グラジオラス【異世界恋愛】
「私、婚約が決まったの」
中庭にある、背の高い生垣に遮られたちょっとした死角。俺たちの秘密の場所で、お嬢様はぽつりと呟いた。
聞けば、婚約の相手はもう墓に片足を突っ込んでいるような老伯爵だという。
お嬢様が成人する三年後、誕生日を迎えたその日に輿入れするそうだ。
言葉を重ねるほどに、お嬢様の目には涙が溜まっていく。
やがて、お嬢様は思い切り俺の胸に飛び込んだ。
「お願い。私をここから連れ去って」
震える声は、あまりにも痛々しい。
お嬢様の涙がシャツを濡らし、その微かな冷たさが、お嬢様の悲しみそのもののように感じた。
俺だって、今すぐお嬢様を連れて逃げてしまいたい。
けれど、しがない護衛の俺が無計画にお嬢様を連れ去って、彼女を幸せにできるとは、到底思えなかった。
「どうか今は耐えてください。必ず、必ずお迎えに上がります」
泣き崩れるお嬢様の肩を抱きながら、俺は決意した。
次の日、苦しいほどの未練に蓋をして、屋敷を去った。
国中を旅しながら、俺は手当たり次第に、どんな危険な任務も請け負った。
早く。一刻も早く、俺は強くならなければならない。
ただの傭兵風情と侮る人々には目もくれず、ひたすらに剣を極め、やがて俺は、巨大なドラゴンを討ち取ったのだった。
「よくぞやったな剣聖よ。そなたの望みを何でも叶えてしんぜよう」
ドラゴン討伐の吉報に湧く王宮。
その玉座の間で跪き首を垂れながら、俺は一つのことしか考えていなかった。
「それでは——」
明日はお嬢様の誕生日。
今こそ、お嬢様を連れ去ってみせる。
【解説】
グラジオラスという名前は、ラテン語で「剣」を表す言葉が由来。
葉の形が剣のように真っ直ぐなことがその理由です。
それにちなんで、花言葉は「勝利」。
他にも「密会」「用心」という花言葉も。
これは古代ヨーロッパで人目を忍ぶ恋人たちが、グラジオラスの本数で逢瀬の時間を知らせていたという風習が由来だそう。
禁断の愛というよりも、身分違いの恋人たちにまつわるエピソードのようです。
ですがこの風習は、きちんとした歴史に基づく話ではないようで、実際はどうだか分かりません。
それでも、とてもロマンチックな話ですよね。




