表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/30

第19章

「わたしも、まだこのあたりの周辺を散歩した程度に過ぎませんが……確かに、この惑星には一見しただけで驚くべきところがあると思います。森の樹木も、そこに自生する草花も――まるで生きているようだというのは言い方がおかしいかもしれませんが、この惑星の自然の中で暮らしていたら……もしかしたらわたしは彼らとそのうちしゃべることも出来るんじゃないかと感じるほどです。どう言ったらいいか……まるで、無造作にそこに存在しているというよりも、その一つ一つに意味があって、誰かが手入れした人工物のように端正な美しさがあると思うんです。わたしはまだこちらへ来たばかりですから、例の空気中に瀰漫するという成分が脳にまで回っている、その効果のせいでない気がするのですが……」


(わかるよ、わかるよ!)というように、シャトナー博士は何度も頷いている。


「そうなんだ……『一粒の砂の中に宇宙を見、自分の手のひらの中に永遠を掴む』とは、よく言ったものだよね。しかも、この惑星に来た、君のように特殊な僧侶といった職業の人でなくても――私のような世俗の垢にまみれた、しょうもない汚れた人間ですらも、まったく同じように感じることが出来るんだ。あの、アイリスに似た薄紫の花はなんと美しいのだろう、あの瑠璃色の蝶の羽ばたきときたら、まるで夢そのもののようじゃないか!といったような具合でね。実際、ここの研究員たちにもそういった惑星パルミラの『観照中毒』になる人間は多いんだよ」


「観照中毒、ですか」


 意味がよくわからず、ゼンディラは同じ言葉を繰り返した。


「そうなんだ。簡単にいえば、この惑星の何かしらをじっと見ているだけですっかり幸福な心持ちとなり……仕事なんかする気にさっぱりならなくなってゆくんだね。だが、我々は決してここへ遊びに来ているわけじゃない。そこで、すっかり気持ちがたるんで役に立たなくなった研究員たちは、大体三か月交替で人工コロニー送りになるというわけさ」


「なるほど……もちろん、本星のその筋の人々から『もっと結果を出せ』とせっつかれるということであれば、シャトナー博士のように責任ある立場の方としては、それは由々しき問題でしょうね」


 わかってくれて嬉しいよ、ゼンディラ君!とばかり、この時シャトナー博士はゼンディラのことを嬉しそうに見つめた。


「そうなんだよ!惑星パルミラが発見されて、すでに約六千年にもなるのに――本星からせっつかれる形で、ようやく自生する鉱物類の分類をある程度は進められたといった程度でね、研究員の数が足りないことももちろんあるんだが、何より能率が悪いんだね。本星の首都にあるエフェメイル大学だけじゃない、高位惑星系の星々の錚々たる大学の出身者がなんらかの弱味をつかまれ……じゃない。リクルートされてくるというのに、動物といった生物の分類や植物の分類といったこと以外では、この惑星についてわかっていることは実際のところ大してないんだよ。もっとも、本星のほうでは基本的に欲しいのは精神安定剤といった薬が重要なことで、そのありとあらゆる可能性の組み合わせによる新薬を作り出すことが最重要とされてるんだがね……ほら、この星に五つある研究施設のうち、第一施設の<パルミラ>が規模として一番大きい。そこでは純粋ESP能力者を人工的に造りだすことが出来ないのは何故かの研究をしている。まあ、ESP能力開発薬なんて言うと、いかにも馬鹿げて聞こえるが――ここ、惑星パルミラでは、この広い既知宇宙中、どこを探しても今まで発見されなかった性質の鉱物がいくつも存在していて、そこから粘液ゲル状のものが表面に浮きでてくる場合が多い。その未知の物質を組み合わせることで……そんなものが作り出せないかと夢みたいなことを研究してる基地が一番大きいというのは、初めてここへ来た人間にとってはそれこそ笑ってしまうようなことだよ」


「まあ、わたしのような田舎惑星の僧侶であれば、『ああ、そうなんですね』で終わってしまう感じかもしれませんが、博士のように洗練された高位惑星系の出身者であれば、さもありなんとして、わたしにも理解は出来ます」


