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21/22

第21話 おとうさん

山に雪が降った。


十二月の後半から、山の上は白に覆われた。

最初は薄く、地面を化粧するように。

やがて本格的に積もりはじめ、一月に入る頃には、山小屋の周りに、膝丈ほどの雪が、静かに横たわっていた。


例年なら、もっと酷い。

ハヤトは、この山で何度も冬を越してきた。

腰まで埋まる大雪、三日三晩止まない吹雪、凍りついた窓を叩く風。

それに比べれば、今年の冬は、穏やかなほうだった。


だが、それでも、冬は冬だった。


朝起きて、まず、暖炉の火を確かめる。

夜のあいだに熾火になっていた火に薪をくべ、炎を戻す。

息が白い。山小屋の中でさえ、暖炉から離れた場所は冷えている。


カインのゆりかごは、暖炉の傍に置いてあった。

綿の肌着に、毛織の上着を重ねて着せ、毛布を二枚重ね、その上に外套を掛けて寝かせている。

それでも、朝方、カインの手足が冷たくなっていることがあった。

そのたびに、ハヤトは、カインの手を自分の手で包み、息を吹きかけて温めた。


カインは、それを面白がった。

ハヤトの温かい息が手のひらに当たると、指をぱっと開いて、「あー!」と声を上げる。

もう一回、と言うように、手を突き出す。


外に出るのが、億劫だった。


正直に言えば、そうだった。

雪を踏んで薪棚まで歩き、雪を払って薪を取り出し、キャロルの小屋の水を替え、ユキを外に出す。

一人のときは、どうということもなかった作業が、カインがいると、途端に複雑になる。

昼寝の短いあいだを除けば、カインを一人にはできない。

かといって、極寒の外に、長く連れ出すわけにもいかない。


短い外出でも、準備に時間がかかった。

カインに肌着を着せ、上着を着せ、外套を巻き、帽子を被せ、手に布を巻く。

抱き紐を結び直し、自分の防寒も整える。

ようやく外に出る頃には、もう疲れている。


それでも、出た。


日の光は、必要だった。


冬の日照は短い。朝は遅く明け、夕方は早く暮れる。

その僅かな時間の中で、太陽が雲の切れ間から顔を覗かせる瞬間がある。

その光を、カインに浴びせたかった。


マルタが言っていた。

赤子には日の光が要る。

骨が育つ。体が強くなる。

冬でも、晴れた日には、少しでも外に出してやりな、と。


だから、晴れた日は、三人で外に出た。


ハヤトがカインを胸に抱き、ユキが先を歩く。

雪を踏む音が、三種類、重なる。

ハヤトの革の長靴の、ざくざくという音。ユキの足が雪を蹴る、さくさくという音。

そして、カインが。


「あっ! あーっ!」


声を上げる。


カインにとって、雪は、霜以上の衝撃だった。


白い。どこを見ても白い。

地面も、木も、空気も、全部白い。

初雪のあと外に連れ出した日、カインは、目を見開いたまま、しばらく固まっていた。

それから、手を伸ばした。

白いものに、触りたい。

ハヤトの腕から身を乗り出すようにして、雪に手を伸ばす。


ハヤトがしゃがんで、カインの手を、雪に触れさせた。


小さな指先が、白い結晶に沈む。


「――っ!!」


声にならない悲鳴だった。

冷たい。

想像を超えた冷たさ。

カインは手を引っ込めて、ハヤトの胸に顔を埋めた。

それから、恐る恐る顔を上げて、自分の手を見た。

手が濡れている。白いものが消えている。指先が赤くなっている。


不思議そうな顔をして、もう一度、手を伸ばした。


今度は、ハヤトの手の上に、雪を乗せて見せた。

白い結晶が、ハヤトの手のひらの上で、ゆっくりと溶けていく。

カインは、それを食い入るように見つめた。

消える。白いものが消える。水になる。


「あ……あー」


理解はしていない。でも、観察している。

見て、触って、驚いて、また見る。

