艦内生活
「隼人様、食堂の用意が出来ました。お食事に行かれては如何でしょうか?」
志野さんに食事を勧められ、俺(自認はマリオ、藤堂隼人への変更を強要されている)は部屋を出ることにした。この艦内では、生活区画の食堂以外の場所ではチューブ入り携帯食しか口にできないルールになっている。
重力発生区画から一歩、無重力の廊下へと踏み出す。
あらためて感心したのは、地球軍の装備の質の高さだった。金星の無重力ブーツは、かかとに仕込まれた永久磁石を剥がすため「かかとを少し浮かせてから足全体を前に出す」という独特なペンギン歩行を強いられる。だが、いま履いている地球製のブーツは、足の位置と筋肉の微少な動きをセンサーで感知し、電磁石の磁力をリアルタイムで自動制御してくれるのだ。おかげで地上とまったく変わらない自然な足取りで廊下を歩くことができる。やはり技術力が高い。
到着した食堂は無重力空間だった。
調理といっても電子レンジで温めるだけのシステムなのだが、メニューのバリエーションが異常なまでに豊富だった。スパゲティだけで20種類、ラーメン15種類、カレー、ピザ、お好み焼き、おにぎり、ハンバーガーが各10種類以上、弁当が40種類。デザートに至っては100種類を超えている。そこらのファミレスが裸足で逃げ出すラインナップだ。
「出港時に個人で予約メニュー以外は、基本早い者勝ちとなっております。航海の終盤になると残りもの中心になります」と志野さんに説明された、液晶モニターに手を触れると端に【個人用予約メニュー】のタブが点滅した。
画面を開いて、思わず目眩がした。
うな丼
牡蠣フライ
スッポンスープ
ニンニクラーメン
レバニラ炒め
白子のソテー
……あまりにも目的が分かりやすすぎて、泣きそうになった。
俺は引きつった顔を戻し、専用メニューの中から『ラーメン・チャーハンセット(ニンニクマシマシ仕様)』をタッチした。
運ばれてきたラーメンの麺は、汁跳ねを防ぐため10センチほどに短くカットされていた。スープには強いとろみがつけられており、無重力空間でもスープが球体となって空間へ飛び散らない工夫がされている。啜るのではなく、たっぷり麺にまとわりついた汁ごと1口ずつ口に入れていく。
ガツンと強いニンニクのパンチが口いっぱいに広がった。うまい。
チャーハンは、たこ焼きサイズの球状で、焼きおにぎりのように表面を固めていた。口に含むと、表面はパリッと香ばしく焦げているのに、中はパラパラと一気に崩れる。これもまたニンニクがガッツリ効いていた。
「食堂専用の強力な空調システムが、細かい食べカスや浮遊した汁の粒子を常時回収してるから、気楽に食べて頂いて大丈夫です」
志野さんに聞いて、夢中で平らげた。食後のデザートにはゴマ団子を選んだ。マカゼリーを勧められたが、全力で辞退した。
自室に戻り、与えられた端末で小一時間ほどこの世界の歴史を調べ直した。
そこで俺は驚愕の事実に突き当たることになる。
俺の前世である「藤堂直樹」は、今から2000年近く昔の人物であり、かつて地球に存在した主要国家の一つ『弥馬台国』において、教科書に必ず載るレベルの伝説的歴史人物として記録されていたのだ。
そして、今の俺——マリオこと「藤堂隼人」という設定上の身分は、その英雄・藤堂直樹の直系の子孫ということになっていた。だからこそ、この艦隊でも特別な扱いを受けているらしい。
「……まさか、前世の自分が教科書に載っているとはな」
端末を閉じ、壁の固定クッションに身体を預けて溜息をつく。
すると、ドアのインターホンが静かに鳴り響いた。
この艦隊の総大将——シーマ提督が、間もなくこの部屋を訪れるという連絡が入る。
2000年後の男女比崩壊世界で、英雄の子孫(中身は本人)として生きる俺の目の前に、敵艦隊を統べる女提督が姿を現そうとしていた。




