(4)真夜中の救出劇
さすがと言うべきか、裕樹の発行した偽キーで、あっさりとドアが開く。
僕は、部活動棟の廊下を忍び足で、しかし、早足で進む。
校内の照明は切られており、所々『非常口』と言う文字だけが、青白く空間を照らしている。
通い慣れた学校とは思えない、未知の空間。
この扉の向こうは、昼間と同じ部屋なのだろうか。
あそこの曲がり角の向こうは、昼間と同じ通路なのだろうか。
心の奥底からわき上がってくる、ヌメヌメした黒いものを振り払いつつ、部活動棟の二階に駆け上がる。
この前、蘭花と夜の学校に来た時は、そんな風に感じなかった。
うまく言えないが、怖いような、後ろめたいような、それでいて、身体の奥が痺れるような不思議な感覚。
……まあ、あの時は訳も判らずに巻き込まれていたから、余裕が無かったんだろうけど。
廊下に出る直前で、息を殺し様子を覗う。
ジジジと言う、蛍光灯のインバータが発振する音以外に、何の音もしない。
再び、もう一人の自分が思考を開始する。
本当に、蘭花は、奴らはこの校舎にいるのだろうか。
よく、アメリカドラマであるパターンだ。
特殊部隊が、発信器を頼りに見知らぬ建物へと潜入を試みる。
様々な情報を結集した突入計画は、水も漏らさぬ完璧な物であった。
そして、とある部屋にたどり着き、緊張が最大限に高まった時、ドアを蹴破り……。
しかし、そこには何もなく、がらんとした部屋の中央に、発信器のみが放置されている。
『やられた!』ってやつだ。
最近の犯人は賢く、簡単には核心にたどり着かせてくれない。
無敵のヒーローでさえも、何度も煮え湯を飲まされるのだ。
単純さが売りのアメリカドラマでさえ……である。
よくよく考えれば、そのとおり。
蘭花のスマホと、蘭花の居場所が必ずしも同じとは限らないのだ。
裕樹は、様々な裏付けの下に、「確度が高い」と言った。
……でも
ここで、僕は首を振ると、邪念を振り払う。
考え出したらキリがない。
解らないことは考えるな、解ることだけを考えろ。
どこかの本で読んだ気がする。
まずは、唯一の手がかりを信じるしかないのだから。
僕は、渡り廊下に向かった。
☆
教室棟の四階にたどり着いたとき、僕は、日頃の行いの良さと、この物語の単純さに感謝することになる。
僕は、階段の窓を見上げた。
……今日は、月夜か。
満月ではないだろうが、外の方が明るく、月の光が階段に差し込んできている。
「ここか」
僕は、「音楽室」と書かれたプレートを見上げた。
階段から、約十五メートルの距離。
正直言って、校舎に忍び込んだ時から、精神を極限状態にしているため、頭がどうにかなりそうだ。
僕は、細心の注意を払って視線を廊下に投げる。
「!」
ドアの下から僅かに漏れる光。鼓動が早くなり、手の中が汗ばんでくる。
僕は、背を低くした状態で、物音を立てないように、すり足で音楽室のドアへと進む。
確かに、誰かが……いる。
息を殺して待つこと数分。低い男性の声と、……かすかに女性の声。
僕の背筋を、何かが突き抜け、手が勝手に震え出す。
九十九パーセント、蘭花の声。
僕は、廊下に足をつけないぐらいの感覚で、スライド式のドアの反対側に回り込んだ。
何をしてるかって?
確認するんだよ、鍵が閉まっているのか開いているのか。
僕は、ドアとドアの隙間を注意深く観察し、結果、鍵が掛かっていないことを確認する。
顔がほころぶのが、自分でも判る。
高鳴る鼓動を抑えようと、ゆっくりと深呼吸し、シミュレーションする。
まず、ドアを開け室内を確認。奴らが居るだろうが、とにかく蘭花の所へ最短で向かう。
その後は、奴らの出方次第で、こちらの行動を決めればいい。
どんなに最悪ケースでも、五人だろ?……何とかなると思う。
それに、もう、迷いはない。
停学中の問題?……そんなことは、全てが終わってから考えるさ。
蘭花は、怒るかも知れないけど、今回は、冷静に自分の意見を述べる自信がある。
だって、今回は、思考の末、確固たる理由の下、最優先事項を決めたのだから。
僕は、ゆっくりと立ち上がり、腰に差し込んであった、長さ三十センチぐらいの太いアルミ製の丸棒を握りしめる。
先ほど、とある部室から拝借してきた物だ。
先端に付いている半透明の丸いオブジェが魔法の杖のようにも見えるが、何に使う物なのか、謎だ。
ナイフでも良かったが、それだと相手に傷をつけないことを考えなくてはならず、攻撃に集中出来ない。
僕は、心の準備が出来るのを待つ。
抑えたはずの鼓動が、再び上昇を始める。
僕は、身体を僅かに浮かせ、棒を握りしめた右腕を軽く身体から離す。
これが、経験上もっとも効率よく相手に飛びかかることが出来る体勢。
僕は、左手をスライドドアの取っ手に掛けた。
鼓動が最高点に達する。
僕の判断機構が、身体の最終チェックを終え、行動許可の合図を出した。
脳内で、シグナルが赤から青に切り替わる。
よし!
