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部長が襲うので安心して寝られない的な話  作者: みずはら
[第5章]楽しい停学
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(2)大きな箱より小さな箱に……

 実は、今、僕はサテライトのテーブルではなく、サテライトの奥にある蘭花の部屋にいて、綺麗に折りたたまれた洗濯物や、壁に掛かっているアーミー服や、やたら大きな等身大の姿見や、蘭花の秘密がいっぱい詰まってそうな閉じられたクローゼットに囲まれた、スイートオレンジの香り漂う中小さなテーブルに座っていて、本来であれば、思春期の男の子として、もっと別の事に関心を寄せるべきなのだろうが、そんな余裕は微塵もない状況。

 蘭花が昨日僕の家に来たのは、実は、投稿期限が迫っているこの曲のデータ作成人員が足りなくて、「今辞められちゃ困る」って事だったのだろう。

 勉強教えてあげるとか言われて、何だかんだで僕の事を想ってくれてるんだとか期待した自分が馬鹿だった。

 ……いかんいかん、前向きに思考しよう


「ていうかさぁ~、これ、最後の終わり方が何かあっけないよね~」

 再び、蘭花が僕の方を向く。

「ははい?」

 僕が間抜けな声を出す前で、蘭花が「ほら」とイヤフォンの端子を引き抜いた。

 蘭花の勉強机の上のノートPCから軽快な音楽が流れ出す。

 サビの部分が終わり、約三小節の伴奏がフェードアウトしながら曲が終わる。

 確かに、いきなり終わる感があり、改めて聞くと物足りない気もする。

 ……それが駄目なのか、よくわからないが

「おしっ、サビをもう一回入れようよ」

「ええ?」

 口をへの字にして考え込んでいた蘭花が、世紀の発見をしたかのように目を輝かせると、立ち上がった。

「な~に? データ作るのが面倒臭いじゃないですか、とか言わないでよ?」

 蘭花が不敵な笑みを浮かべ、半眼で僕を威嚇する。

 いや、それはもう諦めてますし、良いんですけど……。

「や、……えっと、その、いきなりサビが二回続いたらバランスがおかしくなりません?」

 曲なのだ、バランスってものがあると思う、多分。

 知らないけど。

「確かにそうねぇ~」

 おっ、正解? 僕も少しは、らしいこと言えるようになってきたかな?

 再び、う~んと考え込む蘭花。

 直後、ぽんと手を打つ。

 ……なんですか、その古いリアクションは

「二回目のサビの前に、『もう一丁~』って入れようよ。……てことは、サビのCGはライブ風に変更した方が良いわね。ギターのモデル作ればいっか。……とにかく、それで決まりっ」

 蘭花は慌ただしく机に向かい、ノートPCを脇にどけると、紙に忙しく何かを書き込み始めた。

「あの~、今入れているデータはどうしましょう」

「ああ、そこは使うから続けてて~。それより、通して聞いてみたいから、曲データの変更今日中ねっ。あっ、歌詞は、暫定で一番のサビを入れておいてっ」

 僕の質問に、机に向かったまま蘭花が答える。

「えええ? 絶対無理っす! てか、最低三日は下さい」

 ギターパート入れ直して、さらにサビのデータ追加って、鬼過ぎる。てか、物理的に無理。

「も~、そんなにかかるの? 三日後って週末じゃん! ……仕方ないから、ギターパートだけで赦してあげる。だから、はい、さっさと手を動かす」

 蘭花は首だけこちらに向け、それだけ言うと、再び机に向かった。

 背中越しに伝わってくる楽しげな雰囲気の蘭花を見ながら、僕は小さくため息をつくと、再びノートPCに向かった。

 何かに熱中するってのは、こういう事なんだな。


 僕もコンピュータで音楽とか、流行なので少しだけかじってみたが、すぐ飽きてしまった。

 かつて使ったことのあるソフトのように、インストールすれば何か導いてくれて、ゴールが用意されているわけではなく、むしろ、始まりすらない。

 教科書の曲とか入れたりしたが、はっきり言って面白くなかった。

 だけど、今のように、目標に向かってやると何だか楽しい。

 あれ?

