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誰かのために

 俺がアルテアに勝つためにはどうすればいいのだろうか?

 俺はいくら鍛えてもシュウのような魔法を放つことはできない。

 いや正確にはこの短期間でそこまでのレベルに達することは難しいというのが俺とアリシアの結論だ。

 そもそもシュウが死ぬほど努力して手に入れた力を俺が少し努力したぐらいで手に入るはずがないのは分かっていた。そんなに甘い物じゃない。むしろそんな風に見てはシュウに失礼だ。


 だが、それでも今の俺の今の力では上位ランクのレベルにすら達していないのが現実だ。

 俺の今使える魔法は火を操る魔法。人形を焼くぐらいのレベルにはなった。

 しかし、このレベルの力では人形はやけても上位の魔力を持つ者に対しては全くの無力と言っていいだろう。

 戦う時に相手が人形のように棒立ちで動かないような相手ならそれでも問題ないだろう。

 今回の相手は人だ。しかも普通の人じゃない。チート持ちの転生者という存在なのだ。

 通常の立ち回りではまず間違いなく負ける。

 しかもシュウの力すら全く通じないようなチートを持っているのだ。

 

 物理的な力によるチートであれば隙を見極めて戦えば触れることぐらいはできるかもしれない。今までの経験やパターンを生かして戦うという選択肢もありだろう。そっちなら今のままの俺にもチャンスがある。


 しかし魔法というのはこういう事を考えた時には非常に厄介な存在だ。

 まず間合いというものが読めない。相手の体の筋肉の動きや呼吸などから剣を振る時などはある程度の予測を立てることは可能だ。

 だが魔法にはそれがない。体の動きは魔法の行使に必須ではない。力を高めるために詠唱を必要とする時もあるが、アルテアは詠唱なしであの威力の魔法を放つレベル。

 ということはそれだけ更に隙がないということだ。

 

 そんな相手に俺がどうやって戦うというのか?

 それには俺のチートを封じる力が鍵になるというわけだ。

 俺は相手の体に触れさえすればチートを封じることができる。つまり素の状態に戻することができるのだ。

 そうすれば相手はただの無能のクズ野郎ということになる。どうせ今回も無職のクズだろう。そうなればつまり俺の勝ちだ。


 問題はその過程をどう構築していくかということにある。

 俺の今回の戦いで重要なのはそのチートを封じるまでの過程。

 そのための工夫とそれに必要な最低限で最適なスキルを身につけることが必要となる。

 俺はアリシアにこの作戦を伝えた。

 アリシアとも意見は一致しアルテアと俺が戦って勝つにはこの方法しかないということになった。

 だから俺はアルテアのチートをいかに封じるかという1点に絞り特訓することにしたのだ。

 



「その程度で音を上げるのか? シュウは耐えた上にもっともっと努力していたのじゃ」


 アリシアの指導にも熱が入る。

 確かにシュウがアリシアから直接鍛えられていた内容はこんなものではなかった。

 俺も一緒に特訓してはいたのだが、まさかアリシア直々の特訓がここまでとは思っていなかった。

 シュウが上がった後の俺に対する指導は甘いなんてもんじゃなかったということを今になって思い知らされる。シュウ、お前はやっぱりすげぇよ。これを耐えぬいてしかもそれを俺に感じさせなかったという点も凄すぎる。


