リンドウ【時代恋愛】
雨が降る。
地に伏して泣き叫ぶ彼の背中を、冷たい雨が容赦なく打ち付ける。
彼の最愛のあの子は、流行病に罹って間もなく、呆気なく逝ってしまった。
私も同じように病に罹った。
けれどどういう訳か、こうしてまだ生き残っている。
あの子とは女学校の同窓だった。
私たちは不思議なくらい馬が合って、一瞬で仲良くなったのを覚えている。
とにかく趣味が似ていた。
同じ男性を好きになるのも、おかしくないくらいに。
彼は女学校の近くにある、鉄道工場に勤める技師だった。
きっかけは、あまりに些細なこと。
あの子と学校から帰る途中、工場の前であの子が落としたハンケチを、彼が追いかけて届けてくれたことだ。
決して美男子な訳ではないのに、その照れ臭そうな笑顔が可愛くて、二人とも一瞬で恋に落ちてしまった。
ハンケチを落としたのが、あの子じゃなくて私だったら。
雨の日に、偶然彼を傘に入れてあげたのが、あの子じゃなくて私だったら。
彼の隣に居たのは、最初から私だったかもしれない。
そんなことを考えても、今更意味はない。
あの子はこの世を去って、私は生き残ったのだから。
彼女と私を分けたのは、一体何なのだろう。
体力か体質か、はたまた生への執着心の違いか。
今すぐ悲しむ彼の背中に寄り添えたなら、どれほど良いか分からない。
彼の涙を拭い、そっと抱きしめることができたなら。
けれどそれは、私の倫理観が許さなかった。
今の彼の涙は、ただあの子の為にあるべきだ。
そのまま枯れ果てるまで泣いて、あの子への想いまで、全て洗い流してしまえばいい。
大丈夫。彼と私は生きている。
生きている限り、彼と私の時間は続く。
私たちには、まだたくさん時間がある。
彼が私を愛する時間も、きっと。
心の中で、ひっそりとあの子に「ごめん」と謝る。
結局のところ、生きている私の勝ちだから。
【解説】
リンドウ(竜胆)の名は、根が竜の胆の様に苦いと言われたことから。
古くから消炎作用や胃の働きを助ける生薬として、人々に使用されてきました。
「勝利」「正義感」といった花言葉は、その生薬としての有用さからとも。
群生せず、一本ずつ咲く姿から「悲しむあなたを愛する」「寂しい愛情」という花言葉もあります。
どちらかと言えば仏花としてのイメージがあり、その印象とも重なる花言葉です。
個人的には、リンドウは「銀河鉄道の夜」のイメージがあります。
ジョバンニとカムパネルラが車窓からリンドウを眺めるシーンは印象的。
「銀河鉄道の夜」の物語は、どこかリンドウの花言葉と通ずるところがあるように思います。




