか10点でも……関係ないんだね。唯一の得意分野である超能力においては、子供ながら1説明されただけで1000くらいの理解力、それに行動力を示すことが出来るんだ。欠損型の子たちはその点、頭で理解していても、協調性に欠けるところがあるわけだが、そのあたりは中間型の子たちがうまく調節してくれるというわけでね」
とのことだった。実はゼンディラが心惹かれるのは、いつでも自分を取り囲んであれやこれや(過剰なまでに)話したがる過剰タイプの子たちよりも――実はこの欠損型の子供たちのほうであった。
たとえば、絵を描くのが上手いヘンリー・ディケンズ。彼はオペレーションシステムに参加していない時は、美術室でずっと絵を描いている。ヘンリーの絵は不思議と人の心を惹くところがあり……これはゼンディラの評価ではなく、美術教師やメイウェザーといった、彼のまわりの人間の評価としては、「プロになって個展を開けるといったほどではないのだが、ずっと見ていたいような感覚に襲われる絵」ということだった。だが、ゼンディラは美術の真贋ということはわからなかったにせよ、あるひとつのことだけはわかっていた。ヘンリーが植物や樹木や鳥や動物の絵ばかりを描き、人間を描くということだけは決してないということである。
また、ゼンディラは彼が「いい絵だね」とか、「この鳥はなんだか、絵の中で楽しく歌ってそうだね」と話しかけても――「ああ」とか「うう」と答えるだけで、それ以上何も話そうとしないこともわかっていた。最初、ゼンディラはてっきりヘンリーが自分に心を開いてないせいだろうとばかり思っていたのだが、彼とミッションで組むことの多いテル・ミツバによれば、「ヘンリーは自閉症なんだよ」ということだった。
「顔のほうも無表情だから、わかりにくいけど……ヘンリーも先生のこと、好きみたいだよ。でも、心の中で色々思うことがあっても、それを口に出してたくさんの単語で即座に説明するのが難しいんだ。ぼくは瞬間移動能力の他に精神感応能力もあるから、彼が何を言いたいか、言われる前から大体わかったりするんだけど……ああ、そうだ。先生、ヘンリーと話がしたいんだったら、手紙でも書いてやりとりするといいよ」
このテル・ミツバの助言によって、ゼンディラはヘンリーに手紙を書くことにした。すると、驚いたことには、ヘンリーは彼が書いたとはとても思えないほどの……整然とした文章で返事をしてきたのである。
>>ゼンディラ先生、お手紙ありがとうございます。というか、ぼくのような人間を気にかけていただき、まことにありがたいことです……先生の自己紹介はぼくも聞いておりましたので、あのあと、惑星メトシェラがどのへんにあるか、銀河図で調べてみることにしました。ちなみにぼくは、同じ下位惑星のラケアニア星の出身ですが、同じ下位惑星系でもすごく離れていると思います。そういえば、ぼくの絵をお褒めいただき、大変ありがとうございます。人を描くことはないのかとお訊ねでしたが、ぼくは人間がきらいなのです。あ、先生のことや、美術のマーティン先生、友達のテル・ミツバやヒュー・フィリス、ピッパ・ゴールドスタインや……ぼくのことを理解してくれる人たちのことはみんな好きです。それでは先生、さようなら。
以来、ゼンディラはヘンリーの負担にならない範囲で、短い手紙のやりとりを繰り返していた。するとある時、>>「先生は死にたいと思ったことはありませんか?ぼくはあります」とあるのを見て、仰天したわけであった。
>>「ぼくは、たぶんきっと生まれてくるべきでなかったのだと思います。お父さんもお母さんも、本当はぼくがじゃまだった。でも、いつでも兄のジミー兄さんがぼくをかばってくれて……兄さんが死んだとき、お父さんとお母さんはぼくが死ねばよかったのにと言いました。心やさしく、頭もよかった兄のかわりに……その後、ぼくは保護施設にあずけられ、いじめっ子を焼き殺したぼくのところに、本星から迎えの人たちがやってきて……どうやらぼくは、生まれてはじめて親孝行ができたらしいのです。というのも、スタリオンの人たちが結構なお金を支払って、お父さんとお母さんが同意書にサインして、ぼくはここへやって来ることになったのですから。ぼくはここへ来て、生まれてはじめて「人の役に立つ」ということができて、幸せでした。みんな、ぼくにとってはとても大切な仲間です。友達のためだったら、ぼくは死んでもいい。それに、ESPに目覚めた者は結局あまり長く生きないのですから、なるべくたくさん人の役に立ってから死にたいと思っています。それではゼンディラ先生、さようなら。
