(1)侵入者
薄暗い部屋で、LEDが忙しく赤や緑の光を間欠的に発している。
その物体は、ミドルタワーって言うんだっけ、デスクトップPCのスロットに突き刺さっており、その横に二十四インチのLCDモニターが、LEDの光と同期するように、進捗を示す横棒グラフを徐々に伸ばしている。
USBメモリーにデータを移しているってところか?
「裕樹! まだ?」
迷彩色のアーミー服を着た女性が、モニターに向かっている男性に声をかける。
この女性は、市ノ瀬蘭花、身長一五五センチぐらいか、セミロングの黒髪を揺らしながら、きょろきょろと辺りを見渡し、落ち着きがない。
「もうちょっと!」
裕樹と呼ばれた男性が答え、こちらを振り向く。
この男性は、南條裕樹、長身だ、パソコンラックが一六〇センチあるから、それより顔一つ分……一七五センチはある。
何故か、蘭花と同じく、軍服にカーキ色の帽子だ。
何で、『何故か』って?
まあ、僕と、僕と同学年のかわいそうな人々の姿を見てくれれば、何故かは判ると思う。
裕樹の視線の先には、磨り硝子がついたドアがあり、その下には白い会議用テーブルが倒して立てかけてあり、そのテーブルに両手をついて、もたれている男子二名、女子一名。
その男子の一人が僕って訳だ。
僕ともう一人の男子は、半袖の白いカッターシャツに紺のスラック姿。
女子は、同じく半袖の、薄緑色のカッターシャツにグレーのスカート姿である。
三人のカッターシャツの左腕の部分に、矢のような模様で青い三角形が描かれ、その中に『高』と描かれた刺繍が施してある。
ここまで言えば、さすがに判るだろう。
僕達が、しがない高校生だと言うことが。
じゃあ、何で、倒したテーブルにもたれかかっているのかって?
それは……
ドンドンドン
『開けなさいっ!』
来た!
あのソプラノボイスは、容姿端麗成績優秀だけが取り柄の、……って十分か、川崎ひとみっていう名前、生徒会長様だ。
まあ、この説明をする十分前にも来ていたから判る。
『君達DMZ同好会は、不正行為助長の疑いがあり、校則第三十九条二項に基づき、ここに監査指示書が出ている! あきらめて、この戸を開けなさい。なお、我々生徒会の指示を無視した場合、校則第二十九条――』
続いて、ちょっと高い男性の声で何やら小難しいことを口走っているのは、恐らく山城和人、ひとみの腰巾着、もとい、副生徒会長様だ。
静かだと思ったら、どうやら、ひとみが生徒会室に応援を呼びに行っていたらしい。
ドンドンドン
ガチャガチャ
……まあ、こういう訳で
え? さっぱり分からん?
気持ちはよーく解る。
何故なら、こうしている僕自身、何でこんな事をしているのかさっぱりだからだ。
誤解の無いように言っておくが、僕達は、いわゆる団塊の世代とかいう、何かの理想を掲げて体制に反対したり、または、覇王を決めるために日頃バトルが行われているような荒廃した高校に入っている生徒では無い。
この時間……って言っても放課後なんだが、他の学生なら、部活動でさわやかな汗を流したり、この世の超常現象を探るべく調査したり、何かと何かの薬品を混ぜて爆発させたり、あ、爆発はまずいな、とにかく、言いたいのは、そう、健全な学生生活の一環として、楽しい部活動に励んでいる時間だ。
少なくとも、生徒会長に『監査』だとか言われ、突入の危機にさらされており、おまけに、目の前の部長(蘭花のことね)に『ちょっと! ドア開けさせたら、みんな銃殺よ!』とか言われ、ドアを開けさせなくすべく、どこぞの三流西部劇張りにテーブル倒してバリケード張っている生徒は、多分いないと思う。
「まだ?」
いらだちを含む蘭花の声に、裕樹(あ、因みに副部長ね)は落ち着いた声で、
「あと三十秒」
とだけ言い、再びこちら、と言っても正確にはドアをちらりと見る。
画面を見る限り、もうコピーは終了しているのだが、裕樹の手元は忙しく動いたままだ。
ガン
音と共に、机が少し押された。
「無駄な抵抗はやめなさい!」
ひとみの声。
声がクリアに聞こえるってことは、……ドアが少し開いてしまったと言うことだ。
「こらっ!」
蘭花が、キッとこちらを睨む。
僕達三人は目配せし、せーので全体重をかける。
カチャリ
再びドアがしまる。
ドンドンドン
……はぁ~、いったい何だってんだよ。
右横を見ると、女の子なんか、もう涙目で、ぐっと歯を食いしばっている。
多分、『何でこんな目に遭っているの? 私、悪い子なの?』とか思っているに違いない。
左横を見ると、こっちはこっちで、惚けた顔で何かを呟きながら虚空を見つめている。
まあ、現実逃避でもしているのだろう。
僕が現実逃避したら話が終わっちゃうんで、最後まで気を確かに行くよっ!
