(2)USBメモリー
注文を終え、一息つくと、裕樹と目が合った。
「あれ、無事だった?」
裕樹は、両手の指で四角形を作る。「あれ」とは言うまでもなくUSBメモリーのこと。
「あ~、えっと。その……」
第九条違反……。
僕は、口ごもる。
「だよね~。生徒会が見逃すわけ無いもんね~」
「あら、取られちゃったんだ? しょうがないなぁ~」
突然、声と共に蘭花が現れた。高山学園の制服に着替えている。
てっきり怒るかと思ったが、意外にも蘭花は「まあ、仕方ない」と、何度も頷いた。
僕は、蘭花に押されるように、長椅子の奥へと移動する。
ふわっとスイートオレンジの香りがした。
何となく気恥ずかしさを感じ、僕は蘭花と距離を取る。
顔を上げると、再び裕樹が僕を見ていた。
「薫君。中身見られた?」
「そうそう、それ! も~、あれは何だったんですか?」
僕は再び抗議の視線を蘭花と裕樹に向け、先ほどの生徒会室での危機を訴えた。
「ああ、そう。じゃあ、想定内……かな」
僕の魂の叫びを聞き流しながら、裕樹と蘭花はクスクスと笑った。
「何が『想定内』ですかっ! か弱い後輩を囮にしておいて! 僕の身に何かあったらどうしてくれるんですかっ!」
抗議すると、裕樹は、いたずらっぽく笑い、
「囮? そんな面倒なことしないよ。ほら、見てごらん?」
そう言いつつ、裕樹はノートPCを操作すると、画面上のアイコンをクリックした。
『偽装ソフト~蘭花ちゃん一号』と言うウインドウが開くのを確認すると、表計算ソフトのアイコンを選択する。
メッセージに対し、裕樹がキーボードを操作すると、画面に進捗バーが表示され、バーが進むごとに、アイコンが変化していく。
表計算ソフトのアイコンだった物が、風景の写真へと変わった。
裕樹がそのファイルを開くと、画像ビューワが起動し、白鳥の写真が表示された。
「分かった? 薫君」
蘭花が、僕の肩をぽんぽんと叩く。
いまいち状況が飲み込めない。
「つまりね、生徒会の奴らに万が一見られたときのために、普通に見たら、ただの風景の画像ファイルに見えるように、偽装させていたんだな~。あのメモリー、こんな写真ばかりだったでしょ?」
蘭花が、自分のことのように胸を張って説明する。
やっと理解できた!
「あのー、で、そこまでして隠さなくてはいけないのって、一体何のファイルなんでしょう?」
僕が聞くと、蘭花と裕樹は顔を見合わせた後、
「今度の期末テストの問題」
と、蘭花が、厳かに告げる。
その無機質な言葉が耳から頭に入ってきて、記号の羅列が『意味』として解釈されるのに若干の時間を要した。
「てっ、て、てテストの問題って! まままたですかっ!」
目の前が真っ暗になる。
やはり、DMZ同好会の実態とは、つまり……。
あれだけ物々しくがさ入れされたのも、これなら納得いく。
「……って言ってみるテスト。テストだけにねっ」
僕のその様子を楽しそうに見ていた蘭花が、言った。
「!」
……また騙された
後悔と羞恥心が駆け巡り、黙り込む僕。
「……まあ、なんだ。世の中には知らない方が良いって事も、いっぱいあるじゃん? つまり、そゆこと~」
笑いをこらえながら、裕樹が僕の方を向いて、変な声音で言った。
……そゆこと~って。
「はい、お待たせっ」
僕の前に湯気の上がったカップが、コトリと置かれた。
顔を上げる僕に、おばちゃんが小首をかしげ、笑みを浮かべる。
「ほら、薫君。そんな難しい顔しない。この世の中に、そんな顔しなきゃいけないような事柄なんて滅多にないんだから。でも、そういうときは、甘い物飲んで落ち着きなさい」
「……はい」
言われるがままに、カップを口に運ぶ。
美味しい……。
「蘭花ちゃんと裕樹君は、おかわりで良いかな~?」
その言葉に蘭花は頷き、しかし、裕樹は立ち上がった。
「あ、おばちゃん。僕はこれから、これなもんで……」
裕樹は小指を立てると、片目をつぶる。
「あら、そう! いいねぇ、若い人は~」
おばちゃんが大げさに反応し、そのままカウンターに戻っていく。
「じゃあ、蘭花。メモリーの件は、後日対策を練るって事で」
「うん。ありがとっ! じゃあ、また明日ねっ」
蘭花は鞄を担いで出口に向かう和人に、満面の笑みで手を振った。
「裕樹先輩、彼女いたんですね~」
関心する僕に、蘭花は醒めた視線をこちらに投げ、
「あったり前じゃん。健全な高校男児に彼女がいて当然よっ」
と言った。
「じゃあ、部長も彼氏がいるんですか?」
後で冷静に考えれば、よく発砲されなかったものだ。
蘭花は、一瞬黙った後、からからと笑い、
「えっと、んー、それは、極秘事項ねっ」
と答えた。
調子に乗った僕は、
「部長って、裕樹先輩とどんな関係なんですか? 結構仲良いですよね?」
と、いきなり核心に迫る。
蘭花は、少し考える仕草をし、
「まあ、……元カレ、元カノの関係かなぁ」
と、遠い目をして言う。
背筋を何かが突き抜ける感覚を得ながら、
「えっ? そ、そうなんですか?」
と目を見開く僕に、蘭花は悪戯っぽい笑みを浮かべ、
「……って言ったらどう思う?」
と言い、クスクスと笑った。
「!」
……遊ばれている。絶対に遊ばれている。
「ふふっ、薫君のそういうとこ好きだわ~」
笑みを浮かべたまま僕を見ていた蘭花が、口を開く。
「はいはい、ありがとうございます」
『んも~、褒めてるのに~』と言う蘭花の言葉を聞き流しながら、僕は、またしても、蘭花にやられたことを痛感していた。
結局、残りの二人は、現れなかった。




