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共有のプレイルーム

自室のドアが滑らかにスライドし、一人の女性が姿を現した。


肩章に飾られた金糸の刺繍、隙のない軍服の着こなし、そして全身から漂う圧倒的な威厳。地球艦隊の総大将、シーマ提督だった。


「この艦隊を預かるシーマと申します。藤堂隼人様、お加減はいかがですか?」


穏やかな、しかし拒絶を許さない響きを持つ声だった。俺は壁の固定クッションから体を起こし、まっすぐに彼女の視線を見返す。


「閣下、わざわざ有難うございます。ですが……私は金星軍パイロットのマリオ・武田です」


「隼人様は、金星人の前世の記憶を持っておられる。そのため、我々の『金星男性保護作戦』に志願されたのですよ」


シーマ提督はうっすらと笑みを浮かべたまま、当然のように嘘を吐いた。俺は小さく首を振る。


「嘘です。……この部屋は与圧されていますね。私が本当に地球人なら、与圧など必要ないはずだ。食堂で気づきました」


「食堂は食べカスや水分が外へ飛散しないよう、意図的に減圧していますからね」


「ですが、ここへ至る通路も減圧されていました。地球人だけの艦内なら、通路まで減圧する明確な理由がありません」


シーマ提督の動きが止まった。次の瞬間、彼女は「パンパン」と小さく手を叩いた。


「見事な観察眼だね。確かに貴方は金星人さ」


提督の瞳の奥から、先ほどまでの白々しい演技が消え、冷徹な指揮官の光が宿る。


「だがね、藤堂隼人の記憶——その断片くらいはあるのだろう? 予定では『金星人の前世の記憶を持つ地球人』という筋書きになるはずだった。……まあ、君の意識が完全に金星人だったとしても、もはや君には『藤堂隼人』として生きていく以外の道はないよ。それに、藤堂家といえば地球でも指折りの名門だ。君にとっても決して悪い身分ではないだろう?」


「……金星人のままでは都合が悪いのですか? 敵国の捕虜と交わるのが嫌だとか」


「まさか。誤解しないでほしいね」


シーマ提督は呆れたように肩をすくめてみせた。


「私たちは金星の男を心から愛しているよ。命がけで求愛しているんだ。粗末に扱うわけがないだろう」


「ですが、昨日まで殺し合っていた。この戦いでも、何十人もの地球人が死んでいます」


「男を奪いに来たんだ。返り討ちにあって殺されたとしても文句は言えないよ。そこは全員、納得ずくでこの艦に乗っている」


悪びれもせずと言ってのける提督に、俺は思わず眉をひそめた。


「昨日まで殺し合っていた者同士で肌を重ねるなんて、おかしいでしょう」


「我々は気にしないね。協力してくれるなら丁重に扱う。拒否するなら……また別のやり方をとるだけだ。素直に受け入れた方が賢明だと思うがね」


『別のやり方』——その言葉の裏にある冷ややかな脅迫を感じ取り、俺は前世の記憶の引き出しを片端から引っ張り出した。


男女比が狂った世界での生活。支配者階級たる女たちの思考回路。男に対する異常なまでの執着と過保護さ。その裏に潜む、どこまでも合理的な非情さ。一般女性たちの切実な男への憧れ、そして——反抗的な男が辿る惨めな結末。


(熱くなるな。頭を冷やせ)


俺は大きく息を吸い込み、目を瞑って思考を巡らせた。

シーマ提督は、俺が心底から地球に服従するなどとは端から思っていないし、そんな忠誠も求めていない。彼女が求めているのは「従う態度」と、「藤堂隼人として大人しく振る舞うこと」ただそれだけだ。


余計な自尊心で反抗すれば、身動きの取れない薬付けにされるか、より悲惨な扱いを受けるだけだ。ここは流されるのが一番得策だ。


まぶたを開け、俺はまっすぐにシーマ提督を見た。


「……わかりました。私は藤堂隼人です」


「ふふ、理解が早くて助かるよ」


シーマ提督は満足そうに微笑んだ。


「明日から少し薬を飲んでもらうよ。主に造血剤とかね。およそ180日かけて、君たちにとって空気の薄い地球環境に適応できるよう、身体を作り変えていく。……ほかに何か言いたいことはあるかい?」


「……破格の待遇だと思います」


俺は素直な疑問を口にした。


「この貴重な重力発生スペースに個室を与えてもらえるなんて。金星の船で重力がある場所といえば、医務室と、全員で共有するプレイルーム(遊戯室)くらいでしたから。他のクルーの方々に悪い気がします」


すると、シーマ提督は堪えきれないといったように「くすっ」と喉を鳴らして笑った。


「ああ、その心配は無用だよ」


彼女はドアノブに手をかけ、去り際に振り返って極上の笑みを向けた。


「この部屋はね——今でも共有のプレイルーム(ヤリ部屋)なんだから」

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