「はははっ!ゼンディラ、君がユーモアを解してくれる、頭の固くないタイプの僧侶で良かったよ。さあて、この惑星パルミラについて、どこから話していったらいいもんかなあ。ESP能力開発薬なんていう馬鹿げた……いや、実際にはすでに実用化されていることを思えば、馬鹿げたとは決して言えないんだが、その代わりに寿命が極めて短くなるだなんて、やっぱり私には馬鹿げてるとしか思えないね。その子たちは心優しい里親の元で、十分豊かな環境の中育てられるのだとしても――その親たちだって、実際は堪らんのじゃないかと思うね。だって、そうだろう?どんなに一生懸命育てて、そうすることで星府から多額の養育費その他もらえるのだとしても……私などは割が合わないのじゃないかという気がして仕方ない。それはさておき、そのあたりのことは実際に第一施設の<パルミラ>へ行った時にでも、その筋の研究機関の職員に聞けばいいよ。普通の人はESP関連遺伝子が起きている状態になく、眠ったままである。では、その遺伝子を起こせばいいのだ……では、どの眠っている遺伝子と遺伝子の組み合わせをハンマーで叩き起こせばいいかということになるが、今までESP能力者の遺伝子を調べた結果――だのなんだの、長ったらしい話をあそこの施設長であれば、きっと得意気にしてくれることだろうからね」


(なるほど。中位惑星系の中間型能力者というのは、そんなふうにして生みだされるものなんだ。だが、薬によるESP能力開発というのは、天然の能力者に比べて力の上でどうしても劣ってしまうということなんだろうな……)


「そうだなあ。まずは、ここ惑星パルミラと本星をはじめとした、他の惑星との関わり……それと、地球が滅んだあとの再びの取り返しのつかない戦争危機について説明したほうがいいのかな。あとは、ここパルミラが危険宙域に指定され、何故隠され続けねばならないかの理由もね。ゼンディラ、我々が出身惑星は異なれど、元は同じ地球発祥の生命体であることは君も知っているね?」


「はい……最初に『惑星列伝』といった本で学び、その後、ESP能力者の子供たちが学ぶ学校で一緒に勉強したりして、高位惑星系の中等学校で習う程度のことは知っていると思います」


(結構、結構!)というように頷いて、シャトナー博士は話を続けた。ブランデー入りの高級チョコレートを口へ放り込みながら。


「今の今まで、惑星パルミラなんて惑星が、いかに我々人類の歴史に関わったかなど、どこの宇宙の歴史書にも載っていない。それは、実はこういった顛末なのだよ。宇宙船<ピルグリム号>に乗っていた人々が、その後どんなふうにしてここに住み着いていったかについてはロドニーから聞いたことと思う。それと、彼らがその<鉱物生命体>と死後にどのように一体化していったかも……いや、もちろん私にも本当のことはわからない。とにかく、もし許可が下りたら、君もこの美しい惑星の魂と言われる<パルミラ>のいる洞窟のほうへ行ってみるといい。その昔は誰でも<パルミラ>と会って話が出来たらしいが、今では――これも本当はどうなのか、私も知らないんだけどね――本人が会いたい人間を制限しているらしい。なんでも、<パルミラ>はこの惑星の地面に足をつけた人間のことはなんでもわかるということなんだ。だから、いまやその人間が自分が会って得になるような情報を持っているか否か、自分が会うだけの価値があるか否かについて、会う前から見当がついているということでね。とにかく、惑星パルミラへやって来た宇宙船<ピルグリム号>の人々は、道徳的にも人格的にも、<パルミラ>が合格点を出す程度には、そこそこまっとうか、あるいはそれ以上の人たちで占められていたということなんだろう。何故って、それ以前にも<パルミラ>へやって来た人間はいたが、大抵は邪悪な心根の持ち主で、自分から子供たちを……ええと、この場合はようするにこの星に山のようにある宝石類をだね、大量に盗んでいこうとしたから<パルミラ>はすっかり憤慨して、そんな奴ら殺しちゃってたんだね。だが、<ピルグリム号>の人たちはある程度善良で、<パルミラ>にとっても見るべきところがあるように感じられたから、彼――いや、彼女かもしれないけど、とりあえずそう呼ぼう――も色々教え導いて、助けてあげようとしたわけだ。そこでね、この惑星へ辿り着いた<ピルグリム号>の初代の人々が死後に<パルミラ>とひとつになったことを、この惑星では『列石される』と言ったりするわけだが……その列石者がどんどん増えつつあった頃、<ピルグリム号>に乗船していた友人や知人や親族などが、彼らがその後一体どうしたかと、探索しにやって来たのだね。実は、<ピルグリム号>の乗船者たちの中には、失脚したものの、元は有名政治家といった惑星政治に長けた有能な人々がたくさんいたのだ。<ピルグリム号>の初代の人々は彼らの話を聞き……宇宙戦争の危機が迫っており、もはや事態は一刻の猶予もないまでに煮詰まっていると知ったのだね。だがその時、鉱物生命体の<パルミラ>がこう言ったのだそうだよ。銀河地球連邦軍、宇宙王立連合軍、宇宙共和同盟軍、新銀河皇帝騎士団……といった、主だった宇宙軍の責任者や、惑星政治を司るトップの人間たちをここへ連れてきてもてなせ、と。とはいえ、それだとこの驚異の惑星パルミラの奪いあいに今度は発展するだろうと考えた彼らは、現在首星となっているエフェメラという星に――当時はまだ、今ほどの発展の影もない田舎くさい惑星だった――彼らを招待することに成功した。それがどんなふうにして実現したかは、多くの歴史書にそれなりにそれっぽいことが書いてあるから、興味があったらそちらを読んでみてくれ」


