表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/30

第13章

「ミスター・ゼンディラ、あなたの国では僧侶というのは……人々の懺悔といったものを聞く役割も受け持っていたりするんでしょうか?」


「そうですね。わたしもメトシェラを出てから、他の惑星ではどのような神々が崇めれているのだろうと思い……色々調べました。その中のいくつもの宗教の中で、告解とか懺悔と呼ばれる儀式があるのを知りました。アスラ教の中にはそのした宗教様式はありませんが、神に代わって罪を赦すというのではなしに、簡単にいえば人生相談ですね。わたしがいた僧院は、アスラ教の総本山のような場所でしたので、随分遠くから巡礼の人々がやって来ては長老たちにそうした話をしたがったものでした。わたしも第六僧院に身を置いて以後、僧院を訪ねてきた人々から打ち明け話をされたりしましたが……なかなか技術のいる、難しい仕事です。何分、わたし自身がまだ若いものですから、信者の方のほうでも、こんな若輩者に相談したとてなんになる……といったようになる場合もありましたしね」


「ゼンディラ、おそらく君は気づいてないかもしれないがね、私の仕事というのは実は、君の職業の親戚みたいなものなのだよ。ほら、私の顔を見たまえ……今の高位惑星系の科学を持ってすれば、もっといい男になるのも簡単だというのに、私は顧客の身を慮ってこんな容姿のままでいるわけだよ。そこそこ年のいった、人生経験もそこそこありそうな学者系の顔というわけだね。人というのは何故か、若くて美しい人物を賞賛しはするが、そんな人にはあまり自分の人生の弱味を見せようとか見せたいとは思わないものなのだよ。まったく、人は見た目が九割とは、よく言ったものだね」


「そうですね」と、ハイデン大尉は頷いた。彼女はバジリコ・スパゲティを食したのみで、あとはデザート等をいくら勧めても、食べようとはしなかった。「実は私は……一度死んだことがあるのですよ。その時、クローン人間のバックアップを取ってあったので、そちらへ脳を移植してもらったわけですが、どうせ死んだのなら、顔くらい変えたほうが良かったのかもしれない。でも、私は怖かったのです。もしそんなことをしたら、それがどんなに美しい顔であれ……『これは本当に私なのだろうか』との、アイデンティティ障害に悩まされるのではないかと、そんな気のすることがね」


 この時、一体何を思ったのだろうか。ゼンディラはハイデン大尉が座る椅子の前に屈み込むと、彼女の手を取って言った。


「ハイデン大尉、あなたはとても美しい人です。わたしにはそのことがよくわかっています。ですから、そんなことはしなくて良かったのですよ。クローン人間や記憶のデータ保存といったことは、わたしも勉強して、大体のところ理解しています。その死の経験に関して、何かとてもおつらいことがあったのでしょう。人生相談ということで言えば、きっとわたしより博士のほうが格段に上級者であるのは間違いないところです。でも、わたしのような人生の通りすがりである他星の人間に話して楽になることが、何かあるかもしれません。それが告解でも懺悔に当たるものでも、わたしは決して口外しませんから、その点は信用してくださって大丈夫です」


「ええ、私も事件直後に意識を取り戻してのち……フォスティンバーグ博士と同じ職業の方と、何十度となく面談を重ねたものでした。まあ、私が分子爆弾によって首から下の肉体を失ったのは――少なくとも私自身のミスといったものから生じたものでなかったことだけが、ある意味救いといえば救いだったかもしれません。守秘義務といったことがありますので、事件の詳細については伏せさせていただきますが、簡単にいえば今と同じようにボディガードの任務についていたのですよ。正直、私が死というものから甦ってきてわかったのは……死ぬ、というのは当初恐れていたほどそう大したことでなかったということなんです。もちろん、かといって今もう一度似た脅威にさらされたとすれば、私は恐れ慄くことでしょうが……それは生命の持つ本能のようなものなのでね。よく、人は死ぬ前に一瞬にして走馬灯のように自分の人生を振り返ったり、臨死体験をした人が美しいお花畑を見たとか草原に虹がかかっているのを見たとか、そんな同一の体験話をするでしょう?私も大体のところ似た経験をして、その後こう思ったわけです。地球人類といったものは、地球から宇宙へ飛び出して以後も……脳の基本的な構造自体にはそう変化があったわけではない。ということは、死に際して脳が見せる幻のようなものも、大して変わりがないのだな、と。つまり、死に際して人というのは――肉体のほうが総動員して、一番大切なものである脳をどうにか苦痛から守ろうとするものなのでしょう。それこそ、あらゆる手段を尽くしてね。そこで、エンドルフィンといった快楽物質を出すことさえして、脳に幻を見せようとするわけです。走馬灯に関しては、どうにかこの苦境を生き延びる手段はないかと、脳が一瞬にして過去に起きたことを探ろうとするからだとの説がありますが、私自身はおそらくそうなのではないかと思っています」


