(5)絶体絶命の中で
「薫君、馬鹿でしょ」
薄暗い室内で、蘭花が呟いた。
現在、僕と蘭花は後ろ手に縛り上げられ、音楽室の窓際に仲良く腰を下ろしているというわけ。
他の教室と異なり、教室の後ろの方が高くなっている。
つまり、蘭花と僕が座っている床は斜めになっているわけで、気を抜くと、教室の前の方へ倒れ込みそうになる。
僕が下にいるから、誤って蘭花の方に倒れ込み銃殺確定、と言う事態は防げるわけだが。
結局、僕の段取りは、運命のいたずらにより水泡と化し、取引に使う予定であったUSBメモリーはあっさりと取り上げられ、今のところ手詰まり状態。
はぁ~、ホント何しに来たんだか……。
「既にご存じだったはずでは?」
僕の言葉に怒るかと思ったが、蘭花は、くすくすと笑った。
「そうだよね~。あたし、もともと馬鹿は嫌いだったんだけどな~。何でだろ、薫君のことは、嫌いになれないわぁ」
あっさり肯定か? 少しは気を遣えよ~。ちょっと傷ついたぞ?
「……それは、光栄です」
僕は蘭花の軽口に安堵しながら、呟いた。
「怒った?」
その間を別の感情に捉えたのか、蘭花は固い声を出した。
「いいえ。怒る理由がありません。部長こそ、怒ってません?」
僕は、笑みを作った。
「う~ん。半分は。だけど、もう半分は、あたし自身に怒ってるかな~」
蘭花は呟く。
「部長自身に……ですか?」
僕は蘭花の方を向いた。
くそっ、教頭の奴、きつく縛りやがって、手がしびれてきたぞ?
蘭花は痛くないのか?
「うん。あれだけ言ったのに、やっぱり来ちゃった薫君に、『何で?』って思っているのも事実。だけどね……」
蘭花はこちらを向き、
「本当は、心のどこかで薫君が来てくれることを期待していたりして……、だめだな~、あたしも馬鹿だわ」
力なく笑った。
「じゃあ、仲間ですね。結果はともかく来て良かったです」
少しの間、複雑な表情で僕を見ていた蘭花は、急に悪戯っぽい笑みを浮かべ、肩で小突いてきた。
「ところで、薫君って意外に変態成分があったんだね~」
「!」
何のことを言われているのか、残念ながら心当たりがある。
ついに来た! って感じ。
「黙ってちゃ分からないな~」
蘭花は笑みを浮かべたまま、半眼になる。
「す、すみませんっ。それは、つまり……」
ほんの出来心で!
……って、ちゃうちゃう!
「やらしいんだ~、女の子の部屋を物色して、あんな物やこんな物を見ちゃったんだぁ」
「やっ……、あ、そそんなこと無いですよっ!僕はですねぇ、ただ単に……」
僕の狼狽ぶりに、蘭花は肩を震わせた。
「ふふっ、どうせ『部長のためだ!』とか、自分に言い訳して、恐る恐るあちこち探していたんでしょ? 目に浮かぶわぁ」
何故か、上手に僕の口まねをして笑う蘭花。
いつものパターン。
蘭花は僕の心中などお見通しで、マシンガンのように攻撃をし、満足したら解放される、と言うことだ。
僕が反撃する間など、与えられない。
でも、大正解!
どこかで見ていたんじゃないのか?
「と、ところで、彼らは、二人だけですか?」
どう考えても不利な状況なので、僕は話題を変える。
「そうね。あの黒服さん達は、あたしをここに連れてきたら、すぐに帰っちゃったわ。『契約はここまでだ』って。何か、変装しているみたいだから、警察に言っても無駄だよって言ってたわ。教頭とも初対面みたいだったし」
「そうですか」
と言うことは、相手は二人か。
チャンスを逃さなければ、何とかなりそうだ。
「ところで~、さっきの続きだけど~」
話題転換失敗!
蘭花は、まだ僕をいじり足りないらしい。
「すみませんっ! 怒られついでに、もう一つ謝っておきます!」
僕は、いずればれることを、今言ってしまうことにした。
「怒られること?」
蘭花は、不思議そうな顔で僕を見る。
「あの、見ちゃいました。って言っても、不可抗力ですけど……。今日の授業のメモの……」
僕が言うに連れ、蘭花の表情が引きつっていくのが分かる。
ああ~、やっぱり怒っている。真面目に怒っている。
「本棚……見ちゃったんだ」
蘭花は下を向く。
「しょ、正直言って、感謝しています。ていうか、何をやるにも、言い出したことに対し、きっちり責任を全うすると言う姿勢は、尊敬できます。一後輩のために、あそこまで、真剣にやっていだたいているとは、思ってませんでした」
僕は一気に喋ると、呼吸を整える。
怒るんなら怒れっ!
しかし、罵声を覚悟している僕の隣で、蘭花は下を向いたまま。
しばしの静寂。
「相手が薫君じゃなきゃ、あそこまでやらないよ~。私も、釣り合うために努力してるんだよ」
蘭花は何故かホッとした様子で、ぽつりと呟いた。
「え?」
僕は蘭花の言葉をどう解釈したものか悩む。
再び沈黙。
蘭花は、ため息をつき、
「……まあ、いいわ。助かった後、スケベの罪により、とりあえず銃殺ねっ」
こちらを見ると、微笑んだ。
まじかよっ!