ゼンディラはこの手紙を、子供たちの寮の隣にある教師の官舎のほうで読んだのだが――いてもたってもいられなくなり、内線でフォスティンバーグ博士たちのオフィスのほうまで繋いでもらっていた。遅まきながら彼はこの時初めて、「心に傷を負っている子供たちが多い」という、その意味を深く理解していたからであった。
「そうだね。ゼンディラ、君はあの子たちを教え導く教師でもあるわけだから、子供たちのカルテを読んでおいたほうがいいかもしれない。というのもね、君以外の教師陣はみなそのあたりのことを知っているし、その上で我々と月に一度か二度、あるいは必要に応じて精神科医らとも今後のことを相談したりするのでね」
フォスティンバーグ博士がそのあたりの許可を取ってくれたあと、ゼンディラ専用のFPC(フィールド・パーソナル・コンピュータ。電波さえ来ていれば、どこでも展開できる)のほうにファイルの閲覧許可を示すコードが送られてきた。ゼンディラは随分慣れてきたとはいえ、まだ入力が不慣れな可視モードになっているアルファベットや数字の羅列を、「ええと……」と呟きつつ、人差し指でポツポツ押していった。もちろん、音声で命じたほうが速いわけだが、「少しくらい馴れたほうがいいですよ」との有難い同僚の助言によって、目下彼はブラインドタッチなるものを学習中なのであった。
百人もいる生徒たちの、そのすべてのファイルを一晩で目を通せたわけでなかったにせよ、それでも、十ほども過剰型・欠損型それぞれの子供たちの症状や、何故超能力が発現するに至ったか、その過去のトラウマについて読むだけで……彼は精神と心の消耗があまりに激しく、それ以上は読むこと自体が苦しくなるばかりだったと言える。
この頃、ゼンディラはこの本星情報諜報庁へフォスティンバーグ博士とともにやって来て、三か月ほどが過ぎようとしていた。そして、偶然であったがこの日、初めて出会って以来、いつでもしつこくまとわりついてくるコレット=コニー=コルベットに、ついこう言ってしまったわけであった。「気持ちはありがたいけれどね、コレット。わたしは未熟であるとはいえ、一応先生という立場ではあるわけだ。そう考えた場合、ある特定の生徒とだけベタベタするわけにはいかないんだよ。わかってくれるかい?」といったように。
コレットはおそらく、それまでも薄々そうとわかっていたのだろうし、他の生徒たちが時々「ゼンディラ先生の迷惑も考えろよな、コニー!」といったように指摘することも何度となくあったわけである。だが、中間型の子は別として、過剰タイプの能力者も欠損タイプである能力者も、一般的なわかりやすい言い方をしたとすれば、みなそうした「空気を読めない」子がとても多い。そして、その全員がではないのだが、元は自閉症だったのが、超能力の発現とともにある程度快癒したという子供が多かった。だが、元の性格の自閉的な部分というものは大なり小なり残っており、そこで自分の何がしかの得意分野への執着や拘りとしてそれが現れてくるということなのらしい。
これは、コレットの場合、他者、それも年上の男性に対して現れることが多いらしいというのは、ゼンディラも他の教師たちから聞いて知ってはいた。「まったくもう、コニ―ときたらイケメン好きなんだからな」と、男子生徒が揶揄していたように、彼らが<校長先生>として慕うメイウェザーがやって来た時の、コレットの瞳の輝き、それに媚を売る態度ときたら――ゼンディラにしても、普段自分がそれをやられているだけに、笑いを禁じ得なかったものである。
ゼンディラは、コレット=コニー=コルベットのカウンセリング・ファイルを読む前に、すでに数人の生徒たちのファイルを読み、激しく動揺していたわけだが、次にコレットのファイルが出てくると……一度気持ちのほうをしっかり落ち着ける必要があったほどである。
