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(2)非常事態

「部長、入りますよ~」

「らんかのへや☆」と、ホームセンターで買ってきたようなプレートが掛けてある木のドアをノックする。

 返事はない。

 集中していて気付かないのかな? と、カチャリとドアを開ける。

 三分の一ほど開けたところで、異常に気づく。

 部屋が薄暗いのだ。

 そして、僕がデータ入力をしていたあたり、つまり、部屋の中程に横たわっている物体。

 ……まさか!

 僕が嫌な想像を巡らせている前で、突然、その物体が、むくりと起きあがった。

「ん……、はやかさん。ほはよーございまふ。……今日は、早いれふね」

 大きめの黄色いパジャマを着ていた蘭花は、目をこすり、ぼんやりとこちらを見る。

 寝ているときも聴いていたのか、肩からイヤフォンが垂れ下がっている。

 髪の毛は、ぼさぼさだ。

 ついで、枕元の時計を眺め、数秒の後、慌てて布団をはね除ける。

「あっ、もうこんな時間! すすみませんっ!」

 そう言い、蘭花は(多分)焦点のあった目を再びこちらに向け、自分の失態が最大級に達していることを悟る。

「わっ! えっ? かかか薫君っ?」

 蘭花は、信じられないぐらい狼狽し、はね除けた布団をたぐり寄せる。

「すっ、すみませんっ!」

 バンッ!

 異常の内容が、やっと脳の判断機構に到達した僕は、慌ててドアを閉めた。



「蘭花ちゃん、出てくるって?」

 心臓が口から飛び出さないように、口を固く閉じ硬直している僕の前に、湯気の立ち上るカップをコトリと置きながら、あやかさんは笑顔で聞いた。

「黄……いや、はい。三十分待っててって」

 甘ったるい香りを、ぼんやりと感じながら、僕。

 先ほどの蘭花のパジャマ姿が、目に焼き付いて離れない。いや、下はいてくれてて良かった~、って何考えてるんだ! 僕は?

「あら、そう。じゃあ、蘭花ちゃんの分も作っておくわ~」

 自分を叱咤している僕の心情を知ってか知らいでか、鼻歌を歌いながら、あやかさんはカウンターへと消えていった。

 よけいなことは言っていない。

 よけいなことは言っていない。

 DMZ規則第二条遵守。

 僕は、心の中で復唱する。

 改めて、あやかさんの天然ぶりを実感する僕であったが、今は、それに救われた。


「そういえば、あやかさん。質問なんですけど」

「はーい。どうしたの? 薫君。私に質問なんて珍しいわね。蘭花ちゃんに聞けない事?」

「……ええ、ちょっと聞きづらいもので」

 僕の曖昧な笑みに、あやかさんは何故か急に嬉しそうな表情を浮かべる。

「なになに? 蘭花ちゃんの好みのタイプ? それはねぇ~」

「やっ、ちっ、違いますよっ! そうじゃなくって!」

 ひそひそ声で囁くあやかさんを遮り、僕は全身で否定した。

 顔から汗が噴き出す。

 ……って、何でこんなに焦るんだ?

「え~、なぁ~んだ。おばちゃんがっかり~」

「三十で自分の事『おばちゃん』って言わないでください」

「わぁ~、ありがと~。薫君良い子ね~。蘭花ちゃんが気に入るのも解るわぁ~」

「そっ、それよりも、質問なんですがっ……」

 まったく、この人はこの人で人のペースを崩す天才だな。

「はいはい」と笑いながら言うあやかさんを見ながら、小さくため息をつく。

「あの、例えば、の話なんですが~」

「うん」

 少しだけ表情を改め、あやかさんが頷く。

「あの~、妙にリアルな夢を見て、そこに知り合いが出てきてて、実は、二人とも同じ夢を見てるって事あると思います?」

「……う~ん。夢かぁ~。ちょっと専門外ねぇ~」

 あやかさんは額に右手を当て、考え込むような仕草をした後、笑顔を浮かべた。

「でも、もし、二人が近しい関係なら、そう言うこともあるんじゃない?」

「近しい? ですか?」

 よく分からない。

「ああ、だから、二人がお互いにお互いの事を四六時中考えている関係なら、ってことね」

「はぁ……」

 僕は、あやかさんが言わんとしていることを理解しようと努める。

「その時に、お互いが同じ想いを強く抱いていたら、……うーん、そうねぇ、例えば、お互いに喧嘩しちゃって、仲直りしたいって強く想っていたりとか、そんなときは、同じ夢見ても不思議はないんじゃない?」

 まるで、僕の心を見透かしているかのように微笑みを浮かべながら、あやかさんは、ちら、とドアの奥を見た。

 でも、何かすごく納得。

「じゃあ、それって、つまり、寝たときに同じ夢に登場す――」

「ちょっとちょっと! さっきから何余計なこと喋ってるのよ! 同じ夢とか、それ、第二条違反だし!」

 突然、バンッと音がすると、蘭花が僕の言葉を遮り、睨み付ける。

「あっ! いや……」

 予想よりも早い蘭花の登場に、しどろもどろになる僕。

 ……あれ? でもそれって、もしかして?

 しかし、直後、蘭花は慌てて口に手を当てると、

「……あ~、いや、別に~。だから、……そうよっ、『第二条違反』って言ってみるテストよっ」

後ろ手でカチャリとドアを閉めながら、早口でそう言い直した。

「ふふっ、高校生はテストがいっぱいで大変ねぇ~」

 ……いやいや、そのテストじゃないですし

 それより、やっぱり蘭花も僕と同じ夢を見てたってこと?

 テーブルの向かいにどさっと腰を下ろした蘭花は、鼻歌交じりにカウンターへ向かうあやかさんを見送ると、僕の向こうずねを蹴っ飛ばす。

「てっ!」

 僕は痛みに耐えながら、抗議の目で、蘭花を見る。

 ちょっとだけ髪型が乱れているのは、セットの時間を惜しんだからだろう。

「だからっ、テストなのっ。夢とか、何でもないんだからね? 分かった?」

 蘭花は、僕の顔をのぞき込む。

「分かってますよ」

 ……全然分かりませんけど

 反論したいところだが、反論したら何をされるか分からない。

 僕は、とりあえず神妙な表情を浮かべ、何度も頷いた。


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