(3)真夜中の侵入者とか
「……で、何で僕の頬をつねってるんですか?」
僕は、目をこすりながら、ぼんやりした視界がはっきりするのを待つと、暗闇の中に蘭花の顔を捉え、めいっぱいの不機嫌さをぶつけた。
「さっきから呼んでるのに、……ちっとも起きないからよ」
僕の上で、あくびをかみ殺し、こちらも不機嫌そうに蘭花が言う。
あ、そういうことか。それは申し訳ない事を……
……じゃなくって!
「それで、何でまた、こんな早朝に僕の部屋にいるんですか?」
僕はちらりと壁の時計を見る。午前四時三十分過ぎ。もう少し常識ってものが……。
いや、突っ込むところが違うし。
「用があるからに決まってるじゃない。何度も同じ事聞かないでよ」
そりゃそうか。
当たり前の事を聞いてしまったな。
……そうじゃなくって!
「どこから入ってきたんですかっ! ……って、もうそれは良いです。あのですねっ、法律って物があって、これは立派な住居――」
「ちょっ! 大きな声出したら、またお父さん起きちゃうでしょっ!」
蘭花が慌てて僕の口を手で押さえ、押し殺した声を出す。
その蘭花に、僕はゆっくりと首を横に振った。
確かに、昨日は何とかやり過ごしたが、夜中に高校生の男女がベッドの上にいる所を目撃されたら、あまり楽しい未来は待っていない。
ただ、今日は目撃されるリスクがないのだ。
「ああ、今日は親父は泊まりがけの出張で、母さんは親戚の家に法事の手伝いに行ってますから、大丈夫――」
……って、しまったあああああああ
「なんだぁ~、そう言う事は早く言おうよ」
いきなり不敵な笑みに変わる蘭花に、僕は自分の失言を呪った。
「……っで、何のご用ですか?」
僕は諦め、現実を受け入れる事にした。
「昨日の続き。はいっ、『蘭花』っ、続けてっ」
「ふ……嫌です」
「ちょっ! 嫌って何よ! 昨日言いかけてたじゃないっ。……って、何がおかしいのよっ」
蘭花は僕を睨み付ける。
僕は、慌てて困ったような表情を作った。
そんな事のためだけに、わざわざ僕の部屋に押しかけてきたのだとしたら、ここは、敢えて言わない。
そのぐらいの反抗はいいよな?
「ほらっ、早くっ」
蘭花が身体を揺らし、体重をかける。
「ぐっ、……だから、重っ。って、無理です……っ」
「重いとか……」
しばらく僕を睨んでいた蘭花は、ため息をついた。
「……まあ、いいわ。今日来たのはそのことじゃないし」
ここで、蘭花は表情を改めた。
……ですよね~
「薫君。楽しい停学の第一歩は何?」
ホッとしたのもつかの間、蘭花は意味不明のことを口走った。
……えっと。
「まじめに勉学に励み、自らを振り返ることです」
「はい、不正解」
「……」
……いや、校則にもそう書いてありますが。
そもそも、『楽しい停学』って書かれてはいないけど。
「はい、薫君。もう一回っ。楽しい停学の第一歩は何?」
「まじめに勉学に励み、自らを振り返ることです」
頬を膨らませ、僕を睨み付ける蘭花。
「楽しい停学の第一歩は――」
「まじめに勉学に励み、自らを振り返ることです」
「楽――」
「まじめに勉学に励み、自らを振り返ることです」
「ちっが~う! ……てか、わざと言ってるでしょ?」
頑なに同じ回答をする僕を睨み付ける蘭花。
ええ、わざとですとも。
もう、これ以上蘭花のペースにはまってたまるかってんだ。
どうせまた、遊びの強要に来たんだろう。
昨日だって、裕樹が帰った後、気分転換とか言い出して、夕暮れの堤防道路を延々歩かされたり。
何度も言うが、停学中の身。今日こそまじめに勉強を……。
蘭花はむすっとした表情をしていたが、小さくため息をついた。
「はい。薫君は、実はDMZ規則第十二条に違反してます」
「……と言いますと?」
第十二条は初めて聞くな。
「同じ質問に、三回以上同じ回答をしたら重罪です」
問いかける僕に、蘭花は厳かにそう告げた。
またまた理不尽な!
「はい、では、ラストチャンス。改めて、楽しい停学の第一歩は何?」
「……えっと~」
そうくるかっ!
いや、別の回答なんか用意してなかったぞ。
一瞬あきらの言葉が浮かぶが、それを言った瞬間に僕の敗北が確定するわけで。
う~ん……
「第十二条三項の規定により、降参すれば、答えを聞くことが出来ます」
「じゃあ、降参で」
早くこの不毛な会話を終わらせたいし、いい加減眠い。
「あっさりだな~。もっと粘ろうよ~」
いや、蘭花のお遊びに付き合っていられませんし。
しかし、蘭花は口の端を上げると、
「じゃあ答えです。……楽しい停学の第一歩は、……それは、昼間のランチで~す」
万歳をしながらそう言った。
だから、重いって!
蘭花の全体重が、僕の腹にかかる。
それに何ですか、そのどこぞのアニメのような意味不明の万歳ポーズは。
……って!
「何ですかそれは?」
ちょっ! あきらと同じレベルだよ、この人!
「なお、第十二条九項によれば、降参した人は無条件に方針に従う事とあります」
そんな僕にかまわず、再び厳かに告げる蘭花。
「えええええええ?」
……しまったぁああ!
何だかんだで、結局蘭花のペースに乗せられてしまったじゃないか。
いや、そうじゃなくって、……何か、考えていたら腹が立ってきたぞ!
「てか、もういい加減にしてくださいよっ! 停学中にそんな事ばかりやってたら、いつか先生に見つかりますよ? あと、今何時だと思ってるんですか? 大体、何度も人の寝込みを襲わないでくださいっ! いくら部長だからって、やって良い事――」
もう、どこから突っ込んで良いの解らなくなった僕が、思いつく事を全て蘭花にぶつけていたが、突然僕の頬に落ちてきた暖かい物に、慌てて口を閉ざす。
「あ、……いや、その……」
……泣かなくても良いだろ!
ポタポタと落ちてくる滴を僕はぬぐい、
「! ちょっ、ぶ部長っ! ちっ、血がっ」
思わず跳ね起きた。
ぬるっとした感触のそれは、鉄臭く、赤黒い色をしていた。
慌てて電気を点け蘭花を確認すると、額のあたりから赤い筋が垂れている。
「え? あ、……ああ、あれ、取れちゃった? と、とにかく、だ大丈夫だよっ」
きょとんとした表情をしていた蘭花が、慌てて額をぬぐい、珍しく狼狽する。
言っている事も意味不明だ。
「大丈夫じゃないですよっ。まさか、寝ぼけてタンスの角にでもぶつけたんですか?」
僕は、枕元のティッシュを取ると蘭花に手渡しながら聞いた。
「タンス? えと、まあ、そんなところね。……あ、ありがとう」
冗談で言ったのに、まさか本当だったとは……。
「ちょっと待っててください」
僕は、ベッドの中で身体を滑らせ、横からするりと降りると、戸口に向かった。
え? こんな事もあろうかと、今日はちゃんと短パンをはいてるよ。
……って、あれ? 何で備えてるんだろうな、僕は。
居間で救急箱を取り、部屋に戻った僕が目撃したのは、僕の布団に潜り込み、寝息を立ててている蘭花の姿であった。
「ていうか、それ、僕のベッド……」




