爪を隠す
俺は試験の日を迎えた。
アリシア師匠による特訓の成果を存分に発揮する時が来た!
と言いたいところだがそれをしてしまうと今後の勝負にマズイ影響が出てしまう。
あくまで俺の目的はアルテアを倒すことなのだからここで本気を出して手の内を完全にばらしてしまうことになる。
もし戦いの時の俺の力の全てがバレてしまっていたとしたら、いくら工夫したところで敗北は逃れられないだろう。
ならどうすればいいのか?
答えは簡単だ。
試験に合格できる最低ラインの力だけを見せて合格すればいいのだ。
そうすれば俺の力がばれずに上に進むことができる。
試験官の合格基準についての見極めが必要になるのだが、ここで俺を助けてくれるのがエリーである。
エリーには試験について徹底的に調べあげてもらっていた。
するとこのCランクへの試験の合格基準は『一定のラインに達したら合格』ではなく『成長度』が重視されるということが分かった。下位クラスからの試験ゆえの基準だという。
つまり、前回計測時の能力からいかに伸びているかが合格の判断基準なるということだ。
これは朗報だった。
恐らく記録されている俺の能力値は相当に低いことになっているはずだ。何せ入学時も本来は不合格だったのをアリシアのおまけで合格できたぐらいなのだから。
更に前回の試験での結果も不合格。あの力を一度見せているのだからそこからの振り幅は大きくなる。
この状態からならシュウのような圧倒的な力を見せなくても合格できるかもしれない。
しかもこの試験の試験官は前回と同じ試験官というのも大きなプラス要素だ。
俺の事を覚えてくれているといいのだが。書類上よりも印象として記憶に残っていたほうがプラスの要素になる。
俺はこのことを頭に入れて試験に挑むことにした。
エリーのこの調査がなければどうなっていただろうか。本当に頭が上がらない。
そして試験会場の控室に俺達は集まっていた。
ちなみにアリシアとエリーは余裕の合格済。
もともとアリシアとエリーは実力から言って俺と同じところにいるのがおかしいレベルだったのだから当然といえば当然か。つまり残すは俺だけということである。
俺が合格すれば三人揃って上級クラスに殴りこみができるってわけだ。
「今日の試験はリベンジの始まりなのじゃ。体のほうは万全かの?」
「ああ。おかげ様で疲れは全くない」
「エリーに感謝じゃの」
「全くそのとおりだ。ありがとうエリー」
ここまで万全な状態で試験に望むことができるのはエリーの献身のおかげだ。
「私は私に出来ることをしただけです。感謝なんてしないでください。ちょっと恥ずかしいです」
恥ずかしいのは膝枕のことだろうか。
今思えば俺もあの時の膝枕は鮮明に覚えているのだが、なかなかもって大胆な行動だったと今更ながらに思うのであった。
いい匂いがしたし最高の寝心地だったが、女の子に膝枕されるという事実は何事にも耐え難いことである。
遅れてきた青春の1ページと言ったらオヤジ臭いだろうか。嬉しい限りである。
ってこんなことは今はどうでもいいんだよ。膝枕の思い出は今は胸の奥底にしまって置くんだ俺。
「それじゃあわしは観客席で見ておるぞ。ここからが本番じゃ。心して挑むのじゃぞ。平常心じゃぞ平常心。言ってたように必要以上の力を見せる必要ないのじゃ。今のお主はそれだけの力があるからの」
アリシアはそう言ってエリーより一足先に観客席に向かっていった。
もっと激励の言葉をいっぱいかけてくれると思っていたが、意外とアッサリしていたと一瞬思ったのだが、もしかしたら俺にプレッシャーを与えないようにというアリシアなりの配慮なのかもしれない。
アリシアは俺の性格を良く知っている。俺が実はプレッシャーに弱いということも勿論知っている。だから軽い一言で済ませたのかもしれない。
だが、今回に関しては俺はプレッシャーを感じてなどいなかった。
試験に合格することが目的じゃない。アルテアを倒すことが目的と思っているからかもしれない。
これがもし普通の学校の試験だったらガチガチになっているだろうな。
「よっしゃ! やってやるぞ。待ってろアルテア!」
俺は自分の頬を叩いて気合を入れた。ここで合格しなければ何も始まらない。頑張れ俺。
今日はシュウも観客席から俺のことを見ているはずだ。
あれからシュウはゆっくりとだが元のシュウに戻ろうとしていた。トラウマという心の傷も少しずつだが乗り越えようとしていた。
トラウマというのはすぐ消えるものではない。だけどそれは乗り越えることができる。
忘れることがトラウマの克服法ではない。それを受け入れて乗り越えることこそが重要なのだ。そのためにシュウにも今日の俺の姿を見て欲しい。
『努力は報われる。だからもっと頑張れ』
なんて事を俺は伝えたいわけではない。感じて欲しいのは姿勢だ。
戦うという姿勢。それさえ少しでも伝わればそれでいい。
心が折れて壊れてしまったシュウにもう一度その姿勢を取り戻してほしい。俺の願いはそれだけだ。
むしろ努力の事なんて俺が伝えるものじゃないだろう。シュウ自身から俺が教わったことなのだから。俺はそのシュウの姿勢を見てここまで来た。
しばらくして俺の出番が近づいてきた。
「……さっき万全の状態って言いましたよね?」
控室から出て本会場へと進もうとする俺の服の袖をエリーがつまんで小声でそう聞いてきた。
「あ、ああ。言ったよ。見るからに元気だろ? すっかり万全だよ」
そう言って進もうとすると今度はエリーは俺の腕を掴んで止めた。
「……私には分かってるんです。今の貴方の体は万全なんかとは程遠い状態だということ。分かってるんですよ」
やはりエリーにはバレていたようだ。
そう、俺の体は万全などではなかった。むしろ満身創痍と言ったほうがいい状態なのかもしれない。
エリーのおかげで精神のほうはすっかり万全だ。これは間違いない。
だけど蓄積されたダメージのほうはまだ……。
「嘘をつかなくてもいいんです。私には全部分かってますからね」
「いやぁその……大丈夫だよ。嘘をついたことは謝る。ごめんなさい」
エリーは俺の背中によりかかりながらおでこををくっつけてきた。
「心配させないようにってことなんですよね? 私にはそれも分かります。嘘だなんて思ってませんから、だから謝らないでください」
また小さな声、いや少し泣いているのだろうか、そんなような声だった。
「エリー……」
「心配してないって言ったら私のほうこそ嘘になります。でも信じてますからね。無理は絶対しないでください。頑張り過ぎないでくださいね」
俺の余計な嘘がエリーをさらに心配させてしまったのかもしれない。
万全なんて言葉は使うべきじゃなかったかもしれない。
「エリー。心配してくれてありがとう。ここまで俺のことを考えてくれて本当に嬉しいよ。
安心して見ていてくれ」
俺はエリーのほうへ振り向いてそう言った。エリーの瞳から溢れそうな涙を拭った。
こんな女の子にこれ以上涙を流させてはいけない。この試験、いや試験という名のたt回はシュウのためでもあるし、この世界のためでもあるが、エリーのためでもあるということだ。そう思うと更に気合が入った。
「あの、あ、えっと、それじゃあ私はもういきます! とにかく頑張ってください!」
エリーはそう言って何故か小走りで去っていった。
今の今までのテンションとは大違いだ。まぁとにかくエリーには嘘をつくのはやめよう。
しかし本当に仲間思いの女の子だ。人のことをあんなに想うということはなかなか出来ることじゃない。エリーといいアリシアといい本当に俺はいい仲間を持ったな。




