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心

「避けきれない!」


 そう叫んだ時にはすでに遅かった。俺は一瞬の間に死を覚悟した。

 試験で見せたあのレベルの魔法を俺が耐えられるとは思えない。

 いくらあれからアリシアに特訓してもらったとはいえ無理だ。

 俺が見たシュウのサンダーボルトはそれほどまでに完成されていた。

 どうしてこうなってしまったんだろう。一体シュウに何があったというのだ。

 その疑問も全て意味が無い。俺はここで死ぬからだ。

 転生者狩りだなんだと息巻いておいて何てザマだ。俺が救った世界は片手で数えるほどしかない。もっともっと狩りたかった。いや狩らねばならなかったのに。

 

 アリシア、君と出会えて本当に良かった。元魔王という心強さ。そして推定12歳ながらも芯のしっかりとした心。何より俺を何度も助けてくれた。本当に感謝している。

 オッパイは小さくても大丈夫だ。俺のように受け入れてくれる男が他にもいるはずだし、幸せになってくれ

 

 エリー、いつも一歩引いて俺達を見守ってくれてありがとう。

 その優しさは俺を強くしてくれた。そういう人と出会えたのは奇跡だ。これからももっと一緒に旅を続けたかった。

 その巨乳に釣られて色々な男が寄ってくるかもしれない。

 でも胸ばかり見ている男はダメ男だからな。それだけは注意して欲しい。


 そしてこれから俺を転生者を狩るために生き返らせてくれた誰か。

 本当に申し訳ない。こんな形で終わらせてしまいたくなかった。

 だがこれからもチート転生者に苦しめられる世界を救う誰かを生み出してくれ。

 俺のように弱い男でなく、もっと強い男で頼む。


 ここまで心残りばかりだけど、でも短いけど二度目の人生はいい人生だった。

 勇者として活動できなくて不本意なまま死んだ一度目の人生より全然ましだ。

 もし三度目があるならもう一度勇者になりたい。それだけは確実に言える。


 

 こうして俺は死んだ。

 ここで俺の転生者狩りの物語は終わりを告げたのである。

 



「おい、兄ちゃん大丈夫か? 何でそんなに満足そうな顔して気絶してるんだ?」


 あれ? 声が聞こえる。あの聞き覚えのある不良の声じゃないか。

 どういうことだ? 俺は確かに死んだはず。シュウのあの強力な一撃を無防備なまま食らったんだ間違いない。

 ということはこれは夢か? いや死んだんだからそんなはずないだろ。


「おい兄ちゃん。目覚めてるんだろ? 何考え事してるんだよ。早くおきな」


 俺は頬をぶっ叩かれた。

 この感触、間違いないな。


「俺、生きてる」


 そう俺は生きてたのだ。走馬燈のようなものが見えて時間が圧縮されたような感覚があったのだがどうやらただの勘違いだったようだ。

 間違いなく死ぬ時の感じだと思ったんだけどな。全くそんなことなかったみたいだ。

 なんか遺言っぽいことをひたすら思ってたけど凄い恥ずかしい。

 とんだピエロになっちまったぜ。ハハハ。

 

「何意味わからんこと言ってるんだ。あんな大したことない魔法くらって死ぬわけないだろ。」

 

 大したことない魔法だって?

 おいおいそれはおかしいだろ。シュウの魔法はアリシア師匠により最高傑作だぞ。

 試験官すらビビらせるレベルなんだからそんなわけない。


「すまん。それマジで言ってるの? 俺間違いなくあいつのサンダーボルトくらったよな?」

「それは間違いない。でも大したダメージ受けてないのに何かショックというか、ビビって気絶したみたいな感じだったぜ。最高にダサかったよ」


 まじかよ。じゃあ俺が勝手にシュウの魔法を過大評価してそれに対する心理的な効果により気絶したってことか? 言ってる通り凄いダサいな俺。なにやってんだ俺。

 

 


「どうしてだ? 僕の魔法が効かないんだ。そうやってまた僕をバカにするのか? 才能がない、素質がない、お前じゃ無理、何しても無駄。またそうやって僕を、僕をバカニスルノカ」


 シュウが俺を見てまた発狂している。

 俺がアルスだとやはりまだ気付いていないようだ。というかシュウの目には一体何が見えているのだろうか。

 人は想像を越える壁にぶち当たるとオーバーヒートする。

 まさにシュウはそんな状態な気がする。


「なぁシュウ。落ち着け。俺だよアルスだよ」


 俺はゆっくりとシュウに向けて話しかけた。

 今熱く語りかけても意味がない。ここは対話だ。ゆっくりと慎重に対話をしてシュウの気を落ち着けなければ。


「もう一度だ、もう一度。幾度も空を切り裂いてきた音よ、光よ、我が右手に集え。我が想いを喰らえ。そしてここに命じる、我に力を貸せ」


 シュウは再び詠唱を始めた。

 おいおい聞く耳を持たないとはこのことだな。

 だが今度は魔法が発動する瞬間を見過ごさない。一発目は俺を外したか、不十分な一撃だったに違いない。次は完璧な一撃なはずだ。そうでなければ俺が一発目を防御なしで耐えられるはずがない。