というのも、惑星間第一公用語とされているエスペリオール語の他に、ありとあらゆる惑星言語に通じているような、アリッサ=カーライルは、言語学の授業において、すでにその専門の教師の力量を圧していたのであるが、彼女はこの自分の特別な能力をひけらかすのを決してやめようとしなかった。また、気取り屋として取り巻き以外の生徒たちから嫌われているきらいもあったが、本人はそのことに気づいてないのか、それともどうとも思っていないのか――国語系の授業において、人が答えられなかったり言葉に詰まったりすると、相手を助けるのではなく、授業中でも声高らかに哄笑していたものである。
彼女はいつでも、ベリンダ=コヨーテやミランダ=ランダルなど、同じように言語学に秀でたところのある女生徒と固まっていて、他の子供たちとはあまり接触しない傾向にある。アリッサたちの一派はいつでも、あるゆる惑星言語の詩や美といったものに酔い痴れ、お互いの間でその朗読をし、その言葉の反響を楽しんでいるようなところがあったが――ゼンディラはアリッサたちの仲間に入れてもらおうとして、「言語学の手ほどきをして欲しい」と申し出た時、彼女がはっきり難色を示したのを覚えていた。「先生は、胸もあっちのほうもない中性であるにしても、それでも遺伝子は男なのでしょ?」と言われたのである。その後、アリッサたちは話し合いの場を持ち、結局のところ少しくらいは仲間として認めてもらえたとはいえ……彼女たちがあんまり速い言葉によって色々な言語で会話を交わすため、言っていることがわからない以上、あまり深い心の交流までは持てなかったかもしれない(それでも、彼女たちは聞きなれない惑星メトシェラのシェフェーラー語には強い興味を示し、ゼンディラに教えてくれるよう頼んできたが、むしろゼンディラのほうが文法など、その言語の法則性について説明せよ、などと求められると、言葉に詰まってしまったものである)。
だが、アリッサにしてもベリンダにしてもミランダにしても……彼女たちが他に仲良くしている女生徒たちにしても、レイプされるか、あるいはそれが未遂に終わったケースもあるとはいえ、多くは下位惑星系のどこかの古い文明の星にて、娼館などで客を取らされたことが超能力発現に関わっているらしいのである(また、この<傾向>がわかって以降、下位惑星系のそうした娼婦業の建物を本星諜報庁の職員が定期的に調査しているとゼンディラが知ったとすれば、そのことにも彼は驚いたに違いない)。
彼女たちの過去について知るのは、自分も似た経験を経ているだけに……ゼンディラとしてもつらいことであった。というのも、彼と同じく超能力の発現によってレイプ行為が未遂に終わった場合であればまだしも――多くの少女たちにおいて、その生い立ちは不幸なものであり、知恵遅れの子供であったところをそうした施設で働かされることになり、親にとっては育てるのが困難な子の口減らし、その後はキツい労働が待っているのみならず、思春期を迎える頃には客を取らされ、ほとんどそうした労働の対価となる賃金のようなものも与えられないという環境であった。
アリッサの場合、八歳になるかならない頃に娼館へ奉公にだされ、娼婦たちの侍女のような仕事をする傍ら、十二歳になる頃から客を取らされるようになり……男の相手をうまく出来ないというので娼館の女将には殴られ、柱に手を縛りつけられた上、口を塞がれてレイプされることまであるという有り様だった。そして、こうしたことが続くうち、ある時心底嫌になったのであろう、男がいつも通り縄で縛ろうとしてくると、それを逆に客の男の首に巻きつけ、絞め殺してしまったのであった。こうして超能力に目覚めた彼女は、小さな頃から自分をいじめてきた娼婦たち、あるいはその場にいた男たちの全員を次々殺戮していき――一番恨みの深かった娼館の女将に対しては、その四肢を念動力によって引きちぎったのである。
