(2)選択肢間違えた
話すと長くなるから、結論だけ言うと、その日、運命の日、僕は中学校からの友達である夏美へ、大事な事を伝える決意をしていた。
まあ、あれだ。青春の何たるかってやつ。もう吹っ切れたから、ネタにしていいや。
上手くそれまでのイベントを設定して、夏美を音楽準備室へ呼び出すことに成功。
何故音楽準備室かというと、四階の端っこだと言うこと、そして、防音になっていると言うこと。ほら、秘め事には絶好の場所だろ?
今までの付き合いからして、成功する確率は八割以上、完全にフラグは立っていたはずだったのだが……。
「ごめんね。……やっぱ勉強に集中したいし、今はカーたんと、そう言う気持ちになれない」
世の中ってのを思い知ることになり、僕の浮ついた気持ちが一気に落ちていくのに、それほど時間を要さなかった。
夏美は、僕のことを「カーたん」と呼ぶ。そう言う関係なのだが、だからこそ、そう言う関係からああいう関係に移るには逆に障壁となっていると言うことだ。
などと言うことを頭の中でぐるぐると考えていた僕を見上げ、夏美は慌てて付け加えた。
「あっ、カーたんだから嫌って訳じゃなくって、……別に好きな人が居る訳じゃないし。もし、……もし、この先そう言う気持ちになったときは、私から言うね」
「そうか……」
都合のいい女と思われることを警戒したのか、夏美は、
「でもでも、別に、今後カーたんが誰かいい人を見つけたとしても、私は応援するから、別にキープとかそう言うつもりじゃないし。将来お互いに他に好きな人が居なかったら、その時改めてってことで、……ね?」
と、慌てて付け加えた。
言っておくが、夏美は普段かなり無口な方だ。その夏美がこれだけ喋るには、相当努力しているに違いない。
「うん、わかった。ごめんな、変なこと言って。明日からは今まで通りって事で」
自信は無いが、多分夏美となら元に戻れると思った。
「ありがとう。……じゃあ、私行くね」
「うん。また明日ね」
「あっ」
戸口に向かいかけた夏美が立ち止まった。
「あの……、明日からも、……『カーたん』って呼んでも良い?」
「あったり前じゃん。『今まで通り』って言ったっしょ?」
僕は、努めて自然な笑顔を作ることに成功した。
夏美が出て行き、防音扉が閉まるプシュッと言う音の余韻に浸りつつ、どれだけ過ぎたのだろう。
時計を見る限り、三〇分近くボーっとしていたっぽい。
「さて、行かなきゃ。今日は超自研の説明会だったな」
誰が使うのか、音楽準備室に似つかわしくない、背の高さほどもある姿見の中の自分を見ながら、わざわざ口に出してそう言うと、僕は、ゆっくりと出口に向かった。
……と、勢いよく防音扉が開けられ、女子生徒がつかつかと入ってきた。
身長一五〇センチぐらい。小柄であるが、胸元のリボンが水色であることより、二年生だと判る。先輩だ。
「あっ、ごめんごめん。何か取り込み中だった?」
多分、何気ない一言。予想外に後輩が居たので、むしろびっくりしているのはあちらの方だろう。
しかし、その何でも見通すような瞳で真っ直ぐに見られた僕は、少なからず狼狽した。
……まさか、見られてなかったよな。
「あ、……えと、す、すみません」
これが、蘭花と交わした最初の言葉。
もしここで、そそくさと部屋を後にしていれば、「音楽準備室に一年の子が居てさ、何か焦ってた~」「蘭花がまたエアガンで脅かしたんじゃないの?」みたいな話を、裕樹として笑うぐらいで済んでいたことだろう。
そう、その場面に当然僕は居なく……。
だが、立ち去れない理由があったわけ。
蘭花が、あ、このときは蘭花って知らなかったけど、「ちょっと失礼~」僕の脇を通り過ぎ、テーブルの奥をなにやらごそごそやっていて、何かを取り出した。
何の変哲もない、小型の黒いメモリーカード。「64GB」と記載されている。
だが、次の瞬間、先ほど夏美にフラれた時以上の衝撃を受けることになる。
姿見越しに蘭花の手の間からちらりと見えた、握り拳ぐらいの銀色の物体。
その物体の先端には、丸いレンズが付いており、わざわざ確認するまでもなく、その側面に「HD Digital」と言う文字が見え、それが、ビデオカメラであることが判った。
……まさか、盗撮?
知ってる。それ、動体感知機能付きのやつや。
うん、知ってる知ってる。
じゃなくって、つまり、見られたとか以前に、ばっちり証拠撮られてるじゃん!
僕の頭は、実力テストの時以上にフル回転し、先ほどの場面、僕と夏美の立ち位置、そして、そのカメラが置いてあった位置を重ね、決定的な、僕の記憶から消したい記録が、何の悪意ももない無機質な存在によって永遠に残されちゃう危機発生、という結論に達した。
「よしっ、交換終了~っと。あー、ごめんね~、なんか邪魔しちゃって。こんな最果てで誰かと待ち合わせ? ま、余計なお世話ねっ☆ では、ごゆっくりー」
どうして、そう言う行動に達したのか、今でも判らないが、もっと言えば、何故そのとき撃たれなかったのかと言う疑問も残るが、とにかく、僕は戸口から消えようとしている蘭花の腕をむんずとつかんでいた。
「せ、先輩っ! あのっ」
「何?」
怪訝そうな顔を向ける蘭花。
打って変わって低いトーンの声に勇気を振り絞り、僕は言った。
「そのっ、せ先輩に興味がありますっ! ついて行っていいですか?」
……失態その一。しどろもどろになりながら発した言葉は、重要な単語が所々抜けており、その後の事態をややこしくした。
百歩譲って、この言い方を是とするにしても、「先輩『のやっていること』に興味があります」と言うべきであったろう。
「そ、それって……」
蘭花は、呆気にとられた表情をし、その顔がほんのり紅潮したような気がしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「大胆な子ねぇ。でも、脈絡がないってか、何か支離滅裂ね。う~ん、……まあ、いいわ。そういうノリ、嫌いじゃないし、今のあたしに必要な人かも。何より今までで一番良かったし。……じゃあ、ちょっと来てくれる? あたし、これから部活だし」
前半言っている事はよく聞こえなかったが、とにかく「来い」と言われホッとする僕。
蘭花は、左手でさっと髪をかき上げ、メモリーカードをポケットに放り込むと、僕を手招きした。
髪をかき上げた時に、ふわっとスイートオレンジの香りが僕の頬を撫でた。
夏美とは違う香りに少しだけどきまぎしながら、僕は蘭花について行くことにした。
そう、後戻りの出来ない分岐点を曲がって……。




