(4)どこからが夢で……
「薫君!」
少し弾んだ声で、蘭花。
「はい」
先ほどとは違って、自然に言葉が発せられる。
「薫君と出会えて良かった。あのとき声かけてくれて、感謝してるわ」
「あ、えっと……ありがとうございます」
予想外の言葉に、何だかどきまぎしながら、曖昧に返事をする。
……この展開は、もしかして
「あのね、あたしね……」
ここで、蘭花は歩みを止めた。
ゆらゆらと揺れていた光の筋が一点を照らし、停止する。
僕もブレーキをかけ、蘭花を見た。
「……」
今まで見たことのない蘭花の神妙な顔。
一陣の風に、蘭花の髪がさらさらと靡く。
僕は、次に続く言葉をあれこれ予想しながら、蘭花の言葉を待つ。
沈黙の中、徐々に鼓動が速くなっていく。
「ふふっ、今幸せよっ。薫君となら、今なら何でも出来る。うん、空だって飛べる気がする」
「え?」
蘭花らしくない。……いったい何を企んでいるんだ?
「薫君。今作っている曲の歌詞は、薫君とのことを思い浮かべながら作ったの。知ってた?」
蘭花は、微笑んで僕を見つめた。
「そ、そうですか」
僕は慌てて目をそらした。
心拍数がいきなり跳ね上がり、激しい鼓動が身体中を駆け巡る。
様々な想いが交錯し……
しかし、直後、その鼓動が別の種類の物であることに気づいた。
「……あの、部長?」
「うん? てか、も~、部長って呼ばないでって言ってるでしょ~」
それでも、蘭花は穏やかな笑みを湛え、僕を見た。
月光をはじく蘭花の笑顔は、さながら幻想的な一枚の絵のようだ。
……だが、ここで、僕は、先ほどのあきらの会話を思い浮かべながら、最重要事項について、確認することにした。
「このシチュでこんな事言うのは、とても心苦しいんですけど……」
「どうしたの?」
蘭花は、僕の顔をのぞき込む。
いや、近いって!
僕は、再び覚悟を決め、大きく息を吸い込んだ。
「あの、……僕の頬、つねっていただけません?」
「へ?」
「あ、いや、僕の考えていることが確実なら、エアガンで撃ってもらってもいいんですが、百パーセントの確証がないもので」
「ふふっ、変な薫君。でも、薫君の頼みなら、いいよ」
あっけにとられていた蘭花は、クスリと笑うと、自転車のスタンドを立て、僕に向き直った。
その言葉に、僕の中で仮定が確定に変わる。
蘭花はゆっくりと両手を上げた。
何となく気恥ずかしいものを感じ、僕は目をつぶる。
「大丈夫、痛くしないから」
蘭花の冗談に突っ込む余裕がないほど、僕の鼓動は最高潮に達する。
膝がカクカクと震える。
……だから、これは夢だって!
頬に何かが触れる。蘭花の手だろう。
ほら、現実ならここでくすぐったい感触があるはずなのに、何も感じないじゃん。
そして、蘭花の手に力が入り……
やっぱり!
……って、え?
☆
「痛っ――」
刺すような痛みが頬を走り、直後、身体の感覚が一瞬途切れる。
あれ? 痛いって事は、まさか、本当に本当?
でも、何も見えない。
蘭花は? どこ行った?
なんだか体がふわふわした感触で……。
直後、その感触が僕の記憶の中で照合され、ベッドの中の感触と一致した。
先ほどまで聞こえていた音が止まり、静寂に包まれる。
……ああ、このジッ、ジッ、という規則的な音は、壁掛け時計のモーター音だ。
状況分析が終了した僕の脳は、ここが僕の部屋だと告げる。
妙にリアルだったが、やはり、さっきの蘭花とのシーンは夢。
だよな~。蘭花があんな事言うわけないし。
ちょっと残念なような。
一体どこからが夢なんだっけ。
あれ? でも、頬をつねられた感触が残ったままだ。
今も痛いし。
それに、なんだか身体が重いし、相変わらず胸が苦しい。
無意識に頬に手をやり……
「!」
いきなり意識が覚醒し、目を開ける。
必死に、「それ」を探す。
「っ!」
薄暗い僕の部屋の天井をバックに飛び込んできたのは、ぼんやりとした人の顔らしき何か。
何か恨みを持っているのか、僕を射貫く鋭い眼光だけが浮き上がる。
その顔から伸びる青白い手が、がっちりと僕の頬をつかんでいた。
そりゃ、誰だって焦るでしょ。
「わ――――――――――――――――――――――」
怨霊とか金縛りとか、マジで勘弁!
来たときに、蘭花が呪術か何か仕掛けていったのか?
階下で寝ている親父と母親に助けを呼ぼうと声を張り上げるが、直後、口をふさがれ、漏れたのは低いうめき声のみ。
心臓が飛び出るんじゃないかってほど激しく動き、僕は身体をよじって、上に乗っている「もの」を振り落とそうとする。
「ちょっとっ! 静かにっ! あたしだってばっ!」
直後、押し殺したような聞き覚えのある声に、再び目を開けると、暗闇に浮かぶ蘭花の顔。
高山学園の制服姿だ。
ふわっと、スイートオレンジの香りが、鼻腔をくすぐる。
その香りに、僕の身体から緊張が溶けていく。
なんだ、びっくりして損した。幽霊かと思ったし。
「――――――っ?」
じゃなくって!
蘭花だとしても、何で僕の部屋で馬乗りになって僕の頬をつねっているわけ?
「声出さないでって言ってるでしょ?」
蘭花が僕を睨みつける。
「いい? 手離すから。大きな声出さないでね?」
僕が頷くと、蘭花は小さくため息をつき、手を離した。
僕の腹に蘭花の体重がのしかかる。
「……あの、何でここに部長がいるんですか?」
まだヒリヒリする頬をさすりながら、当たり前の疑問を口にした。
「用があるからに決まってるじゃん」
何判りきったこと聞いてるのよ、という感じで、不機嫌そうに吐き捨てる蘭花。
ああ、この何を言っても無駄な空気、何か安心するわ。
……悔しいけど。
「……大体、あんたが変な夢見させるからよ」
ぼそりとつぶやく蘭花。
え? 夢って、もしかして……
「夢って――」
「その話はいいからっ」
蘭花がどんっと僕の顔の両脇に手をつく。
顔、近いって!
甘い香りがする中、何となく蘭花から目をそらす。
「いや、実は、僕も今変な夢を――」
「だまれっ! DMZ規則第五条! 女の子の秘密に立ち入ったら重罪っ!」
そんな無茶苦茶な。
めずらしく頬を紅潮させて怒る蘭花を見上げながら、変な関心をする。
じゃなくって!
その前に突っ込むところ山ほどあるじゃん。
「あの、どこから入ってきたんですか?」
再び当たり前の疑問を口にする僕。
そんな僕を睨み付けながら、蘭花はムッとした顔のまま起き上がり、窓を指さした。
「……」
そう、寝る前に僕が確実に鍵をかけた窓をね。
その先は怖いから聞きたくない。
あと、さっき言ってた事取り消すよ。「蘭花は普通の女の子なのだ」って辺りね。
校則だけでなく、法律までも無視と言うことだ。
普通の女の子に失礼だろ?




