↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
23/25

第23話 やさしいふたり

ゴルドの雑貨屋の看板が見えた。

扉を押すと、店の奥から、聞き覚えのある声が上がった。


「おお――!」


ゴルドが、帳場の向こうから身を乗り出していた。

目を丸くして、赤ら顔に、驚きと喜びが混じっている。


「生きてたか、ハヤト! この冬、どうしてたかと思ってたぞ! 

山ん中で凍えてるんじゃねえかって、マルタが心配してた」


ゴルドの視線が、カインに移った。


「こいつは――でかくなったな!」


秋に見た時とは、明らかに違っていた。

体が大きくなっている。顔つきも変わっている。

頬はふっくらと丸くなり、黒い目ははっきりと焦点を結んでいた。


ハヤトの胸元から顔を覗かせたカインは、ゴルドの顔をじっと見つめていた。


知らない顔だ。


ハヤトではない。

ハヤトよりも丸い。

声も違う。

太くて、がさがさした声。

カインは眉をひそめ、ハヤトの胸元をぎゅっと握り直した。


「あー……」


警戒ではなかった。

確かめているのだった。

この人は、誰だろう。

ハヤトの体は、強張っていない。

笑っている。

……なら、怖いものではないらしい。

カインは、それを感じ取る。

でも、知らない。

初めて見る。


ゴルドが帳場から出てきて、カインの顔を覗き込んだ。


「よう、坊主。冬を越したか。大したもんだ」


カインはゴルドの顔をじっと見て――それから、ハヤトの顔を見上げた。


この人は、だれ?


