(4)深夜の訪問者
カラカラと窓を開ける。
初夏の涼しい風が頬をなで、心地よい。
何か、嫌な気持ちが風と共に流れていき、今日の出来事が夢のように感じる。
僕は時計を確認した。
十時ちょうど。
僕は、窓から街の風景を眺める。
様々な色で瞬く光を遠目で見ながら、景色の端から端まで見渡す。
遠くの方では、自動車の走る音。それに混じって、バイクの発する、けたたましい音。パトカーのサイレンの音。
「あきら、今日も出動なのかな。ほどほどにしておかないと……」
僕は、遠くを見ながら苦笑する。
あきらとは、中学の時まで一緒だった。
僕が、唯一親友と認めている奴だ。
だが、あきらは、世間で一般的に言う真面目な学生ではない。
多分、あの爆音の中の一人だろう。
もちろん、それは決して褒められた物ではないし、何の正義もないのだが、人間的には一目置いている。
悪ぶっているが、決して弱い者に手を上げないし、約束は絶対に守る。
もちろん、僕の知っている範囲での話だが、知らないところでもそうだろう。
僕に対して良い顔しても、一文の得にもならないからだ。
あきらにとって、この世の中は、少しサイズの違う服のような物なのだと思う。
だけど、僕達は成長期で、身体が服に合う時期は、やがてやってくる。
それだけのことなのだ。
「お、また来たか」
僕は、窓枠から身を乗り出して、空を見る。
周期的な重低音とともに、夜の空にさらに漆黒の影を落とす物体が、ゆっくりと視界の左端から右へと進んでいく。
「何輸送してるんだろう。訓練かな」
僕は、輸送機が視界から消えてからも、しばらくの間空を眺めていた。
時計の針は、十時三十分を指していた。
☆
家に帰って来てから、通知書を見せ親父に話した。
当然の如く怒られた。
ただし、停学処分になった事にではなく、停学処分になるようなことをしておいて、何をやったのかをはっきり説明できなかったこと、停学期間中にどうするのか考えていない事に対し、怒られた。
『学生なんだから、悪いことの一つや二つすることもあるだろう。もちろん、褒められた事じゃない。だけどな、一番情けないのは、何で罰せられたのかが分からないって事だ。しかも、明日からの停学期間中、何をするか考えていないのか? 逆に、停学期間を利用してレベルアップしてやろうとか、そういう発想はないのか! それでも高校生なのか?』
親父の言うことは、もっともだ。
『じゃあ、一〇〇歩譲って聞くが、薫は、停学期間中、何を反省するつもりなんだ? 言ってみろ!』
何も答えられなかった。
確かに、冷静に考えれば、何が悪かったのか、よく分からない。
『停学』と言う言葉に翻弄され、『停学処分を受けるぐらいだから、僕は悪いことをしたに違いない』と考えていたに過ぎない。
「部長が怒ったのは、そういうことなのかも知れないな」
僕は、蘭花の怒りに支配された顔を思い出しながら、呟いた。
先ほどまで、自分のした事は正しい、故に後悔はしていないと考えていた。
だけど、自分の振りかざした『正義』とやらは、一体何のためのものだったのだろう。
調書の内容が、おかしかった。それを訂正したかった。
ただ、それだけ。
これって、本当に『正しいこと』なのだろうか?
意味もなく、現実を無視した環境保護を訴える団体のように、独りよがりの正義を貫いただけなのでは無かろうか。
第一、僕自身、あのときの背景がどうなっていて、一体何が問題なのか、何一つ理解出来ていなかったのだ。
木を見て森を見ず、まさにそれを地で行ってしまったのだ。
首を突っ込む以前の問題だ。
急に恥ずかしくなってくる。
僕が、自暴自棄のループに入っていると、突然携帯電話の着信音が鳴り響く。
慌てて表示を確認した僕の手が震え出し、心拍数がいきなり最高潮に達する。
『Eメール受信・部長』
思わず辺りを伺い、その後、震える指で携帯電話を操作する。
『用がある。出てきなさい』
出てこいって、まさか!
僕は姿勢を低くしたまま、そろそろと窓枠から視線を走らせる。
少しずつ身体を伸ばし、慎重に家の外をうかがう。
門灯が視界に現れたとき、手の震えが全身に伝染する。
こういう状況を上手く対処できる高校一年生が居たとすれば、それは、既にりっぱな大人と言うことであろう。
僕の家の門の前でこちらを睨んでいる、高山学園の制服を着た女子生徒。
蘭花であることは、改めて確認するまでもない。
高山学園の女子生徒で、僕の家の前で腕を組んで睨み付ける人物について、残念ながらそれ以外に心当たりはないからだ。
僕は、息を止めると、膝に顔を埋め身体を小さくする。
おちつけ! ばれてないばれてない。
自分に言い聞かせるが、震えが止まらない。
一体、何をしに来たのか。
まさか、銃殺?
その前に、何で僕の家の場所を知っている?
まあでも、学生名簿見れば分かるか。
……って、冷静に分析している場合じゃない!
窓を閉めたいが、今閉めたら確実にバレる!
今にも蘭花が塀を乗り越え、ベランダから進入してきそうな感覚に、身体の中がしびれたような感じになる。
そう、そうだ。僕は今日のことで疲れて早く寝ちゃったんだ。そうしよう。そうやって、明日謝ろう。
メールだから既読フラグも立たないし。
僕はきつく目を閉じ、蘭花が諦めて帰ることを強く天に向かって祈った。
直後、階下が騒がしくなる。
『まあ~、――ねぇ。ちょっと散らかってるけど、……恥ずかしい』
などという、母親の声が聞こえる。
来客のようだ。
しばらくの後、
『薫! ちょっと来なさい』
親父の声。
その声に、何となく僕の祈りが天に通じなかったことを悟る。




