(3)そんなお約束はいりません
「さて、部員も二名になってしまったところで……」
カップのお茶をぐいっと飲み干すと、蘭花が無表情にそう切り出した。
穏やかな音楽が空間を満たす。
視線を移すと、数名の男女がカップを傾け、午後の一時をゆったりとした時間と共に過ごしている。
僕の記憶が正しければ、そう、ここはサテライトのいつもの場所。
「二名ですか~。ってことは、部長と裕樹先輩と僕とで三名……って、あれ?」
僕は、自分で言ったことに違和感を感じ、蘭花を見上げる。
ん? と言う表情で僕を見返す蘭花。
あれ? えっと、ひい、ふう、……みい?
…………え?
「ちょっ! ゆ裕樹先輩はどこ行ったんですかっ! まさかっ!」
僕は、最悪な想像をし、目の前が真っ暗になる。
「転校したの」
そんな僕を楽しそうに見ながら、蘭花はあっさりと言った。
ああ、転校ね。
またてっきり教頭の魔の手の犠牲者的なことになっていたのかと……。
あせって損した。
……じゃなくって!
転校って、何ですか! その、こういう時のお約束的展開みたいな……
「いやいや、いくら何でも唐突すぎですし、逃げたんじゃ?」
そう、何だかんだで、裕樹も山のようなノルマを蘭花に与えられ、人材確保と併せて走り回っていたのだ。
スマートに生きているようで、蘭花に関しては計算が通用していないって言うか、もしかして、裕樹って蘭花のことを好きだったんじゃないのか?
「まあ、嘘だけどね」
「……」
はいはい、騙された自分乙。
何も言わなくても判るし。
その満足そうな表情は、僕の反応が期待通りだったと言うこと。
「何か風邪引いたみたいでねー、うつすと大変だから、申し訳ないけど戦線離脱だってさー」
「あー、最近働かせ過ぎだったんじゃ……」
間違いなく僕達のせいだ。
「そんなことよりもっ!」
バンっと机を叩く蘭花。
セミロングの髪がふわっと靡く。
びっくりして見上げる僕をちらりと見、
「作品投稿の締め切りまで時間がないわっ!」
大声でそう言うと、大げさにため息をついた。
「ええ、そのようですね……」
確かに、蘭花の言うように、締め切りまで、あと一週間ない。
正確に言うと、今日を入れて、あと5日。
これは、さすがの蘭花を持ってしても、覆せない。
だからといって、時間も有限なわけで、こちらもやれるだけのことをやるしかない。
「ということで……」
蘭花は、僕をじっと見る。
「……えっと、僕に過剰な期待されても困りますよ? 確かに、CGは作れるようになりましたけど、これ以上は無理です。どこかの超能力者みたいに、自分だけ倍速で行動するとか出来ませんし」
「ふふ、そんな非科学的な事しないよ~」
そんな僕に対し、チッチッと指を振り、
「今日から合宿をします!」
と、厳かに告げた。
ああ、なんだ。
また僕に無理難題を押しつけるのかと……
……って!
「ちょっと待って下さい。予算は? 場所は? 準備は? 予約は? いきなり合宿とか、絶対無理ですって! 大体、学校どうするんですか!」
「何言ってるのよ。場所なんて、最初から決まってるでしょ? ここからなら学校も通えるわ」
そう言い、蘭花は、サテライトの奥をビシッと指さした。
「ちょっ、……え? そんな、無茶苦茶なっ!」
「何でよ、ご飯はちゃんと出るわよ? 寝るところもあるし。工数がかかるなら時間を用意するだけの事よ。ここにはその環境がそろっている。どこを取っても理にかなってるわ」
……いやいや、ご飯とかの問題じゃなくって、どこから突っ込んだら良いのか
まず、前提からおかしいですからっ!
「そ、そうだ。泊まりがけなら、い家に連絡しないと……」
「もちろん、あやかさんに頼んで、薫君のお父様には許可取ってあるわっ」
「そんな馬鹿な!」
「……えー、『若いときにチャレンジすることは良いことだ。思いっきりやりなさい。薫が逃げ出しそうなら縛ってくれて構わない』だそうで~す」
勝ち誇った笑みで、メモ用紙を読み上げる蘭花。
……はい、まさしく、そんなこと言うのは親父ぐらいです
と言うより、あやかさんもグルって一体……。
僕は、最後の抵抗もあっさり回避されたことを悟り、うなだれる。
「そうそう、布団は一つしかないから、早い者順ねっ」
「えええええ?」
……それって、事実上、僕は寝られないって事じゃん!
蘭花に鞭で打たれながら、徹夜でデータ入力をする可哀相な僕の姿が、頭の中を駆け巡る。
「何よ、その反応。何か異議でもあるの? 代案があるの? はい、DMZ次期部長っ」
蘭花が、半眼で僕を睨む。
代案などあるはずもない。
「いえ、……その。そうそう、……データは、もうほとんど出来ていますよね。もう、出しても恥ずかしくないレベルだと思うんです」
「だから?」
僕を睨み付けたまま、蘭花。
「えっと、だから、やれるだけやって、そのまま投稿すれば良いんじゃ――」
「ブッブーーーっ!」
蘭花はいきなり変な声を出す。
……いや、ブッブーとか言われましても
「はい、薫君は、DMZ規則第一条に違反していますっ!」
「……といいますと?」
言われてみれば、第一条すら聞いたことがなかったぞ?