 だから俺は自分の魔力を全て防御に集中させた。準備は十分。これなら何とか一撃なら耐えられるはずだ。


「サンダーボルト!」


 空から雷の魔力の集合体が俺に落ちてくる。

 俺は歯を食いしばった。


 ……


「これがシュウのサンダーボルトなの……か!?」


 防御など必要ないレベルだった。全くダメージはない。見た目が派手なだけの典型的な糞魔法だ。


「どうしてだ。どうして。また僕をバカにするのか? もう嫌だよ。助けてよ誰か」


 シュウは俺がピンピンしているのを見て泣き叫ぶ。

 その姿を見て俺も泣いた。雷鳴呼んだせいで降り注ぐ雨が冷たい。

 あのシュウがこんな魔法しか放てないなんて。 

 俺達と一緒に特訓して、居残ってひたすら努力して極めたシュウのサンダーボルトがこんな風になってしまったなんて。

 いたたまれないよこんなの。

 どうしたらいんだよこんなの。

 絶望とはこのことを言うのか? だとしたら俺は耐えられない。

 

 

「シュウ、もういいのじゃ」


 途方に暮れている俺の元にアリシアが駆けつけた。後ろにはエリーもいる。

 アリシアは静かにシュウに近付いた。


「アリシア、今のシュウは以前のシュウじゃない。気をつけろ」

「分かっておるのじゃ。わしがここに来たのもシュウの魔力を感じたからなのじゃ。しかし、ここまで壊れてしまっているとは思わなかったのじゃ」


 壊れてしまっている。

 的確な表現かもしれない。人を機械や道具に例えるのが良くないことは分かっている。

 しかし今のシュウを表す言葉としては的確だ。


「アルスさん大丈夫ですか? 怪我は?」


 エリーが俺の元へ駆け寄ってきた。


「俺は大丈夫だ。傷もない」

「でもその顔。泣いていたんですか?」

「これはその、そうだ、悔しくてな。もう大丈夫だ」


 勇者だ転生者狩りだなんて名乗って置きながらこういう時に出来ることがない。

 本当に情けない。俺が泣いている場合じゃないというのに。


「大丈夫じゃないんでしょ。いいんですよ泣いても。誰も貴方を責めません」

「エリー、ありがとう。ちょっと気が楽になったよ」


 エリーは俺が言って欲しかった言葉を言ってくれた。

 俺は許されたかった。誰かにそう言って欲しかった。

 俺は弱い人間だ。人として弱い。もっと強くならなければならない。

 

「それよりシュウだ。シュウをどうにかしないと」

「アリシアさんに任せましょう。私達二人に今できることはありませんよ」

「……それもそうだな」


 エリーの言う通りだ。確かに俺達に出来ることはない。

 アリシア、頼むぞ。シュウを救ってやってくれ。



「力を貸せよ! もっと力を貸してくれ。僕に力を、サンダーボルト! サンダーボルト!」

 

 アリシアに対し何度も魔法を放つシュウ。

 師匠だということに気付いているのだろうか? もはや詠唱すら満足に唱えずに放つサンダーボルト。

 もちろんそんなのがアリシアに通じるわけはない。

 全く気にかけずアリシアはシュウの目の前まで行った


「わしはそんな風に魔法を教えたか? それがわしたちとの特訓成果か? 魔法は想いの力。忘れてしまったのか?」


 その言葉を聞いて何も答えないシュウ。

 しかし、目を見るとアリシアが目の前にいることは気付いたようだ。

 

「歯を食いしばるのじゃ。わしの本気の一撃は強烈じゃぞ」


 そう言ってアリシアはシュウの頬を思い切りビンタした。

 自分より高いシュウに対しビンタするアリシア。

 本気の一撃とは言っていたがビンタすることには慣れていないようだ。

 どこかぎこちない。そして悲しいビンタ。

 

「何するんだ。僕は僕は……」


 まだシュウの気は治まらない。

 最初の時よりだいぶ落ち着いたようにも見えるがまだだ。


「思い出せ。わしたちのことを、特訓を、魔法を、自分を思い出すのじゃ」


 そう言いながらアリシアは何度も何度も頬をビンタした。

 俺は見ていて思った。アリシアのほうが痛いはずだと。身体的な痛みではない。心が痛みを感じているはずだ。

 そのためかアリシアも泣いていた。憎しみがあるからビンタしているわけではない。

 むしろ対極の感情がアリシアの心にはあるはずだ。

 見ている俺も辛い。でもこれは見なければいけないことだ。

 頼むシュウ、思い出してくれ。戻ってくれ。



「し……し、ししょう」


 シュウの目が少しだけ輝いた。正気の目に戻っている気がする。

 アリシアはビンタをやめた。手が真っ赤になっている。


「そうだ思い出したのじゃな。すまなかったのう、助けに行けなくて、気付いてやれなくて。もういいんだ、ゆっくりと休め。今は何も聞かないのじゃ」


 シュウは泣いた。だがさっき流していた涙とは種類が違う涙。

 自分の情けなさから来るもの、アリシアの優しさに触れたことによるもの、全てが混ざった涙だ。

 膝から崩れ落ちるシュウ。それを小さい体と手で抱えるアリシア。そしてシュウはその腕の中で気を失ってしまった。


「エリー、シュウを頼むのじゃ。酷い傷を負っているようなのじゃ」

「分かりました。私に任せて下さい」


 黙って見ていたエリーがここで助けに行く。

 エリーの性格からするにこのやりとりを黙って見守るのは辛かっただろう。

 だがちゃんと見守ってくれた。エリーの優しさはこういうところにも出る。

 

 その場でエリーの回復魔法により治癒が始まった。

 アリシアの言う通り制服の下は傷だらけであった。

 もともと厳しい特訓によりシュウの体は傷が多かった。

 だが見た限りではどれも最近ついたばかりの傷だ。

 しかも明らかに誰かに傷つけられたもの。


 俺はシュウが何とか落ち着いたという事実には安堵した。

 だがそれとともに湧き上がってきた感情がある。

 

 『怒り』だ。


 シュウをこんな風にした奴を絶対に俺は許さない。

 


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