(2)正義という名の……
そんな、他愛もないやりとりをしてから、約半日後の次の日、僕は校長室にいた。
「……以上のことに相違ないかね?」
目の前の中年のおっさんが、僕を意地悪く(そう見えるから仕方ない)睨み一息つくと、
「えーと、一ー進二、川上薫君」
と言った。『一ー進二』とは、『一年ー進学コース二組』ってことだ。
まあ、そんなことはどうでも良いか。
話さなきゃいけないことは、今、僕が、すべからくして窮地に陥っているって事だな。
僕の名を、フルネームで淡々と読み上げるおっさんは、この学校の教頭だ。
かつら疑惑が、生徒の間で持ちきりだ。
これも、どうでも良い情報だな。
教頭の後ろに、重厚な感じの黒い大きな木の机があり、その奥に白髪交じりの初老の男性が座っており、一部始終口を閉じたまま、こちらを見ている。
僕の記憶が正しければ、確か、校長だ。もっとも、ここは校長室なのだから、奥に座っているのは校長に決まっているが……。
因みに、今は三限の授業中のはずだ。
先ほど、二限の終了と同時に、担任が戸口から僕を呼んだ。
そして、『校長先生がお呼びだ』と言い、『川上~、お前何かしたのか? ……まあ、何かあっても、自分であれこれ考えず、まずは先生の所に相談に来いよ』と、ため息をついたのだ。
担任に呼ばれたときに、薄々は判っていた。
っで、校長室から出てくる蘭花の姿を見て、僕の予想はほぼ確定事項へと変化していった。
蘭花は僕を見つけるなり駆け寄ってきて、『いい? 聞かれないことは、喋らなくて良いの。取り調べの基本よ?』と、やや謎めいたことを小声で口走り、『とりあえず、いつもの所ねっ』と、僕の肩を軽く数回叩いた後、ポケットからイヤフォンを取り出すと、立ち去っていった。
それが、十分前。
僕は深呼吸し、校長と教頭を交互に見た。
やや、鼓動が早くなる。
当たり前だ。
こんな取り調べを、まさか高校一年で経験するなど、誰が予想できただろうか?
僕は、地元の進学校に通い、志望校を目指し、日夜真面目に勉学に励むはずだったのだ。
しかし、現実は、目の前の教頭が、事実を歪曲させた調書を読み上げ、それに同意しろ、と言っているのだ。
他の二人は、もう取り調べを受けたのだろうか?
教頭の言葉に「相違有りません」と答えたのだろうか?
そう答え、無罪放免で授業に戻っているのだろうか?
しかし、蘭花がさっき出てきたと言うことは、一年生では僕がトップバッターかも知れない。
僕の心中を見透かしている様子で、教頭が再び口を開く。
「君と一緒に活動していた一年生の二人は、皆同意したよ? だから、君だけが裏切り者になる訳じゃない。先生は、『本当のこと』を知りたいだけなんだよ」
ふん、なるほどね。
「もしかして、あの市ノ瀬君に、何か口止めされているのかね? それとも、脅かされているのかな?」
ここで、教頭の後ろで、校長が何かを言いかけたが、思い直したように口をつぐんだ。
もう、説明したくないが、この教頭は生徒指導を兼務しており、蘭花の宿敵、もとい、指導をしょっちゅう受けている先生だ。
蘭花は、教頭を完全にバカにしており、そこら辺も含め、ここいらでとっちめてやれという魂胆なのだろう。
「いえ、そういうことはありません。部長は、そういう人ではありませんから」
僕は初めて口を開く。
「じゃあ、問題ないだろう」
教頭は、僕を値踏みするように見ながら言った。
おとなしく同意すれば、お前の処分は考えてやっても良いぞ、と表情が物語っている。
……多分、『真実』を話せば、僕は懲戒処分を受けるんだろうな。
僕は考える。
「相違有りません」と言えば、僕は無罪放免の可能性が高い。何せ、調書の内容が、全て蘭花に罪が被るように造られているのだ。
この教頭が、僕をどうしようとしているのか分からない。後ろで終始無言の校長も、何を考えているのかさっぱりだ。
一つだけはっきりしていることは、僕の選択肢が二つあるという事だ。
真実を述べ、懲戒処分か、
自分に嘘をつき、無罪放免か。
僕は、心の中で苦笑する。
……答えなど、最初から決まっているし。
職人気質の親父から、少なくとも『そういう教育』は受けていない。
「概ね合っていると思いますが、一部、それも重要なポイントが事実と異なっています」
僕が再び口を開くと、校長は僅かに表情を動かし、教頭は口元をゆがめた。
