捕虜
長い夢を見ていた。
前世の自分の、七十年分の記憶。
だが、自分が乗っていた宇宙攻撃機が被弾した後の記憶がない。
——そうだ。自分は金星艦隊の宇宙攻撃機パイロット、マリオ・武田のはずだ。
ぼんやりとした意識の中で、頭が割れるように痛んだ。口元のマスクから冷たい空気が流れ込んでいるのに気づく。次に聞こえてきたのは、一定の間隔で繰り返される電子音だった。腕には点滴が繋がれている。
三十代くらいに見える、整った顔立ちの女が端末を操作していた。黒い髪。日本人に見えた。
「……ここは……?」
彼女はこちらを確認すると、すぐに近づいてきた。
「酸素マスクは外しても大丈夫ですよ。もし息苦しければ、再度使用してください。体を起こしますね」
静かな声だった。マリオはマスクを外され、上体を起こされる。視界が少しずつ安定する。
「ここは、地球連邦宇宙艦隊所属、宇宙戦艦〈サジタリアス〉です」
「……地球艦隊?」
反射的に周囲を見回した。居室だった。宇宙船にしては広い。ベッドはセミダブルサイズ。壁と一体化した情報端末とテーブル。引き出し式の椅子が二つ。小さな冷蔵庫。それだけだった。
そして、自分が着ている服。
金星宇宙軍のパイロットスーツではない。入院患者用の簡素なパジャマだった。
マリオは女を睨んだ。
「私は金星宇宙軍のパイロット、マリオ武田大尉だ」
女は不思議そうな顔をした。マリオは繰り返した。
「私はマリオ武田大尉。金星連合艦隊所属。九六式宙攻のパイロットだ。捕虜としての待遇を要求する」
女は少し困ったような表情を浮かべた。
「藤堂隼人様」
「……誰だ、それは」
「貴方のことです。藤堂隼人様」
「私はマリオ武田だ」
「先の戦闘で宇宙戦艦〈カプリコン〉が被弾した際に、あなたは重度の低酸素状態とショック状態にありました。意識を失っていた時間も長い。記憶に混乱が生じている可能性があります」
「……記憶障害だと言いたいのか?」
「可能性の一つです」
「私は自分が誰なのか知っている」
「あなたは藤堂隼人様です。間違いございません」
「そんな馬鹿な。私は金星人だ」
「申し遅れました。私は九条院志野と申します。あなたのお世話を担当いたします」
「……世話? 捕虜の世話か」
「いいえ、貴重な男性の専属担当者です」
マリオは、その言葉に背筋が冷たくなるのを感じた。
そもそも金星と地球の戦争が何のために始まったのか。
男だ。
地球には男が少ない。
そして地球人は、金星にいる男を欲しがっている。
百年前、彼女らは金星の赤道一帯を奇襲占領し、そこにいた男たちを連れ去った。それを金星人は忘れていない。
「……私を地球へ連れていくつもりか」
「貴方は地球人です。最初から、名門藤堂家の貴重な男性です」
嫌な予感がした。
自分は敵艦の中にいる。そして、地球人は自分を「藤堂隼人」と呼んでいる。
頭痛がひどくなる。夢で見た藤堂直樹の記憶が、再び蘇ってくる。
「……藤堂……直樹?」
マリオは額を押さえた。
志野が心配そうに近づいてくる。
「ご先祖様のお名前を出されましたが、記憶が戻られましたか?」
「触るな」
思わず声を荒らげた。
マリオ武田。それが自分だ。金星で生まれ、金星で育った。宇宙軍へ入り、九六式宙攻のパイロットになった。それは間違いない。
なのに——。
藤堂直樹という男の人生も、自分は知っている。七十年分の記憶。三千人を超える子供。
マリオは口を閉じた。
これを話していいはずがない。地球人に知られれば、何をされるか分からない。
「私を返す気はないな」
「藤堂隼人様は元々、地球人です」
前世の記憶が蘇ったことで、むしろ確信した。
女たちの本質は変わっていない。男を取り込み、囲う。逃げられないようにする。
男女比一対五千。男が極端に不足した世界。
そんな社会で男を手に入れたら、国家が放っておくはずがない。
「……そういうことか」
「何かお分かりになりましたか?」
「いや、何も」
そして、一番気になっていることを聞いた。
「戦闘はどうなった?」
「双方とも大きな損害を出しました。こちらの損害も無視できませんが、当面の間、金星が地球に侵攻することはできなくなりました」
頭の奥に浮かぶ、もう一人の男。
藤堂直樹。
——お前は誰だ?
前作の藤堂直樹の記憶を持っています。詳しくはこちら。
https://syosetu.com/usernoveldatamanage/updateinput/ncode/3099951/noveldataid/29278088/




