(1)勉強は?
えーと、停学って何だっけ?
確か、性行不良で、学校の掲げる学生生活の趣旨に著しく反した生徒に科せられる、懲戒処分の中の一つで、いわゆる謹慎処分と類似の扱いがほとんどのはずだ。
もっとも、高山学園は私立であるためか、進学校であるためか、まあ、両方だろうな、停学期間中の『生徒の生活そのもの』については、特に規定がない。
それが証拠に、他の学校で行われているような、日々の反省文の提出や、担任による家庭訪問は無い。停学期間終了後に、本人と親と担任と校長との四者面談があるのみだ。
しかも、学習計画書を渡されるわけだから、自分で努力すれば、学校で受けるはずの授業分を、自習という形で補うことは可能だ。
ある意味、騒ぎを起こす生徒は、他の生徒の迷惑になるから、学校外で大人しくしててくれ、ってことだろう。っで、自分の失態は自分で責任取れってことで、もし、停学期間中に遊びほうけていたら、学校は知らないぞ……ということだな。
もちろん、停学期間中に問題を起こしたら、さらなる懲戒処分の上積みはあるわけだが。
しかし……
「わお、裕樹、さっすが~」
聞こえない聞こえない聞こえない見えない聞こえない聞こえない――
「こちらが予備回線ね。万が一セキュリティが気付いてロックかけられたときのためで……」
あーあー、見えない聞こえない知らない聞こえない聞こえない聞こえない――
「もしばれたら、さすがにやばいかな~」
聞こえない聞こえない何も見てないわからない、小麦粉か何かだ……って、これは違うか。
「あー、逆探知パケットを検出したときは自動的に――」
僕が耳を塞いでいる前で、何やら楽しそうな蘭花と裕樹。
「ふ~ん、ロシアのサーバーかぁ~。てことはさ――」
聞こえない聞こえない聞こえない――
さて、蘭花の家……と言ってもサテライトだが、とにかく、そこで勉強を教えてもらうという名目で、ここに来たわけだが、待ち構えていたのは、『猿でも解るCG作成講座』
「あの~、勉強は~」
「判ってるわよっ! 後でちゃんとやるわよ。良いから、手を動かすっ!」
恐る恐る切り出す僕をびしっと指差し、その指をテーブルの上に置かれたノートPCに移す。
僕は、ため息をつくとノートPCを操作し、紙に書かれた意味不明の数字を入力していく。
どうやら、CGで描画するキャラクターや背景の座標データらしい。
僕が入力する度に、画面内の絵が変化していくから、何となく判る。
レンダリングってのをするソフトらしい。
てか、僕はこんな事をするために高校に入ったんじゃないんだぁーーっ!
って、大声で叫びたい。
対して、蘭花は僕が作ったばかりの曲データをイヤフォンで聴きながら、A4の紙に何かを書き込んでいく。たまに腕を広げたり激しく首を動かしたりしているのは、CGで描くポーズを考えているんだろうな。
A4の紙に殴り描きのような〈コンテ〉がいくつも描かれており、記号が振ってある。
楽譜の方には同じような記号が書かれており、蘭花曰く、この記号が各〈フレーム〉に対応しているのだという。
……はい、もう解りません
「あれ? 薫君、サビのギターパートおかしいわよ。ちゃんと入ってないじゃん」
イヤフォンを外し、蘭花。
ああ、言いたい事は解る。
ギターパートなのに、ギターっぽくなく、まるでピアノでガンガン弾いているように聞こえるのだ。
「えっと、音色色々試したんですが、良いのがなくって」
「違うって~、音色じゃないって」
蘭花がチッチッと人差し指を振り、ため息をつく。
音色じゃない? どゆこと?
「薫君、ここの和音普通に入れたでしょ?」
「ええ、そりゃあ。コードに従って入れましたけど」
蘭花が伴奏の所に基本となるコードを書いており、そのコードに従って和音をデータとして入れていくのだ。「C」なら「ドミソ」といった感じで。
僕は、蘭花が僕に貸してくれたノートの「コードとは」ってページを見ながら答える。
「あのね、薫君。ギター弾くときどうやって弾く?」
「え? そりゃ、ジャーンって弾きますよね」
弾いた事はないが、テレビで演奏を見た事はある。
「じゃあ、『ジャーン』って入れようよ~」
僕の言葉にぷっと吹き出し、蘭花はそう言った。
「ジャーン……ですか」
「も~、だからぁ~、最初の音と最後の音で時間差があるでしょ? だから、ジャーンじゃん。薫君のデータは、ジャンってなってるの」
「ああ、……でもどうやって」
蘭花の言いたい事は解った。しかし、それが出来たら最初からそうしてる。
蘭花はすっと立ち上がり、スカートを軽く払うと、僕の方に歩いてきた。
そのまま後ろにしゃがみ、そっと僕の右手に蘭花の手を添える。
「ちょっ、部長っ」
「うるさい! 部長部長言うなっ」
スイートオレンジの香りに包まれ、手の甲から感じる蘭花の体温にドキマギしている僕にかまわず、蘭花はそのまま右手を動かした。
……ああ、マウスを動かしたかったのね。
自分の手をどける事も出来ず、何となく蘭花に操られるようにして一緒にマウス操作をする。
CGのソフトが閉じられ、砂時計の後、楽曲編集ソフトが立ち上がり、曲が表示される。
画面の中で五線譜に並んだ音符をクリックし、上のメニューから「シフト」という物を選ぶ。
「ほら、ここでさ」
蘭花は、今度は僕の肩越しに左手を伸ばすと、「ティック」という欄に「5」と入力していく。
手を伸ばすたびに背中に蘭花の身体が密着し、何だか集中できない。
「あとさ~、ギターは弦が六つあるし。三音じゃ駄目。特に、低音を入れておかないと、それっぽく聞こえないの。あっ、ちょっと貸してっ」
蘭花は言うなり、僕の右耳からイヤフォンを外すと、自分の耳につける。
突然耳を触られ、僕は思わず身体を硬くした。
蘭花は、僕の入れた音符の下に音を付け加え、少しずつずらす。
そのまま何回か同じ操作をした後、蘭花はすっと手を離した。
背中が急に涼しくなり、僕が振り向くと、蘭花は口の端を上げ僕の隣に座り直した。
「はい、再生してごらん?」
僕は言われるがままに再生ボタンを押した。
軽快なサビパートが始まる。
「! おお、ギターっぽい!」
先ほどと打って変わって、ギターらしい音になっている。
「そのコマンドで、発音に時間差をつけるの。解った? 音の追加は、解るわよね」
「はい」
なるほど、また一つ賢くなった。
「じゃあ、それ全部やり直しね」
「……はい」




