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(1)緊急通信

 カラカラと窓を開ける。

 今日は風もなく、何となく蒸し暑い。

 昨日と比べると、割合静かである。虫の鳴き声が、たまに耳に入ってくる。

 ちょっと曇り空なのだろうか? 遠くの街の瞬きが、ぼんやりと霞んで見える。

 僕は、それでも、神経を集中して、光の一つ一つに視線を走らせる。

 しばしの間、外を眺めていたが、

「今日も、異常なしだな」

 僕は、窓を閉めた。

 十時十分。


 さて、そろそろ言っておかないと、僕が、どこぞのUFO研のように、未確認飛行物体を探している怪しい少年だと思われてしまうな。

 言い出しっぺは、あきらである。

 記憶が確かなら、中学校卒業の直前。

『いいか?これから、離ればなれになるが、夜の十時から十分間は、お互いの緊急通信時間にしようぜ』

 給食の鶏の照り焼きを食べながら、あきらがいきなり言い出した。

『緊急通信? 何で?』

 箸を止め、僕はそのまま聞き返した。

『だからぁ、とにかく、お互いがさ、何かの窮地に陥って電話も使えない事態になったときに、この時間に通信を送るんだよ。で、どちらか無事な方がそれを確認するってわけ』

『ああ』

 アメリカドラマの見過ぎだ。

 僕は思った。

 大体、この平和な国で、緊急通信をしなくてはならなくなるような非常事態はあり得ない。あるとすれば、天災ぐらいだが、そのときはお互いに被害に遭っていることだろう。

 あきらは、その手のドラマや映画が大好きで、普段からそういう話は良く聞かされた。

 通信、と言われて、その手段はすぐに分かった。

 以前、あきらから、モールス符号の手ほどきを受けたからだ。

 ついでに暗号の初歩も。

 だから、夜なのだ。懐中電灯一本で出来る。

『なんかそれって、格好良くないか? 絶体絶命のピンチの時に、ふとポケットを探ると一本の懐中電灯。っで、窓から通信を送るわけよ。時を同じくして、いつものように窓から異常がないか確認していた友人が、それを発見するわけ。で、救出し事件は解決』

 あきらのこの説明に、僕の中の仮定が確定に変わる。

『その事件とやらに遭遇する確率が、極めて低いと思うけど。この国では』

 僕の突っ込みにも、あきらは動じない。

『わからないぜ? この国も最近物騒だ。薫の行く学校だって、色々変な噂があるだろ?』

『まあ、学校に噂はつきものだからな。しかも、あそこは厳しい進学校だし……』

 ぼんやり考えている僕の前で、あきらは牛乳を飲み干すと、

『ま、とにかく、俺とお前の約束な? 一生って訳にもいかないから、少なくとも高校卒業するまでは続けようぜ』

と言い、片目をつぶった。

 あきらが『約束』言うからには、こちらも受けて立つしかない。

『ああ、わかった。毎日夜十時な』

 僕は頷いた。


 冷静に考えてみれば、非常に稚拙な内容。

 大体、現実的に懐中電灯で照らせる距離はどの程度か?

 窓から見渡せる範囲は、どの程度か?

 まず持って、この家から高山学園までは、約八キロ。市街地の高台にある。

 仮に高山学園で何か起こっても、その光をこの家でキャッチできる可能性は極めて低い。

 あきらの家は、市街地に近いが、そこからでも五キロはある。

 よっぽど運が良くないと、その通信は意味をなさないだろう。

 第一、こことあきらの家とで通信を行うこと自体が、不可能なのだ。

 もしかしたら、今もあきらが『緊急通信』を送っていて、僕がそれを見落としている可能性だってある。

 だけど、約束だしな。

 あいつがやるなら……、理由はそれで充分。

 それが、親友ってやつだろ?



「いらっしゃ~い! ……あら、蘭花ちゃん、そういえばどうしたのかしら」

 サテライトの扉を開けると同時に、明るい声。

 あやかさんは僕を確認すると、奥の方を見た。

 午前八時十五分。

 実は、ここサテライトは、モーニングサービスのような事をやっておらず、平常時は十時開店なのである。あやかさんは、僕達のために店を八時から開けてくれているのだ。

 感謝である!


 そうだ、ここで、あやかさんのプロフィールなど……。

 あやかさんは、本名『結城あやか』。旧姓は知らない。

 いつも黒っぽいニットの服を着ており、なかなかおしゃれだと思う。細身で小顔だから、その格好が、なかなか板に付いている。

 年齢は……多分三十を少し回ったぐらいだと思う。ああ、よく考えたら『おばちゃん』は失礼だったな。

 あやかさんの特殊性について述べるとすれば、三十代にして未亡人ってとこだろう。

 最愛の旦那さんを、一昨年事故で亡くしているとのこと。

 子供はいない。

 今は、亡き旦那の意志を継ぐ形で、一人でここサテライトを切り盛りしているってわけ。

 もしかしたら、あそこまで悟りの境地にいるのも、一昨年に、おおよその負の感情は使い尽くしてしまったからではなかろうか?

 彼氏は、現在募集していないそうだ。

 まあ、まだ二年だから、そうなんだろうな……。

 ただ、蘭花の下宿を受け入れているのが、やはり寂しいからなのか、持ち前の面倒見のよさからなのか……不明であるが。


 店内を見渡すと、数人の客がカップを傾けている。

 相乗効果で、売り上げも上がるんじゃないか? なんて、罰当たりなことを考えつつ、昨日は奥のテーブルで待っていた蘭花が、今日はいないことに気づく。

「えっと、部長は、もしかして、まだ起きていないのでしょうか?」

 思いついたことを口にする。

「部長? ああ、うーん。でも、蘭花ちゃんは、いつも六時には起きてきて私を起こしてくれるし、店の掃除とか手伝ってくれてるからねぇ。それはないと思うけど……。あら、でも、言われてみれば、今日は蘭花ちゃんにまだ会っていなかったわねぇ」

 小首をかしげながら、あやかさん。

 いつもと違うなら、少しぐらいは疑問に思っても良さそうなものだが。

 ……この人、かなりの天然だ。

 ほぼ確定!

 そう言えば、今日は部屋に蘭花来なかったな。

 ……って、何? 来ないのが当たり前なんだよ? まさか、がっかりしてないよね? 僕。

 僕を見ていたあやかさんは、

「だから、起きていると思うよ? 蘭花ちゃん、自分の勉強先にしているんじゃないかな~。部屋に行ってみたら?」

笑みを浮かべ、僕を促した。

「はい、わかりました」

 少しは免疫がついたのか、蘭花の部屋に行くと言うことに、さほど抵抗を感じなくなっている僕。


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