それが、カインの学び方だった。


ユキは、雪が好きだった。


白い毛並みが雪に紛れて、ときどき、どこにいるのか分からなくなる。

雪の中に鼻を突っこんで、何かの匂いを追い、突然飛び上がって、雪を巻き上げる。

その白い飛沫がカインの顔にかかると、カインは、目を瞑ってから、きゃっきゃと笑った。


散歩の距離は、短かった。

山小屋の周りを一周する程度。長くても、三十分。

それ以上は、カインの体が冷える。

鼻の頭が赤くなり、手が冷たくなりはじめたら、すぐに家に戻った。


それでも、外に出た日と、出なかった日では、カインの機嫌が違った。


外に出た日は、帰ってからよく眠り、よく乳を飲み、よく笑った。

雪が酷くて外に出なかった日は、ぐずることが多い。

ゆりかごの中で手足をばたつかせ、何かを訴えるように泣く。

外に出たい。あの白い世界を、もっと見たい。

ハヤトの腕の中から、もっと遠くを見たい。


『お前は本当に、好奇心の塊だな。』


途切れ途切れに続いている日記に、そう書かれた日があった。



――よく晴れた一月の終わりの昼だった。


雪は、前日の夜に降り止み、朝から太陽が出ていた。

冬の太陽は低い。木々のあいだを斜めに差しこむ光が、積もった雪を、まばゆく照らしている。


三人は、山小屋の前にいた。


ハヤトが雪かきをしている横で、カインは、外套にくるまれて、ハヤトの背中を見つめていた。

抱き紐を背中に回して、背に固定してある。

ハヤトが体を動かすたびに、カインの視界が揺れる。

それが楽しいらしく、「あー、あー」と声を上げている。


ユキが、雪の中から、何かを咥えて戻ってきた。

松ぼっくりだった。

雪に埋もれていたそれを掘り出して、得意げに、ハヤトの足もとに置いた。

尻尾を振っている。褒めてくれ、と言っている。


「見つけたか。よくやったな」


ハヤトが声をかけると、ユキの尻尾が、さらに速く振れた。


カインが、ハヤトの背中越しに、手を伸ばした。

松ぼっくりが見えたのだ。

ユキが咥えてきたそれは、茶色くて、丸くて、ごつごつしている。

カインの指先が、ぱくぱくと空を掴んだ。届かない。もっと、もっと近くで見たい。


ユキが気づいた。

背中のカインが、自分のほうに手を伸ばしていることに。

ユキは、松ぼっくりを咥えたまま、とことことハヤトの背後に回りこみ、カインの手の届く位置まで、鼻先を持ち上げた。


小さな指が、松ぼっくりに触れた。


「――あっ」


ざらざらしている。

冷たい。

雪の匂いがする。


カインは、松ぼっくりの鱗片を指先でなぞり、引っ張り、握ろうとした。

ユキが口を開いて、松ぼっくりを渡す。

カインの手に収まったそれは、小さな手には少し大きくて、けれど、必死に両手で抱えこんだ。


「だぁ!」


得意げな声だった。

宝物を見つけた声だった。


ハヤトは、雪かきの手を止めて、振り返った。


「よかったな。お前のものだ」


カインは、松ぼっくりを抱えたまま、ハヤトを見上げて、笑った。


雪かきが、一段落した。


ハヤトは、カインを背負ったまま、ユキを連れて、散歩に出た。

今日は、いつもより日が長く感じられた。雪は固く締まり、歩きやすい。

カインは、松ぼっくりを手放さなかった。


ユキが先を行く。

ハヤトは、その背を追って、雪を踏んだ。

何も考えていなかった。

空が高く、雪が眩しく、背中の温もりが、心地よかった。


気がつくと、足が止まっていた。


見覚えのある場所だった。


普段の散歩の道からは、外れている。

山小屋から、わざわざ足を向けなければ来ない場所だ。

今日は、来るつもりではなかった。

ただ、歩いているうちに、ここにいた。


木々がまばらになり、冬の光が足もとまで届く境目。

ひときわ太い古木が、雪の中に、黒々と立っている。

その根方。


カインが置かれていたのは、ちょうど、この辺りだった。


