(4)ここは普通の学校の……はず
僕は、これ以上の被害が起きないことを祈りつつ、下を向いた。
そうだ。
ここは大人しくしておいて、解放されたら超自然科学研究部に逃げ込もう。
大山先輩なら、三年生だし、頭良いし、何とかしてくれるかも。
「蘭花ぁ、大山先輩からさぁ、返信来たけど……」
混乱する僕をよそに、パソコンに向かっていた裕樹が不機嫌そうな声を上げた。
「ん? どした? 裕樹」
蘭花が、裕樹の所に歩み寄る。
「先輩さぁ、『我が超自を希望する新入生なら、一度本人と直接話をさせるべきでは? 君の情報はありがたいが、論理性に欠けている』って、どうしようか~」
「ったく、噂通り面倒臭い奴だわね。そんなに理詰めで生活したいなら、外務省にでも就職すればいいじゃん」
突然、不機嫌さ全開の表情をする蘭花。
いや、外務省とか関係ないし。外務省の人に失礼だろ。
だが、僕は、蟻地獄に、上から水が注がれているのを感じた。何とか這い上がれそうだ。
そりゃ、蘭花達がどんな連中か知らないけど、大山先輩の方が何枚も上手だって事だ。
僕は、心の中で、大山先輩にエールを贈る。『無理をせずに頑張って下さい。僕はまだ大丈夫です。でも、早く助けてください。ここはとても怖いです』と。
その、僕の視線の先で、先ほどとは打って変わって厳しい表情で、手帳をめくる蘭花。
もう、勝負は付いたようなものですし。
早く解放しないと、生徒会に訴えられますよ? 蘭花さん?
僕が、穏やかな笑みで蘭花を見ていると、蘭花と目が合った。
慌てて笑みを抑え、可哀相な後輩Aを演じる。
……と、突然、蘭花が不敵な笑みで僕を見返した。
根拠はないが、すっごく嫌な予感。
「裕樹さぁ、返信を」
「あいさ~」
「『あゆみと相談してみるけど、いい?』以上。」
「ん?」
裕樹は、怪訝な顔を蘭花に向ける。
「それだけ? あゆみって二組の稲本だよね。何か関係あるの?」
「いいからいいから~」
対して、蘭花は、不敵な笑みを僕に向けたまま、裕樹を促す。
首を傾げながら、裕樹はキーボードに手を走らせる。
数十秒後、PCで電子音が鳴り、裕樹が「ほう」とため息をついた。
「さすがは蘭花。交渉成立だねぇ。薫君の件、諦めるってさ~。ところで、稲本って、確かコスプレ研の部長だったよね。超自と何か関係あるの?」
「秘密☆」
今、僕の手の届かないところで、何かのスイッチが切り替わり、再び蟻地獄の中に落ち出すのを感じていた。あの大山先輩を軽くあしらうとは、もしかして、僕は、とんでもなくやばい人と関わってしまったのかもしれない。
裕樹ににこやかな笑みを向けると、蘭花は、棚からB5大の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。
「さっ、薫君の行く部活は無くなったことだし、サインしよっか」
「えっ? 何でですか?」
それでも、最後の望みにすがる。人間って、悲しい生き物だよな。
「だからぁ、UFO件も超自も、薫君をうちに譲ってくれるってさ~」
「うんうん。それに、機密事項も見ちゃったしねぇ、こればれたら、薫君停学になっちゃうかも……。困ったものだよ~」
全然困ってない様子で、裕樹。
冗談じゃない!
こうなったら、実力行使だ!
生徒会室に逃げ込めば……。
僕は、引きつった笑みを浮かべ、横目でドアの位置を確認する。
大体、蘭花も詰めが甘いって。
蘭花は、メールの確認をしたために、今、部室の奥のPC側に居る。
つまり、出入り口はがら空きだって事。
蘭花は「往生際が悪いねぇ」とでも言わんばかりに、深いため息と共に裕樹の方を振り返った。
――今だっ!
僕は、まるで陸上の代表になれるんじゃないかと言うほどのフォームで跳ね起きると、踵を返し、蟻地獄の出口へと走った。
「あっ、薫君! 勝手にドア開けたら、どうなっても知らないよっ!」
知るかっ。どうなるかは、生徒会が決めることだっ!
テストのことだって、無理矢理見せられたって、正直に言えばいい。
「薫君! ちょ、ちょっとっ! リアルに待ちなさいよっ!」
がたがたと音をさせ、蘭花が慌てて僕の腕をつかもうとする。
先ほどと打って変わって、狼狽する蘭花。
ざまぁ見ろ! 待てと言われて、待つ馬鹿は居ない。
「だめだって!」
必死に捕まえようとする蘭花の手を再びよけ、足下の段ボールを跨ぎ、ドアのノブを――
「うがああああああああああああ――!」
自分の口から、自分の物でないうめき声が漏れる。
ついで、バシュッと、聞き慣れない音がし、身体が硬直し、制御不能に陥る。
……なんで? ここは、学校の中……だよね?
「だから、待てって言ったのに~」
「蘭花~、薫君に説明してなかったの?」
「えへっ☆」
裕樹と蘭花の馬鹿げたやりとりを聞きながら、ああ、これが、テレビでよく見る、高圧電流ってやつか……と思いながら、僕の意識は混沌の闇の中に落ちていった。
まあ、それから色々あって、結局僕は、ここDMZ同好会に所属している。
ほら、よく言うだろ?
長いものには巻かれろって。
どうせさ、蘭花みたいな先輩に目を付けられたら最後、逃げようとすれば、エアガンの餌食になるか、その銃弾をかわしたとしても、最後は電気ショックを受け、結局、この蟻地獄からは抜け出せないってわけ。
僕の反省点とすれば、あの日、蘭花に出会ってしまったこと。その上、失態を四つも重ねてしまったこと。
あの後、泣く泣くサインする僕に、「ほら、蘭花はああ見えても、人を見てるから。誰でも良いって訳じゃないんだし。うちら側に付いていれば、学校生活で困ることはなから、ねっ?」と、裕樹が慰めてくれたっけ。
いやいや、同情するなら解放してくれ!
まあ、でも、蘭花と敵対して、これから三年間、何かにつけ弱みを握られる事に怯えるよりは、仮にモンスターであっても、味方に付けておいた方が何かと都合が良いって思ったんだ。
それに、例のビデオの行く末を監視しなきゃいけないし。
でも、蘭花のこの悪行は、残念ながら、DMZ同好会と生徒会の一部の人以外は知らない。
外の世界では、蘭花は愛想が良いし、何より外見は可愛いし、二年生では彼女にしたい女子ナンバーワンなわけで、僕が仮に真実を伝えたところで、誰も信じるわけがないと思う。
それに、あんまり言うとDMZ規則第二条で言うところの『機密事項漏洩で銃殺』になりかねないから、僕も、あまり積極的に『真実』を訴えたりしない事にしている。
僕は、ジャーナリストじゃないからね。




