表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/30

五章 : 幼い君とのengagement ... 前

「寄るなよ」――――小さな少女の手を跳ね退けて、真昼の街路地に身を翻す。

“君”との距離感が分からなかった。


裏路地の一角に入り込み、上がった息を整える。

短時間で押し寄せた“久々”に、走らなくても息苦しさは感じただろう。

尤も全力で駆けたことさえ、彼には久々の事であったが。


何一つまるで変わらない。其れが、逆に苦しかった。

長い空白の果てに今、再び出逢った少女の容姿、雰囲気も。

彼女は数年以上の“過去”を、何一つ覚えていないけれど。

だからこそ、また繰り返す。過ぎし日と重なる未来が見えて。


“これ以上は”。そう思った。



「逢わない方が、幸せ………」


「誰にだ?」



風情無く砂利を踏み締める音と、下卑た笑いが耳に届く。

不愉快そうに横目で見ると、―――「誰、あんた」―――答えの要らない問い掛けを、冷えた声音で其方へ向けた。



「お疲れのようだな、お坊ちゃん」



緩慢に壁から背を離す。

関係ないねと吐き捨てて、見覚えのあるナイフを見た。

要らない事はすぐに忘れる頭だが、此れの記憶は残っている。果刹と『死文書』のオマケとして。



「成る程ね。……ご苦労様」



何度来ても同じなのに。嗤う。

触れたくもない拳を避けて、其の腹に膝を埋め込んだ。

「一匹目」、酷く楽しげに。



「でも其の不変、嫌いじゃないよ」



次は誰? 慈しみでも蔑みでもあり、どちらにも属さない笑顔はカノンにすると随分優しく、人が見せるには『酷薄』という感想がついて回る其れ。

一瞬の血溜りに竦む足が、早々と男を理解に導いた。



―――――あれは“人”ではないのだ。と。



何をしたかは知らないが、いわゆる膝蹴りを食らっただけで血に沈むとは思えない。

武芸などをやっているようにも見えない、高が少年―――そう、相手は精々十歳ほどの、身体も出来てない少年なのだ。


隣の仲間が闇雲に駆ける。

制止の声さえ出せなかった。

赤子の手を捻るなんてものじゃない。其処にある小石を蹴るように、容易く……其れでは言葉の方が難し過ぎる。

呼吸と同じ、振り返っても其れをしたことに疑問さえ起こらない事のように。

「此れで最後?」。品の良い靴が地面を踏んで、男も一歩後退さった。



「な……、」



男の更に先を見て、カノンの目が見開かれる。

其の表情に男の目も。

意志を待つより早く振り向くと、対峙する少年よりもっと幼い不似合いな少女が佇んでいて。

彼女も驚いた表情で、目の前の景色を見詰めている。


ざり。小石の擦れる音が近づく。



「う、動くな!」



彼の足音は身の危険。直感がそう信じた時、男はナイフを少女に向けた。

足音が止まって一息吐く。ナイフを向けた其の位置に、地雷が埋まっていたとも知らず。


世界が、外れた。


向けられたのは殺気ではなく、永遠に赦されない裁きの喇叭。

周りの世界が虚像に映り、それらの塀の一つ一つに何か化け物が棲んでいる――――恐怖に歯が鳴り、手を滑らせた。

落ちずに真っ直ぐ飛んだナイフが何に刺さったかなんて知らない。

何一つ解る事が無いまま、男は地獄の門戸をくぐる。





 + + + +





「あ、の」


「莫迦じゃないの?」



腕を貫いたナイフを引き抜きながら、彼は冷たく吐き捨てる。

肩を震わせた少女の手を乱暴に引き、“ミカル”の恩恵が届く範囲まで出て行った。

人気の少ない小さな公園。ベンチに浅く腰かけて、睨むような目を未だ立ち竦む少女に向ける。



「何で……来たの」



真っ直ぐ彼女の目を見ると、幾分か自然と落ち着いた声。

「寄るなって言ったよね」。繰り返すと、少女は「うん」と頷き返す。



「覚えてる。でも私も不思議」



「放っておいたらもう寄る事は無かったのに」。無機質な声が反響した。

何処で、と聞くことは無い。置いて行ける場所は所々に見当たった。

彼女が其れと言っているのは、ナイフが飛んだあの時だろう。

カノンが思うはもっと安易な、彼女の手を引いたその時。


無視すれば、其れで済んだ。

歯車の何処かが噛み合わないで、“此の先”を見る事も無くて。



「死にたかった?」


「ううん。私はどっちでもいい。ただ、ナイフは怖かった」



「ね。ありがとう」



蘇る記憶に涙が落ちる。

“どっちでも”、そう、彼女は其れに執着しない。

桜よりずっと潔く、椿のように散る事を、望んだ人だと知っていた。


『花ほど綺麗じゃなくて、良いよ』


だから、“君”は散らされないで。

醜くも長い年月生きて、隣空けるから其処で笑って。

そう願ったのは“自分”の方だ。



「如何したの?」


「………見つけたく、なかった」



俯き地面に吸われた音は、少女に届かず首を傾げる。



「でも、見つけてしまったから」



赤く染まった手を伸ばして。

もう、後には退けないから。



「決めたよ」



違う。決まっていた。


此の日、こうして出逢わなくても。

死ぬまで逢わずに済んだとしても。

此の子が此処に居る以上、此の世界に存在する以上、僕には選択肢なんか無くて。



「君の傍にいる」



何度でも。もう失くしはしない。


少女の頭に手を置いて、彼は穏やかに微笑んだ。


「わらった」。少女が紡ぐ驚いた声。

「君の為ならね」。柔く返して、



「何でもする。だから笑って?」



もう一度だけ、僕の為に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