「まだまだ。もっとお願いします師匠!」


 アリシアの言う通りここで音を上げるわけにはいかない。かつてのシュウが通ってきたこの道を俺は何としてでも走りきらなければならない。


 基本的にアリシアの特訓はスパルタだ。

 例えば今やっている内容といえばひたすら魔法を唱えて攻撃し続けるというものだ。

 魔法は想いの力というのを体現しているような内容である。

 アリシアが言うには短期間で俺が求めるスキルを身につけるには細かい技術的な特訓よりもこのような特訓のが適しているという。


 魔法は心理的状況によって左右されるものだ。

 シュウがアルテアによって心にダメージを負った後に自分の魔法がうまく使えなくなってしまったようなことが俺にも起こる可能性がある。

 だからどんな状況でも安定した魔法を使うことができるようになれというのがアリシアの教えだった。


 確かにそのとおりだと思った。

 俺の考える今回の戦いはまさにアリシアの言う通りの事が必須となる。

 その時の状況によりうまく魔法が使えなければそれだけで失敗を意味する。

 いや、失敗というのは少々余裕を持った言い方過ぎるのかもしれない。

 相手はチート持ちだ。失敗は死。そう考えるのが現時的だ。


 一見、体育会系にありがちな根性論に起因する向こう見ずな特訓かと思った俺はまだまだだということ。アリシアは全て見ぬいていたのだ。俺の作戦の本質というものを。

 

 とにかく今の俺の師匠はアリシアだ。その師匠の言葉に従って頑張るのが最善の道。


 

 俺が何度倒れても特訓が終わることはなかった。

 俺も終わらせるつもりはなかった。

 気絶してはエリーに起こしてもらい特訓開始するという繰り返し。

 ここまで自分を追い込んだことはあっただろうか。

 勇者道を極めていた時もここまでやったことはなかった。

 何故だろうか?

 俺は一つ思ったことがある。勇者になることは世界のためという大義があった。

 しかしそれは大義であって俺の一番の理由じゃなかったということだ。

 勇者になるということは俺の憧れだった。

 それは簡単に言うと『自分のため』という事になる。

 俺が勇者になりたいという思いがあったから頑張った。

 自分のために頑張るという事。それは大事な事だ。しかし同時に甘えを生むことになる。

 自分を労る気持ちがいつしか甘えを生む。

 これだけ頑張ったのだからもういいだろうという事は少なからずあった。

 それが悪い事だとは言えない。

 だがそれは自分を限界まで追い込むということは不可能なのだ。


 なら何故今俺はここまでキツくて辛くても今は立ち上がれるのだろう。

 

 それは今の特訓が自分のためだけでないからだ。

 それが今までの俺とは大きく違うことだった。

 シュウの事を思っているからこそ俺は立ち上がれるということが分かった。

 誰かのために何かをしなければならない。

 そう思うと何故だか胸が熱くなる。

 こんな熱さは今まで感じたことがなかった。



「どうした? 今日は終わりかの」

「……まだまだいけるッ!」


 こんな日々をどれくらい続いただろうか。昇級試験まで残り一週間となっていた。

 今日は唯一の休息日。アリシア師匠から休むことを許された日。いや休むという命令を出された日だ。


「どこへ行くんですか? 師匠の命令は絶対ですよ」


 そっと部屋を出ていこうとする俺にエリーが声を掛けてきた。

 まずいところを見られてしまった。

 俺はひっそりと抜けだしてやはり一人で今までの復習をしようと思っていたのだ。


「いやちょっとトイレに」

「分かってますよ。隠れて特訓する気なのでしょう?」


 エリーには全てお見通しだ。

 ここまでエリーには毎日のように体のケアを頼んでいた。

 アリシアの地獄のようなスパルタ特訓に耐えられたのも俺の気持ちだけが理由じゃない。

 エリーの献身的なケアによるものも間違いなく大きかったのは言うまでもない。


「すまないエリー。見逃してくれ。俺にはまだまだ力が足りない。もっともっと鍛えないとだめなんだ」

 