「ええと、ようするそれが有名な<宇宙会議は踊る>と歴史書に書き記されている出来事だということなんですよね?」


「そうだ。<パルミラ>は、確かに『列石された』人々から知識や知恵を吸収し、いまや死んだ人々の頭脳の中を隅々探って、今この既知宇宙全体で何が起きつつあるかを悟っていたんだ。そこで、憐れなる我々地球発祥型人類にどうすればいいかの知恵を下されたというわけなのだよ……ゼンディラ、私はケチな研究費の横領といった件でここへ来ることになった罪人なんだがね、おかしな話、ここパルミラへやって来た時、『横領してて良かった!』とすら思ったね。じゃなかったら、学校で習った<宇宙会議は踊る>なんていう信じ難い話を「なんにせよ、宇宙が平和になったんなら良かった」という感じで、その裏側であった本当のことになど、決して思い至らなかったことだろう。私はこのことを初めて知った時――ゼンディラ、君が『この宇宙の果てに神を探しに行っても神はいない。何故ならこの宇宙そのものが神なのだから』というような種類の神が……もしかしたら本当にいるのかもしれないとすら思ったよ。なんにせよ、事実は大体次のようなことだったんだ。銀河地球連邦軍、宇宙王立連合軍、宇宙共和同盟軍、新銀河皇帝騎士団といったそれぞれ広大な星域を治めるそれぞれの星系代表者が何人となく集められ……とにかく、毎日会議を開いて食べたり飲んだりして過ごすということになった。当然、会議を開いて互いの利害が一致するなら、戦争になんかなってないわけなんだけどね。ところがだな、会議の合間合間に出される食事や飲みものにはすべて混ぜ物がしてあったんだ」


「まさか……」


「そう、そのまさかさ。惑星パルミラは、私に言わせれば別名エクスタシーの星とでも呼びたいような惑星だからね。最初は喧々諤々の討論をしていた人々は、何故かだんだん利害を越えてお互いの気持ちを理解しあうようになり……最後は、ともに同じひとつの惑星、地球を失った者同士として抱きあって泣くことさえしたらしい。ゼンディラ、高位惑星系の星ではね、『自分が本当の本当に自分か』という証明をするのが非常に難しい。もちろん、君もそこを見てきたならわかることと思うが……体内に埋まったナノコンに自分の識別番号が刻んであるにせよ、こうまで見た目の容姿の改善や記憶の改竄といったことが当たり前のように出来るようになると――『本当の本当にわたしはわたしか』と、アイデンティティ障害に悩む患者が精神科医に相談するって、なんかわかる話だよね。何を言いたいかというと、『わたしがわたしだと信じているわたし』などというものは、存外まったくアテになどならないということなのさ。この時の宇宙会議に参加していた人々がちょうどそうだった。ようするに、<パルミラ>が直にその配合を指示した食事や飲みものに混ぜた薬剤というのがね……人の脳の内分泌系に作用する栄養分子薬だったんだよ。ちなみに、これをもっと薄めて改良に改良を加えたものが、今高位惑星系や中位惑星系で飲まれている、一般に<セラックⅣ>と呼ばれる精神安定剤だ。何分、この時は期間が限られていたこともあり、少し成分のほうが強めだったんじゃないかと思うよ。とにかく、日に日に会議のほうは意味のないものになっていった。なんでって、この薬は今我々がパルミラで暮らしていて、『観照中毒』になり、仕事のことなんかもうどうだっていい――みたいになる、不思議と気分が高揚して幸せになるという例の成分で構成されていたからさ」