だが、今こうした記憶はアリッサには一切ない。とはいえ、その時の記憶については、映像として保存されたデータがある。というのも、諜報庁の超能力者をリクルートする専用の職員に保護されてきた当時……彼女はほとんど無気力・無感動な状態に陥っており、アリッサが生きていく上で邪魔な記憶の消去と、その後の偽の記憶の植え付けとが行われることになった。ゆえに、アリッサは今現在、自分は中位惑星系にて、まあまあ裕福な家庭で幸福に育ったものの、本星にその能力を乞われてESP能力者として働くことになった――何かそんなふうに偽の記憶を本当のこととして信じているのであった。
だが、「本当の記憶を消去し」、「偽の記憶を植えつける」ということは、これだけ科学の発達した本星エフェメラにおいても慎重に慎重を期して行われることであり、これが他惑星のスパイといった敵でもない限り――当人の人権といったものを十分に考慮し、あくまで「それが治療として本人のためになる」と判断した場合においてのみ行われることであった(また、民間においては一般に、精神科医三人以上の、同一の診断と同意が必要でもある)。
アリッサにしても、ベリンダにしても、ミランダにしても……その過去については出身惑星が違うというだけで似通ったところがあり、彼女たちは念動力者であると同時に、若干の精神感応能力者でもあったから、記憶が消されて以後も、お互いに『自分たちは似た者同士だ』との本能的な嗅覚が働いてのことであろうか、彼女たちは実に気があい、また男というものを女よりも下等な生き物であるとして、馬鹿にする傾向が強かったわけである。
だが、次にコレットのカウンセリング・ファイルを読んでみると、彼女の場合はこの部分だけが逆なのだろう――と、ゼンディラはそう思い至った。コレットの場合も、言ってみれば惑星メトシェラとどっこいどっこいの辺境惑星にて、貧しい家庭の十人兄弟の七番目として育ち……彼女の場合は何故か母親に疎まれる傾向にあったため、その愛情が父親に傾くことになったわけである。コレットは七歳の時に地方領主の女主人の元へ奉公へ出されたわけだが、彼女はそこに出入りしていた見目麗しい貴族たちに密やかな恋心を抱いていたらしい。ところが、この惑星には奇妙な古めかしい風習が残っており――年に一度、豊穣の神ディスロワのために年若い娘を捧げるという――この<捧げる>というのは、生贄としてその命を、という意味ではなく、彼女たちは神殿娼婦となり、やって来る男たちが罪を清めるためにその喜びを心と体に受けて贖う必要があるとされている。
なんとも奇妙な教義ではあったが、古い伝統であるとはいえ、それが男性らを喜ばせるものであったがゆえに(と、同時にその人気は地方領主の大きな支持力となるものでもあった)、都合よく解釈されて残り続けたものだったのだろう(何分、既婚者の男性でも神殿娼婦と交わることは許されていたのだから)。言うまでもなく、こうした事情から、神殿娼婦という女性は村中、あるいは町中の女たちから毛嫌いされる職業であったわけだが、ある年、コレットがこの神殿娼婦に選ばれてしまったのである。というのも、この地方領主の伯爵であったアドミラール伯が彼女に色目を使ったことがきっかけで、伯爵夫人がコレットを屋敷から追い出そうとしたのであった。
こうして、コレットは伯爵夫人の手まわしにより、神殿娼婦となってのち、夫人と親しかったイモ男爵によって女性としての初めてを奪われ――その後も、男たちの罪の数々を贖うために何人もの男たちの相手をさせられるということになった。だが、その中にコレットと心を通わせた男性がおり、彼女は彼とディスロワ神殿から逃げることに成功した。けれど、神殿娼婦の逃亡は死罪、またそれを助けた者も同罪であるとされていたことから……コレットは捕まった時、せめてもこの恋人だけでも逃がしたいとの切なる願いが働いてのことであろう。事実、次の瞬間彼はふたりが逃亡先としていた場所へ瞬時にして運ばれていたのであった(だが、やはり彼はのちに身分を偽っていたことがバレ、処刑されることになる)。そして、コレット自身も逃げた。というより、懸命に逃げようとした。ところが、超能力者の最初の力の発現というのはコントロールがあまりうまくいかないので、恋人を遠い場所へ飛ばすことに力のほとんどを費やしてしまったのだろう(でなければ、ふたり同時に同じ場所へ辿り着けたはずである)。彼女は力なく倒れ、追ってきた男たち数名に乱暴されることになり……彼女は逃亡しようとした神殿娼婦として、石打ち刑が確定するまで、ずっと牢屋に繋がれていた。テレポート能力に目覚めたのであるから、その気になれば逃げられそうなものであるが、彼女はゼンディラと同じく、この時自分の能力がどのようなものかも実はまったく理解していなかったのである。だが、例の本星諜報庁のリクルート職員が噂を聞きつけ、コレットの身柄に多額の金を支払うことで釈放させたわけであった。