 でも、今の「楽しい」って、家でやっている時の「楽しい」と少し違う気がする。

 ……まあ、いいか

 考えるのは後。早く仕上げないと、また蘭花にどやされるし。


 そんなこんなで、ほぼ一日中、勉強と関わりのない生活を送り、ひたすらデータ入力に明け暮れていると、

「そろそろ裕樹が来る頃だし、出よっか」

と、蘭花が背伸びをしつつ、ノートPCをたたんだ。

「それも持って行って」

「はい」

 蘭花と僕は、それぞれノートPCを持ってサテライトのいつもの席に移動する。

 その後現れた裕樹が、部室のPCに繋げる方法とか言って蘭花にメモリーカードを手渡し、レクチャーし始めたのだ。

 そんな事が出来るんだ~、便利な世の中だな、と思っていたが、『侵入』と言う単語が聞こえた瞬間、僕の全思考回路は、蘭花と裕樹の世界から緊急離脱したというわけ。


「薫君?」

 聞こえない聞こえない聞こえない見えない聞こえない

「薫君ってば!」

「えない聞こえない聞こえない……、って、はい?」

「聞こえないって何よ。……まあ、いいわ。裕樹からプレゼントだって~」

 ムッとした顔をしていた蘭花は、直後笑顔になり、両手で裕樹を指さした。

「プレゼント……ですか」

「何よ、その警戒心むき出しな顔は」

 蘭花が半眼で睨む。

 いや、何よも何もあなたが一番ご存じでしょう。

「まあ~、疑われるのは僕達の日頃の行いのお陰だし、自業自得だよね~。でも、今日は薫君が今必要としている物だよ~」

 蘭花が「も~、なにそれ~」と口を尖らせる脇で、僕は、裕樹から角形三号の茶封筒を受け取る。

 今、僕が必要としている物、それは、普通の生活と自由……。

 な訳ないよな~。

「はいっ、蘭花にはこれっ。蘭花が今必要としている物だし」

「わあ、あたしにも? ありがと~」

 蘭花が嬉々として角形二号封筒を受け取る。

 確実に言える。あっちはろくな物が入っていないと。

 言うだろ? 大きな箱より小さな箱の方に幸せが詰まっているって。

 僕は、封筒を開け、束になった紙を取り出し、

「ちょっ!」

即座に封筒に収めた。

 前言撤回。現実は、小さな箱の方にも幸せは詰まっていないらしい。

「あっれ~? 何これ、一年のプリントじゃ~ん」

 僕が、このやり場のない怒りをどこにぶつけようか思考を巡らせている隣で、蘭花が素っ頓狂な声を上げる。

「あっ、間違えた。ごめんごめん」

 笑いながら、裕樹は身を乗り出すと、さっと僕の封筒を取り上げ蘭花の物と交換する。

 絶対にわざとだ。

 僕は、裕樹から紙の束を受け取ると、「ケッケッケ、これで教頭も終わりね」などと下品な笑い方をしている蘭花の横で、恐る恐る紙を見た。

「!」

 しばし硬直する。

 今度は別の意味で。

「どうしたの? 薫君。また変なのが混じってた?」

 怪訝そうな顔で、裕樹。

「いや、あ、えっと、その、ありがとうございますっ!」

 僕は、『物理プリント(六月二四日)』と書かれた、B4大の紙が先頭になっている、数十枚の紙の束を見ながら、感激していた。

 今日は六月二四日、つまり、今日配られるはずだったプリント。

 この様子だと、全教科分、いや、それより遙かに多いんだけど。

「先生に頼んでさ、五日分のをもらってきたから。これがあれば何とかなるっしょ」

 満足そうな顔で、裕樹。

「ほら~、薫君。やっぱり持つべきものは、良き先輩でしょ?」

 蘭花も、満面の笑みでこちらを見ている。

 その笑みは、『どうだっ』と言う感じではなく、どことなくホッとしている様子である。

「いや、……何て言ったらいいか、僕……」

 次々に押し寄せてくる感情に、僕は、言葉を紡ぐことが出来なくなる。

「ぶっちゃけ、薫君のクラスの担当教官調べるのに、ちょっと手間取ったんだけどね。ほら、薫君、昨日帰っちゃったから。だけどさ~、部長命令でしょ? 任務失敗したら、『銃殺』だからねぇ~。頑張ったわけよ」

「ちょっとっ! もー、言わないって約束でしょっ!」

 蘭花の抗議の声に、裕樹が慌てて口に手を当てた。

 え? 部長命令? 蘭花が?

 蘭花と裕樹の言い合いを聞きながら、僕は急に目頭が熱くなるのを感じていた。

 蘭花も裕樹も、身勝手にキレて出て行った後輩の行く末を心配し、何とかしようとしてくれていたことは、もう疑いようがない。

 そして、二人には、それを実現出来るだけの行動力と環境があったと言うこと。

 もし、本当に、あのときで絶縁していたら、蘭花が寝込みを襲い、もとい、家を訪ねてこなかったら、僕は、どうなっていたのだろう。

 答えは、自ずと出ていた。

 実際、高山学園は普通の高校より授業のペースがかなり速いため、五日の穴は通常の二週間分に相当する。

 そのため、停学処分を受けた生徒の約半数は、授業について行けず、退学しているという。

 停学処分を受け、後に退学に至った生徒の心中は、ずばり、一人取り残されるという重圧に耐えかねて、ってことでは無かったのだろうか。

『それでも高校生か!』

 親父の怒鳴り声が木霊する。

 全くその通りだ。

 高校生とは、ここまで全体を見渡せる視野を身につける段階なのだろう。

 僕は、こういう人達に『言い方がむかつく』などと啖呵を切れるような身分じゃない。

 啖呵を切ると言うことは、考えが浅く、自分がそれだけ幼いと言うこと。

 くそっ、こういう事までされたら、絶対にかなわないじゃないか。

 そう、あれだけ無茶苦茶な先輩なのに、何故か嫌いになれない、それは、やっぱり、僕を大事な後輩として彼女らなりに可愛がってくれているからなのだろう。


 でも、教頭と知らない女子生徒とのあの写真を見なければ、もっと感動できていたのだが……。


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