(3)蟻地獄にて……
かくして、僕は、蘭花と肩を並べて部活動棟への渡り廊下を歩いているわけ。
小柄な割に歩くペースが速く、僕は、やや早歩きでついて行く。
「キミは、川上……、薫君で良いねっ。あたしのことは、蘭花って呼んで良いよっ」
蘭花は、ああ、この笑顔を向けられたら、恋愛未経験者ならすぐに恋に落ちてしまうな、と言うような笑顔で僕を見た。
その間、僕は、『市ノ瀬蘭花』という名札の情報から、二年生の実力テスト第一位に名前が載ってた事と、DMZ同好会という部活の部長で、新歓イベントの時にオリジナル曲を発表していたと言うことを、脳内データベースから引き出していた。
「や、僕のことはともかく、……先輩のことは無理っす」
「えー、じゃあ何で? あり得ないし~」
蘭花は口をとがらせた。
あり得ないとか、意味不明だし。
蘭花と呼べって言われたって、実際、先輩を呼び捨てに出来るわけがない。
「てかさぁ、薫君、何であんな所に居たの?」
蘭花は、当たり前の疑問を口にする。
「ああ、えっと、部活どこにしようか考えていて、そしたら先輩が入ってきてですね~」
本当のことを言えるはずがない。
……失態その二。だが、この嘘が、さらにこの後の事態をややこしくしたことに、僕は気づいていなかった。
「そっか~。で、どこの部活に行こうとしてたの?」
何で音楽準備室で? 等と聞くことはなく、はにかみながら、蘭花。
学年一位の頭脳だから、いつ嘘がばれるかとヒヤヒヤしてたが、案外天然なのかも知れない。
「えっと、UFO研か、超自かどっちかですね~」
あ、お世辞でもDMZ同好会を入れておくべきだったかな。
「ふ~ん。そうなんだぁ~。超自とUFOね……」
蘭花は、何度も頷いた。
……そして僕の失態その三。ここで僕の入部希望先を教えてしまったこと
そう、夏美とのことを見られていなかった、と言う安心感から気を許してしまったのだ。
程なくして、蘭花と僕は『DMZ同好会』と書かれた木製のドアの前に立った。
しかし、蘭花は、ドアを開ける様子もなく、何か右手を挙げたり、手を開いたりしている。
「先輩、入らないんですか?」
「ちょっと待って!」
蘭花は、前を向いたまま、短くそれだけ言うと、おかしな身振りを続ける。
程なくして、カチッと金属音がし、扉が少しだけ開いた。
「さっ、むさ苦しいところですが、どうぞ~」
蘭花は、にこやかな笑みを僕に向けると、ドアを開き、ぐいっと僕を部屋に押し込んだ。
「裕樹ぃ~。部員一名ゲットしたぞ~」
……え?
「って、……え?」
慌てて振り返る僕を不敵な笑みで見つめ、後ろ手にドアを閉める蘭花。
……はめられた!
笑みの種類も、ドアを開ける前は、爽やかで可愛い先輩って感じだったのに、今目の前で口の端を上げている蘭花は、もはや、猫を撫でている的な地下組織のボスそのもの。何かを企んでいる笑みに変わっていた。
そう、ニヤリって言葉がこれほど似合う女子高校生は他にいないだろう。
ニヤリグランプリ間違い無しだ。
「やあ、初めまして~。これで被害者三人目かぁ~。さすが蘭花。部長としての責務を全うしてるねぇ」
「被害者とか言うな」
蘭花が睨む先を振り返ると、長身の二年生が、ニコニコしながら僕を見下ろしている。
「僕は南条裕樹。今日から同じ部員だし、裕樹で良いよ~。あ、でも、上級生に呼び捨ては厳しいかもだね。まあ、お好きにどうぞ」
ああ、何か似たもの同士が居る。てか、部員って確定してるし。
ふと視線を移すと、壁際にソファーがあり、まるで、誘われてついて行ったら英会話の教材の契約をさせられました、って感じでうなだれている同学年の女子一名、男子一名が座っていた。
……確かに、被害者、計三名って所か
いや、僕はまだ入部書類にサインしてないし、セーフだな。
「ぼ、僕は、べっ別に……」
「裕樹。薫君はねぇ、UFO研と超自だって~。あ、櫻井と大山んとこね~」
「おっけ~。櫻井先輩と大山先輩ね」
裕樹はそう言うと、にこやかな笑みで、奥にあるPCを操作し始めた。
大山先輩の説明は、もういいよな。何事もなければ、僕の部長になる予定だった人だ。
それにしても、あの(僕にとって)偉大な先輩を呼び捨てか……。
僕は、徐々に蘭花の恐ろしさを知ることになる。
「あの、僕は入部希望じゃなくって……」
そうそう、例のビデオ、あのビデオを確認しないとだ。
「薫君さぁ、これ、な~んだ?」
蘭花は、僕に取り合わず、相変わらずの不敵な笑みで、僕の目の前に何やら細かい文字やグラフが印刷された、B4大の紙をかざす。
二歩後ずさったところで、焦点が合った。
「えっと、『一学年 春期実力テスト[数学]』……って、えええええ?」
春期実力テストって、今度の連休明けに開催されるテストじゃないか!
何で、それがここに?
蘭花は、満足げな笑みを浮かべると、
「見たよね? 今、薫君、見たよね?」
僕の顔をのぞき込んだ。
……失態その四。蘭花が見せる書類を何の疑いもなく見てしまったこと。
「おっ、薫君は、我らがDMZ同好会の最高機密事項を見てしまったか~。DMZ規則第二条、機密事項漏洩は銃殺だし。こりゃ、もう、生きてここを出られないな~」
混乱する僕に、わざとらしい身振りをし、楽しげな声を上げる裕樹。
てか、DMZ規則第二条って何?
そんな校則あったっけ?
一体、何が何だか……
蟻地獄って、あるよな。
そこに落ちていく蟻って、こんな気持ちなのかな。