こうして、本星エフェメラへやって来ると、コレットは見たこともないようなテクノロジーの数々にもすぐ順応し(これはESP能力を持つ大半の子供がそうである)、まるで生まれてからずっと本星で暮らしているとばかり、そこでの暮らしを満喫するようになったわけである。
ゼンディラはこうしたコレットの過去に関してのファイルを読むと、やはり手が震えるほど心が痛んだ。彼女は現在18歳であったが、こうしたことのあったのはまだコレットが15歳頃の話だったからである。
男子生徒たちのカウンセリング・ファイルにしても、小児性愛者に手を出されそうになったのが超能力発動の契機であった子もいれば、それ以外では大抵が親・兄弟・姉妹など、近親者の殺害がESP能力顕現と同時に起きていることが多い。その場合は親兄弟に暴力を振るわれた、折檻を受けた、長期に渡る家庭内における精神的虐待が原因ということは少なく、むしろ戦争などによって外から敵がやって来、家族を守ろうとして――結果、親族の誰かしらが超能力発動による二次被害によって重度の怪我をしたり、死亡してしまったケースがあるわけであった。あるいは、死なないまでもその凄まじいまでの殺傷能力により、実の父親や母親から化け物扱いされたり、「おまえなんかもううちの子じゃない!」と泣き叫ばれ、捨てられたところを本星諜報庁のESPリクルート職員に拾われた……といった過去を経て、彼らは超能力者としてその能力を鍛えられ、一人前となっていったというわけなのだった。
ヘンリー・ディケンズに関して言えば、彼はいじめっ子から守ろうとしてくれた兄に彼らが常ならぬひどい暴力を加えようとするのを見て、兄を助けようとしたことがESP能力発動のきっかけであった。ところが、彼の火炎能力はいじめっ子のみならず、まだコントロールがうまく出来ないゆえに……兄にも重度の火傷を負わせてしまい、彼はその後病院で死亡してしまったわけであった。戦争で母親が敵兵にレイプされそうになっているのを見て、風を操るカマイタチの能力に目覚めたものの、この場合もやはり能力のコントロールが出来ずに母親の片足を切り落としてしまい、結果的にその後出血多量でこの母親が亡くなるなど――超能力に目覚めた子供たちの過去には、悲惨極まるものが多かったのである。
(この子たちは、わたしが惑星メトシェラのアスラ僧であると紹介されるのを聞いて、どう思ったことだろうな……)
もっとも、ゼンディラがアストラシェス僧院で日々どのように過ごしているかと聞いても、子供たちの間から意地の悪い質問は一切上がることはなかった。「毎日そんな暗い空間で祈ったり瞑想したりなんだり、大変ですね」と、心底感心したように言われたり、むしろある種の尊敬の念さえ示して「自分も、そんな場所で心から神さまに仕えたい」と、そう意思表明する子たちまでいたほどである。簡単にいえば、「僕たちのこの、悲惨な過去を知っても、先生は神さまがいるなんて信じていられるんですか?」といったように、ゼンディラに反発の気持ちを持って鋭く質問してくる生徒というのは皆無だったのである。逆に、自分たちの出身惑星ではこんな神さまが信じられていた、崇められていた……といったようにあとから教えてくれたりと、超能力の発現や本星における最先端の科学技術に囲まれていてさえ――彼らには何かまだ、神秘的なものを心から信じる余地が残されているようですらあった。
