サラマンダー追撃⑥
宇宙戦艦<アクエリアス>のブリッジは、緊迫感に包まれていた。
「前方10万キロメートルに大型艦の加速反応! 艦影データ照合……金星軍のムサシ級大型戦艦と推定! 本艦との接触まで、あと5時間です!」
レーダー手の叫び声に、ローラ艦長は冷徹に指を指し伸ばした。
「『子猫』の真後ろにつけなさい! 主砲は拡散モードのまま、照射範囲を最小限に絞って集中射撃! 核熱ロケットの高温噴射に遮られていても、100発に1発くらいは貫通して届くはずよ!」
(……本当は、真後ろから長時間追っかけるなんて爆雷をぶつけられるリスクが高すぎるから避けたいけれど、救援の大型艦が迫っている以上、言ってられないわね)
ローラは不敵に微笑みながら、全艦へ警告を発した。
「子猫ちゃんの『おしっこ(爆雷・パージデコイ)』に注意しなさい。副砲は迎撃体制を維持、警戒を怠らないこと!」
サラマンダーの後方3万キロメートル。
<アクエリアス>はサラマンダー艦尾の推進ノズルに向けて、毎分6千発におよぶ細かなレーザー網を執拗に浴びせ続けた。
その大半は、ノズルから猛烈な勢いで吐き出される高温・高速の水蒸気噴射によって減衰・拡散された。しかし、連続射撃が20分を超えたその時――。
『――着弾! 敵艦の推進ノズルを破砕!』
一発のレーザーがノズルを貫通・切り裂いた。
サラマンダーの艦尾から激しいプラズマの炎が消え、そのまま漆黒の闇の中へと慣性漂流を始める。
「――子猫の足が止まりました!」
「よし! 直ちに接舷して、中の男たちを一人残らず『保護』するわ! 陸戦隊、突入用意!」
「「「キャーッ!! やったーッ!!」」」
アクエリアスの艦内から歓声と歓喜の悲鳴が上がった。
ついに、ついに念願の「生捕り」が目の前まで迫った――その瞬間。
『――警告! 艦首センサー群に異常発生!』
けたたましいアラーム音とともに、メインモニターの映像が暗くなる。
レーダーには一切映らない「黒い雲」――ステルス塗料をベースに緊急調合された粘着性のレーダー吸収微粒子の雲が、すれ違いざまにアクエリアスの船体を包み込んだのだ。
「センサードームに粘着性吸収剤が付着! 前方メインレーダー、光学カメラともに性能低下!」
「装甲表面にも大量付着! レーザー光線の反射率が著しく低下……防護性能が極度に悪化しました!」
「なっ……!?」
ブリッジ内の歓声が一瞬で引きつった悲鳴へと変わる。
サラマンダーに接舷して男性陣を確保・拘束するのに必要な時間。
迫り来るムサシ級の予想接近位置。
そして、センサーと防御力を同時に奪われた現在の危険すぎる状態。
(……ここまで……ここまで追い詰めたのに……!)
ローラは唇を強く噛み締め、血が滲む思いで拳を握りしめた。これ以上の深追いは、救援艦の主砲によって自艦が撃破されるリスクが高すぎる。
「……全艦……反転……! 追撃を中止し、脱出軌道へ移行しなさい……!」
断腸の思いで下された撤退命令。ブリッジに重い静寂が降り積もる中、ローラは静かに指示を出した。
「……敵艦へ、通信を繋ぎなさい」
ローラは背筋を伸ばし、一人の優秀な軍人として、そして一人の魅力的な女性として語りかけた。
「――初めまして。地球軍宇宙戦艦<アクエリアス>艦長、ローラ・スペンサーです。……貴方の素晴らしい知恵と勇気に、心からの敬意を表します。残念ですが……今回は皆様を地球へお連れすることはできないようですわ」
数秒の沈黙の後、スピーカーから帰ってきたのは、どこか疲れ切りつつも、飄々とした男の落ち着いた声だった。
『……こちら<サラマンダー>艦長、大西健吾だ。……ハハ、こんな美人に追いかけていただいたのは男冥利に尽きる、光栄だよ。ご一緒できないのは誠に残念だが……なにぶん、我々の「家」はもう目の前なのでね』
その声を聞いた瞬間、ローラの胸の奥がキュッと熱く締め付けられた。
彼女は愛おしそうにモニターを見つめ、熱い吐息とともに囁いた。
「……さようなら。またね、ダーリン♪」
場面変わって、サラマンダーのブリッジ。
「敵の艦長、スゴイ美人でしたね。お胸も超弩級だったし。ところで、どうして、音声だけで返したんですか?」
「マリオみたいな目に合いたくないからな。こんなオッサンの絵に需要あるか知らんけど」
◆ 2日後――<サラマンダー>のブリッジ。
「ふふふ……やっぱりありましたよ、艦長!」
キャロル技官がタブレットの画面をこれ見よがしに大西へ突きつけてきた。地球軍の軍用通信の隙間から抜き出したという特殊な暗号データだ。
「何だそれは……? また地球軍のヘンテコな画像か?」
大西が覗き込むと、そこには【 艦むすこ・サラマンダー × オオニシ提督】と、美化されまくった自分の3Dモデルがいた。
「『艦むすこサラマンダーと大西艦長のBL(愛憎劇)』です!それから、VR用の艦長にそっくりな人の画像・音声データ。 いつ間にこんなケシカランものをキャプチャしてデータ化してたんすかね地球人は! 」
大西は言葉を失い、完全に白目を剥いた。
「いやぁ、身近な知り合の『いかがわしいネタ』って、背徳感がマシマシでゾクゾクしちゃいますね! 」
「キャロル……そのデータは没収。完全に削除だ」
サラマンダーは逃げ切った。大西艦長の尊厳以外は。




