チューベローズ【現代ホラー】
津田くんからは、いつも良い香りがする。
香水なのかシャンプーなのか分からないけれど、甘くて、でもどこかエキゾチックなあの香りを嗅ぐと、私は思わずうっとりしてしまう。
背が高く凛としていて、どこか中性的な顔立ちは、まさに麗人という言葉がよく似合う。
彼に告白した子の数は両手の指で足りないほどだというのに、津田くんの下の名前も、出身地も、どこに住んでいるのかも、誰も知らない。
そんなところが津田くんの魅力でもあるのだろう。
ある日の夜。
ゼミの課題が終わらず、夜も更けてからキャンパスを後にすると、偶然、街で津田くんを見つけた。
大学の外で津田くんを見るのは初めてで、もしかすると何か分かるかも、と、こっそり跡を付けることにした。
騒がしい繁華街の路地をふいと曲がった津田くんを、私は慌てて追いかける。
その瞬間、津田くんの真っ直ぐな視線とぶつかった。
「ねえ、どうして僕に付いてくるの?」
「ご、ごめんなさい」
ただ謝ることしかできず俯く。
そこで気付く。
津田くんの香りが、妙に強く香っている。
「津田くん……?」
「もしかして、この香りに気付いてる?」
その言葉に顔を上げれば、驚くほど近くに津田くんの顔があった。
「やっぱり。気付いてるんだ」
にたりと津田くんが笑う。
途端、咽せ返るような甘い香りに包まれた。
呼吸すらままならないほどに。
(あ、食べられる)
本能的に、そう思った。
月が、恐ろしいほどに明るく輝いていた。
【解説】
香水などにも使われる、甘くエキゾチックな香りで人気のチューベローズ。
名前はラテン語の tuberosa に由来し、「塊茎のある」という意味。
地下部が塊茎状になることから名付けられたもので、薔薇とは関係ありません。
和名は「月下香」。夜になると香りが強くなる特性から名付けられました。
花言葉は「危険な快楽」「冒険」「官能的」。
いずれも芳しい香りにちなんだものです。
確かに、少し怪しげな印象のある香りがします。
原産地はメキシコとされていますが、野生で自生する姿は確認されていません。
長い栽培の歴史を持ちながら、野生の原種が見つかっていないという、どこかミステリアスなお花です。




