(3)え? 告白?
四限の終了を知らせるチャイムと同時に、教室内に喧騒が戻る。
「川上~、上行こうぜ。今日も見られるかもだし」
「上行こうぜ」とは、「屋上で飯食おうぜ」ってことだ。
言わなくっても分かるって?
「今日も見られる」とは、ここ一年ぐらい前から多くなった自衛隊機。この学校の上が航路になっているのか、多いときは一時間に一回は輸送機などの騒音が鳴り響く。
まあ、健全な高校生なら、航空機に興味を持つものだろ?
声の主は、席が前後だからという関係で、なんとなく喋るようになった木之本である。
残念ながら男だ。もし女の子だったら、さぞかし可愛い魔法少女だっただろうに……。
って、意味不明か。
ちなみに、この学校は、席順が男女関係無しに出席番号順だ。
理由は知らないが、まあ、利便性を考えた結果だろう。何人もの教師が、いちいち生徒の名前を覚えてられるか! ってことに違いない。
だから、木之本と川上で席が前後ってわけ。もし、木之本が女の子なら、僕の後ろは女の子だったと言うこと。
因みに僕の前は、河……、えっと、なんかそんな名前の女子だが、ぶっちゃけ覚えていない。
ってことは、可愛くないんだろうな、多分。
……ああ、また夏美とのことを思い出してしまった。
「そう言えば、この間、また地震あったよな」
女の子でない木之本の声に、思考を現実に戻す。
木之本と弁当を携え、二人で廊下を歩いているってところだ。
「あー。最近多いよな~。また速報も出てなかったし、この町は地盤が緩いのかな?」
そうそう、ここ一年ぐらい前から、結構な頻度で夜に地震が起きるのだ。
ただ、不思議なのは、テレビでも速報が出ることはなく、また、同じクラスでも「知らない」と言う人が居るぐらいだ。僕と木之本は、比較的学校の近くに住んでいるので、もしかしたらこの周辺の地理的な問題かも知れない。
大震災の前触れじゃなければいいが……。
「そう言えば、聞いたか? 昨日の事件」
「ん? 何が?」
再び思考を現実に戻し、曖昧な返事をする。
「川上っ、まさかっ! 昨日の事件のこと知らないのか?」
木之本が、大袈裟に驚く。
いや、昨日だろ? 心当たりは大いにある。現在は、御上からの沙汰待ちの身分なのだ。
だが、わざわざ自分の事を話題に出し、クラスで好奇心の的になるほど、僕はお人好しではない。
それに、木之本のこの聞き方は、少なくとも僕関連の話題じゃない。
「何かあったのか?」
僕が聞くと、木之本は周りを伺い、急に小声になった。
「あのさ、俺も、今朝職員室で先生達が話してたのを、たまたま聞いたんだけどさ、」
ここで、もう一度周りを伺い、更に声が小さくなる。
「三年生が、失踪したらしいぜ」
「え?」
僕は、木之本の顔をまじまじと見た。
全く予想外の情報。
失踪ではなく、逃亡した奴なら約二名知っているが、あいにく二年生だ。
「何でも、今回が初めてじゃないらしいんだけど……」
しかし、木之本が更に声を潜める脇で、僕は、新たなる興味の対象を見つけてしまった。
しかも、優先度は失踪事件よりかなり高い。
視線の先、廊下の端ぐらいで、蘭花が何処かの部屋に入って行ったのだ。
この学校は四階建てで、僕達一年生は二階。
っで、階段を挟んで半分が一般教室。半分が専門科目の教室。同じように三、四階も半分ずつになっている。
普通は校舎を二棟建てて分けるんじゃないのか?
と思うだろ? その通り、確かに二棟有るが、あちらは部活動棟だ。
まあ、私立の考えることはよく分からんって事で。
長い前置きだったが、つまり、蘭花が入っていったのは、専門科目の教室ってことだ。
「俺が考えるに、多分テストの……」
木之本の話に曖昧に頷きながら、思考を巡らせる。
確か、前を歩いていたのは男だ。しかも、裕樹じゃない!
蘭花は手ぶらだったから、『一緒にランチでも』って雰囲気でもない。
何か嫌な予感がする。
自分の言う嫌な予感が何なのか、はたまた何で『嫌な』なのか、上手く言葉に出来ないし、胃の辺りがチリチリするのが何でか分からない。
だけど、気になる。
何でか知らないが、すごく。
「なあ、川上~、聞いているか?」
木之本が僕の腕を掴み、僕はハッと我に返る。
「ん? ああ、まあ、成績とか、悩んでたんじゃないか?」
適当な返事。心は、もうあの部屋へ向かっている。
「だよな~。川上も、やっぱりそう思うか?」
木之本はうんうんと頷く。
あ、どうやら正解だったらしい。さすがは僕!
「ごめん、ちょっと、……忘れ物! 先に行ってて」
木之本の呆気に取られた顔を後目に、僕は元来た道を引き返す。
引き返すフリをして、渡り廊下のところで、身を潜め、様子を覗う。
誰のって?
