(4)繰り返す、只今停学中である
……ホント、最近生活変わったよな~
僕は、何となくため息をつく。
「薫君」
……あれ? 僕、呼ばれている?
「薫君ってば!」
蘭花の声に、僕は顔を上げた。
賑やかな話し声や、様々なスパイスの効いた香りが、耳から鼻から流れ込んでくる。
「どうしたの? 薫君。お腹でも痛いの?」
蘭花は小首をかしげ、僕を見ていた。
「あんまり美味しくなかった?」
蘭花の問いに、僕は首を横に振る。視線を少し落とすと、蘭花と僕の間ぐらいにボウルぐらいの大きさの、白い陶器の皿が置かれており、そこから湯気が立ち上っている。
白っぽいような黄色っぽいような……食べ物。
「じゃあ、もっと食べてよ。ここのカルボナーラ、食べたくってもなかなか食べられないんだから~。あたしもやっと悲願叶ったって感じだわ」
僕は、曖昧に頷き、自分の取り皿のパスタをつつく。
そう、今、僕と蘭花はパスタを食べているのだ。
結局、抵抗虚しくってか、あんな事があったから、抵抗の機会も失われ、午前中に変更分のデータを入力したところで昼になり、宣言通りの蘭花についてきてしまった。
ちらりと視線を走らせると、蘭花の肩越しに、向こう側のテーブルに着いている、大学生だろうか、カップルが楽しそうに話している。
右隣には、おばちゃんが三人ぐらい、こちらも話に花を咲かせている。
左側はガラス張りになっていて、その向こうは、通りを行き交う人でごった返している。
「あの~」
「ふへ?」
パスタを頬張りながら、蘭花が変な声を出す。
「僕達って、確か、停学中でしたよね?」
『停学』と言う言葉に、右隣のテーブルにいるおばちゃんの一人が、こちらをちらりと見たが、そのまま会話に戻る。
「……、そうだよ? やだな~、何を今更」
蘭花は口の中の物を飲み込むと、笑顔で答える。
僕は、少しため息をついた。
「何か、部長、めちゃくちゃ楽しんでません?」
僕の言葉に、蘭花は半眼になり、
「なによ~、薫君は楽しくないの? 自分で言うのも何だけど、仮にも『彼女にしたい女子第一位(二年生)』のあたしと街に来ているんだよ? てか、また第三十八条違反だし」
と言った後、「ふふっ、まあいいけど~」と、蘭花はくすくす笑った。
すげー楽しんでいる、蘭花は。間違いない。
「いや、ぶっちゃけ、僕も楽しいです」
これは事実。
蘭花とのデートなんて、どうせ、ずっといじめられる地獄のロードなんだろうと、処刑台の前に立つ囚人のように諦めていたのだが、ごく一般的な女の子のようにはしゃぐ蘭花の姿に、新鮮なものを感じていた。
こうしてみると、蘭花も、夏美や他の女子と変わらない、ごく普通の女子校生だ。
「でしょ~? じゃあ、ほらっ、早く食べないと、固まっちゃうよ?」
蘭花は、大皿からパスタを自分の取り皿に移すと、ちらりとこちらを見、僕の皿にも、どさっと入れる。
「あ、ありがとうございます。でも、いいのかな~」
僕の呟きに蘭花は手を止め、ああという感じで再び僕の顔を見た。
僕のこの言葉で、蘭花は僕の心に引っかかっている物を理解した様子だ。
「いい? あたし達は、あやかさんに頼まれて、お使いに来ているの。で、お腹が減ったから、ご飯食べているんでしょ? 何にも悪いことして無いじゃん」
蘭花の言葉に、僕は頷き、思い直してパスタを口に運ぶ。
いや、全く持ってその通りだ。
あやかさんも、念には念を入れ、僕達に買い出しを依頼していることと、連絡先を書いた紙を持たせてくれている。だから、そのこと自体は、何も悪くないというか、やましい気持ちはない。
あっ、あやかさんってのは、サテライトのマスターの名前。前も言ったよね?
サテライトに二日も入り浸っていれば、名前を呼ぶ機会も出てくるわけで、さすがにおばちゃんは悪いので、蘭花に習ってあやかさんと呼ぶことにした。
「それに、昨日だって約束通り勉強教えてあげたじゃん。少しは感謝してほしいものねっ。今日もちゃんと教えてあげるわよっ」
「それについては感謝してます」
確かに、昨日は裕樹が帰って堤防道路を連れ回された後、「もー、面倒くさいわねー。どこだっけ」等と言いつつも、プリント見ながら勉強教えてくれて、でも、自分で言うだけあって、教科担任より遙かに解りやすかった。
癪だけど、それは事実。
学年一位の頭脳を持つ蘭花に取って、僕の勉強を教える事など、本人の言う通り片手間に出来る些細な事なのだろう。
……まあ、それはそうなんだけど、僕の言いたいのは、そういう事じゃなくて、停学って言うのは、もっとしょんぼりして、暗い部屋で受けるものなんじゃないかな、ってことだ。
停学って聞いたら、大抵の人はそう考えるんじゃないか? 普通。
☆
「ああ、そだ。今度、これ行ってみない?」
蘭花が、何かの雑誌の切り抜きを見せる。
えっと、なになに?
