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(4)急すぎる展開

「誰かに、後を付けられているかも」

 前を向いたまま、蘭花。

「え?」

 これは想定外の言葉。

 僕が振り向こうとした瞬間、蘭花は僕の腕を抱え、引き寄せた。

「!」

 一瞬、頭が真っ白。

「ばかっ、後ろ見ちゃだめっ! 気付かないふりっ!」

 押し殺した声で、蘭花。

 僕が頷くと、蘭花は腕を放した。

「だけど、後をつけられる理由なんか……、気のせいじゃないですか? 何か、心当たりでもあるんですか?」

 今、僕の腕が当たっていたのは、やっぱり……、などという、くだらない事を考えながらの僕の問いに、蘭花の答えは、やはり僕の予想通りの残念な内容であった。

「う~ん。心当たりがいっぱいありすぎて、わかんないなぁ。薫君何か心当たりある?」

 言葉とは正反対の、いつもの明るい表情で小首を傾げながら、蘭花。

 そういうこと言っておいて、敢えて僕に振るか? 可愛らしい仕草したって駄目っ!

「いえ、僕は公明正大真実一路、人から恨まれる覚えはありませんから」

 僕の言葉に、蘭花は半眼になる。

「なによっ! まるで、あたしが不真面目みたいな言い方」

 まさか、……冗談で言っていますよね?

 てか、さっきのシリアスモードは何だったんだ!

 もうそれはいいや。何か期待してた僕がばかばかしい。

 少し残念な気がするけど、やはりこっちの方が安心する。

 大体、今こうして肩を並べて歩いているのも、元はといえば……。

「まさか、生徒指導の先生……」


 ……って、あれ?


 ここで、僕は、停学に至った経緯を思い出すと同時に、蘭花に言い忘れていた内容があったことを思い出した。

 えらいこっちゃ!

「あの~」

 多分怒られるだろうなぁ、と、恐る恐る切り出す僕。

「なに? 薫君が原因だった? 仕方がないなぁ~。じゃあ、今日は電気ショック改の実験で許してあげる」

 蘭花はこれ以上にない笑顔で僕を見た。

「いや、それはないです。てか、さらっと怖い事言わないでください。……まあ、あの、些細なことなんですけど……。実は、停学になった日、校長室で部長への伝言頼まれていたんですよね~、そういえば」

「伝言?」

 蘭花が、きょとんとした表情で聞く。

「ええ、校長先生から、何だっけなぁ、えーと、確か、あ、そうそう、『部屋に籠もっていないで、もっと身体を鍛えるべきじゃないのですか?』って言われて。意味不明ですよね~。いつも勉強しているから、停学を休みだと思えってことでしょうかね~」

 蘭花の顔が、笑みから真面目な表情に変わっていく。

 あれ、やっぱり怒られる感じですか?

「校長、……先生が、そう言ったの?」

「ええ、何でも、絶対部長だけに伝えてくださいねって、じゃあ、僕に言って良かったのかな~。意味解らないですよね」

「銃殺確定……」

 へらへらと笑いながら言う僕の横で、蘭花は前を向くと、そう呟いた。

「えええーっ?」

 じゅ、銃殺ですかぁ?