木之本のだよ。
くそっ! 早く階段登れっ。
僕がイライラしている視線の先で、木之本は、しばらくこちらの方を見ていたが、軽く首を振り階段を登っていった。
「よしっ」
木之本が見えなくなるのを確認し、小さく呟くと、僕は逸る気持ちを抑えながら、蘭花が入って行った部屋へと急ぐ。
およそ五十歩でたどり着いた。
ドアが少し開いているから、多分ここだ。
『化学準備室』
……ふむ、やはりな
何が『やはり』なのか自分でも分からないが、とりあえず、息を殺して中の様子を覗う。
こちらに背を向けている男子生徒。
窓際に蘭花。こちらの方……と言っても、正確には相手の男性を見ている。
蘭花は僕のよく知っている好戦的な目ではなく……。
……なあ、こんなことして良いのか?
何か嫌らしくないか?
そう突っ込む、もう一人の自分。
その忠告を無視し、耳を傍だてる。
まさに、僕の背筋を何かが突き抜ける四十五秒前
中の話し声に神経を集中する僕の耳に、予想通りの言葉が入ってくる
「……たんだよね。僕と付き合うと、何かと君にとってもメリットだと思うんだ」
ほらきた! ピンポイントでクライマックスに立ち会う(覗き見る)羽目に!
あの蘭花だ。当然の展開。
はっきり言って、ベタすぎる。
しかし、僕は、ほぼ答えを予想していた。それを確認したかっただけかも知れない。
「ごめんね。……今はちょっと無理。あっ、水嶋君に魅力が無いわけじゃないよ?」
予想通りの応答をする蘭花。
水嶋っていうのか、あいつ。
まあ、先輩(だと思う)にその言い種はないな。僕は自分で突っ込み、苦笑する。
しっかし、もし相手が僕なら『変な物でも食べた?』ぐらい言って、笑い飛ばしただろうな。
いや、そもそもDMZ規則第何条かで、蘭花に告白したら銃殺とか書いてあるかも。
視線の先で、身を小さくし上目遣いに相手を見上げている蘭花を見ながら、僕は考える。
本当に、外面だけは清楚可憐な少女。僕にその一割でも良いから見せて欲しいものだ。
しかし、笑いをこらえる僕の耳に入ってきた次の蘭花の言葉は、看過出来なかった。
「もしかして、好きな人とかいるのかい?」
水嶋の言葉に、申し訳無さそうに頷くと、
「……まあ、そんなとこかな」
蘭花は、ぼそぼそと呟いた。
四十五秒。
僕の背筋を衝撃派が突き抜ける。
「てか、まだ気になり出したってだけだけどね~」
この言葉は、既に僕の耳には入っていなかった。
何で衝撃波が突き抜けるのか相変わらずさっぱりだが、蘭花の答えが意外だったのは確かだ。
しばし静寂の後、戸口に近づいてくる足音。
僕はすんでのところで我に返り、慌ててドアから離れ、廊下を逃げるように速足で立ち去る。
背中の後ろで、ガラガラと戸の開く音がする。
少し間があり、近づいてくる足音。
間隔が短い、つまり、早足。
……やばい!
この足音は、蘭花のはず。いつも部室での登場の前に聞いているから判る。
何となく鼓動が速くなり、焦りと後悔の入り混じった気持ちで、後ろを振り向かずに歩みを速める。
だから、その足音が真後ろに迫り、腕をむんずと掴まれた時は、飛び上がるかと思った。
掴んだ本人は、そのまま僕を追い越し、つまり、僕を引っ張るようにして進む。
少し小柄、セミロングの黒髪に、薄緑色のカッターシャツにグレーのスカート。
残念ながら、予想通り、蘭花だ。
スイートオレンジの香りを感じながら、気まずさが身体中を満たし、嫌な汗が出てくる。
蘭花は僕の腕を掴んだまま、無言でずんずん進んで行き、僕は、思うように動かない足をもつれさせながら、引きずられるようについていく。
処刑台に連れて行かれる囚人的な気分?
突然、蘭花は階段の脇を曲がった。引っ張られ、僕は思わずバランスを崩しそうになる。
そのままの勢いで、階段脇の倉庫の扉にドンと押し付けられると、僕の目の前に蘭花が立ちはだかった。
助けを求めて視線をさまよわせるが、同学年の生徒が二人、喋りながら前を通り過ぎ、残念ながら僕を救い出してくれそうな人影は見あたらない。
まさに、絶体絶命!
銃殺確定だ!
でも、もしかしたら、気付いてないかも……。
たまたま僕を見つけ、いじめようとしているだけかも知れない。
安易な希望にすがり、生き延びる方法を必死に模索している僕を見ていた蘭花は、
「正直に言ったら、許してあげる」
と、腰に手を当て、不敵な笑みを浮かべた。
ああ、希望虚しく確定フラグの様子。
……てか、さっきと全然別人なんですけど。
「な、何も聞いてないっすよ?」
最後のあがき。
しかし、その言葉に、蘭花は口元に笑みを浮かべたまま、半眼になる。
「『聞いてない』って何? まだ、何も言ってないけど~。有罪確定ね」
し、しまった! てか、怖いよ~。
「ぶ、部長。僕達は処分保留の身ですから、ここれ以上問題は……」
「だから~?」
内心、冷や汗が滝のように流れ落ちる僕。シンプルに『何立ち聞きしてたの? 嫌らしい!』とか怒鳴られた方が、一〇〇倍楽だ。
「す、すみません」
蘭花の無言の圧力に、僕は観念する。
「すみません、じゃ分かんないな~。大体、また部長って呼ぶし、重罪確定ねっ。……まあ、情状酌量を考慮してあげるから、何処から何処まで聞いていたのか正直に言いなさい」
半眼のまま、蘭花はだめ押しをした。




