ラグランジェ1沖会戦①
接近開始から36分。
両艦隊の距離は2500キロをわずかに切っていた。
金星艦隊は推進方向から25度、艦首を敵に向けて振り、対する地球艦隊は15度ずらして正面を合わせてきた。
戦艦<ナガト>でも、反応炉の全出力が推進器から主砲システムへと切り替えられる。主砲室では8枚の巨大な超電導フライホイールが青白い光を帯び、回転数を上げていく。5953、5981、5987、5989、6007、6011、6029、6037——各ホイール回転数は、あえて異なる素数へずらされていた。共鳴による異常振動を防ぐためだった。
管制室では改ゾデアック級と呼ばれる敵3番艦に向けた照準データが0.01秒単位で更新され続けている。距離2500キロ。光であればわずか0.008秒で届く距離。宇宙スケールでは目と鼻の先のように思える。だが、磁気の乱れ、微小な艦体の振動、双方の艦が繰り出す乱数加速回避——刻一刻と変化する双方の位置関係。探知と射撃照準は別の話しだ。1秒に満たない時間で放たれる8回のパルスレーザー射撃。その散布界は砲戦距離の0.01~0.02%、つまり2500キロ先では直径250~500メートルに及ぶ。こちらに艦首を向けた敵の直径は20メートル。当たるかどうかは、計算を尽くしても運頼みだった。
射撃手が演算AIのアシストを受けながら、引き金を絞り込む
主砲発射機ではフライホイールから受け取った電力の奔流が一瞬で光束へと変換され、暗黒の宇宙へ解き放たれる。0.1秒後には次のフライホイールから受け取ったエネルギーで再び発振。1秒未満で8連射のパルスを放ち切った主砲発射機は、膨大な廃熱を削ぎ落とすべく全力冷却へ移行する。空になった8枚のフライホイールは、次の斉射に備えて再び加速を開始した。
初回の斉射は金星連が98発、地球が108発。
最初の3分間では、金星側の408発に対して、地球が556発。
命中は<アクエリアス>の第二斉射が<フリードリヒ>の装甲を掠めただけで有効打は出なかった。
デブリに偽装した観測ビーコンが金星艦隊へ着弾修正データを送信し、直後に敵副砲の光束で焼き払われる。その頃、後方の暗闇に潜んでいた九六式宇宙攻撃機隊が、一斉に加速用のロケットに点火した。
<サジタリアス>のブリッジで、パープルトン中将が叫ぶ。
「敵新型戦艦の主砲、推定出力4ギガジュール以上! 46センチ級の極大パルスレーザーです! それと……前方5000キロに多数の熱源反応! 九六式宙攻と推定されます!」
距離は2300キロに縮まる。
<ビスマルク>の第八射が<ピスケス>の装甲にはじかれた。
直後に反撃された<ピスケス>の第九射、第十射が<フリードリヒ>を捉えた。
だが、内部の流動性熱吸収材をわずかに蒸発させるにとどまる。
<ビスマルク>の第十射も<アクエリアス>を捉えたが、弾かれた。
距離2000キロ。この距離における光束の命中率は、1パーセント未満。
だが、<ムサシ>の第十一射が、ついに<サジタリアス>副砲に命中し、根元から蒸発させた。
大量の冷却材も宇宙空間へ吹き飛ばされる。
他にも艦隊全体で6発の命中を出したが、残りは互いの「生きた装甲」の優秀さを証明しただけだった。地球側も9発の命中を記録したが、有効打には至らない。
吹き飛ばされた副砲の残骸を、シーマ大将は冷ややかな目で見つめていた。
「敵新型の主砲、バケモノじみた威力だわ。一撃でこちらの耐久値を20パーセント近く持っていかれた。こちらも命中は出しているのに装甲を抜けない……太陽の眩しさも計算外ね。敵の観測ビーコンもシャクに触るわ。それに……伏兵の九六式宙攻、位置が遠い。加速を長くとれる。正面からの超高速爆撃の可能性大ね。直衛のシリウス8機を、今すぐ九六式宙攻に向かわせて!九六式が300kmまで接近したら、左側の6隻は主砲を止めて九六式への対応を優先」
そして、次は、地球側の番だった。
<ピスケス>の第二十射が、さっきのお返しとばかりに<フリードリヒ>の副砲を叩き潰し、多量の冷却材を蒸発させた。
さらに<タウラス>の第十八射が<ビスマルク>の熱吸収ラインを破壊し、白い冷却剤を宇宙に撒き散らす。
金星の反撃で<フリードリヒ>の第十六射も<カプリコン>に有効打を与えたが、僅かな蒸気模様を上げさせただけだった。
距離1500キロ。命中弾が一気に跳ね上がる。
<フリードリヒ>の第二斉射が再び有効打を与えた。先ほどより大きい熱爆発だが、<カプリコン>の射撃ペースは落ちない。
<フランチェスコ>の第二十八射も<キャンサー>を捉えたが、致命傷には程遠い。
その直後、<キャンサー>の第三十射。41センチレーザーの直撃が、<ヒュウガ>の戦闘能力の半分を奪い去った。
<ピスケス>の第三十五射も有効打となったが、<フリードリヒ>はまだ耐えている。
砲戦開始から二十分。両艦隊の距離は1100キロまで詰まっていた。
互いの肉を削ぎ落とすような超至近距離の殴り合いの中で、ついに戦局が大きく動き出そうとしていた。