蘭花は、口の端を上げた。
「DMZ規則第一条、『妥協をした人は重罪』です」
え?
蘭花が、口の端を上げたまま、半眼になる。
「『逃げ出しそうなら縛っても良い』って許可もらってるけど?」
「すみません。精一杯頑張ります!」
蘭花なら本当にやりかねない
「そんな顔しなくても大丈夫だって~。約束だから、勉強はちゃんと見てあげるし、それに、四日ぐらい寝なくたって平気よっ」
「そんなぁ~~~~」
……既に、提出日まで徹夜確定ですか?
そうそう、そうだ。
もう、データ打ち込みの件は諦めるとして、蘭花に聞いておかなくてはならなかったことが。
「あの、そういえば、そろそろ事件のこと、説明していただけませんか?」
「じけん、なにそれ?」
きょとんとした顔でこちらを見る蘭花。
「部長……」
僕は半眼になる。
ここで、蘭花は姿勢を正すと、口元に笑みを作った。
「ふふっ、冗談よ~。だから、あれはね、囮だったの」
「囮ぃ?」
色々頭に来ているので、口調に不満が現れる。
対して蘭花は気にもとめず。
「うんっ。予想通り入試問題流出疑惑があってね、それを校長は独自調査していたの。別にどこかから訴えがあった訳じゃないけど、校長が、今年の新入生の成績見てね、入学試験と、実力テストの点数があまりにもかけ離れている生徒が、何人かいたわけ。っで、気付いたみたいよ」
「はあ……それで?」
「校長って、ああ見えても、教師になる前は、大手メーカーのサーバー管理者ってやつをやっていて、だから、この学校ネットワーク完備なんだけど、学校のサーバーのログを調査するうちに、ある程度犯人が絞り込めたのね。っで、教員が所有しているPCからアクセスがあり、そこにコピーされたって事実もね。しかも、サーバーをハッキング出来るぐらいの知識は持っている人がね」
「……ええ」
ごめん、早口だし、台詞長いし、もうついて行けてない。
「だから、あたしの部室のPCからハッキングして、そのデータを入手したって言う痕跡を判りやすく残して、犯人が自ら現れるように罠を張ったわけ」
最後だけ解る。
「でもでも、じゃあ、何で校長は、日々努力しろとか、あんな説教をしたんですか? 意味不明です」
僕の当然の疑問に、蘭花は目を細める。
「ふっふっふ。まだまだ甘いな。あれは、暗号なんだよ? パスワードは、あたしの名前と年齢を一文字ずつ進めて、最初は大文字、後は小文字ってね。だって、あたし、知らなかったもん。パスワードなんて」
あっ、言われてみれば……、『Sbolb27』は『Ranka16』を一文字ずつ進めた単語だ。
すご~い。何か、学園ミステリーっぽいぞ?
「あれ? そう言えばさ」
蘭花がハッとした表情で顔を上げる。
「はい?」
これ以上、まだ何か?
「今いきなり思い出したんだけど、薫君と初めて遇った所って、たしか音楽準備室だったよね」
「!」
何だか、とてつもなく嫌な展開の予感。
「あのとき、『部活どこに入るか考えていた』……みたいな事言ってたけど、よく考えたらさ、なんでわざわざ音楽準備室でそんなこと考えていたの?」
「え? いや……その……」
ちょっと待って! 何故それをこの場面で思い出す?
「今その事を論議する意味は無いかと……」
「思いついたことは、すぐ処理しておきたい性格なのっ」
いや、そんなん言われましても……。
「あーーっ、そう言えば、設置してあったカメラのデータまだ見てなかったわ~。裕樹に任せっきりで……。もしかして、薫君が映っているかも~。それ見れば一瞬で謎が解けるわねっ」
って、おいっ!
話が、まずい方向に真っしぐらだし!
「いや、映っていないと思います。ほ、ほら、裕樹先輩からも何もなかったんでしょ?」
……裕樹は、何かあったときにそのネタを利用する気だったんだろうな。
「そんなことないよぉ~。絶対映ってるって。だって、あのときは教頭の悪事を隠し撮りするのが目的だったから、薫君が映ってたって、ただの生徒Aって事で気にするわけないよ~」
「いやいや、あの裕樹先輩ですよ? もし、僕が映っていたら絶対ネタにしますって!」
「そうかなぁ~。……そうだっ、どこにしまったっけな~。ちょっとメモリー探してくる」
蘭花は表情を輝かせ、慌ただしく立ち上がると戸口に向かう。
「ぶ、部長っ!」
恐らくスーパーコンピューターよりも高速に、この場を収める手段を思考していた僕は、蘭花の左腕をがっちり掴み、思わず大声を上げた。
店内の客が、何事かとこちらをチラ見する。
「な、なによっ」
いつもと違う迫力に気圧されたのか、たじろぐ蘭花。
「今日から徹夜ですよね? データ完璧にするんですよね? そんなことしている暇があるんですか? 妥協したらDMZ規則違反ですよね? 僕だけに強要して、まさか部長は遊ぼうとしてないですよね?」
僕は、早口にそう言うと、口を真一文に結んで、蘭花を睨む。
「……」
「……」
「……わかったわよ。確かに、薫君の言う通りね」
蘭花はため息をつくと、と、渋々テーブルに戻った。
……これで、ますます蘭花から目を離せなくなるな
僕は、「う~ん。どこにしまったっけなぁ」とまだ考え込んでいる蘭花を見ながら、あまり明るくない未来を想像し、身震いした。




