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部長が襲うので安心して寝られない的な話  作者: みずはら
[第4章]市ノ瀬蘭花という人物
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(2)仲直りのプロセス

 空を見上げると、満天の星空。

 市街地からは少し離れた住宅地のため、辺りは真っ暗で、星が良く見える。

 チリチリと自転車のギアが音を立てている。

 高輝度LEDの前照灯が、暗闇に二筋の光線を発している。

 蘭花と僕は、自転車を押しながら、あぜ道を歩いていた。

 自転車に乗ればいいのだが、何となく二人とも乗らずに歩いてきてしまった。



『では、明日から、市ノ瀬さんが学習するところで、ご迷惑でなければ、一緒に学習させていただくということで、どうでしょうか? 勿論、ご自身の学習を優先させてください』

 親父が出した結論。

 人の親として、いくら申し出があったからと言って、『ちょうど良かった。じゃあ、お願いします』などと言えるわけがない。

 かといって、わざわざ申し入れに来た蘭花の顔をつぶすわけにもいかない。

 親父として、考えた末、ギリギリの提案をしたわけだ。

 オトナの判断?

 そして、蘭花との話が終わると、親父が僕の方を向き、言った。

『薫。市ノ瀬さんを送って差し上げなさい』

 僕は、曖昧な表情で親父を見上げたと思う。

『い、いえ、もう遅いですし、私は大丈夫ですから』

 同じだろう。慌てて遠慮する蘭花に対し、親父は、

『市ノ瀬さん。遅いからこそですよ。こういうときは、大人の言うことを聞くものです。こいつは、頭はあまり良くないですが、まあ、褒められた事じゃないのですが、チンピラ二人ぐらい相手なら、充分渡り合えるぐらいの腕っ節はありますから、利用してやってください』

笑みを見せながら言った。

『……ありがとうございます』

 蘭花は、申し訳なさそうに頷いた。

 実際、親父の言う通りだと思う。

 僕は時計を見た。

 十一時四十分。

 思ったより時間は経っていない。

 第一、そんなに揉める話でもなかった。

 蘭花の話が理路整然としていたため、親父も特に反論することなく、話は終わったのだ。

 とはいえ、深夜と言っても良い時間だ。

 最近、世の中物騒で、変質者も多い。

 特に、女性の一人歩きは危険なことこの上ない。

 よく考えれば、家に来る時も同じだったはずだ。

 蘭花なら、変質者が出たとしても、エアガンで蜂の巣にするかも知れないけど。

 もっとも、親父は、サテライトでの出来事を知らないから、僕達の間に渦巻いている、『気まずさ』までは考慮出来なかったのだが……。

 そんな訳で、家を出てから、二人とも口を閉ざしたまま黙々と自転車を押しているわけだ。



 相変わらず街の方では、バイクの爆音が響いている。

 僕は、横目でちらりと蘭花を見た。

 蘭花は、口を真一文字に結んだまま、まっすぐ前を向いている。

 何を考えているのかは、分からない。

 僕の頭の中で、先ほどから、いろいろな言葉が浮かんでは消えている。

 のど元まで出ても、それが音声となって空気を振動させることはなく、そのまま消えていく。


 言いたいことは色々ある。

 聞きたいことも色々ある。


 だけど、何よりも、その前に、一番最初に言わなければならない事が、一つある。

 二人のこの気まずさを、解消するための一言。


『先ほどは、すみませんでした』


 その一言が、何故か言えない。

 言えない自分に、もどかしさを感じる。

 もう、蘭花に対して、怒りとか、そういうのは全くない。

 じゃあ、何で言えないのか?

 生意気な態度を取った後輩に対し、あそこまで考えてくれていたことが、蘭花との人間の器の違いを再認識させられることとなり、逆に、蘭花との距離を遠ざけているのだ。

 何を言っても、あの賢い頭で瞬時に計算し、僕の心を見透かされそうで、怖くて言葉が出せない。

 それを見越して、僕の気持ちが確実に伝わるように言葉を発しなければいけない。

 そんな都合の良い言葉って、あったっけ?

 いつもみたいに、馬鹿馬鹿しいことを口走り、罵られていた方がよっぽど楽だ。

 まさか、それも僕のレベルに合わせるために、計算しての行動だったのか?

