反省会
金星ラグランジェ1に鎮座する巨大人工構造物——通称「ゴールデンゲート」。全長1キロメートルに及ぶ複雑かつ強固なトラス構造で構築されたこの宇宙都市は、質量実に200万トンを超える。金星地表とを結ぶ全長100万キロメートルのリニアモーターカーの最終駅であり、宇宙港であり、金星連合艦隊の本拠地。さらには軍民双方の宇宙船を建造・修理するドックや膨大な物資を蓄える物流倉庫を備えた、まさに金星の心臓部であった。
この施設の全エネルギーを支えるのは、宙空に広がる300万平方メートルの太陽光パネルと、そこから生み出される4ギガワットの膨大な電力である。ゴールデンゲートでは、軍人とその家族、そして民間人を合わせて約5万人もの人々が生活を営んでいた。
地球艦隊との凄惨な砲戦を生き延び、帰還した金星連合艦隊を待っていたのは、要塞全体を揺らすほどの盛大な歓呼の声だった。戦闘を終えた兵士たちは、ボロボロに傷ついた艦を工廠の管理者に引き渡すと、安堵の表情で長期休暇へと入っていく。来週からは金星地表行きのリニアモーターカーが臨時運行を開始する予定だ。ゴールデンゲート内の住居で待つ家族の元へ戻る者も多い。だが、艦隊幹部たちに休む暇はなかった。休暇の前に、あの死闘を検証するための報告書の作成が待っていたからだ。
宇宙戦艦<ナガト>の大西副艦長も、提出資料の作成に追われる一人だった。
「ふぅ……ひとまず、ここまでか」
大西は報告書の作成に区切りをつけると、疲労困憊の身体を引きずるようにして食堂へと向かった。食堂の奥に、先客の姿があった。作戦参謀のヒッパーと、<ムサシ>のアントニオ艦長だ。
大西は受け取りカウンターで、好物のペンギンシチューとアスパラガスのソテー、パン、無重力サラダを受け取ると、二人の座るテーブルへと向かった。
テーブルに着いた3人の出身国は異なる。
長きにわたり血みどろの争いを続けていた「日の国」「独の国」「伊の国」——金星の主要3カ国。この3国が互いに銃を置き、停戦を受け入れたのは、地球が間に入り中立の仲介者を務めたからだった。
そして、彼女らはラグランジェ1と地上を結ぶリニアモーターカーの謎を解明し、宇宙への扉を開いてくれた。地下で活動を止めていた古代文明のメンテナンス方法を教えてくれたのも彼女達だった。
そう、200年前、金星人は、美しく、親切で、高度文明の持ち主である地球人女性達を熱狂的に迎えたのだ。
そして、100年前、地球人は裏切った。奇襲でラグランジェ1とリニアモーターカーを占領し、地上から5万人の男を連れ去ったのだ。
この状況に対して、金星3カ国は同盟を結び、50年かけて金星から地球人を追い返した。そして、戦いの舞台を宇宙に移し、数十年がかりでゴールデンゲートと宇宙艦隊を作り上げて今に至る。
席についた大西へ、ヒッパー参謀が静かに声をかける。
「お疲れ様、大西。腹ごしらえしたら反省会だ。時間あるだろ」
食事を終えて、端末に先の戦闘経過を呼びだす。
①初期配置
②本体同士の砲戦開始時
③宙攻隊攻撃時
④地球別動隊1の戦闘参加時
⑤、⑥離脱
各隊の動き
金星主力:地球主力と②で砲撃戦開始、③で砲撃戦終了。宙攻隊、別動隊が側面攻撃を出来る状況を作るため地球艦隊主力を止めた。
金星別動隊:地球主力へ側面攻撃を行うため待ち伏せしていたが、地球別動隊2に発見され、側面攻撃を断念。別動隊2を引き離すため反転する。