 さっき、電気ショックって……いや、それも嫌だけど。

 しかし、蘭花はそれ以上僕に何かを言うことはなく、先ほどとは正反対の厳しい表情したまま、慌てて腰に手を当てると、ハッと息を呑んだ。

 直後、『そうか……、もうっ、あたしの馬鹿っ!』と吐き捨てる。


「部長、大丈夫ですか?」

「ふふ、……自業自得か」

 小声で、つぶやくように、蘭花。

「え? 何がですか?」

 僕の質問に答えず、蘭花は口の端を上げ、僕の方を振り向いたが、

「いい? とにかく、大至急サテライトに戻るわよ?」

とだけ言い、再び歩き出した。

「あの? どういう事ですか?」

 当然の質問だと思う。

 再び答えず、蘭花は角を曲がるが早いか、僕の腕を掴むと突然走りだした。

「ちょっ、部――」

 僕が再び質問をする必要はなかった。

『逃げたぞ!』

 少し後れて僕達の後方から響いてくる慌ただしい革靴の音。

 数人いる。

 つまり、疑いようもなく、追われているって事。

 蘭花と僕は、人気の全くないビルの狭間をひたすら走っていく。

 カツカツという無機質な音が、身体の奥底にある本能的な恐怖心を呼び起こす。

 無意識のうちに、走るペースが速くなっていく。

 気付けば僕が蘭花を引っ張って走っている。

 ビルの切れ目にさしかかる直前で、蘭花が小声で『そこ左っ』と言う。

 僕と蘭花は、小道を左に折れる。

「左に曲がったぞ!」

 僕の視界の端で、男の一人が携帯を取り出すのが見えた。

 ちらりと蘭花に視線を移すと、蘭花の息が上がっている。

 うっかりしていたが、既に数百メートルを全力疾走しているわけで、そもそも蘭花はスポーツ少女でもないわけだから、体力も限界に来ているのだろう。

 それでも走るスピードを緩めない蘭花。

 荒い息づかいが走っていても良くわかる

 蘭花が突然僕を押し出し、角を右に曲がった。思わずよろけながら、今度は蘭花の後に続く。

 そのまますぐに角をもう一度曲がり、蘭花がどこかの裏口の扉を開けようとするが、開かない。

「いないとか、あり得ないしっ」

 蘭花は少しの間取っ手をガチャガチャと乱暴に動かした後、小さく舌打ちすると、戸口にいきなりしゃがみ込んだ。

 蘭花に引っ張られ、バランスを崩した僕は、思わず蘭花の膝の上に倒れ込んでしまう。

「すっ――」

 しかし、蘭花は僕の口を塞ぐとそのまま僕を抱き寄せ、身を小さくする。

 蘭花の体温越しに激しい鼓動が直に伝わってくる。

 耳の中に木霊する心臓の音が聞こえないかと冷や冷やしながら息を殺す中、カツカツという無機質な足音が近づいて来る。

「――!」

 蘭花が腕に力を入れ、さらに身体を小さく丸める。

 コンクリートを蹴る足音が、すぐ脇まで近づいてきた。

 くっ、苦しい……。

 永遠に感じられたが、実際は数十秒だろう。無機質な足音が遠ざかっていく。同時に、蘭花の腕の力が徐々に緩んでいった。

「サテライトに……たどり着いたら、校長に連絡っ! 絶対……よ? わかった?」

 僕の肺が新鮮な空気をむさぼる中、肩を大きく上下させ、通りの方の様子を見ていた蘭花は、胸に手を当てながら切れ切れにそう言い、真剣な表情で僕をのぞき込む。

「は、はい」

 蘭花はしばらく僕の顔を見下ろしていたが、靴音が完全に聞こえなくなったところで、表情が少し緩んだ。

 僕も、自分の鼓動が徐々に収まっていくのを感じていた。

 ビルの切れ目から見える空は、今の状況に反して、とても澄み渡っている。

 青空をバックに蘭花の前髪が風に揺れた。

 ……って!

「あっ、ホント、すみませんっ!」

 思考回路が正常に戻った僕は、蘭花の股の上で寝そべっている状態を思い出し、慌てて起きあがった。

「ふふっ、別にそのままでもあたしは構わないわよ。でも、上手くいったみたいねっ」

 蘭花は、左手でさっと髪を整えると僕に笑顔を見せた。まだ、肩で息をしているが。

 僕も笑みを浮かべ、頷いた。このまま奴らをやり過ごし、隙を見てここから脱出し、サテライトへと帰るわけだ。


 よく、ドラマとかで追跡のシーンがあるけど、案外うまくいくものだな。

 当然の如く、現実はそれほど甘くないという事を、僕は数十秒後に思い知る事になる。


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