ハヤトは、以前は、ここへ来ていた。

最初は、目的があった。


八月の終わりの、あの朝から、数週間が過ぎた頃。

生活が、少しだけ落ち着きはじめた頃。

ハヤトは、カインを抱き紐で抱いたまま、この場所を見に来た。

誰か来ていないか。探しに来た人間はいないか。何か手がかりになるものは残っていないか。


草は、まだ青かった。

カインが置かれていた場所には、何の痕跡もなかった。

布の跡も、足跡も、何も。

雨が洗い流したのか、最初から何もなかったのか。

周囲の茂みを掻き分け、反対の斜面まで歩いた。人の気配はなかった。


十月にも来た。

紅葉が始まった森の入口は、八月とは違う色をしていた。

落ち葉が、あの場所を覆い隠していた。

誰も来ていない。

何も変わっていない。


十一月。

カインの病が治った直後、ようやく外に出られるようになった日に、また来た。

枯れ葉が、厚く積もっていた。


誰も来ていない。


十二月。

霜が降りた道を歩いた。誰も。


そうして、毎月、一度ずつ。

いつからだろう。

「確認」が、「習わし」になったのは。


もう、誰かが探しに来るとは、思っていなかった。

五か月近くが過ぎて、手がかりなど何一つ見つからなくて、


この場所に誰かの足跡が残っていたことは、一度もなくて。


カインを置いた人間が、あるいは、カインの親が、戻ってくる気配はない。

そのことを、ハヤトは、理解していた。


それでも、足が向いた。


何のために来ているのか、ハヤト自身にも、明確には言葉にできなかったかもしれない。

確認のためではもうない。期待しているわけでもない。

ただ、この場所に立つと、思い出す。


あの朝のことを。


八月の朝靄の中で、枯れかけた泣き声を聞いたこと。

湿った布の上の、信じられないほど小さな体。

赤く泣き腫らした顔。

ハヤトの腕に抱き上げられた瞬間、泣き止んで、黒い目で、じっとこちらを見つめたこと。


ここから始まった。

全部、ここから。

そして今日もハヤトは、この場所に立っていた。


一月の終わり。雪は膝下まで積もっている。

道は白く埋もれ、あのひときわ太い古木だけが、目印になっていた。

その根方の辺り。

今は、雪の下だ。何も見えない。何も残っていない。


背中で、カインが声を上げた。


「あー」


カインは、知らない。


自分がここに置かれていたことを。

ここがどういう場所なのかを。

ハヤトがなぜ、ときどきここに立ち止まるのかを。


カインにとって、この場所は、ただの雪道の途中でしかない。

大きな木があって、雪が積もっていて、風が少し冷たい場所。


「あっ、あっ」


カインが、手を伸ばしている。

木の枝から垂れ下がった氷柱が、冬の日差しを受けて光っていた。

きらきら。きれい。触りたい。

いつものように、小さな指が、空を掴んでいる。


ユキが、ハヤトの足もとに座り、静かに辺りの匂いを嗅いでいた。

何か獣の気配でもあったのか、耳をぴんと立てて、森の奥を見つめている。


雪の上には、三人分の足跡だけがあった。

他には、誰の痕跡もない。


五か月近くが過ぎた。

ここに来るたびに、それを確かめた。

誰も来ない。誰も探しに来た跡はない。


『…もういい。

 お前は、もう、俺の子だ。』


カインが、氷柱に届かないことに飽きて、ハヤトの背中に頬を押しつけた。

温かい。

安心する。

ここが、いちばんいい。


松ぼっくりを小さな手に抱えたまま、ハヤトの外套の襟を、もう片方の手で掴んでいる。


「んー」


眠くなってきたのか、声が小さくなっている。

瞼が重い。

まだ起きていたい。

きらきら光るものを、もっと見たい。

でも、眠い。ハヤトの背中が、あたたかい。


ユキが立ち上がり、ハヤトの前に回った。

行こう、と言うように、尻尾を一度振って、歩きはじめる。


