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部長が襲うので安心して寝られない的な話  作者: みずはら
[第7章]運命のいたずら
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(2)真実の価値

「あっ、薫君! おかえり……って、早かったわね。あら? 蘭花ちゃんは?」

 こういう場面に似つかわしくないぐらい、底抜けに明るいあやかさんの声。

 僕にとって、逆にそれが現実世界とは異なる印象を受ける。

「あ……、えと、その、わ、忘れ物……取ってこいって、……ぶ、部長が……」

 とっさに言葉が浮かばない僕は、しどろもどろになりながらも、努めて平静を装う。

 店内では、五、六人の男女がカップを傾け、それぞれの時間を共有している。

「ふふっ、薫君、尻に敷かれているわねぇ……」

 あやかさんが、意味深な笑みを浮かべ、僕を見た。

「やっ、あっ、そそそんな訳じゃないですよ~」

 端から見ると、そう見えるのか?

「いいのよ~、あの子がそこまで人を信頼するなんて、今までなかったから。……あ、邪魔して遅れたら、蘭花ちゃんに怒られちゃうわね。ごめんね~」

 信頼じゃなくて強要の間違いでしょ。

 何やら根本的な誤解をしている雰囲気のあやかさんは、片手を挙げ『どうぞ』と促す。

 まあ、その件については、機会があれば正すとして……。

 どうやら、気付かれなかったようだ。

 少しホッとしつつ、そのまま奥に進む。

「あっ、薫君!」

「!」

 あやかさんの声に、思わずビクッとなる。

「ごめ~ん、点けといてくれる~?」

「はーい」

 再び胸をなで下ろすと、僕は奥へ入るドアの脇にあるスイッチを入れた。

 昨日やったから分かる。

 看板の電気のスイッチだ。

「あ、ありがと~」



『らんかのへや☆』と書かれた看板が掛かっている、木の扉。

「部長、入りますよ~」

 一応、声を掛け、ドアをそっと開ける。

 セピア色に染まった室内の真ん中ぐらいに、ちゃぶ台が置いてあり、その脇に僕の鞄。

 さっきのままだ。

 蘭花は……居ない。

「部長……」

 やっぱりな……。

 どういう根拠があったのか自分でも分からないが、何となく最後の望みを絶たれた絶望感にさいなまれる。


 気を取り直すと、僕は、おもむろに蘭花の学習机に進む。

 机の上は整然としており、ノートPCが2台置いてあるだけだ。

 椅子には、クリーム色のニットの上着が掛けてある。

 少し、鼓動が大きくなる。

 ゴクリと唾を飲み込むと、ニットの上着に手を伸ばす。

 ポケットの中は……ない。

 のどが渇くのを感じながら、深呼吸し、

「部長、開けますよ」

 自分を納得させるために呟き、すっと引き出しを開ける。

 色とりどりの小さな紙や、ペン、キーホルダー、腕時計、電卓、A4のルーズリーフ。

 白木の香りがする中、僕は、慎重に、それらを動かし、『あれ』が無いか確認する。

 やましい気持ちはない……はずだが、先ほどから心臓がドックンドックンと音をたてている。

 僕は引き出しを元に戻し、脇机の引き出しを開けた。

 極力周りを見ないようにしながら、『あれ』の画像だけを思い浮かべ、照合していく。

「無い」

 ここで、僕はハッと気づき、壁に視線を移す。

 ハンガーにつるされている、迷彩色の服。

 服の前に立ち、しばし立ちつくす。身体が震えているのが、恐怖からなのか、罪悪感からなのか、何からなのか、分からない。

「あれを探すためだ」

 呼吸を落ち着け、誰に言い訳しているのか、僕は呟き、ポケットを探る。

 ジャケットの外ポケット、内ポケット、パンツの前、後ろ、計十カ所確認したが、『あれ』は見あたらない。

 何か、人気のない教室で好きな女の子の持ち物を荒らしている変態のようで、非常に後味が悪い。

 嫌な汗が出るのを感じながら部屋を見渡すと、木製の観音開きの扉がついたクローゼットと思われる棚と、同じく木製であるが、ガラス張りの扉がついた本棚が目に入ってきた。

「本棚に無ければ、あと、クローゼットしかないな」

 自分に言い聞かせるようにわざわざ声に出して呟くと、敢えてクローゼットを避け、僕は本棚へと向かう。

 ガラス扉の中に、色とりどりの本が見える。

 僕は、開き扉をすっと開けた。

 本棚には本が入っているわけで、罪悪感をさほど感じなかったためか、そっと開けると言うことをしなかった。


「わっ!」


 しまった! と言う後悔と同時に、目の高さあたりから本が数冊バサバサと落下し、更に、その本に挟んであった何枚もの紙が、絨毯の上に散乱する。

 教科書と参考書、そして、びっしりと書き込まれたルーズリーフ。

 あちゃ~、やってもうた~!

 こりゃ、銃殺確定だ。

 どの本から、どの紙が散らばったのか……。

『あたしの勉強を妨害するとは良い度胸してるじゃない!』と半眼で凄まれる自分を想像し、僕は背筋が寒くなる。

「これは、DMZ規則第何条違反なんだろう……」

 元に戻すのは、ほぼ不可能。正直に言って、蘭花に赦してもらうしかない。

 ……ただでは赦してくれないだろうけど。

 くそっ! この忙しいときにっ!

