ダリア【異世界恋愛】
「君との婚約は破棄する!」
婚約者の声が、舞踏会の会場にこだまする。
彼が今日、この舞踏会で婚約破棄を目論んでいるという情報は正しかったようだ。
「君は僕の最愛の人に嫉妬し、悪行の限りを尽くした。人として許されることではない!」
「全く身に覚えがありませんわ。それに、婚約者を裏切って浮気をするのは、人として許されることですの?」
彼とは幼い頃からの仲だ。
ずっと仲良くやっていると思っていた。
けれど数年前からどこか様子がおかしいと思ったら、なんてことはない。真実の愛とやらに目覚めていた訳だ。
確かに政略での婚約ではあるけれど、かつては「君を必ず幸せにする」と言ってくれていたのに。
「黙れ! 血も涙もない冷血な女め! 誰がお前のような女を愛するか!」
私は表情が乏しいと言われる。
けれどそれは、感情がない訳じゃない。
むしろ感情が豊かすぎると幼い頃から言われ続けたために、それを隠す術を身に付けたまで。
その努力を、彼は見てくれていたと思っていたのに。
「色々おっしゃっていますけれど、勘違いなさっています」
彼の言葉をぐっと飲み込んで、努めて淡々と言葉を紡ぐ。
大丈夫。全て予想していたことだ。
きっちり、対処はできている。
「私たちの婚約は、もう破棄されておりますのよ」
「は……?」
何を言われたのか分からないというように、彼は固まった。
その阿保面を見ていたら、すっと気持ちが冷めていくのが分かった。
「数日前に、貴方のような方は信用に値しないと、こちらから破棄させていただいたの。ご存知なかったの?」
「ぼ、僕は聞いてないぞ!?」
「あら。じゃあ貴方のお父様に確認されては?」
私は顔を隠していた扇子をパチンと閉じて、肩にかかった髪を払う。
そして、精一杯美しく笑ってみせた。
「裏切るような男性は、こちらから願い下げですわ。それではご機嫌よう」
さっと身を翻して、一歩一歩優雅に出口へと向かう。
群衆が身を引いて、まるで花道を作っているようだ。
待てと騒ぐ婚約者の声には耳を貸さず、私は一度も振り返らないまま、会場を後にする。
「あなたに私は勿体なかったみたい。ね?」
笑みを浮かべたまま、そう独り言ちた。
【解説】
圧倒的な存在感と種類の多さから「花の王様」とも称されるダリア。
和名は「天竺牡丹」ですが、インドではなくメキシコが原産です。
かつてはアステカ族が球根を食用や薬用に用いていたとか。
18世紀にヨーロッパへ持ち込まれると、王侯貴族の間で大流行。
中でもナポレオンの皇妃ジョセフィーヌが愛したことでも知られています。
花言葉は「華麗」「優雅」「気品」など。
一方で「裏切り」「移り気」という花言葉もあります。
由来とされるのは、ジョセフィーヌにまつわる逸話。
彼女が大切に育てていたダリアの球根を、ある貴族の女性が庭師を買収して盗み出し、自分の庭で咲かせてしまったのだとか。
これに憤慨したジョセフィーヌは、以来ダリアへの興味を失ったといいます。
貴族の女性の「裏切り」と、ジョセフィーヌの「移り気」。
ダリアの花言葉には、そんな逸話が結びつけられているのです。