それにつられて、ハヤトも、歩き出した。


雪の上に、新しい足跡が伸びていく。


あの場所には、また、三人分の足跡だけが残された。

やがて雪が降り、それも消える。

何度消えても、また新しい足跡がつく。

ハヤトの長靴の跡と、ユキの肉球の跡。

そして、その間に挟まれるように、背中の小さな命の重み。


それが、この場所に残る、唯一の痕跡だった。


もう、確認には来ない。

ここに来るのは、この子の生まれについて、考えるときだけだ。

ハヤトは、そう決めた。


冬の太陽が、三つの影を、雪の上に伸ばしていた。


いちばん大きな影。いちばん小さな影。そして、その横を歩く、四つ足の影。

冬の太陽は低く、影は長い。

三つの影は、雪原の上で繋がって、一つの形を作っていた。


カインは、背中の布の中で、松ぼっくりを両手に抱えたまま、眠りかけていた。

外の冷たい空気と、ハヤトの背中の温もりと、雪を踏む、ざくざくという一定のリズム。

それらが子守唄のように重なって、黒い瞳が、ゆっくりと閉じていく。

松ぼっくりを握る指の力が、少しずつ、緩んでいく。


ユキが、足もとを歩いている。

ときおり振り返って、背中のカインが寝ているのを確かめる。

大丈夫、まだいる。

まだ、ここにいる。

それを確かめてから、また前を向いて、雪を踏む。


静かだった。


風もなく、鳥の声もなく、ただ、雪を踏む音だけが、森に響いている。

木々は葉を落として、裸の枝を空に伸ばし、その隙間から、冬の陽光が降り注いでいる。


ハヤトは、足を止めた。


山小屋の前。雪かきをした道の途中。

振り返ると、三人分の足跡が、雪の上に刻まれている。

長靴の跡。肉球の跡。二つの軌跡が並んで、山小屋の戸口まで続いている。


背中で、カインの寝息が聞こえた。


小さな、温かい呼吸。

ハヤトの肩甲骨のあたりに、規則正しく当たる息。

生きている。ここにいる。

この背中にしがみついて、松ぼっくりを宝物みたいに握りしめて、眠っている。


ユキが、ハヤトの足もとに座った。

見上げている。どうしたの、と言うように、首を傾げている。


「……ありがとうな」


声が、出た。

低く、小さく、背中の寝息を起こさないように。


「俺を、お父さんにしてくれて」


ハヤトは、長い時を生きてきた。

一人で。この山で、この森で、この家で。

朝起きて、薪をくべて、食事を作って、本を読んで、眠る。その繰り返し。

誰かの名前を呼ぶことも、誰かに名前を呼ばれることもない、静かな日々。

それが当たり前だった。

それで十分だった。


少なくとも、そう思っていた。


カインが来るまでは。


今、ハヤトの一日は、誰かのために始まる。

朝起きて、最初にすることは、暖炉の火を確かめることではない。

ゆりかごを覗きこむことだ。


カインが息をしているか。

熱はないか。

寒くないか。

笑っているか。


それを確かめてから、一日が始まる。


誰かのために、乳を温める。

誰かのために、本を読む。

誰かのために、散歩に出る。

誰かのために、日記を書く。


全部、初めてのことだった。


長い長い年月の中で、一度もしたことがないことばかりだった。

おむつの替え方も知らなかった。乳の温度の確かめ方も知らなかった。

赤子の熱の看病の仕方も、冬着の選び方も、昔話の語り方も。

何一つ、知らなかった。


それを、この小さな命が、教えてくれた。


お前がいなければ、俺は、ずっと一人だった。

お前がいなければ、精霊に祈ることも、なかった。

お前がいなければ、ゴルドの店に行くことも、マルタに冬着を頼むことも、ユキを迎えることも、なかった。


お前が、俺を、お父さんにしてくれた。


お父さん。


その言葉を、ハヤトは、初めて、自分に向けて使った。

口にしてみると、思ったよりも、重かった。