「ハイデン大尉、あなたは本星の多くの人々がそうであるように、神という存在を信じていないのでしょう?」


「そうです」と、ハイデン大尉は食後に紅茶を飲みつつ言った。「確かに、一度死ぬ前に見た幻は美しく、エクスタシーを誘うような甘美なものでさえあったかもしれません。けれど、かと言って私はもう一度死んだら今度はあの天国へ自分の魂は運ばれるのだろうといったようには一切信じることが出来ません。次に死んだあと、私の脳は意識の闇に閉ざされるでしょう。けれど、それが一体なんだと言うのです?私はそれまでの人生を出来るだけ甲斐のあるものにしようと出来得る限り努力してきましたから、人生のゴールなるものが死の闇でも、特段それが不幸とも思いません。ただ、あなたのように僧籍にある方がこうした人間のことを惨めと考えるのかどうか、そのことをなんとなく知りたいように思ったのです」


「ゼンディラ、ここのホテルの窓からは、同じ系列のグループ会社が経営するホテル<ピラミッド>が見える」


 フォスティンバーグ博士は、返答のための何かのヒントでも与えようと思ったのだろうか。「スカラベ、スクリーンを上げておくれ」と、室内コンピューターに命じていた。すると、そこに映っていたナイル川の映像が消え、窓の外の夜景があらわになる。


「あのピラミッドはね、先ほど話したこのホテルの廊下に並ぶ王たちのお墓が元になっているのだよ。エジプト文明は人類が誕生して脳が発達してゆく過程で、人間が神を崇めはじめた割と初期に隆盛を極めた神々の存在する文明だ。その宗教ではね、<死>ということが人生最大の感心事だったのだよ。生きている間、どのような栄華を極めようとも、人はいずれ死ぬ。だが、死んだあとも人々の意識は存続すると考えることで……より良い人生を生きた者は死後の世界で、さらによい生を永遠に生きられると考え、死そのものと対面することを避けたのだ。彼らは死者のミイラ作りに熱心で、王といった権力を持つ人々はミイラとして棺に納められ、墓には豪華な品々も一緒に納められた。死後の世界へそれらを持っていけるようにとね。大抵の多くの宗教が、この死後の世界の安楽や天国といったことを言っているが、高位惑星系の人々は科学的真実のほうを受け容れて久しいのだよ。この宇宙中のどこにも神など存在しないか、あるいは存在しても我々が想像するような慈愛の神ではありえない。それか、我々人間を戯れに造ってはみたが、その後見捨てることにしたかのいずれかだろうとね」


「ようするに、こうして自分の出身惑星から外の宇宙にある世界を知ったことで……神も死後の世界もありはしないのに、それでもまだ自分の神にしがみついているわたしが滑稽だとか、あるいは何故そんなことが可能なのか、その矛盾をどのような詭弁によって埋め合わせることにしたのかと、その部分をお聞きになりたいということですか?」


 ゼンディラは皮肉をこめてそう言ったのではなかったし、戦艦アルテミスβでミネルヴァ=ハイザーに語ったのと、まったく同じことを繰り返しても良かったのかもしれない。けれど、彼はあくまでこれは一アスラ教の僧侶に対して、ある女性が人生相談をしている……そう捉えていたわけである。