「それで、一体どうなったんですか?」


 ゼンディラがESP機関の学校にて歴史の授業を受けていた時――その電子教科書には、次のように記述されていたと記憶している。『その後、101日間に渡って宇宙会議は踊った。当時の四大銀河勢力の有力者たちは、会議が長引くにつれ、互いに互いのことを生身の人間として認識するようになり、スクリーン越しの指令によって行われる血の通わない方法によってではなく、直に会い、互いに互いが何ひとつ変わらない地球発祥型人類であることを確かめあったのである。この四大銀河勢力が和を講ずることになった秘訣は、何よりここにあった』とか、何かそんなふうに。


「つまりね、そこには宇宙王立連合軍の王族やら、新銀河皇帝騎士団の勇猛な騎士団長やら、そんな宇宙政治の鍵となる錚々たる人物が一同に会していたわけだが……たとえば、銀河地球連邦軍のある将軍と宇宙共和同盟軍といった人々の間には――というか、これは四大銀河勢力のどこでもが互いに対してそうだったわけだけど――ある戦争で一度に300万人とか、そのくらいの軍人や民間人が一時に宇宙へ散っていったというような歴史があるわけだよね。そんなことが幾つも積み重なっていたから、互いに相手のことを許すだなんて、到底考えられもしない状態の沸点に達していたと言える。でも、彼らは決してお遊びで惑星エフェメラの星都、エフェメイルに集っていたわけじゃない……にも関わらず、みんな頭でいくらそうとわかってても、駄目なんだね。『この会議が終わったら、宇宙共和同盟軍のサルヴァン大将ときのうのチェスの続きをしよう』と銀河地球連邦軍の宰相が考えたり、宇宙王立連合軍の王族が、その独立を今も認めていない新銀河帝国騎士団の中将とポーカーやビリヤードをして、これまた例の成分入りのセディマ産ウォッカを一杯やるのが……これまた最高だといった具合でね、とにかく会議は毎日、踊りに踊ったわけさ。そこに集った人々は百名弱だったらしいけど、実際にはその従者やらなんやら含めると、軽く三百名以上はいただろうね。それぞれ警護もつけたりなんだりといった用心もあったことだろうし……とにかく、こうして毎日実りのない会議をしては、人々は美味しいものを食べて飲み、会議のあとのお楽しみのことか考えられなくなっていったんだ」


「でも、最終的に101日目で会議は打ち切られることになったわけでしょう?」


「まあね。それぞれ、故郷の惑星にて、政治的な仕事やらなんやら山積していたことだろうし……実際、その頃にはその場にいた人々は全員友達みたいな友好的な関係になっていたらしい。そこで、このことで彼らをひとつの場所へ集めるのに苦心した人々が最後に種明かしをしたんだ。『みなさんが和平を講じることに同時に同意されたのは、そのような薬剤が存在したからです』とね。無論、人々は訝ったよ。だが、その頃にはもう麻薬を盛ったのかと疑い、腹を立てる人間さえひとりもいなかった。むしろ、今のように気分よく過ごせるために、その薬が欲しいと、誰もがその成分を知りたがったんだ」