 距離にして、約五十センチ。すぐ隣にいるのに、今まで、ただのおちゃらけた先輩だと思っていたのに、今は、ものすごく遠い世界に住んでいる人のように感じる。

 謝った結果、蘭花は、いつものように、屈託のない笑顔を向けてくれるだろうか?

 親父の前で、ああは言っていたが、内心は腹わたが煮えくり返っているのではなかろうか?

 謝ったが最後、『今更何言ってるのよ!』ぐらい言われるのではないか?

 もっと酷いことを言われるかも知れない。


 蘭花が、怖い。

 とても怖い。


 言葉を発した後の、蘭花の行動をあれこれ考えると、簡単な一言が、どうしても出ない。

 蘭花について『銃殺』以上に怖いことがあるなんて、今の今まで気づかなかった。

 いや、いっそ『はい、DMZ規則違反で銃殺ね。そこに立って』とか言われた方が助かる。

 ……いかんいかん、また、負の無限ループに入っているな



 僕が、なけなしの勇気を総動員して、頭の中で一〇〇回近く繰り返していた言葉を、音声に換えようと決意した瞬間、

「薫君?」

 蘭花の声。

 僕の身体が強ばる。

 声音も、いつもと異なり、固い声。

 心臓の鼓動が、無意味に速くなる。

『薫君』と呼んでくれたことが、せめてもの救い。

 もし、『川上君』なんて呼ばれてたら、僕は、ここから逃げ出していたかも知れない。

「……はい」

 全ての最悪を想像し、蘭花から何を言われてもショックを受けないよう、心にシールドを施した後、僕は返事をする。

 何となく、蘭花の方を見られない。

 心の迷いが、間となって、心の壁が、固い声となって表れる。

「まだ、……怒ってるのかなぁ」

 ため息の後、呟くように、蘭花。

 その言葉に、僕の中で、ある部分の緊張が解ける。

 怒っていない、怒ってなんかいませんよ。

 と言うか、そもそも、僕に怒る資格など無かったのだ。

 蘭花は真剣に僕の事を考え、行動してくれていた、それを僕は……。

 いや、そんなことより!

 

 ここで言うべきだ。

 今言わなきゃ、いつ言うのだ?


 このまま明日を迎えるつもりか?

 退部し、蘭花とは無関係の世界で生きていくのか?

 こんな貴重な人物との出会いを、みすみす無にするのか?

 それが、お前の望みか?

 違うんだろ?

 だったら、

 さあ、言え!

 今言え!

 言うんだ!

 早く!

 僕は、大きく息を吸い込んだ。


「あの、すみませんでした」

「さっきは、ごめんね」


 二人の声が重なる。

 一瞬の沈黙。

 蘭花が、ぷっと吹き出す。

「ふふっ。どうやら、この道中、二人とも同じ事を考えていたみたいね」

「そうみたいですね」

 やっと、蘭花の顔をまともに見られた。

 蘭花は、固い笑みを張り付かせた、複雑な表情をしていた。

「あたしったら、駄目だわぁ。最初に言おう。薫君と出発したらすぐ言おう、って思っていたのに、ここまで言い出せずに来ちゃった」

 この言葉で、僕は蘭花に対して感じていた距離が、いきなり元に戻ったような気がした。

「実は、僕も同じです。何を言っても、部長に見透かされそうで、怖かったんですよ」

「あたしも同じ~。変な話だけど、薫君が怖かったわ。なんか、謝ったが最後、とても酷いことを言われそうな気が……っ」

 不意に、蘭花の言葉が止まる。

 ――!

 どしたのかと蘭花の方を振り向いた瞬間、僕は、全身を電流が突き抜けるような感覚に陥った。

 見られまいとしているのだろうか、僕から顔を背ける蘭花の、月光に照らされたその頬に光る筋。

 当たり前のことを忘れていた。

 蘭花は、超人などではない。決して。

 蘭花は普通の女の子で、僕と同じようなことで悩み、考えている、一人の高校生なのだ。

 男女平等とか言うけど、それでも、女の子を泣かせる男は最低だよな。

 だけど、残念ながら、僕にはこの状況をフォロー出来るだけの気の利いた行動や、気の利いた言葉を掛けられるような、人生経験はなかった。

 どうすることも出来ず、気付かないふりをして沈黙するのが精一杯。

 ただ、心の底から強く思った。

 本当に、申し訳なかったと。

 二度と、蘭花にこんな顔はさせまいと。


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