「……いや、さすがにライブはやばいんじゃ……」
「なんで?」
「何で、って言われましても……」
心底、何でか分からないという感じの蘭花を前に、僕は深いため息をついた。
蘭花の見せた雑誌の切り抜きには、今僕達がDMZで取り組んでいるのと同じ活動をしている社会人で構成されている団体が、今までの楽曲を発表すべく、ライブを開催するというもの。
有志でやっているからなのか、バックに大きなスポンサーがあるからなのか、チケットは高校生だと三百円と安い。
しかし、今日は木曜日で、今度の土曜日の夜開催だから、残念ながらぎりぎり停学期間中だ。
「も~、だってさ、最新のテクニックを見られるチャンスなんだよ? ここでやるなんて、もう二度と無いかも」
確かに、こういうものは決まって大都市で開催されるわけで、こんな街で開催されること自体、奇蹟に近い。
「そうかもですけど、やっぱり、停学期間中は学校への復帰を最優先にすべきで、そう言うのはちょっと……。いや、ぶっちゃけ僕も行ってみたいですけど、それはさすがに駄目だと思います」
僕のもっともな意見に、蘭花は「そっかぁ」とため息をつくが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「薫君」
やばい、またこのパターンだ。
「あ、DMZ規則でライブに行かないと重罪、とかは無しですからね」
また同じ手でやられてたまるかってんだ。
蘭花が一瞬硬直する。
「……そ、そんなことしないよ~。まるで、いつもあたしが規則で理不尽に薫君の行動強制してるみたいじゃない。人聞き悪いなぁ……」
みたい、じゃなくって、実際にしてるんですってば。
てか、図星だったのかよ。
蘭花は深呼吸し、しかし、次の瞬間に不敵な笑みに戻る。
「じゃあ、……あのさ、薫君『学校への復帰』って言ったわよね」
「はい、そのために努力すべきです」
じゃあ、って何だよ。
何か不敵な笑みが気になるが、まあいいや。少なくとも規則で強制される心配はない。
蘭花の戯れ言に取り合わなければ良いだけの話。
「そうね。じゃあ、学校への復帰で勉強することは分かった。……でもさ、」
ここで、蘭花は笑みを収め、まじめな表情で僕をじっと見た。
い、いきなり何だよ。
予想外の行動に、たじろぐ僕。
「学校でやることに、部活もあるわよね。うちの学校の精神は文武両道よ? つまり、部活もがんばりなさいって学校の方針なの。薫君は、部活の復帰については何か考えているの?」
「えっと……」
「第一、あたし達は部として認められていない、だから部費も出ないわね。活動したければ、どこからか費用を捻出しなければいけないのよ」
考える隙を与えず、早口でまくし立てる蘭花。
だが、珍しく凄いまともな事を言っている気がする。
「ええ、でも」
やっと口を挟むのに成功。
「でも、何?」
「だから、こうやって今日もデータ作ってるじゃないですか?」
「あっまーーーいっ!」
バンッとテーブルを叩く蘭花。
皿がガチャンと音を立て、何事かと店内の数名がこちらを振り返る。
蘭花がちらりと周りを見やり、頭を下げる。「すみません」のつもりだろう。
「あのねぇ、作るだけじゃダメなんだって。入賞しないと意味ないんだって」
ああ、確かに!
周りを気にしてか、小声で話す蘭花の言葉に、僕はライブに行く意義を理解した。
「……それで、上手い人のテクと、最新の動向を勉強しに行くというわけですね?」
「正解っ!」
満足げに頷く蘭花。
言われてみれば、いくら高校生の部だからといって、出せば絶対に入賞できる訳じゃない。投稿の後、読者の投票があって、賞が決まるのだ。
当然、入賞するのは「上手な曲」だけじゃ駄目で、みんなが「好きな曲」なのだ。部屋にこもっているだけじゃ駄目なのだ。
当たり前のことを忘れていた。
「……と言う事よ。分かった?」
「はい」
……あれ?
ここで、蘭花の口角が上がり、さながらチェシャ猫のような顔になっていく。
「今、『はい』って言ったわよね」
「え?」
えええええええええええええ?
……結局、またはめられてしまった
僕は、恐らく、この世の不幸を全て背負った、疲れたサラリーマンのような顔をしたと思う。
対して、してやったりの蘭花は、腹を抱えて笑っている。
「も~、薫君のそう言う天然なところ、文字通り天然記念物並ね~」
天然で悪かったな。
「まあ、そんな薫君だから、好きなんだけどねっ」
「なっ! 何言ってるんですかっ!」
『好き』という言葉に、僕の鼓動が跳ね上がる。
いや、深い意味はないのだろうが……、いきなりだったので焦ってしまう。
「何その反応? 褒めてあげたんじゃない。素直に喜びなさいよ~」
そうだよな、ここは、『はいはい、ありがとさん』って流す場面だよな。
頬を膨らませている蘭花を見ながら、僕は、何故か蘭花のそんな一言に揺れ動くようになってしまった感情をもてあましていた。




