(3)星に願いを
それから、色々話した。
他愛のないことが、ほとんどだが。
たまに発する僕のくだらない冗談に、蘭花は屈託なく笑った。
蘭花の、僕を威嚇する冗談に、『勘弁してくださいよ~』と僕は答えた。
同じ学校、同じ部活の先輩と後輩の関係。
いつもの関係。
その関係を、お互いの距離を、確認し合うように。
お互いの心が、昨日の状態まで戻っている、戻りつつあることを確認し合うように。
言葉を交わす度に、少しずつ、会話がなめらかになってくる。
そうか、これは、仲直りのプロセスなんだ。
僕は気づく。
あきらとなら、気が済むまで殴り合った後、お互いの青あざを指さして笑っていた。
それで仲直り。
蘭花とは、まさか殴り合うことは出来ない。
あきらとのように、お互いに身体をぶつけ合うことが出来ない。
だから、簡単なようで複雑。
僅かな言葉の選択ミスで、致命的な関係に陥る危険性を孕んでいる。
言葉とは、こういうとき、とても頼りない物だから。
言葉とは、お互いの心が通じ合っているという前提で、意志伝達を効率よく行うための 記号にすぎないのだから。
だから、表面上は笑っていても、僕は、頭の中で必死に言葉を選んでいた。
そして、少し距離が戻ったことを確認すると、また、新たな言葉を投じる。
それの繰り返し。
余裕など、全くない。
失敗は、もう許されないのだ。
僕の頭は、実力テストの時以上にフル回転している。
でも、
蘭花の方も、きっと同じなんだろうな。
☆
「あっ、流れ星!」
蘭花が、空を見上げる。
僕もつられて見上げると、ひときわ明るく輝いた星が、輝線を描き、一瞬の後に消える。
しばし空を見上げていた蘭花は、おもむろに口を開いた。
「薫君は、流れ星に三回願い事を唱えると叶うって言う話、信じる?」
「まあ、もしそんなことが本当に出来れば、叶うかも知れませんね。だけど、現実には無理ですよ。物理的にね」
僕の答えに、蘭花は頬を膨らます。
「も~、なにそれ。テストの解答みたい。夢がないなぁ」
僕は、おいおいと言う感じで、蘭花の顔をまじまじと見た。
「部長ほどのお方が、まさか本気で迷信を信じている訳じゃないですよね? 大体ですね、計算すれば解ると思うんですけど、えっと、宇宙の塵が、秒速約二十キロで大気圏に突入、地上一〇〇キロから、八十キロだから……、流れ星が光っている時間ってのは、普通、一秒程度ですよ? その間に願い事なんて、しかも、三回もどうやって唱えるんですか? 結局、あの話は、そんなに簡単に願い事なんか叶わないよって言っているようなものでしょ?」
僕の言葉に、蘭花は、くすくすと笑う。
「そうだよ? うん、薫君の言う通り。物理のテストなら、満点ね。だけど、もう少し、そうね、現実からかけ離れない程度に、想像の翼を羽ばたかせようよ。『叶わない』って片づけるのも自由。だけど、発想を変えて、『もし、叶うとしたら、どういう時?』って考えるの。言い出した昔の偉い人も、そのぐらいのことは、解っていたんじゃないかな」
「叶うとしたら……ですか?」
僕は考えるが、解らない。
だって、物理的に無理なことを、どうやったって出来る訳無い。
蘭花は、僕の様子を楽しげに見ていたが、
「いい? この考え方は、受験でも応用できるわよ?」
と前置きし、
「一秒はわかった。じゃあ、一秒で願い事を三回も唱えられるってのは、どういう状態なのか?って考えるの。解る?」
再び、僕に解答を求めた。
えっと、一秒で三回。一回あたり〇.三三秒。
〇.三三秒で喋られる文字数は……。人間が喋る標準速度は一分間に三五〇文字程度だから……。
いや、だから、それじゃあ無理なんだってば!
「早口言葉……じゃないですよね。あっ、まれに五秒ぐらい光るやつがあるそうだから、それを待つのかな。それでも、一回あたり二秒無いな、十一文字じゃあ……」
僕の言葉に、蘭花は大笑いする。
「いや~、やっぱり薫君は面白いわ。……あ、笑ったら失礼だよね」
ここで、蘭花は自転車を停め、僕の方を向いた。
「じゃあ、ヒント。薫君が、流れ星を見つけました。そのとき、まず何を考える?」
それなら解る。
「そりゃ、『何をお願いしようか』って考えますよ」
蘭花は、予想通りの答えに満足げだ。
「はいっ、もう一秒経ってま~す!」
「そうか!」
僕は、答えにたどり着いた。
「解った?」
蘭花は、笑みのまま解答を促す。
「つまり、流れ星が流れてから『何をお願いしようか』じゃ、遅いんです。光った瞬間に、願い事を唱え始めなきゃ、少なくとも間に合わないって事で……」
僕の言葉に、蘭花は、うんうんと頷く。
「で? そうするためには、どういう状態になっている必要があるのかな?」
「そんな瞬時に唱えられるためには、四六時中そのことばかり考えていなきゃいけないんですよ。流れ星じゃなくても良いんです。何かの刺激があったら、すぐに口から出るぐらいの状態ってことが重要なんですね」
「ピンポーン」
蘭花は、小さく拍手をする。
「いい? 流れ星に三回も願い事を唱えられるほど、四六時中その事を考えているぐらい、真剣に物事に取り組んでいれば、想いは必ず実現するって事。そういうことを言いたかったんじゃないかなぁ。この話を考え出した人は。何か、それって、志望校目指して必死に勉強している、あたし達にエールを送ってくれているように思わない?」
僕は、蘭花の顔をまじまじと見直した。
そんな考え方など、今までしたことがなかった。
そんな考え方があるなんて、今の今まで知らなかった。
迷信は迷信であって、心の弱い奴が安易にすがる物だと思っていた。
ばかげている、の一言で片づけていた。
でも、蘭花は、そうは考えなかった。
発想を転換し、その迷信が、本当に伝えたかったことは? と考えたのだ。
あの日、蘭花に強制入部された日。訳のわからない人だと思った。
その後、本当に、ハチャメチャな人だとわかった。
部室でエアガンは振り回すわ、校則を無視するくせに、DMZ規則とか、自治法まで作って部員の行動を制限するわ、何か得体の知れないことをやっているわ。
で、外面だけは良いから、顔が良いのも手伝って、憧れている人が多くって。
……あ、頭も半端なく良いけど。
かと思えば、世の中の暗い部分を知り尽くしており、『どうせ世の中なんて、そんなものよ』と言うような、醒めた発言をしたり。
失態を自分で全て背負い込もうとしたり。
生意気な後輩の行く末を本気で心配したり。
そして、突然、今のような、『夢をあきらめなければ、必ず叶うわ』と言わんばかりの、ロマンチックな話をしたり。
一体この小さな身体に、どれだけの宇宙が詰まっているのだろう。
僕は、目の前の市ノ瀬蘭花という人物に対し、改めて沸き上がる興味を否定できずにいた。