ゼンディラはこうした子供たちの過去について知ると、彼らのことが一層愛しくなるのと同時に、初めてこの情報諜報庁内におけるESP機関なるものに疑問を抱いたわけである。何故なら、子供たちはみな偏った嗜好を持っていて、人間的なコミュニケーション能力も乏しかったりするのだが、それでいて悲惨な過去を感じさせない純朴さや純真さに溢れており……ESPオペレーションシステム内における彼らの能力の使い方やその連携法を見ているだけでもゼンディラにはわかる。人質救出のために邪魔となる人間は最悪殺害せねばならないし、軍にESP能力者数名が投入され、敵陣を攪乱するために力を使うこともあれば、敵軍の情報を入手するために命の危険を犯すこともあるのである。
(それなのに、ヘンリーは『役に立てることが嬉しい』と言った。もちろん、記憶の移植を受けた子供たちにしても……その点においては洗脳を受けているわけではない。だが、こんなことが本当に許されていいのか?みんな、それぞれクセはあるにしても、あんなにいい子たちばかりだというのに……)
同時に、ゼンディラは自分という人間が不甲斐なくもあった。何故ならとっくに成人の粋に達している自分のような大人こそが、彼らの盾になるようにして最前線へ出ていくべきなのに――あれから以後も、ゼンディラはガブリエルが「いいかげんにしてくれ。こっちはこれが仕事なんだぞ」といったような結果しか出せていなかったからである。
ゼンディラは、三日かけて子供たちのカウンセリング・ファイルを読むと、目の下に隈を作ったまま、このことをフォスティンバーグ博士に相談にいった。この時点でのゼンディラの唯一の心の救いは……その間も、子供たちがお掃除ロボットのノラをロボットのようにではなく、人間に対するように感謝していたり、同じように料理ロボットのサラにも「今日も美味しかったよ、ありがとう!」と輝く笑顔で言っていたり――とにかく彼らには、暗い過去を感じさせないような優しさや心の明るさがあった。コレットに対しては「きのうはあんなふうに言ったけど、先生がコニーのことを大好きなことはわかってくれるね?」と言い、そう言われて彼女のほうでは泣きだしていたわけである。ゼンディラは人間の体ばかりを彫刻している、ゾーイ・ローゼンとも、彼の過去など知らないかのように接し(彼が例の母親の足をカマイタチで切り落とした少年だった)、自分の彫像が上手く出来上がっているのを見て喜んだりした。だが、唯一の違いはといえば、ゾーイが「あれ、おれの母ちゃんなんだ」と言っていた、美しい女性の像を見て……思わず瞳に涙が滲みにそうになったことだったろうか。
その他、現在過剰タイプの男子生徒間で流行している電子カードゲームに参加したり、欠損タイプの女生徒たちの中で、過書字傾向にあるあまりしゃべらない子たちに、文字を教えてもらって一緒に色々書いたり、それをまた別の生徒が文字のコラージュ作品とするのを見て感心したり――これでもし、この子たちが他惑星の戦争へ投入されたり、なんらかの諜報活動の尖兵とされるのでなかったら、もしかしたらどこにでもある学校の<放課後の一幕>ですら、それはあったかもしれない。また、授業内容についてはどの科目についても、ゼンディラは総科目最下位というくらい、成績のほうが不良ではあったが、むしろそれゆえにこそであろう。「先生、あったま悪いなあ」とか、「メトシェラではろくに勉強しなかったの?」と口にしつつも、それぞれ得意科目を持つ生徒たちは、何故か競って彼に勉強を教えたがったものである。
また、そうしたことの事情の裏には、彼らにとっての得意科目と不得意科目の成績のアンバランスさということもあったに違いない。アリッサやベリンダやミランダといった言語学が得意な子たちというのは、数学や物理や化学については平均よりも遥かに低い点数しか取ることが出来なかったし、逆に数学や物理などが得意な生徒たちは、こちらは比率的に男子生徒が特に多いのだが、彼らはアリッサたちの芸術的な詩の言葉や文章のセンテンスといったものにほとんど興味を示さない。また、美術や音楽を好む生徒たちは、数学と美術が得意、あるいは音楽と国語と歴史が得意……といったように、組み合わせはまちまちであったが、とにかく自分が得意でない科目についてはほとんど興味を向けることなく、成績が平均に遥かに及ばなくても、教師たちはそのあたりのバランスを石のローラーで均一にならすよう矯正したりは一切しなかったわけである。
>>続く。