 まあ、銃殺を心配するなら、蘭花が助かった後だな。第一、現状では、その銃殺を執行する人がいないじゃないか。

 僕は苦笑する。

 惨状を敢えて無視しようとし、再び本棚に向かおうとしたが、僕は散らばっている紙を凝視する羽目になった。

「?」

 何故かって?

 二つほど理由がある。

 一つめは、その教科書が一年生の物であったと言うこと。

 二つめは、とある文字を目撃したからだ。

 僕は一枚の紙を拾い上げ、嫌な予感が的中しそうな気配を感じ、鼓動の上昇を抑えられずにいた。


『数β☆6月24日分』


 6月24日って、昨日じゃないか!

 そういえば、昨日は数学βも教えてもらったな。

 でも、もしかすると、去年蘭花が勉強したメモ書きかも。

 僕は、ある仮説を、それでも打ち消したいがために、窓際に持っていき、紙をよく見る。

 教科書のページ数や公式の番号が書いてあり、その前後にびっしりと丸っこい字で、その説明が書いてある。

 僕は自分の手が震え出すのを感じていた。

 間違いない。

 昨日やったところだ!

 極めつけは、中程に吹き出しがあり、

『薫君の弱点。要注意!』

と書かれている部分。

 このメモが、何のために作られたのか、いつ作られたのか、馬鹿でも分かる。

 文字で書いてある説明と、蘭花の声が重なる。

 まさに、昨日、蘭花が熱心に教えてくれた文言そのものだった。


『部長でも、寝坊することあるんですね』


 自分の軽率な言葉を思い出し、顔が火照ってくる。

 お前は、じゃあ、昨晩、何をやっていた?

 蘭花のおかげで、宿題をあっさりと終え、余った時間、ドラマを見て、ニュースを見て、風呂に入って……。

 蘭花はその間、何をやっていたと思っているんだ?

 僕は震える手で、ほかの紙を取り上げる。

『化学☆6月25日分』

『現代文☆6月25日分』

『世界史☆6月25日分』

 ……何事もなければ、今日やるはずだったところだ。

 明日の分も準備されている。

 親に連れ戻されることを想定して、最悪でも、僕が困らないようにということなのだろう。

 一年生の範囲だから、成績が良いから、片手間に出来るから、そういう訳じゃなかったのだ。

 僕に教えるために、蘭花は、どうすれば僕が効率よく身につけられるのか、それを事前に準備していたのだ。

 蘭花の教え方が、とても解り易かったのは当たり前。

 僕に合わせた、僕のための、講義内容だったのだ。

『それ』を完全否定するための反論材料はここには無かった。何故なら、散らばった紙全てが、僕のための講義メモだったのだから。

 一体、部長が部員である一後輩への責任だけで、ここまでやるものだろうか。


『それ』が、都合の良い勘違いであっても良い。

 少なくとも、今なら、蘭花のために何でも出来そうな気がする。

 僕は、絶対に蘭花を助ける。

 そして、守る!

 身体の奥から何かが大量にこみ上げて来たが、喉元辺りで、ゆっくりと元に戻っていく。

「絶対、終わりなんかにしないぞ!」

 感傷に浸っている場合じゃない!

 僕は、誰にともなく呟く。

 しかし、自分の呟いた一言で、僕の心から迷いが消えた。

 何を最優先にすべきかも決まった。

 妙に落ち着きを取り戻す自分の精神が、何だか可笑しくなってきた。

 蘭花に、影響されてしまったのだろうか……。



 カチャリと、木製の観音扉を開け放つ。

 ふわっと、スイートオレンジの香りが空間を満たす。

 探すべき物、それについて、蘭花の口から聞くことはなかったが、確信があった。

 そして、「それ」は、あの日の後、蘭花に返している。

 それを持って、蘭花が監禁されている所に行き、犯人と取引すれば良い。

 僕は、一瞬だけためらったが、深呼吸をし手を伸ばした。

「部長のためだ!」

 何度目かの、自分への言い訳。

 薄緑色の、高山学園の制服へ。

 今朝、テンパっていた蘭花が、着る服を間違えたということは、あり得る話だ。

 鼓動が高鳴り、やや目眩がする。

 胸ポケット……ない。

 じっとりと汗ばんだ手を服の裾でぬぐうと、再び意を決し、カッターシャツをよける。

 くだらないことであるが、女子の制服は、よく似ているが、男子が着ているような、いわゆるカッターシャツではなく、少し厚手の生地で出来ているのだと言うことを発見する。

 いや、本当にどうでも良い情報だな。

 内側に掛かっている、グレーのスカートに手を伸ばす。

 様々な感情が幾重にも僕の中を渦巻き、鼓動が再頂点に達した瞬間、

「!」

 ポケットに入れた手に、固い感触。細長く、四角い。

 僕は、そのまま中を探り、それを取り出す。

 青っぽい『4GB』とプリントされたUSBメモリー。

「あった!」

 鼓動が徐々に落ち着きを取り戻して行くのを感じながら、僕はオレンジ色に染まりつつある窓の外を見た。


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