英雄の引きこもり
金星の宇宙艦隊拠点――『ゴールデンゲート』。
数ヶ月におよぶ命がけの死闘と、地球軍の追撃を逃れ、重雷装潜宙母艦<サラマンダー>(であった物体)は、宇宙戦艦<ムサシ>に曳かれて母港に帰還した。
ドックの作業アームが船体を固定する様子を、大西は複雑な表情で見つめていた。
「……兵装なし、装甲なし、推進器なし、艦載機なし。残ったのは核反応炉と居住ブロックの一部だけか。大破どころか、廃艦処分確定だな」
隣で端末をパチパチと叩いていたキャロル技官が、苦笑いを浮かべながら頷く。
「ま、反応炉は新型ですからね! それ以外はスクラップでしょうね」
その時、大西の視線が隣の建造ドックに留まった。黒い船体が艤装中だった。
「……あの黒い船は何だ?」
「ん? 今調べますね……あれ?」
キャロルが首を傾げ、何度も端末をタップした。
「おかしいですね……基地内アクセスなのに拒否されました」
「内部回線ではじかれるだと……?」
不審に思いつつも、二人は指示に従い、基地深部にある軍令部司令処へと向かった。
司令長官室で待っていたのは、軍令部長や宇宙艦隊司令官ら最高幹部だった。
「――大西大佐、ボリス福長、キャロル技官。よくぞ無事に戻ってくれた。敵本拠地アースポートへの奇襲、並びに敵大型戦艦二隻の撃破……空前絶後の大戦果である!」
司令官たちから称賛の言葉が贈られ、軍令部長が一枚の辞令を差し出した。
「大西健吾大佐。貴公の功績を称え、本日付をもって『少将』への昇進を命ずる」
「は……少将、ですか?」
大西は目を丸くした。
「大佐に昇進してからまだ一年ちょっとですが……」
「ハハハ! 国民的な英雄だからな。安心しろ、ポストはちゃんと用意する。将官に怪しい潜宙艦の艦長をやらせるわけにはいかんからな」
「はぁ……ありがとうございます」
胃の痛む艦長職から解放されることにホッと胸を撫で下ろしながらも、大西は先ほどドックで見かけた黒い船が気になり尋ねた。
「……ところで、あのドックにいた黒い船は一体? 新型の潜宙艦でしょうか?」
軍令部長の顔から笑みが消え、厳しい軍人の顔に戻った。
「――高速潜宙攻撃母艦<キメラ>だ。新型6連射36センチレーザー砲に、レールガン24門。さらに艦載機を6機搭載。最大加速度は毎分毎分0.38キロメートル。当然、完全ステルス仕様だ」
大西は眉をひそめる。
「言いにくいのですが……今回の件で、地球軍の警戒ラインは、かなり厳しくなっているはずです。いくら高性能な最新鋭艦といえど、これ以上の奇襲は極めて困難かと……」
「分かっている」
軍令部長は深々と息を吐き出し、窓の外の漆黒の宇宙を見つめた。
「旧式艦ベースの船で、敵本拠地においてムサシ並みの最新鋭戦艦を複数撃破してみせた……しかも単独でだ。そうなれば、上層部や政治家どもはこう考える。『さらに高性能な船を送り込めば、もっと戦果が拡大できる』とな。……失敗して大痛手を負うまで、彼らの暴走は止まらんよ」
大西は黙り込むしかなかった。
キャロルが雰囲気を変えようと、手元のタブレットを差し出す。
「基地内のセキュリティが随分と厳しくなったようですが……内部回線からでも<キメラ>のデータには一切アクセスできませんでしたよ?」
その言葉が出た瞬間――。
軍令部長と司令官たちの表情が、一斉に引きつった。
「……ああ、それなんだがな」
軍令部長が気まずそうに咳払い(コホン)をし、眼鏡を外して眉間を揉んだ。
「大西……敵艦長との通信のことなんだが」
大西の背中に冷や汗が流れた。
「いや、軍紀違反とか言いたいわけじゃないんだ。ロマンの欠片が欲しい、美人相手にカッコつけたいという男心くらい我々も理解している。あの程度なら許容範囲だった……今まではな」
「あの……マサカ……」
大西の声が震えた。軍令部長は哀れみのこもった視線を大西に向けた。
「……『大西提督の好物はペンギンのシチュー』とまで細かく書かれておったよ。
地球軍の暗号通信の隙間に挟み込まれたデータ群だ。暗号自体は初歩的だから、簡単に解読できてしまう。中身の予想はついていても、敵の通信である以上、解読しないわけにはいかんのだ」
「通信解析チームのエンジニアたちが、今や目の色を変えて基地全体のセキュリティと通信暗号の全面見直しを行っているところだ。『自分のアイコラで変な写真や動画を作られてたまるか!』とな……」
「……」
大西少将は、その場に崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。
自分のプライベートな好みや(捏造された)恥ずかしい設定が、軍の上層部どころか末端の通信解読班にさらされ続け、それが原因で軍全体のセキュリティシステムが根本から改修されるという前代未聞の事態。
命と引き換えに失った「尊厳」は、あまりにも大きすぎた。
その後、大西は一週間部屋から出てこなかった。




