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部長が襲うので安心して寝られない的な話  作者: みずはら
[序章]いきなり廃部の危機
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(2)逃亡者

「よしっ。終わった。データも消した」

 いつの間にか、裕樹はPCの電源を落としていた。

 USBメモリーを蘭花に手渡す。

 ……って、ちょっ!

「ゆ、裕樹先輩っ! 『消した』って、き、き曲のデータどうしたんれすかっ!」

 くっ、思わず噛んでしまった。

 全身を勢いよく駆け巡る血液によって目眩と吐き気を催す。

 そう、たった今裕樹が「消した」ってにこやかに言ったPCには、提出期限が迫ったデータが、僕が徹夜で、蘭花に作らされたデータが入っていたのだ。

「あー、多分大丈夫」

「わー、薫君、『れすか』って、なんか萌え萌え~」などとくだらないことを言っている蘭花の横で、笑みを浮かべたまま裕樹。

「『多分』ってのがかなり気になりますが、信じてますからねっ!」

 まあ、言うだけ無駄なんだけど、一応。

「おっけい! じゃあ、ずらかるとするかね」

 僕達のやりとりを見ていた蘭花は、メモリーを受け取ると、にこやかに僕を見下ろした。

 え? 僕ですか?

 蘭花は左手で髪をさっと整えると、つかつかとこちらに歩み寄ってくる。

「薫君」

「ははい?」

 何故にこの場面で僕の名を呼ぶ?

 蘭花は僕の前にしゃがみ、にこやかな笑みのまま顔を近づけ、唐突に手を握った。

「え、……えと」

 言い忘れていたが、蘭花は結構美形である。まあ、美人系か可愛い系かというと、可愛い系だ。

 意志の強そうな大きめの瞳に、若干丸みを帯びた顔は幼さを感じさせる。

 つまり、その蘭花が、顔を近づけ手を握るという行為が、僕ぐらいの年頃の少年にどういう刺激を与えるかって事だ。

 ……とりあえずは、頭が真っ白になるだろう。

 その真っ白な僕に向かって、僕の目を見、一言一言言い聞かせる言葉は、やはり、前言撤回したくなるような内容であった。

「いい? DMZ規則第九条! あたしからの預かり物取られたら重罪っ。これ取られたら、銃殺だからねっ! 分かった?」

「いえ、そんな規則初めて聞きました。いつ制定されたんですか?」

「今制定したのっ。いちいちそんなこと聞かないでよっ」

 そんな無茶苦茶な。

 僕のもっともな質問に対して逆ギレ気味で答える蘭花を前に、途方に暮れる。

「とにかくっ、最善の努力をしなさい。あとで、いつもの場所に集合! わかった? あ、あれもお願いねっ。忘れたら……」

「はいはい、DMZ規則第九条違反ですよね」

「その通りっ! じゃ、よろしくっ」

 そう言い、部室の端を指さすと、返事を待たずに蘭花は立ち上がった。


 カラカラ


 軽い音と共に、裕樹が窓ガラスを開けた。

 いや、本当に、僕達の足下の状態みたいに軽い音……。

 蘭花が腰からエアガンを抜きながら、窓に向かう。

「ご苦労さん!」

「今日の部活はこれで終わりねっ。お疲れ! じゃっ」

 裕樹に続き、蘭花が満面の笑みで僕達にねぎらいの言葉をかける。

 いや、部活どころか人生が終わりそうなんですが! と言う、僕の心の叫びが届く訳もなく、蘭花はエアガンをドアの方に向けたまま、何故か垂れているワイヤーに足を引っかけ、するすると上の方に消えて……

「あっ、……ちょっ!」

「蘭花っ!」

 なにやら窓の外で狼狽した感じの蘭花と裕樹の声。

「きゃぁああ!」

 一瞬遅れて、蘭花が窓枠の上から下へと消えていった。

「ぶ、部長おおっ!」

 全身が凍り付き、僕は思わず立ち上がった。

 今、落ちたよな。

 漢字二文字で言えば「落下」。ついでに言うと、ここは三階。

 いわんこっちゃない!

 膝ががくがく震えている。

 僕が窓へ駆け寄ろうとした瞬間。

「ったぁああ……。って、こらっ、作戦行動中は持ち場を離れないっ!」

 窓枠から腕が伸び、ついで、蘭花の顔が現れ、僕と目が合うなり眼光が鋭くなる。

「す、すみません」

 安堵したのもつかの間。蘭花が腰に手を伸ばしたので、僕は慌ててテーブルに張り付く。

 この瞬間にドアが開いていたら、銃殺確定だっただろう。

 何を安心すればいいのか判らないが、よく考えたら、ドアの向こうはベランダになっていて、落下距離からしても多少腰を打ったぐらいだろう。

 仏頂面の蘭花は腰をさすりつつ、ちら、と上を見上げると舌打ちを一つ、部屋の中に戻ってきた。

「ドアが開いたら、解ってるわねっ!」

 不機嫌さ一杯の蘭花は、そう言い、ちらりと壁の時計を見る。

「よし、行けるわ。……あんたたちっ、あと二分粘りなさいっ」

 ついで、そう言い残すと、部室の奥へと消えていった。

 あそこは、蘭花が女子更衣室だと言って、立ち入り禁止区域にしている場所だ。

 女子更衣室というわりには、部員の女の子(隣で涙目になってる子ね)が使える雰囲気ではなく、いわゆる、蘭花専用の部屋って事だ。

 その部屋で、少しの間ごそごそと音がしていたが、やがて静かになった。

『いい加減にしないかっ!』

 再び和人の声。と言うより、中でイベントがあったために、注意してなかっただけで、ずっと叫んでいたんだろうな。

(川上君。もう……)

