(5)予定外の展開
「よし、行こっか」
蘭花の言葉に頷くと、僕は立ち上がり、蘭花の後について通りに出る。
……つもりだった僕は、蘭花を突き飛ばす形で止まる。
「す、すみませんっ!」
――今度こそ銃殺だ!
僕が冷や汗をかきながら、蘭花を引き起こそうとした瞬間、自分たちの置かれた状況を理解した。
「やあやあやあ、あなたが市ノ瀬さん?」
僕と同じぐらいの背丈の男と、五センチぐらい低い男。
慌てて後ろを振り向くと、同じようなペアが道をふさいでいる。
細めのサングラスに紺のスーツ、短く借り上げた髪の毛。
背の高い方が喋り、背の低い方は黙っている。
まるで、僕はアニメでも見ているのか?ってぐらいに、お約束の格好。
「……」
蘭花は口を閉じたままだ。
「その先、袋小路だったんでね。残念ながら見失え無かったわけ」
背の高い男が肩をすくめる。
……そ、そういうことか!
「大人しく渡してくれれば、手荒なことはしないけどね」
「おあいにく様。ここには無いわ」
蘭花は観念したようにため息をつくと、口を開いた。
何が?
何を渡せって?
蘭花、何を言っているんだ?
さっぱり分からない。
「我々も、雇われているだけなんでね。なるべく穏便にと思っていたが、……もう一度考え直してくれないかな?」
背の高い方は、おどけたようなポーズを取る。
「だからここには無いって言ってるでしょ?だから、あたしのことは好きにすればいいわ。でも、この子は無関係だから、いいでしょ?何のことだか分かっていないわ。あなたが依頼されているとしたら、あたしのことだけのはずよ」
厳しい表情で、蘭花。
蘭花は解っているらしいが、僕は全く展開について行けない。
しかし、はっきりとしていることが一つだけある。
少なくとも、目の前の四人は、僕達に、蘭花に害をなそうとしていること。
僕は心を決め、四人を観察し始めた。
手の僅かな動き、表情から推測できる視線の動きから、相手の状態を分析する。
そして、自分の動作をシミュレートする。
……よし! いける!
親父に一つだけ感謝するとすれば、拳法を教えてくれたことだろう。
四人ぐらい、銃でも持っていない限り、たやすい話だ。
もし、持っていたら、……そのときはそのときだ。この国では……、銃の可能性は比較的低いだろう。
僕はその機会を伺い、全身の神経を緊張させる。
「なるほど、じゃあ、話が早い。ご同行……」
そう言い、背の高い方が口元に笑みを浮かべ、蘭花に手を差し出す。
他の三人が、大通りの方に注意を向けた。
今だっ!
「このやろっ!」
僕は発声と共に、蘭花に伸びた手を払いのけ、懐に飛び込む。
予想外の展開に対処できない、背の高い方。その表情は『しまった!』と読み取れた。
背の低い方も間に合わない。慌てて体勢を変える。
残念ながら、僕の目にはスローモーションのように映っている。
そのまま、右フックでロック済みの急所に一撃を、そして……。
「だめっ! やめて薫君! 停学中に暴力沙汰を起こしたらっ!」
空間を切り裂くような蘭花の叫び声。
何で僕の動作が止まったのか、後から考えても分からない。
『停学』という言葉にビビッた?
今更?
蘭花の声で、我に返った?
一昨日の事を思い出し、身体がブレーキを掛けた?
僕のシミュレーションで想定していなかった、蘭花の強い制止の声。
「くっ!」
いずれにせよ、叫び声に近い蘭花の言葉によって、僕の拳は軌道を変え空を切る。
同時に、飛び退き大きく間合いを取る背の高い方。
直後、後頭部から首の付け根に渡って鈍い衝撃が走った。
ずるい! 僕が二人目にやろうとしていたことをっ!
息が詰まり、身体の力が抜け、思わず膝をつく。
「何したのっ! 彼は関係ないじゃないっ!」
蘭花の悲鳴。
「心配するな。ちょっと眠ってもらうだけだ。お互い、その方が都合が良いだろ?」
男の声。
薄れる意識の中で、言うことを聞かない顔を最大限持ち上げ、通りの様子を覗う。
暗くなっていく視界に、二人に両腕を掴まれて、連れ去られる蘭花の姿が映っていた。
何故抵抗しない?
『部長!』
その言葉は、僕の口から発せられることはなかった。




