ゴールデン・ゲートへの帰還
激闘を終えた金星連合艦隊は、傷ついた船体を揺らしながら、母港であるゴールデン・ゲートへと帰還した。
ドックの巨大な観察窓越しに広がるのは、我々の故郷である金星だ。
総人口20億人。男女比は11:10とわずかに男性が多い。金星の環境は、地球に似ていると言えないこともない。地球の0.9倍の重力、2倍の大気圧。空気中の酸素濃度は15%で残りのほとんどは窒素だ。人間が十分呼吸できる(酸素濃度は低いが気圧が2倍高いため、地球の海面高度に換算すると実質的な酸素分圧は30%に相当する)。
公転周期は225日。対して自転周期は675日。自転がほとんど止まっているに等しいため、一度南中した太陽が再び同じ場所に来るまで337日もかかる。そのため、昼が167.5日、夜が167.5日続く。地球の時間軸に換算すれば、1金星年は225日、1金星日は337日である。つまり「1日が1.5年」ということになる。
地軸の傾きはほとんどない。そのため、太陽の見かけ上の移動速度は極めて遅い。赤道上でさえ、1日にわずか112キロ。時速にして4.7キロ——人間が歩くのと同じ速度である。高緯度に行けばさらに遅くなり、極地付近では太陽が常に地平線の上に留まり続ける。
そして、地表の四分の一を覆う「海」。その海は一箇所に留まることはない。昼と夜の境界線を追いかけるようにして、1年かけて金星をグルリと一周するのだ。
朝の雪解け水を主な水源として生まれた海は、昼の激しい太陽光で徐々に蒸発していき、夕方前には跡形もなく姿を消す。海から立ち上った水蒸気は雲となり、やがて雨となって再び大地へと還る。大半は夜の面で冷やされて激しい雪となって降り積もり、再び「朝」の雪解けの時を待つのだ。
地上は常に、夜の面から吹き荒れる冷たい強風に晒されている。人々は朝と夕の短い期間(それぞれ地球の65日ほど)だけ地上に出て活動し、残りの苛烈な昼と凍てつく夜(それぞれ地球の102日ほど)は、深く掘り抜かれた地下トンネル都市で過ごしていた。
また、この星の赤道には、金星をまるごと一周するリニアモーターカーの軌道が敷設されている。
そして、太陽の真下でラグランジェ1へと伸びる宇宙鉄道に接続していた。つまり——金星における「宇宙への接続口」は、太陽の移動に合わせて人間が歩くほどの速度で赤道上を移動し続けているのだ。
その金星地表から太陽方向へ100万キロ——太陽と金星の重力が拮抗する宇宙空間ラグランジェ1のゴールデン・ゲートは、地球との星間貿易における唯一の拠点であり、宇宙艦隊の母港であり、巨大な建造・修理ドックであり、兵士や船員たちの生活の場でもあった。
そのゴールデン・ゲートにおいて、最も重要かつ巨大なインフラが「リニアターミナル」である。
金星地表とラグランジェ1の間の100万キロを、実に70日かけて結ぶ超長距離リニアモーターカー。最高時速600キロを超えるこの線路は、最大50両編成の貨客列車を常時運用させていた。
貨物仕様であれば1両あたり20トン、1編成で実に1000トンもの物資をラグランジェ1へ運び上げる。
一方、客車として運行する場合、1両あたり6部屋の個室を備えた客車が30両。そこへ食堂車、シャワー室、娯楽室、各種資材倉庫など20両が連結され、一度に180人の乗客を輸送することができた。
客室はすべて個室で、広さは2.5メートル×1.8メートル×1.8メートル。決して広くはないが、通信設備が完備され、提供される食事も上質だ。しかし、一度乗車すれば70日間、宇宙の闇の中を一度も停車することなく走り続ける。精神的・肉体的な乗客の負担は小さくなかった。
その長い軌道の終着点であるゴールデン・ゲートは、長年の増改築を経て、今や質量200万トンに及ぶ巨大人工天体へと拡張されている。
そこでは5万人もの人々が、金星の空と未来を守るために生活していた。
いま、激戦を生き延びた<ムサシ>の巨大な船体が、ターミナルのドックへと静かに引き込まれていく。