重くて、そして、温かかった。


この子の父親として、何をすべきか。

これから、迷うたびに、そう問うことになるのだろう。

それは、きっと、この先の、いちばん確かな道しるべになる。


そして、同時に。


ハヤトの目が、熱くなった。


あの日のことを思い出す。

八月のあの日。森の古木の根方に、籐のバスケットに入れられて、置かれていた小さな体。

泣き声は、枯れかけていた。

あとどれくらい、放っておかれたら、声を出す力も残らなかっただろう。


誰が置いたのか。

なぜ置いたのか。


分からない。五か月近く経った今も、何も分からない。

カインの親が誰なのか。

どんな顔をしているのか。

どんな事情があったのか。

この黒い髪と黒い瞳を、誰から受け継いだのか。


でも、一つだけ、分かることがある。


この子を置いた人間は、この子を知らない。


この笑顔を知らない。

松ぼっくりを握りしめて、得意げに「だぁ!」と叫ぶ声を、聞いたことがない。

初めて雪に触れたときの、驚きと好奇心が混じった目を、見たことがない。

ハヤトの耳を引っ張って、けらけらと笑う顔を、知らない。

熱を出した夜に、赤い端切れを握りしめて、必死に耐えた、あの小さな拳を、知らない。


こんなに。


こんなに、可愛い子を。


涙が落ちた。


一滴。雪の上に落ちて、小さな穴を作った。


止まらなかった。

長い時を生きてきて、泣くことなど、忘れていた。

エルフは、感情が薄いと言われることがある。

そうではない。

感じないのではない。

感じる機会が、なかっただけだ。


一人でいれば、泣く理由がない。

笑う理由もない。

怒る理由もない。


でも、今は、理由がある。


どうして、こんなに可愛らしいものを、あんな場所に置かなければならなかったんだろう。


事情があったのかもしれない。

育てられない理由が、あったのかもしれない。

それでも。

森の入口の、獣も通る古木の根方に。

布一枚で。

名前もつけずに。


許せない、とは思わない。

怒っているのでもない。

ただ、悲しい。

この子の最初の記憶が、冷たい地面と、誰もいない森と、枯れかけた自分の泣き声だったかもしれないことが。


ユキが、ハヤトの手を舐めた。


冷たい鼻先と、温かい舌。

ユキは、涙の匂いが分かるのか、ハヤトの手を、何度も舐めた。

大丈夫、大丈夫、と言うように。


背中で、カインが身じろぎした。


「……んー」


寝言のような声。

松ぼっくりを抱えたまま、ハヤトの背中に頬を押しつけて、また眠りに落ちていく。

温かい。安全。ここにいれば大丈夫。

そのことを、体が知っている。


ハヤトは、袖で目を拭った。

冷たい空気が、濡れた頬にしみた。


『もう、あんな思いは、させない。

 キミの記憶は、ここから始まる。この山で。この家で。

 俺と、ユキと、キャロルと。

 お前が覚えている最初の景色が、温かいものであるように。』


雪が、ちらちらと降りはじめていた。


さっきまで晴れていた空の端から、薄い雲が流れてきて、細かな結晶が舞い落ちてくる。

ハヤトの肩に、ユキの背に、カインの帽子の上に、白い粒が、音もなく降り積もっていく。


背中のカインが、目を覚ました。


帽子の上に落ちた雪の冷たさに、小さく身じろぎして、顔を上げた。

ハヤトの肩越しに、白い空が見える。きらきら光るものが降ってくる。


「――あ」


小さな手が、空に伸びた。


松ぼっくりを片手に握ったまま、もう片方の手で、雪を掴もうとしている。

指先に結晶が触れて、溶けて、消える。

不思議そうに、手のひらを見つめて。

それから、ハヤトの背中に頬を戻し、安心したように、目を細めた。


ここが、自分の世界の、全てだった。


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