 エリーには悪いが俺はそのまま部屋から出ようとした。


「だめです」


 エリーは俺の右手を掴んで強引に止めてきた。

 その力はしっかりとしたものでエリーの強い意思を感じた。


「離してくれエリー。俺はまだ」

「自分の体が今どんな状態か知っているんですか? やめてください!」


 そう言ってエリーは俺の体を後ろから抱きしめてきた。

 ここまでして止められては俺も振り払うわけにはいかなくなった。

 そしてエリーはその状態のまま俺に話しかける。


「毎日毎日気絶するまで無理をして、貴方の体は今ボロボロなんです。私はもう見てられません」


 確かにエリーの言う通り俺の体は今かつてないほどにボロボロだった。

 エリーの治癒魔法で表面的な傷は何とか塞がっていた。

 しかしそれはあくまで表面的な話。

 魔法の多用はもっと深い所にダメージを蓄積していくのだった。


「エリー、正直に話す。俺は今凄く不安なんだ。こんな気持ちになったのは初めてなんだ。正直体を動かしてないとどうにかなってしまいそうなんだ」


 アルテアとの戦いが近付くにつれて俺の心に積もっていったのは不安というものだった。

 自分の力が想定しているレベルに到達しているのかどうか、そして俺の思い描く作戦が本当にうまくいくのかどうか。そんな小さな不安がだんだんと大きくなっていっていたのだ。


「貴方の頑張りは毎日私が見てましたよ。大丈夫です。きっと大丈夫ですよ」


 『大丈夫』。その言葉の優しさが身にしみていた。

 エリーのそう言われたと時何故か心がスっと軽くなったのだ。

 

「ありがとうエリー。何だかそう言ってくれることを望んでいたようだ。俺はそう言われたかったのかもしれない」


 誰かの優しさに触れたくなる時は誰しもがあるだろう。

 俺はこの今がその時だった。


「何度でも言ってあげます。大丈夫、大丈夫。だから今日だけはゆっくり休んでください。ずっと私が側にいますから。いいんですよ眠っても」


 俺が毎日ほとんど眠っていないことすらもエリーのはお見通しだったようだ。

 ベッドで横になる目をつぶっても眠ることができなかった。

 エリーにはなんにも隠せないな。俺は強がりを見せている弱い男だってバレちゃってるみたいだ。


「ありがとうエリー。何だかエリーの言葉を聞いたら途端に眠りたくなった。なんだろう、とっても暖かい心を感じる」


 俺はもはや部屋を出る気などなくなっていた。

 師匠の命令は『休息を取ること』。そもそもの命令に従う時だ。

 

「今日は特別に私の膝を枕にする権利を与えます」


 そう言ってエリーは俺をベッドへと引っ張っていった。


「いやいや膝枕はちょっと恥ずかしいっす。お気持ちだけで……」

 

 エリーの膝枕って凄く気持ちよさそうだな。

 女の子にそんなことをされたことないししたこともないわ。

 俺はエリーのありがたいご好意をスルーして眠ろうとした。


 その時だった。何故か部屋の窓がいきなり開いた。

 窓を開けたのはアリシアだった。

 嫌な予感がする。なんだろうこの予感。


「話は聞かせてもらったのじゃ! 師匠命令じゃ。エリーの膝枕で眠ることを命令するのじゃ!」


 どうして俺の嫌な予感は当たってしまうのだろうか?

 ここでアリシアの登場とは想定外である。しかもなんだよ師匠命令って。職権乱用だろ訴えてやる。


「ほら師匠命令も出ましたよ。今の貴方に拒否権はありませんからねっ!」


 そう言ってエリーは俺の頭を膝の上に強引の乗っけた。

 想像通り凄く暖かくて気持ちいい。しかもいい匂いがするぜ。

 いやでもやはりこれも想像通りなんだがやっぱりドキドキする。


 その暖かさのせいなのか、安心感からなのか俺はすぐ眠くなってしまった。

 ドキドキより眠気が勝ったという事例なのだろうか?

 これならぐっすり眠れそうだ。


「エリーの言う通りなのじゃ。大丈夫じゃぞ。ゆっくり休むのじゃ。きっとうまくいく」


 アリシアは眠りそうな俺にそう優しく声を掛けてくれた。

 師匠という立場であるアリシアからもこんなに優しくされると涙が出てしまう。

 悲しい時よりも誰かに優しくされた時に出る涙を流すのは久しぶりだ。


「おやすみなさい」


 そうエリーに声を掛けられたのがこの日の最後の記憶。

 そこからどうやら俺は泥のように眠ったということだ。

 夢すらもみなかった。それぐらい深い眠りにつくことができた。

 これもエリーの膝枕のおかげだろうか。

 


 

 


  


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