「なるほど……」


 ゼンディラがシャトナー博士の話してくれたことの要点を頭の中で整理していると、彼はさらに畳みかけるように言った。


「その後、銀河四大勢力は次第に少しずつかつての栄華と繁栄を失い、それらの惑星勢力がどんどん星系ごとに小さくなってゆき、かつての<宇宙会議は踊る>の再演を行うことになった。つまりは、各星系ごとに代表者として議長を選出し、平和で平等な宇宙世界を築くべく漸進し、互いに協力・努力する――こうして、本星エフェメラに星府スタリオンをいただく、宇宙議長制による、全惑星共和政治が機能するようになっていった。その歴史が約六千年くらいかい?ゼンディラ、君も自分の惑星に比べて、ここエフェメラってところはなんてすごい都会の惑星なんだろう……と思ったかどうか知れないが、結局、実際はどうってこともないよね。つか、人類が地球出てから4万4千年も経つのにたったこんな程度?というか、むしろその半分以上の時を戦争に無駄に費やしてたってどうよっていうかさ。だから、<宇宙会議は踊る>が宇宙の歴史の大きな転換点だったみたいに――これからもきっと何やかや、この宇宙の塵芥、この広大な宇宙にとってはシラミほどの大きさもない人類には、また何かしら事件が起きたりするに違いないよ。そして、この既知宇宙を率いるべく生まれた高位惑星系の人たちだって、もう基本的には自分のことしか考えてないんだ。そりゃ、次の選挙で誰を選ぶかなんてことには一応関心を持ってたりはするね。でも、本質的には……生きようと思えばいくらでも長生き出来てしまえるがゆえに、お金を貯めることや、あとはワークライフバランスといったことを考えて、仕事だけじゃなく、それなりに人生の楽しみのことも考えてってとこかい?私が思うに、今ほど人類が進歩してない、地球人が宇宙から飛び出す以前だって、人間ってのはそんなものだったんじゃないかと思うね。ああ、まったくこの労働という呪い――いや、私はここパルミラで自分の好きな研究に没頭できて至極満足してるにしても……まるで、聖書の創世記でアダムにかけられた呪いが今も連綿と存続してるみたいじゃないか。しかも、アダムはまだしも良かったよ。伴侶のイヴは額に汗して働く彼を助けてくれたんだろうし、自分が先にリンゴかっ食らっちゃってごめんねといった罪悪感もあって、優しかったかもしれない。でもねえ、今の時代自分にとって本当に大切なパートナーと結ばれるって、大変なことなんだよ」


 シャトナー博士は過去に一体何があったのであろうか。彼は今もその傷に苦しめられているとばかり、胸を押えてつらそうな顔をしている。彼は現在齢九十を越えるが、惑星間旅行中に一度事故に遭い、保険としてバックアップを取ってあったクローンにて甦っている。それが四十五歳の頃のことであり、現在も五十代くらいにしか見えなかったものだった。


(そういえば、このシャトナー博士の顔の表情は……どこかで見たことがあるような気がする。確かゾシマ長老が、わたしに自身の生い立ちを語ってくださり、好きな女性と結ばれることは叶わなかったと言った時の表情に似ているような……)


 この時、ゼンディラもまた少しばかり胸の奥が痛んだ。あれからゼンディラは折に触れ、ゾシマ長老が語ってくれたことを思い出し――その『本当の意味』について知るたびごとに、時としてなんとも言えぬ切ない思いに駆られていたからである。


(『覚えておきなさい、ゼンディラ。人間はすべてを与えられ、幸福に囲まれていたとしても、自らそれらすべてを捨て、不幸になることの出来る稀有な人種なのだということをね』……そうだ。だが、それでいくとここパルミラ産の薬剤は、人間に希望を持たせたり気分を明るくさせたりすることが、なんの副作用もなく出来るということだろう。そして、そのような精神状態に人間が達していればこそ、少なくとも星間戦争のような愚かなことは随分長いこと起きてはいないという、そうしたことでもあるのではないか?)


 詮索好きな人物であればおそらく、『過去に恋愛問題で、何かあったのですか?』とでも聞いていたかもしれない。だが、ゼンディラは本人が話したそうな雰囲気を醸してでもいない限り、相手のプライヴェートな領域には踏み込まないといった性格をしていたから……シャトナー博士はそんな彼の性格を好ましく思ったといったところで、この話のほうは終わりとなっていた(もっとも博士は、もし一言そう聞かれていたら、今まで自分が一体何人の女性に夢中になり、そのたびに裏切られてきたかについて、山のような恨み言をゼンディラに聞かせたに違いない)。


「さっき私は、<宇宙会議は踊る>の真実を知った時、『もしかしたら神は存在するのかもしれない』とすら思ったと言ったね。それが何故かというとだね……いや、一応その前に私個人の宗教観について話しておこうか。私はね、ここ惑星パルミラへやって来るまでの間、バカンス期間なんかを利用して、それこそたくさんの惑星をいくつもいくつも旅して来たものだった。そして、その惑星ごとに様々な文化形態があり、色んな種類の神さまが色々な形で崇められているのを見てきた。実に不思議だよねえ。爬虫類型人類の星へも、馬型人類の星へも、両性型人類の星へも私は行ったことがあるけど……大抵やっぱり、ある意味当たり前っちゃ当たり前だけど、神々は石や木で形造られている場合が多いんだねえ。私はそうした色々な神々の神殿へ行っては、礼拝してきたよ。なんでって、私はそれらの神を特段本当の意味での神とは思わず、ただの文化的所産と思っているからさ。で、一渡り見回して、『こんなところが見事だ』とか『素晴らしい!』なんて思っては感心してきたといったタイプの人間でね。きっとゼンディラ、君の母星のメトシェラへ行ったとしたら、まったく同じようにするだろうと思う。アスラ神がいかなる存在かを調べ、現地人にうまく化けてその神殿に詣で、失礼にならないよう周囲の人々と同じように礼拝する……あとは、服のボタンなんかに仕込んだ超小型カメラでこっそり写真を撮りまくり、その後自分のSNSにそんな旅行記をアップするといったところだね」