脳が左手の神経に大きな信号を送り……つまり、僕が、思いっきりドアを引き開けようとした瞬間、
♪そうぞー、りょくをー、むげんー、だいにー
ひろげー、きみとー、ふたりー、でならー
は?
うちの曲?
なんで?
ここで、僕は自分のポケットから流れている事に気付く。
携帯電話の着信音とか!
よりによって、今?
てか、何時の間に登録されていたんだ?
くそ、また蘭花のいたずらかっ!
これで、何度クラスの奴らに白い目で見られたことか……。
いや、そんな事じゃなくって!
あり得ない!
あり得ないよ、この場面で!
このシナリオを書いている奴は、相当性格悪いぞ!
人間は、このような想定外の事が起こると、大抵は目的のことがすぐに出来ない。
僕も、その例に漏れず、ポケットの中で軽快なメロディーと共に合成音で歌っている携帯電話を止めようと、ポケットを押さえつけていた。
そんなことで止まるんなら、ボタンは要らない!
って、突っ込んでる場合じゃない。
「誰だっ!」
着信音が止まると同時に、中で、がたがたと音がする。
そりゃそうだよなぁ~。
僕は、自分がこれほど嫌いになった事は、多分初めてだろうと言うぐらい、自分の行動と運命とやらを呪っていたが、
「痛っ! いやっ! 何するのよっ!」
蘭花の声が耳に飛び込んでくるやいなや、理性が吹っ飛び、左手で思いっきりドアを引き開け、中に飛び込んだ。
「やめろっ!」
あ~あ、段取りが無茶苦茶だ……。
バーンとドアが壁にぶち当たる音を聞きながら、明るい室内に目が慣れた僕の目に飛び込んできたのは、目を見開き僕を凝視している蘭花と……
「教頭……先生?」
僕の口から、自分のでないような乾いた声が漏れる。
「これが見えないのか? それを下ろしなさい。川上薫君」
「……」
教頭は、蘭花の携帯電話を握りしめた左手で蘭花を抱え上げ、右手で蘭花の喉元に文化包丁を突きつけている。
蘭花は、どうやら後ろ手に縛られているらしく、不安定な体勢で、教頭の腕に身体を預けている。
「さあ……」
教頭は僕を睨むと、僅かに視線を右に走らせた。
「薫君っ!」
蘭花の口が開くよりも一瞬早く、僕は上体を反らせ、鼻先をかすめる黒板用定規をやり過ごす。
そのままの動作で身体を回転させ、右手の棒を相手のみぞおちに突き出す。
「ぐっ!」
相手の身体が、くの字に折れ曲がるのを確認すると、
「はいはい、わかったわかった。わかりましたっ! 置きますからねっ」
僕は、教頭に見えるように棒を床に置くと、一歩後ろに下がった。
どさっと僕の足下に倒れる高山学園の生徒を見ながら、教頭は口を歪める。
「ふん、役立たずが……。しかし、君は、ピザの宅配より早いな。まあいい、これで手間が省けたってものだ」
大して面白くない冗談を言うと、教頭は蘭花の喉元から包丁を放し、蘭花を乱暴に突き飛ばした。
バランスを崩し、倒れ込む蘭花。苦痛に顔を歪める。
「このやろっ!」
僕が踏み出そうとした瞬間、
「よけいなことするなよ? まず、携帯をよこせ。床に置くんだ」
と、教頭は倒れ込んだ蘭花に再び包丁を突きつける。
僕が教頭を睨み付けながら、『着信あり:部長』と表示されている携帯電話を床に置くと、教頭は、
「あと、……持ってきているんだろ?」
僕の方に、手を差し出した。
僕は、少しの間教頭を睨み付けていたが、ポケットからメモリーを取り出すと、携帯電話の横に置く。
「ドアを閉めろ、そして後ろを向くんだ」
教頭は満足そうに頷くと、そう言い、ポケットからビニル紐を取り出した。