「わたしは、神と呼ばれる存在が実は私たちの想像するような存在でないかもしれない……とは、考えたことがあります。それか、恐ろしい二面性を備えた怪物ではないかと想像したことも。だって、そうじゃありませんか?一方の手では『愛している』と言って抱きしめながら、もう一方の手では我々を一体いつ不幸にしてやろうかと、ナイフを研ぎながら待っている――運命の神とやらはいつだってそんなものじゃありませんか。わたしは、こう考えます。神は存在するが、人間よりも偉大な存在、あるいはこう言ってもよければ、そのような思考回路を持つ永遠至高の霊的存在について、人は理解できない。アスラ聖典には、『見よ。我ら有限なる小さき存在の人間には、神の偉大なる御心は理解できない』とあります。簡単にいえば、理解できなくても存在するのは間違いないので信じていろ、ということですね。もし神が我々人間の目に見えて、自分が創造した人間の親としての責任を果たし、すべての人間にあれやこれや良くしてくださるのがわかるのだとすれば……むしろ、神を信じる必要はなくなります。何故なら、もしそれが当たり前の状態なのだとしたら、『あいつは我々を創った。だからその責任を取って我々がなんの痛み・苦しみも感じぬよう万全に配慮するのは当然である』と、そうしたことになるわけですからね。けれど、そんなふうに親が子を甘やかしたとすれば、大抵ろくなことになりません。また、アスラ聖典には『孤児を大切にせよ』とも書かれています。実際、わたしなども孤児であり、どういった事情からかはわかりませんが、両親は赤ん坊のわたしのことを僧院の扉の前に捨てて去ったのです。『神が神であるならば、何故わたしの両親にわたしを捨てさせたのだ』……そう悩み続け、神に愚痴や文句を並べ続けることもわたしには出来たかもしれない。けれど、どんなに祈りや瞑想に専心しても、本当はどうなのかなど、わからないことは多いものです。そして、人のすべてが何かしらそうしたものを抱えて生きているのです。どう言ったらいいか……わたしは何も小さな頃から僧院で育ち、神の存在するのが当たり前の環境で育ったから、そのようにずっと習慣的に信じてきた神を手放すが惜しいとか、今までの自分の人生すべてを否定することになるとか、そんなことが理由で信仰の難破に遭ってないわけではありません。ただ、そのような世界しか知らない者しか見えない、ある精神的領域があるというのは確かだというだけなのです。そして、もしかしたらそれが唯一、この高位惑星系にあまりないか、少ない要素なのかもしれませんね。わたしは今も、このように出身惑星では決して味わえないだろう美味しいお料理を頂いていてさえ……こうした経験の出来ないメトシェラの人々が可哀想だとか、何故あんな文明水準の低い哀れな星に自分は生まれ落ちたのだろうとか、そんなふうにはまったく思いません」


 もしこれが、『神は存在すると主張するグループVS神は存在しないと主張するグループ』という、何かの弁論大会であったなら、フォスティンバーグ博士にもハイデン大尉にも、ゼンディラに反論の矢を雨あられと浴びせるのは容易いことであったろう。けれど、彼らは特段何も言わなかった。フォスティンバーグ博士はカウンセリングを通してゼンディラが孤児であることや、彼の生い立ちについてなどよく知っていたからであるし、ハイデン大尉は虚飾のない真実のみを好むという、元々そうした性格をしていたからである。


「まあ、わたしのことなど、どうでもいいようなことです」ゼンディラは少しばかり恥かしそうにしながら言を継いだ。「むしろ、わたしがこちらへやって来て驚いたのは、物よりも人のほうだと思うのです。わたしをここまで案内してくれた人々はみな、わたしに対して好意的でしたし、辺境惑星の田舎僧侶よとばかり馬鹿にされるような不快な経験すら一度もしたことはありません。先ほどのハイデン大尉のお話によれば、彼らには彼らできっと、メトシェラにおける何がしかの任務があり……詳しいところをもし知れば、彼らもまた神に告解なり懺悔するしかない過去があったかもしれません。けれど、軍艦アルテミスβの軍の人たちもみな親切でしたし、それはあなたやアップル少尉にしてもそうです。『これまで一生懸命生きてきたから、死後が<無>でもまったく構わない』……などとは、普通の人にはちょっと言えないことなのではないでしょうか。わたしは、それがどのような名前、祭式を持つ神であれ、そのうちのどの神をも信じられないとしても、それはそれでいいと思います。今でも神など信じているのは、心の弱い臆病者だけだというのでもいいでしょう。ただ、究極、神がいるかいないかは実はそんなに問題ではない。とにかく人間には実は存在しないにせよ、『神はいる』とか『神はいない』と論議するためだけにでも――なんにしても必要なのです。自分たちの人智を超えた大いなる存在というものがね」