そう聞いているような目だった。

言葉にはならない。

でも、視線がハヤトとゴルドのあいだを行き来している。

ハヤトが平気な顔をしているのを確かめて、少しだけ体の力を抜いた。


ゴルドが豪快に笑った。


「親父の顔色を窺うたあ、利口な餓鬼だ。――で、今日は何がいる?」


店内には、秋と同じように雑多な品物が並んでいた。

保存食、道具類、蝋燭、薬草の束。

けれど、ハヤトが先に口にしたのは、食料のことではなかった。


「肌着がいる。この子の――冬に着せていたのが、もう小さい」


「そりゃそうだ、半年で倍になる歳だからな。マルタんとこに寄るか?」


「ああ。……それと、山羊乳の代わりになるものはないか。保存できるもので」


「乳か。山羊の乳が減ったか」


ゴルドは顎をさすって、棚の奥を覗き込んだ。


「こういうのはどうだ?」


出てきたのは、灰白色の、硬い塊だった。

掌より少し小さい。固く干してあって、叩けば音がしそうだった。


「乳を煮詰めて、固めて、干したもんだ。干し乳って呼んでる。

 削って湯で溶かせば、乳の代わりになる。

 日持ちもするぞ。赤ん坊の離乳食にも混ぜられる」


「……なるほど」


ハヤトは一つ手に取り、匂いを嗅いだ。

乳の甘い匂いが、微かに残っている。


「それを、いくつか。麦も、もう残りが少ない」


「麦なら、まだたっぷりある。あとは?」


紙とインク。それから――。

カインが触れて遊べるもの、と思ったところで、ハヤトの目は、無意識に店内を巡っていた。


かつては、毛皮と薬草を納めて、自分の紙とインクだけを買って帰った。

それが今は――全部、この腕の中の小さな命のためだった。


そのとき、カインが、「あっ」と声を上げた。


カインの手が伸びていたのは、棚の隅に吊り下げられた、小さな玩具だった。


木の軸に、薄い布の羽根が四枚ついている。それだけのものだった。

風を受けると、くるくる回る。

ただそれだけの、単純な風車。

赤と青に塗り分けられた羽根が、店の入口から吹き込む春先の風に、ゆるゆると回っていた。


カインの目が、釘付けになっていた。


回っている。

赤と青が混じって、ぐるぐる回っている。

木漏れ日のきらめきとも、舞う埃とも違う。

あれは、手を伸ばしても掴めなかった。

でも、これは消えない。

回り続けている。目の前で、ずっと。


「あっ――あっ、あっ!」


声が弾んでいた。

ハヤトの胸元から身を乗り出し、小さな手が風車に向かって懸命に伸びている。

指がぱくぱくと開閉する。

届かない。

もっと近く。もっと。


ゴルドが気づいた。


「おっ、目ざといな坊主。――ああ、そいつか。

 村の木工師が作った風車だ。

 子供向けの玩具でな、大したもんじゃねえ。

 風が吹けば回る、それだけだ」


ゴルドが棚から風車を取り外し、カインの前に持っていった。


羽根が、カインの顔のすぐ前で回った。


カインの目が、まん丸になった。


近い。

近くで見ると、赤と青がちゃんと分かれている。

一枚一枚の羽根が見える。

回るたびに、ふわりと小さな風が、カインの頬に当たった。


風。風が来る。

これが回ると、風が来る。


「――あ」


静かな声だった。

さっきまでの興奮とは違う。

見入っている。

羽根の回る動きを、黒い瞳が一心に追いかけている。

視線がぐるぐると円を描く。


それから――手を伸ばした。


今度は届いた。

小さな指が羽根に触れた。

回転が止まる。

赤い羽根が一枚、カインの指の下で静止した。


止まった。


カインは不思議そうに、自分の指を見た。

さっきまで回っていたのに。

自分が触ったら止まった。


指を離す。

風が吹く。

また回りはじめる。


「あっ!」


また触る。

止まる。


離す。回る。

触る。止まる。

離す。回る。


何度も、何度も繰り返した。


ゴルドが腹を抱えて笑った。


「はっはっは! 飽きねえな、こいつ!

