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花小説  作者: 九重ツクモ


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26/31

蓮【ヒューマンドラマ】

「あれ、珍しい。今日は午後も庭に出ているんだ」

「なんだか今日は気分がいいの。日差しも気持ちいいし」


 そう言って彼女は、本当に気持ちよさそうに目を閉じた。

 柔らかな風が彼女の黒髪を揺らして、真っ白なワンピースの裾をはためかせる。

 いつもは青白い頬も、今日はピンク色だ。

 僕はその眩しさに、思わず息を呑んだ。


 病に冒された彼女は、一日のほとんどをベッドの中で過ごす。

 まだ日差しが柔らかい午前中のほんの少しの間だけ、庭に出るだけだ。

 けれど今日は、どういう訳か長い時間を庭で過ごしているようだ。


「ねえ、前に話していたあの池に行ってみたいの。連れて行って」

「少し歩くよ。大丈夫?」


 僕なら五分もあれば着く距離だ。

 けれど、彼女はどうだろう。

 体への負担が気になりすぐに頷くことができずにいると、彼女の視線とぶつかった。


「大丈夫。疲れたらすぐに休むから。お願い」


 その真剣な眼差しを、僕はついに振り切ることはできなかった。

 いざとなれば、僕が彼女をおぶえばいい。

 そう決意して、いつもよりもずっと時間をかけて池に向かう。

 池を一目見た瞬間、彼女は小さく感嘆の声を上げて、そのままそっと池の中に足を踏み入れた。


「冷たい。とても気持ちいいわ」


 ふわり。

 彼女が笑った。

 まるで、池の中に咲いた蓮の花のようで。

 その笑顔はいっそ神々しく、触れてはならないとさえ思えるほどだった。

 ——いつまでも、彼女の笑顔を見ていたい。

 そう、強く願った。


 その翌日。

 彼女は静かに息を引き取った。

 まるで前日のあの姿は、彼女の最後の命の煌めきだったかのようで。

 僕はいつまでも、あの日の彼女を忘れられないでいる。



【解説】

仏教と深い繋がりのある蓮。

花言葉はそのイメージ通り「清らかな心」「神聖」です。

泥の中に根を張って、水面からすっと美しいピンク色の花を咲かせるその姿は、確かにとても象徴的に思えます。

そして、蓮の花は明け方に咲き始めて、昼前には閉じてしまうという性質があります。

しかし開花してから四日目になると、午後になっても花が閉じることはなく、そのまま散っていくのだそうです。

そんなところも、どこか神秘的な花と言えるでしょう。

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