「確かにな」と、その点については博士もあっさり認めた。「もし仮にそれが自分の脳が生み出した偶像に過ぎなかったにせよ、ただ、<神>という概念だけはどうしても人間には必要なのだよ。何故なら、多くの人間の精神の健康のためには――どうしても必要なのだね。『自分をこんな目に遭わせたひどい奴』という、愚痴や文句を心おきなく言える架空の存在というやつが。じゃなかったら私の元へは毎日患者が押し寄せるばかりで、大変困ったことになったろう」


「なるほど……大変興味深いお話を聞かせていただき、感謝します」ハイデン大尉は軽く礼をし、微笑んだ。「ミスター・ゼンディラ、特段、あなたの信じる神をこれから信じてみたいといった希望はないのですが、それでもアスラ教の聖典には多少なり興味を抱きましたので、少し教えていただきたいのです。その聖典などは、エスぺリオール語に訳されたものなどが存在するのでしょうか?」


「ええと、そうですね……あなた方の言うネットだったかウェブとかいうもので調べてみましたが、一応存在はするようです。けれど、わたしがザッと読んでみましたところ、訳としては褒められたものではないというか、はっきり言って誤訳もいいところというか、酷いものだなとは思いました。それでも一応、大意は伝わるものとは思いますが……」


「そうですか。もしかしたら、ミスター・ゼンディラ。あなたには今後、そのようなお仕事も待っているかもしれませんね。アスラ聖典をより正しい形で高位惑星系や中位惑星系の世界に伝えるという……というより、私は少々心配なのですよ。きっとあなたはスタリオンに関わる、何がしかの非常に大切な任務によって来られたのでしょうが、そちらの用が済み、一般市民としてここか、どこか近くの惑星にでも市民権を得てお暮らしになるのだとしたら――あなたを何かの宗教の教祖に祭り上げようとする人間が現れるやもしれません。もちろん、この場合は『何かの宗教』じゃありませんね。ゼンディラさん、あなたがもし仮にアスラ教の布教に努めたいと考え、人の好いあなたの燃えたぎる信仰心を利用しようとする者が今後現れるかもしれない……と、一応先に申し上げておきたいと思います。また、今後もし何かのトラブルに巻き込まれた場合、私やアップル少尉を頼ってくださって大丈夫ですよ。私も少尉も、この世界ではもっとも嫌われている職業のエリート警察一家の出身なものでね。その方面にはかなりのところ融通が利くのです」


 そう言いつつ、ハイデン大尉はヨセフォスやミネルヴァ=ハイザーがしたようには、自分の連絡先をこの場で教えなかった。何故かといえば、自分がそのようなことをしなくても、アップル少尉が必ずそうするだろうことがわかっていたからである。


「アスラ教の布教ですか……そのことは、わたしもまったく考えなかったといえば嘘になりますが、けれど、そのためには先にしなくてはならないことが山積していそうです。わたしに用があるのはスタリオンのホニャララなんとかいう部署だそうですが、もし仮にそちらで役立たなかったとしても、メトシェラという、まだあまりよく知られていない惑星についての情報を軍部のそうした部門に伝えるですとか、わたしのような者でも多少なりお役に立てることはあるのではないかということでしたから……それと、ハイデン大尉」


 彼女が手のひらにデジタル表示された時間を確認するのを見て、ゼンディラは言った。食事のために大尉がアップル少尉とそろそろ交代するのだろうと思われたからである。


「あなたは大変美しい音楽をお持ちのようです。そのことに、ご自分でお気づきになっておられましたか?」


 フォスティンバーグ博士もまた、食後にコーヒーを飲んでいたが、彼もゼンディラのこの言葉には思わず噎せそうになった。どう考えても、一般的には女性を口説いているようにしか聞こえなかったからである。