 永久に遊んでられるぞ、こりゃ」


カインは笑っていた。

触ると止まる。

離すと回る。

自分の手で、世界が変わる。

それが面白くてたまらないという顔で、何度も何度も羽根を止めては離し、止めては離した。


「だぁ!」


ハヤトの顔を見上げた。

見て、見て、と言っている目だった。

すごいでしょう、と言っている目だった。

ハヤトの外套を掴んでいた手を離して、両手で風車の軸を握ろうとした。


ゴルドがハヤトに目を向けた。


「持ってくか? 銅貨二枚だ。

――いや、一枚でいい。冬越しの祝いだ」


風車を握りしめたカインは、もう離す気がなかった。

軸を両手で抱え込み、ハヤトの胸に引き寄せている。

自分のものだ、と全身で主張していた。

羽根がカインの鼻先でゆらゆら揺れ、そのたびにカインの目が追いかける。


「うー」


低い、真剣な声。

羽根をじっと見つめている。

風がなくなると止まる。

そこで、カインは風車に向かって「ふー」と息を吐いた。

ハヤトが寒い朝に、カインの手にしてやったのと同じように。


弱い、赤ん坊の息だった。

羽根は微かに揺れた。ほんの少しだけ。でも――動いた。


カインの顔が輝いた。


「あーっ!」


自分の息で動いた。

自分がやったら動いた。

指で触れば止まる。

息を吹けば回る。

全部、自分の力で。


ゴルドが感心したように腕を組んだ。


「利口だな、こいつ。息で回るって、もう分かったのか」


カインは聞いていなかった。

もう一度「ふー」と息を吐く。

羽根がくるり、と半回転する。

もう一度。くるり。もう一度。


カインの頬が膨らんで、真剣な顔で風車に息を送り続けていた。


ゴルドが帳場の奥から、麦の袋と、紙の束と、インク壺を出してきた。

ハヤトは、冬のあいだに仕上げた傷薬と、乾かした薬草を帳場に並べた。

ゴルドは目利きの目でそれを確かめ、代金は買い物と相殺した。

釣りは銅貨で戻ってきた。


「それから、こいつだ」


ゴルドがもう一度、奥へ引っ込んで、薄い本を一冊持ってきた。


絵が多い。文字は大きく、数が少ない。

子供向けの読み物だった。


「冬のあいだに、行商人が持ってきた。

……お前さん、秋に言ってただろう。何か入ったら、回してくれ、と」


ハヤトは、記憶を探った。

確かに、頼んだ覚えがある。

本が入ったら、取っておいてくれ、と。


「……覚えていてくれたのか」


子供向けか、と思う。だが、あの子に読んでやるものが、あってもいい。

頼んでおいた甲斐があった。

律儀な男だ、とハヤトは思った。


「商売だからな。こんなもん売れねえから、安くしとく」


ゴルドは、にやりと笑っただけで、それ以上は何も言わなかった。


カインは風車に夢中で、もうゴルドの顔も、店の中の品物も見ていなかった。

世界が、風車ひとつになっていた。

赤と青の羽根。回る。止まる。

風。息。自分の手。自分の息。


初めてのおもちゃだった。


あの赤い端切れは、マルタからもらった「もの」だった。

大切に握り、熱の夜も離さなかった。

でも、あれは「遊ぶもの」とは少し違った。

お守りに近かった。


風車は違う。これは、遊ぶものだ。

触って、回して、止めて、吹いて。

自分の手で何かを動かす、面白さ。

カインは、それを全身で味わっていた。


店を出る頃になっても、カインは風車を離さなかった。


ゴルドの店を出る時、ハヤトの荷物は秋の時よりも多かった。

干し乳の塊がいくつか。麦の袋。

紙の束とインク壺。

それから、薄い絵の本が一冊。


外に出ると、三月の風が吹き抜けた。

羽根が、くるくると勢いよく回った。

自分の息で回すのとは、段違いの速さだった。


「あーっ!」


驚きと歓喜の混じった声。

回ってる。

すごく回ってる。

目が追いつかないくらい回ってる。


赤と青が混じって、紫に見える。

カインは目を見開いたまま、風車を高く掲げた

――つもりだったが、赤ん坊の腕では、ハヤトの胸元くらいまでしか上がらなかった。


ユキが風車の羽根に鼻を近づけて、ふんふんと匂いを嗅いだ。

回る羽根が鼻先を掠めて、ユキが「くしゅん」とくしゃみをした。


「だぁ!」


カインが笑った。

ユキがくしゃみした。面白い。




マルタの仕立て屋は、通りから一本入った路地。