ガチャガチャ
『開けなさいったら!』
『退学になっても良いのか?』
お約束っ!
しかし、その言葉に、僕以外の二人の力が弱まる。まったく、まじめな学生は権力に弱い。
大体、そんなことで退学になるんなら、さっきからPCの前で作業をしている目の前の二人は、一〇〇回ぐらいは退学になっているに違いない。
……っておい!
ズズッ
まずい!
最大静止摩擦力を超えた僕のスラックスは、床の上を滑り出し、本格的にドアが開いてきた。
「くっ」
ドアの外で渾身の力を込めている声が、非常にクリアーに耳に入ってくる。
(おいっ!)
両脇を見るが『退学』と言う言葉に恐れをなしたのか、降伏を決意している様子の二人。
いや、冗談じゃないぞ!
僕にとっては、『退学』なんかよりも、蘭花の『銃殺』の方が一〇〇倍怖い。
何されるか分からんってあたりが……。
全体重をかけるが、残念ながら僕一人ではどうすることも出来ず、徐々にテーブルごと部屋の中へと押し出されていく。
この強さだと、相手は複数人だと思われる。
蘭花が、こちらを振り返った。
「あっ! こらっ! あんた達! 銃殺になりたいのっ?」
いや、銃殺って言われましても、そりゃ、僕は嫌ですよ? 痛そうですし。でも両脇の二人が力を合わせてくれないとですねぇ……。
心の中で、言い訳をしている間にも、少しずつドアが押し開かれていく。
ドアから腕が伸び、男性の顔が出てくる。
和人だ。
「くっ! お前達、いい加減に観――」
……もうだめだ!
僕が観念しようとしたそのとき、
バスッ
バスッ
短く空気の漏れる音、同時に、
ビシッ
パチンッ
何かが弾ける音。
頭にぱらぱらと何か降ってくる。
ついで、
「うわっ!」
和人の叫び声と共に、いきなりドアが軽くなる。
ズズッ
バン!
再びドアが閉まる。
……ふぅ。
ため息と共に手元を見た僕は、嫌な予感がした。
手の中に落ちている、粉砕されたような白い物体。
恐る恐る顔を上げた僕と、蘭花の目が合った。
蘭花は、びしっと決まったポーズで、こちらに向かって右腕を伸ばしている。
なかなか凛々しい顔だ。
って、見とれている場合じゃない!
その腕の先に、銀色に鈍く光る物体。
目の焦点が合った瞬間、予想通りの事が起こった事が判り、全身の毛が逆立つ。
「ちょっ! ぶ部長! 勘弁してくださいよっ!」
両腕で顔を隠しながら、叫ぶ。
「なによっ! あんた達が進入を許すから、援護してあげたんじゃない。て言うか、部長って呼ばないでって言ってるでしょっ!」
蘭花は、不機嫌そうな表情を浮かべ、僕を一瞥すると、エアガン(シリンダー改造品)の安全スイッチをカチリと入れ、腰のホルダーに収めながら言う。
何故か、僕が「部長」と呼ぶと怒る蘭花。
言われてみれば、この二人は「蘭花先輩」って呼んでるな。
うーん、今更呼称変えるのもなぁ……。
いやいや、そんな話じゃなくって、とにかく、先ほどの音は、エアガンから発射された競技用BB弾が、ドアに当たった音だ。
で、僕の手の中にあるのは、当たったときに粉砕したBB弾のかけらって訳だ。
ちらりと後ろを見ると、一つはドアにめり込んでいる。
「援護って! 僕達に当たったらどうするんですかっ!」
抗議する僕に向かって、蘭花は、めいっぱい冷たい視線を向け、
「どちらにせよ、ドアが開いたら、あんた達は銃殺。同じ事よ」
恐ろしいことをさらりと口走る。
……多分、今の一言で、両脇の二人は退部を決意したに違いない。