「ようするに、シャトナー博士は汎神論を信じておられるということですか?」


 汎神論とは、すべての物は内在的に神的部分を含み、ゆえに、この宇宙のすべての存在は総体的に神であると同時にその一部である……簡単にいえば、そうした考え方のことである。


「そうとも言えるね。だから、そうした考え方でいけば、この宇宙中に存在する幾百万という神々も――人間の脳が生みだした所詮は偶像にしか過ぎないというより、そのすべてが神であると同時に神でないとも言えるし、その一部分くらいは確かに神かな……といった、私の宗教観というのは、たかだかそんなところだという話さ。それでね、こんないいかげんな宗教観しか持たない私でも、ここパルミラという惑星を知った時、<宇宙会議は踊る>のシナリオの裏でここの鉱物生命体が糸を引いていたとわかり、こう思ったんだ。もっとも、この宇宙のどこかの惑星に、この宇宙のすべてを造った神がいるに違いない……そして、この惑星パルミラこそがそれなのだと思った――なんていう話じゃない。私の仮説というのはこうだ(というより、他にも似たようなことを言ってる学者はいくらもいるのだが)。もしこの宇宙のすべてを造ったのが神なら、ありとあらゆることの起きる可能性というのを、AIコンピュータなぞより遥かに精密に計算してあったことだろう。この神とやらは、宇宙にまで飛び出した賢き人類が、愚かにもこの大宇宙でまでも戦争に明け暮れるだろうことを……きっとずっと昔から予測していたのさ。何故といって、ここパルミラの惑星年齢は地球が誕生した、そのわずかにあとで、今約43億歳といったところだ(今は放射年代測定法などより、遥かに高い精度でこのあたりのことがはっきりわかる)。つまりね、この広い宇宙の中では、神がもしいたとすれば、地球を誕生させる前に練習したのじゃないのかと推測される惑星がいくつかあって――まあ、もちろんそんなのはね、あまりにも人間的すぎる考え方ではある。だが、いくつか奇跡的に一致する不思議な事柄というのがあって、神とやらはもしやそんなふうに『きっとそう考える人間もいるこったろうから、あえてそんなちょっとした痕跡でも残しておこうかね。いやいや、わたしはほんとに神だから、そんな痕跡、残さなくても一向構わんのだが、それもまた可愛い人間ちゃんたちのためだ』といった具合に考えたのではないかと推測したくなる証拠なわけだ。冷厳な科学者の荒い鼻息にかかればそんなもの、無論『ただのくだらん偶然の一致』というように軽く吹き飛ばされてしまう程度のことだろうがね……とにかく、いつかなんらかの危機が宇宙に、神が結構苦労して生みだしたとも言える人類に及んだ時――神はもしかしたらそんな、究極の救いの一手の可能性を残したかもしれんのだ。そして、そんなふうに考えていくと、君たちESP能力者というのは実に不思議な存在だ。神はね、もし神なんてものがいたとしたら、この宇宙にありとあらゆる可能性の種子を蒔いたということなんじゃないだろうか。この宇宙に無駄なものなど実にひとつとしてない。人間の目には価値なきゴミのように思えるものさえ……何かの物事を起こす力に変換できる可能性を秘めてすらいるのかもしれない。私がもし神を信じているとしたら、うまく言えないが、何やらそうした種類の神ということになるだろうか」