軒先に布の端切れが下がっている。

戸口の前に立つと、中から、布を裁つ鋏の音が聞こえた。


戸を開けると、布と糸と蜜蝋の匂いがした。


マルタは作業台に向かっていた。

厚い布地に針を刺している。

戸の音に顔を上げ――目が大きくなった。


「あら――!」


針を置いて、椅子から立ち上がった。

がっしりとした体つき。日に焼けた顔。働き者の手。

目元の笑い皺が、笑みで更に深くなった。


「ハヤト! まあ、無事だったんだね。冬のあいだずっと気になってたんだよ、

あの山の上で、赤ちゃんと二人きりで――」


マルタの目が、カインに移った。


言葉が途切れた。


「…………大きく、なったねえ」


声が震えていた。感慨だった。

初めて会った時、この子はまだ首も据わっていなかった。

ハヤトの腕の中でぐにゃりとして、自分で頭を支えることもできなかった。

それが今――首はしっかりと据わり、ハヤトの胸元から顔を出して、周囲を見回している。

手には風車を握り、黒い目が、まっすぐにマルタを見つめている。


「ああ、あんた……ちゃんと冬を越したんだね」


マルタがカインの前に屈んだ。

カインは、マルタの顔をじっと見つめた。

ゴルドの時と同じ反応だった。

知らない顔。

でも、ハヤトは笑っている。

だから、怖くない。


でも――何かが違った。


カインの鼻が、ひくひくと動いた。

布の匂い。

糸の匂い。

それから――何か、覚えのある匂い。


冬の前の日に、自分の体に触れた手の匂い。

柔らかくて、温かい手。

首の後ろを支えてくれた手。


カインの表情が、少し緩んだ。


「うー」


警戒でもなく、歓迎でもない。

ただ――知っている気がする、という顔だった。


マルタがそれを見て、目を細めた。


「覚えてるかい? 覚えてないだろうねえ、あの頃はまだふにゃふにゃだったもの。

――でも、体は覚えてるのかね」


マルタの手が、カインの頬にそっと触れた。

柔らかい手。肌荒れした、働く手。

カインはその手をじっと見つめ、それから風車を片手に持ち替えて、マルタの指を握った。


「あ」


マルタが息を呑んだ。


小さな手が、マルタの人差し指を握っている。

力は弱い。でも、しっかりと。離さないように。


「……この子は」


マルタの目が潤んだ。

鼻を啜り、空いた手で目元を拭った。


「ああ、もう。駄目だね、年を取ると涙もろくなって。

――元気に育ったじゃないか。ハヤト、あんたよくやったよ」


マルタは目を拭いながらも、カインの手を握り返していた。

それからハヤトに向き直り、いつもの仕立て屋の顔に戻った。


「それで? 今日は何がいるんだい。

――見なくても分かるよ、肌着だろう。

冬に作ったのは、もう小さいはずだ。この歳なら当たり前さ」


作業台の上を手早く片付けながら、マルタは棚から布地を引き出しはじめた。

春物の薄い綿。柔らかい麻。


「春向きの肌着を二枚と、動き回れる上着を一枚。

それから――この子、もうすぐ歩きはじめるかもしれないね。つかまり立ちは?」


「膝立ちは、する。つかまり立ちは、まだだな」


マルタがカインを見た。

カインは風車の羽根をつついていた。

マルタの問いかけなど、聞いていない。

赤い羽根が一枚、自分の指で動くのが面白い。


「足回りが動きやすいように作るよ。

膝が出るくらいでいい。転んでも破れない、丈夫な布でね。

――あと、靴。そろそろ要るよ。外を歩かせるなら」


靴。


カインの足は、これまで布で包んでいるだけだった。

外を歩かないのだから、靴は要らなかった。

でも――もうすぐ。もうすぐ、この足が地面を踏む日が来る。


マルタがカインの足を手に取り、大きさを確かめた。

カインは足を触られて、きゃっと笑い、足指をぱっと開いた。


「元気な足だこと。――柔らかい革で作ってあげる。

底は滑らないようにね。肌着は今日持って帰れるよ。

上着と靴は、二週間後においで。代金は、そのときまとめてでいい」


「分かった。二週間後に、また来る」


カインが風車を高く掲げて、マルタに見せた。

見て、と言うように。


「あー!」


マルタが微笑んだ。


「まあ、素敵なもの持ってるじゃないか。

――ゴルドのところで買ったのかい?

