(4)友情の価値
窓を閉めてはいるが、先ほどと比べると、何となくバイクの音が大きくなっているのだ。
当社比、二割増量ってやつだ。
パトカーのサイレンの音も、何となく大きくなっている。
僕は、蘭花の手を離すと、おもむろに立ち上がり、カーテンを少し開け、外を覗う。
同時に、僕の口の端が上がった。
高山学園は高台にあるため、校門から少し行くと、S字カーブで学校下の道路へと続く道がある。
資材搬入のトラックも来るからか、歩道付きの二車線になっている。
そのS字の道に、十個足らずの瞬く光。
一番後ろに、点滅する赤い光。
こちらに向かってくる。
「何か外が騒がしいわね。薫君、外どうなってる?」
立ち上がろうとした蘭花。
しかし、僕は、直後カーテンを戻し蘭花を押し戻す。
蘭花もハッと気付き、僕達は先ほどと同じ体勢で腰を下ろし、ドアを見る。
ガチャガチャと慌ただしく鍵を開ける音がし、その後、ガラッとドアが開いた。
「いいか、妙なまねするんじゃないぞ?」
教頭が、こちらに近づいてくる。
僕と蘭花は後ろに手を回したまま、教頭の様子を覗う。
ぴったりとくっついた僕達は、その後ろで、お互いの手を握っている。
蘭花の鼓動が上昇しているのが、身体が小さく震え出すのが伝わってくる。
怖いか?
怖いよな。
僕もだ。
教頭は、苛立たしげにカーテンを半分ぐらい開け、外の様子を覗った。
電気がついていないという安心感からであろう。
「ちっ。……底辺どもが」
舌打ちをすると、教頭はこちらを一瞥し、
「いいか、大人しくしているんだぞ」
しゃがみ込むと、蘭花と僕の首筋に、交互に包丁の先を当てた。
蘭花が、ぎゅっと僕の手を握ってくる。
くそっ、この嫌らしい顔に一発拳をめり込ませてやりたい!
僕は右手の中のライトを握りしめ、教頭の隙を覗う。
外ではバイクの爆音、それに混じってパトカーのものと思われる、拡声器で何かを叫ぶ声。
さすが、音楽室の防音構造は大した物だ。
多分、窓を開けたら大音響だろう。
僕は、くだらないことを考え、口元に笑みを作る。
突然、バイクのエンジン音が、一斉に止まった。
静寂。
「ん?何だ?」
教頭が、突きつけていた包丁を放し、窓の外を覗う。
「!」
その僅かな隙を、
バイクの音が止まった訳を、
親友からのメッセージを、
僕に与えられた、唯一のチャンスを、
僕が、見逃す理由はなかった。
「がぁーーっ!」
自分でも訳の分からない声を上げ、右手のライトを逆さまに持ち、立ち上がる。
振り向き、驚愕の眼差しで僕を見つめ、慌てて包丁を構える教頭。
アホみたいに口を半開きにするその顔は、馬鹿な!って感じ。
遅い遅い遅いっ!
僕の右手は、教頭が包丁を構え終わる前に、当社比三倍増しの力でライトごと教頭の腹にめり込む。
――これは、蘭花にあんな思いをさせた礼だっ!
「ぐへっ」
変な声を上げ、教頭が白目をむき、くの字に折れ曲がる。
それを目の端で確認すると、三歩右へ踏み出し、目の前の椅子の脚を持つ。
背後で、ドサッと言う音。
そして、
「教室の後ろへっ! 急げっ!」
僕は蘭花を一瞥すると叫び、蘭花が反射的に教室の後ろへ走り出すやいなや、
「でぇやああああっ!」
ハンマー投げの要領で、身体を半回転させ、椅子を月に向かって放り投げる様子をイメージしながら、窓ガラスに叩き付けた。
ガシャーン
無数のガラス片が、いつの間にか顔を出していた月の光を反射させ、スローモーションのように空間を舞う。
僅かの間の後、
バン…………ガツッ
僕の手を離れた椅子が、校舎の前のコンクリートに激突する音。
同時に、こちらを指向する光に目がくらむ。
『誰か居るのかっ?』
拡声器から、誰何の声。
僕はライトを拾い上げ、蘭花の所に駆け寄ると、窓を全開にし信号を送る。
あきらに向かって。
半日遅れて、蘭花に言われた内容を。
同時に、蘭花が腹の中から、ありったけの声を上げながら、大きく手を振る。
「監禁されていますーーっ! 助けてーーーっ!」
こういうとき女性の声は便利だ、と思いながら、右手を動かしたまま、左手で光を遮り校庭の様子を覗う。
警官がパトカーから降り、こちらを見上げながら駆け寄る中、バイクに跨った少年が一人、携帯電話を取り出すのを確認すると、僕は右手を下ろした。
間違いない。
あの姿は、あきらだ!
身体の緊張が解ける。
その瞬間、頭の上の方から暗幕が垂れ下がるように、視界が暗くなる。
同時に、重力を感じなくなる。
僕の身体から力が抜け、情けなく蘭花にもたれかかる。
「薫君?」
あれ?
身体が言うこと……きかない。
「薫くんっ!」
まだ、終わってないのに……。
蘭花っ、教頭が気付く前に、……逃げろっ!
「いやっ、薫くんっ! 誰かああぁぁっ!」
薄れる意識の中、蘭花の叫び声が、やたら遠くで響いていた。