「……いえ。というより、確かに私はピアノやヴァイオリンを趣味で多少弾いたりはしますがね、まあ嗜み程度のものです」


「そうですか。先ほどの神との関連で言いますと、美しい音楽が鳴るためには、どうしても沈黙というものが必要なのです。美しい音楽というものは、沈黙から生まれ、再び沈黙の中へと去ってゆきます。人の死と生も似たものなのではないでしょうか。そして、そう考えるとあなたが先ほどおっしゃったことが、わたしにも多少なり理解できます。美しい音楽を感じて生きているか、あるいは美しい音楽そのもののような人生について理解し、それを生きることの出来た人にとっては――もしかしたら<死>というものはそれほど恐ろしいものではないのかもしれません。また、神も必要でないかもしれない。私の惑星には、アスラ神を讃えるための、なかなかに複雑なステップのダンスがあるのですが、ちょうどその踊りを踊っている時がそうです。手や足をああしてこうして……などと頭の中で考えているうちはまるでダメで、そうしたすべてが心と体にすっかり叩きこまれ、ある種の没入感――没我の境地というのでしょうか。そうしたところにまで至れなければ、踊り手としては失格なのです。そして、そうした時に感じる……言いすぎでなければ、神との一体感にも近い何ものかを感じている永遠にして至高の一瞬こそ、神を信じるのと同時に、何にも増してわたしの人生には重要なものでした」


「なるほど……もしかしたら私は今から何年後かはわかりませんが、確かにあなたをアスラ教の教祖として、高位惑星のどこかでお見かけすることになるかもしれませんね。そしてその時には、私もその信徒になるのに、案外やぶさかでないかもしれません」


 内心、ハイデン大尉は自分が望んだ以上の答えを得られたことに対し、驚きを禁じ得なかったわけだが――アップル少尉と持ち場を交替してのち、ひとりになってから、彼女は思い出し笑いを禁じえなかったものである。あの調子ではきっと今後、ゼンディラのアスラ僧としての言動をなんらかの形で誤解する女性が現れ……恋愛トラブルに発展する日もそう遠くないに違いない。


 アレクサンドラ・ハイデンは、スタリオンの育児事業部から二人の子供を養子としてもらい育てているが、シングル・マザーであってパートナーの女性も男性もいない。ただ、同じような友人が仲間内に何人もいるため、互いに助けあって育てるうち、上の兄は今年十六、下の妹は十四歳になった。もし自分が死んで甦ってこぬ身となったとしても、悲しむ必要はないとふたりには言って聞かせてある。また、友人たち数人の間で子供たちを育てているにも等しいので、アレックスもサンディも、彼らに引き取られるということになるだろう。


 唯一、彼女にとって心残りがあるとすれば、このふたりの子供たちのことであったが、ハイデン大尉はあえてそのことは伏せておいた。何故なら、血の繋がりはないとはいえ、子供がいるということになれば、「子供たちのためにも生きなければ……云々」といった一般論が長くなると想像されたからだ。けれど、確かに彼女は分子爆弾を食らって一度死んだ時、子供を引き取って育ててみようとは思ったのだ。その心境の変化について、彼女自身うまく説明できなかったとはいえ。


(そうか。私は今の今まで……『レクシーは理想が高いのよ』と言う周囲の言葉に耳を傾けてこなかった気がするが、あのように自分が理想とする存在が現れてみると、確かに認める以外にはないようだな)


 もっとも、ハイデン大尉の場合はゼンディラの容姿のほうはあまり関係なかったといえる。ただ、彼女が男性に求める内面についてメトシェラ出身のアスラ僧が備えていたことにより、ある部分感心したわけであった。(なんだ、いるじゃないか。みんなは私が言うような男などこの世に存在しないと言ったが、相手は女が結婚できない僧だという、それだけだぞ)とそう思い――守秘義務を犯さない範囲内で、このことを友人らに教えてやる瞬間のことを想像し、それでアレキサンドラは笑いを禁じ得なかったわけだった。




 >>続く。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