金星宙攻隊:地球主力が艦隊砲撃戦を行っている最中に攻撃を行い艦隊主力を支援する。
地球主力:優勢な火力で金星主力と正面から殴り合う。別動隊の側面攻撃と包囲殲滅も考慮。
地球別動隊1:主力の戦闘中の側面攻撃を意図していたが、主力が宙攻隊の攻撃でダメージを受けたため、救援を優先して浅い角度で突入した。主力の危機を救ったが交戦時間が短かったため十分な戦果を得られなかった。
地球別動隊2:金星の伏兵が旧式2隻と判明したため別動隊を2分。迂回中に金星別動隊を発見したため、別動隊の排除に向かった。
ヒッパー参謀が大西に尋ねる。
「<ナガト>の被害はどうだった?」
「最後の直撃で推進剤タンクが破損しました。フレーム込みで丸ごと交換の必要があります。あとは、かすり傷が7箇所ですね」
「横から叩かれたからな。実際の被弾角度は何度だった?」
「30度です。まあ、撃ち込まれた身としては、ほぼ正面から喰らった感覚でしたけれど」
アントニオ艦長が苦笑交じりに呟いた。
「サイン30は0.5。つまり、真横の半分の熱量を受けたことになる。三角関数というのは実に残酷だな」
「<ムサシ>はどうでしたか。敵の新型2隻を相手に壮絶な殴り合いを演じて、見事に敵旗艦を脱落させましたよね」
大西の言葉に、アントニオは力なく首を振った。
「戦果だけ見ればな。だが実質は中破相当の惨状だよ。スラスターと副砲が一つずつ蒸発。推進剤タンクは二つ損失だ。……敵の新型は高周波数にシフトしている。地球側は41センチレーザーで500テラヘルツクラスを実装してきた。理論上の装甲貫通率は1.1倍だが、現場での体感被害はもっと高い。我が艦は敵2隻から30発の命中を受け、貫通が4発。貫通率は13.3%だ」
「<ムサシ>の主砲貫通率は20%と聞いていましたが、実際は?」
「ああ、その数値で合っている。……<ナガト>は苦戦したようだな」
「お恥ずかしい限りです。<ナガト>は敵新型に大したダメージを与えられませんでした。7発も叩き込んだというのに」
大西が肩を落とすと、ヒッパー参謀が静かに数値を整理し始めた。「<ムサシ>と<フリードリヒ>は、敵の新型を1隻ずつ行動不能に追い込んだが、引き換えにどちらも中大破。敵2隻を相手にしたとはいえ、代償が大きすぎる。<ナガト>や<ビスマルク>も、ゾディアックと正面の砲戦では決定打を出せなかった」
「残りは<コンゴウ>が<ダイモス>を撃破しましたが、止めを刺したのは九六式宙攻のワイヤー爆雷ですからね。正直、36センチ砲では通用していません。ゾディアック級相手でまともな損害を出せたのは、ムサシ級と宙攻の奇襲が成功した分だけです」
アントニオ艦長が重々しく頷く。
「地球艦隊は撤退してくれたが……あの撤退の瞬間、敵にはまだ小破以下の健全な戦艦が10隻も残っていた。対して、こちらの小破以下は<ビスマルク>と<フソウ>、それに<コンゴウ>級の3隻のみ。正面から撃ち合って無傷で済んだ艦など、1隻もいないのだよ」
「宙攻隊の二度目の連続攻撃を恐れて敵が引いてくれなければ……負けていたのは、間違いなくこちらでした」
大西の言葉に、テーブルに重苦しい静寂が落ちる。歓喜に沸くゴールデンゲートの歓声が、遠く防音壁を隔てて微かに響いていた。
「……勝利に酔いしれている国民に、この『紙一重の敗北寸前だった』という現実をどう説明すべきか。それが一番の悩みどころだな」
ヒッパー参謀はたコーヒーカのストローに口を付け、苦い顔で呟いた。