「まず、確かに『銃殺よ』と言われはしましたが、実際にエアガンを突きつけられ、行動を強要されたわけではありません。ましてや、その調書にありますように、実際に威嚇射撃はされていません。まあ、私達は一年生ですから、先輩の言うことに逆らうことは難しいです。それを『強要』と言われるのであれば、そうなのかも知れませんが」
「し、しかし、実際にエアガンを発砲しているね」
教頭は、僕を睨み付ける。
何故か、やや余裕なさげな表情。
学校内での絶対的な権力の前で、まさか口答えする生徒など、想定になかったのだろう。
親父の言う通りだ。
「実力もなく、肩書きに人がついてくると思っている奴は、大体小さい人間だ。少し捻ってやると、すぐに弱さをさらけ出す」と、子守歌のように聞かされたものだ。
「はい、確かに。私の記憶が確かなら、二発。しかし、それは、生徒会がドアをこじ開け、部室に押し入るのを阻止するために、威嚇のため、ドアに向かって撃ったはずです。ドアにBB弾がめり込んでいますから、その位置からすぐに分かると思いますが。まあ、そうなること自体が、何やっているんだって事でしょうが……」
緊張で、足が僅かに震える。
まあ、調書にどんなことが書いてあったのか、このやりとりだけでも分かるだろう。
もちろん、僕達のしたことは、正しくないと思う。
その上で、敢えて言うが、僕は、どう考えても被害者だと思う。
だけど、それは、『事実』に基づいて処分を決められるべきであって、何者かの意図が入った『虚構』に基づくべきではない。
我ながら損な性格だ、と思う。
だけど、そういうことが我慢できないのだから、仕方がない。
「他にも、あと数点訂正がありますが、続けますか?」
鼓動が高鳴る中、僕は努めて冷静を装い、教頭を見上げた。
教頭の顔が、赤や青に変化するのがよく分かる。
自分のでっち上げた調書のシナリオが崩されて狼狽……、そんなところだろう。
「もういい! 君は、処分無しと考えていたが、どうやら違っていたようだ」
教頭は、校長の方を振り向く。
「校長。そういうことですから、仕方ないですね。少なくとも彼は、脅かされ、無理矢理従ったわけではないようです。彼も、共謀者として停学処分にすべきだと考えます」
覚悟はしていたものの、『停学』と言う言葉の響きに、一瞬意識が遠のく。
すんでの所で、何とか意識をつなぎ止める。
校長は、教頭を見、僕を見つめ、再び教頭を見た。
「短期でいいでしょう。まあ、君も、良い薬だと思って、処分は受けてください。君達の起こした騒ぎは、自由な部活動を推進している私達の好意を、少なからず踏みにじるものですからね。下手をすれば、部活動を規制、などという最悪の事態にもなりかねなかったと言うことです。自分達の小さな正義、そして、身勝手な行動が、大勢の人に迷惑をかける。その事をよく反省してください」
校長の言葉を黙って聞いていた教頭は、僕をもう一度睨み付けると、校長室の外へと向かう。
「では、彼の分の通知書を取ってきます」
校長は、教頭の背中を見ながら、
「ああ、教頭先生。何か、事実と違っているようだから、調書は書き直してくださいね。もし、虚偽の申し出をした生徒がいたとしたら、その処分も考えなくてはいけませんよ? あと、市ノ瀬君の処分は、長期から短期に変更しましょう。『後輩への脅迫を目的とした暴力行為』は、どうやら無かったようですから」
と言った。
その言葉から、何となくだが、校長は『真実』をお見通しだったのではないかと思った。
ともかく、結果的に、蘭花も正当な評価をされたわけだし、僕の行動は正しかったという事だ。
「……わかりました」
教頭は、それだけ言うと、カチャリとドアを開け出て行った。
校長は、ドアが閉まるのを確認すると、深々とため息をつく。
「全く、学校では大人しくしてろと言ってるのに、……困ったものですね。市ノ瀬君に伝えておいてください。『部屋に籠もっていないで、もっと身体を鍛えるべきじゃないのですか?』って」
「え?」
校長の突然の言葉に、僕は校長の顔をまじまじと見る。
意味不明。
校長は無表情でこちらを見ていたが、あっと気づき、付け加えた。
「いいですか? 今日帰ったら、彼女だけに伝えてくださいね。何せ、多感な時期ですから、あまり人に知られたくないでしょうし」
「……わかりました」
いや、さっぱり分かりませんけど。
校長は口の端を上げて僕を見ていたが、何を考えているのかは分からなかった。