 あの人、ああ見えて子供に甘いんだよ」


風車の羽根が、仕立て屋の窓から入る春の風を受けて、くるくると回っていた。


マルタは、カインの腕の長さを測りはじめた。

紐を取り、カインの肩から手首へ沿わせる。


ハヤトは、その手元を見ながら言った。


「マルタ。……冬の初めに、この子が熱を出した」


マルタの手が、止まった。


「三日、下がらなかった。マルタが教えてくれたとおりにした。

……あの助言のおかげだ。熱が下がらなかった夜は――泣いてしまった」


カインの腕の長さを測っていた紐を持ったまま、マルタは、ハヤトの言葉を聞いていた。

顔を上げず、カインの手首に巻いた紐の目盛りを見つめたまま。


しばらく、何も言わなかった。


「……そう」


短い声だった。

紐を巻き取る手が、少しだけ遅くなった。


「あの時はね、正直、心配だったんだよ」


マルタは作業台の上に紐を置き、布地を広げながら話しはじめた。

声はいつもの調子だった。

穏やかで、少しだけおせっかいで、でも――今日は、どこか柔らかかった。


「エルフが人間の赤ん坊を育てるなんて、聞いたことがないだろう。

あたしだって初めてさ。あんたがこの子を連れて来た時、ゴルドと二人で話したんだよ。

大丈夫かねって。あの山の上で、一人で、冬を越せるのかねって」


鋏が布を裁つ音が、静かな店内に響いた。


「でもね――あんたの目を見て思ったんだ。

この人は本気だって。この子を育てる気なんだって。

だったら、あたしにできることはするしかないじゃないか」


カインが風車を、マルタの作業台に置いた。

羽根が窓からの風で、ゆるりと回る。

カインはそれを見ながら、マルタの布地の端を、指先でつまんでいた。

柔らかい。ハヤトの外套とは違う手触り。


「熱が出た時のこと――」


マルタが布を裁つ手を止めた。

その目が、一瞬だけ遠くなった。


「あたしの子もね、小さい頃に何度か熱を出したよ。

五人育てたけど、真ん中の子が一番弱くてね。

冬になるたびに寝込んで、何度も夜通し看病した。

――泣いたよ、あたしも。何度も。

下がらない熱を前にして、自分にできることが何もないって思った時が、一番怖かった」


マルタがカインを見た。

風車の羽根をつつきながら、「あー」と小さな声を出しているカインを。


「だからね、ハヤト。あんたが泣いたって聞いて――安心したんだよ」


意外な言葉だった。


「泣けるってことは、この子のことを本気で想ってるってことだろう。

血が繋がってるとか、同じ種族だとか、そんなことは関係ないんだ。

この子の熱が怖くて泣ける人は――ちゃんと親だよ」


マルタの声が、少し掠れた。

咳払いを一つして、鋏を持ち直した。


「あたしは大したことしてないよ。看病の仕方を伝えただけだ。

実際にあの子の傍にいたのはあんただろう。

三日三晩、あの山の上で、一人で。

――それができたのは、あんたの力さ」


裁った布をカインの体に当てて、大きさを確かめる。

肩幅。腕の長さ。胴回り。冬に測った時より、全部一回り大きくなっている。

マルタの手が、カインの背中をそっと撫でた。


「この子はね、いい顔してるよ。安心してる顔。――ちゃんと愛されてる子の顔さ」


カインがマルタの顔を見上げた。

何を言っているかは、分からない。

でも、この人の声は優しい。

ハヤトの声とは違う優しさ。

もっと丸くて、もっと温かくて、どこか懐かしい気がする。


カインが風車を、マルタに差し出した。


「あー」


見て。

これ、回るんだよ。

――そう言いたげな顔だった。


マルタが風車を受け取り、息を吹きかけた。

羽根がくるくると回る。

カインが目を輝かせた。


「あーっ!」


マルタが笑った。

皺の寄った、温かい笑顔だった。


「はいはい、すごいねえ。――ハヤト、この子は好奇心の塊だね。

何にでも手を伸ばすだろう」


マルタは風車をカインに返しながら、再び布を手に取った。


「この村の人たちは、子供に優しいな」


ハヤトが言うと、マルタは、手を止めずに頷いた。


「この村はね、小さい子が、そう多くないんだ。

だから、子供がいるってだけで、みんな嬉しいのさ。

育ててるのがエルフだろうが人間だろうが、関係ない。

――小さいのが元気にしてるだけで、村が明るくなるんだよ」


鋏の音が続く。

布が形を変えていく。小さな肌着の形に。


「だからあんたも、遠慮しないでいらっしゃい。

この子に会いたがる婆さんが何人かいるよ。

――ゴルドのとこのエルザなんか、秋からずっと言ってるんだ。

あのエルフの赤ちゃん、いつ来るのかねって」


マルタが目元の皺を深くして笑った。


「あんたたちはね、一人じゃないんだよ」


カインは風車を抱えたまま、ハヤトの胸に頬を寄せていた。

マルタの店は温かかった。

布の匂いと、糸の匂いと、この人の手の匂い。

知っている匂い。安心する匂い。


窓から春の風が吹き込んで、風車がくるくると回った。

赤と青の羽根が、仕立て屋の天井に、小さな影を踊らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。