「なるほど……それは実に興味深いお話ですね。そして、ここ惑星パルミラの魂とも呼ばれるその鉱物生命体は、宇宙の神でないとしても、この星の中では神にも等しい存在ということなのではないでしょうか。そして、他星の人々がもしわたしの故郷メトシェラへやって来た場合、アスラ神の神殿ではそれ相応の敬意を払う必要があるように――わたしたちはその鉱物生命体<パルミラ>に対し、同じ種類の尊敬を持って接する必要があるということなのでしょうね。何より、地球発祥型人類の恩人とも言える方なわけですし……シャトナー博士はその鉱物生命体にお会いになったことがおありなのですか?」


「残念ながら、いまだに呼ばれないよ。というか、最初の宇宙船<ピルグリム号>とのファースト・コンタクトの時は、きっと彼もこの他星からやって来た知的生命体との接触に、興奮や好奇心を抑えきれないところもあったかもしれないけど……何分、それからもう六千年だよ。彼のほうでももう、我々地球発祥型人類について、『あれも知ってればこれも知ってる。並の人間がやって来たって程度じゃわしゃもうさっぱり驚かんよ』といった、そんな境地に達してるんじゃないのかね。ただ、ここパルミラの石たち……鉱物類というのは変わっていてね。君もそのうち、山や森なんかを逍遥してるうちに気づくだろうけど、時々人間に話しかけて来ることがあるのさ」


「どういうことですか?石がしゃべるということですか?」


 ゼンディラはこの質問を、至って真面目な顔をして聞いた。


「そうなんだ。といっても、私たちが今しゃべってるような、口でしゃべるといった形態じゃない。頭の中に直接話しかけてくる。と言っても、彼らは非常に無口で内気といった性格を基本的にはしているから……我々の行く手に何か危険がある時とかね、あるいは精神的に同期しやすいように感じる気に入った人間がいれば――大抵、その人がひとりでいる時に話しかけてくるね。ゼンディラ、最初は君も『もしかして幻聴か?』と思うかもしれないし、例のこの惑星の大気に含まれる物質のせいだと考えるかもしれない。まあその点、話しても特に何も害はないから、頭の中で返事をしたっていいし、口に出して返事をしても、それはどちらでもいいんじゃないかな」


「でも……わたしは基本的には頭の中で考えることはメトシェラ星の主語シェフェーラー語によってですし、それをもし仮に口に出す時にはエスぺリオール語に変換したとした場合――彼らは一体どんなふうにしてわたしたちの言葉を理解しているのですか?」


「まあ、彼らには人間の言語なんてものは、バベル以前の話だということなんじゃないかね。ええと、これも旧約聖書の創世記に出てくる有名なエピソードだな。人間たちが、自分たちの能力を誇示して、バベルの塔なる建造物を天に届くほど高く造ったんだね……そしたら神の奴は、自分で造ったにも関わらず、この人間という奴は危険だ。このままひとつの言語を持ってると何をしだすかわからんぞと考えて、その塔をぶっ壊したのみならず、人間の言葉を混乱させたんだそうだ。以降、人間は諸部族ごとに散らされ、それぞれの民族ごとに言葉を持ち、その言語は通じ合わなくなっていったそうだ。だが、それ以前の初期の頃の人間というのは、ひとつの言語で固く結びついていたというのかね。ここ惑星パルミラの鉱物生命体は、例の洞窟の地下深くにいる大元の母なる――いや、父なるでもいいのだろうが――と、同期しつつ、個体性というのか、個別性があるらしい。これはまあ、それぞれ異なる性質や性格を持っているという意味なんだが……とにかく、彼らには我々の言わんとすることが伝わるし、それはある意味私たちが口でそのように『言おう』と思った瞬間と、口に実際に出すその間くらいで理解しているようなところがあるね。ああ、そういえば旧約聖書の詩篇には、こんな言葉もあるよ。『ことばが私の舌にのぼる前に、なんと神よ、あなたはそれをことごとく知っておられます』(詩篇139編4節)とね。何かそんなことに似てる気がする。とにかく、彼らに害はないから、『この宇宙には随分不思議なことがあるものだ』くらいな感覚で、適当に石たちとの会話を楽しむといい」


 ――シャトナー博士はそう言ったが、ゼンディラはその後、この第五研究施設<フェイゲン研究所>にいる間、周囲の自然を散策してはみたが、そのような<石の声>など、一度として聴いたことはなかったかもしれない。「かもしれない」と言うのは、彼は大抵ひとりではなく、案内役の研究員の誰かしらが常に傍らにいたからだし、話しかけられてもゼンディラ自身が気づかなかったという可能性もあったろうからである。




 >>続く。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