 右横からうわずった声。

 ……そろそろ潮時だよなぁ。

「部長~」

 部室の奥に声をかける。

 返事は、ない。

「部長~。おやつの時間ですよ~」

 残念ながら、両隣から笑い声は聞こえない。

僕は、ため息をつくと、軽く頷いた。

「よし、……もう良いかな」

 僕は左右に目配せをし、踏ん張っていた足の力を抜いた。


 ガチャガチャ

 ガン

 ズズズズ……


 直後、僕達は机ごと押し出され、かくしてドアが開いたわけで。

「気をつけろ! やつらは銃を持っているぞ」

 息を殺して中の様子を覗う気配。

 いや、高校生の会話じゃないし。

 直後、どやどやと生徒が数名部屋に押し入って来た。

 皆、僕と同じ制服を着ている。左腕に黄色で『監査 高山学園生徒会』と書かれた腕章をつけている以外は。あっ、透明ポリカーボネイト製の板も持っているけど、盾のつもりだろうな。

 てか、準備良すぎ。

「おい、部長と副部長は?」

 和人が、こちらを睨んだ。

 右隣、低い声で嗚咽を漏らし、肩を揺らしている。

 左隣、……応答無し。精神は遙か成層圏を飛行中だ。『活動限界』ってやつ!

 っで、真ん中の、まだ意識がしっかりしていそうな僕に、視線が注がれるわけ。

「君は……、川上君。部長と副部長は? 隠すとためにならないぞ?」

 名札を見ながら、和人。黒髪は襟元で切り揃えられており、さっぱりとしている。

 生徒会らしい、まじめそうな奴だ。残念ながら銀縁の眼鏡は着用していないが……。

 その後ろで、腕章をはめた数人の生徒が、ロッカーや机の引き出しを物色している。

 全く隠すつもりがない僕は、

「部長はあの奥の部屋へ、副部長なら、あそこから上に逃げましたよ」

半分開け放たれた窓を投げやりに指さした。

「んまっ!」

 ひとみが肩胛骨まで伸ばした髪を激しく揺らしながら振り返ると、窓ガラスに駆け寄り上を見上げる。……残念ながら、こちらも三つ編みではなくただのストレートだ。

「A班は屋上入り口を固めろ! B班は通風口っ! いつもの訓練通りに、急げ!」

 和人が叫ぶと、ドアの外がにわかに騒がしくなり、ぱたぱたと複数の足音が遠ざかっていく。

 いやいや、「いつもの訓練通り」って、一体何を想定しているのか……。

 ……間違いなくうちのことなんだろうけど。

「駄目です! PCにデータは残っていません」

 真っ黒な画面の左上に白い文字で『INVALID SYSTEM DATA』と表示されているモニターを見ながら、キーボードをカチャカチャやり、声を上げる生徒会委員その一。

「ロッカーにも、漫画以外何もありません」

 ロッカーの中身を慌ただしくかき出しながら、生徒会委員その二。

 ああっ! 部長秘蔵の手塚治虫全集(初版)がっ。

 戻って来たら、怒り狂うだろうなぁ……。

 蘭花に八つ当たりされる可哀相な自分の未来を想像しつつ、げんなりしている僕の前で、和人が額を押さえ、ひとみをちらりと見た。

「会長。証拠がなければ……」

「判っているわよっ!」

 和人の声に、怒り爆発直前のひとみ。僕の前で、僕に尻を向け仁王立ちになり、窓を睨んでいる。

「あの~、一体何がどうなっているんでしょう? 僕達入部して間もないから、さっぱりなんですけど~」

 や、蘭花達が何かしたってのは解るんですけどね。

 心の中で付け加えながら恐る恐る声をかける僕に、ひとみは髪を振り乱してこちらを睨むと、

「一般人には関係ないのっ! 極秘事項よ!」

はあ、そうですか……。

「ここには姿見しかありません。……あっ、裏に通風口が」

 部室の奥からのそんな報告を聞きつつ、ひとみは、同じ勢いで、再び窓の方を向き、

「とにかくっ! あいつらを学校から出したら駄目よ! 恐らく、証拠を持って逃亡を図るつもりよっ!」

 生徒会委員達に向かって、そう言った。

「十七時三十四分、容疑者二名逃亡、重要参考人として部員三名確保……と」

 隣で、和人がぶつぶつ言いながら手帳になにやらメモっている。


 ……あれ? おかしいな。


 ここまで書いておいてなんだが、この物語は、地元の進学校で志望校を目指して、真面目に勉学に励む少年少女の物語のはずなのに。

 何で、こんなことになっているのだろう……。

 和人の様子をぼんやり見ながら、僕は、手の中の青っぽい『4GB』とプリントされたUSBメモリーを握りしめ、どこから人生が狂いだしたのか、記憶をたどっていた。


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