サラマンダー追撃⑤
宇宙戦艦<アクエリアス>が、非ステルスの目標「ガンマ」へ向けて進み出してから、5時間が経過していた。
「――全機関、加速停止」
艦長席のローラが突如として下した命令に、ブリッジの幕僚たちが一瞬息をのんだ。
「艦長? 追撃を中止するのですか!?」
ローラは問いかけには直接答えず、脚を組み替えて砲術長を冷たく見据えた。
「主砲を『拡散モード』に変更。目標はガンマ。準備が出来次第、撃ちなさい」
「拡散モード……!? 了解!」
拡散モード――それは、本来、主砲が持つ3.5ギガジュール9連装の高出力エネルギーを、0.01ギガジュールの細かなレーザー波に分割し、一斉に3000発の散布射撃する特殊攻撃モードである。
広大な宇宙空間において、発見困難だが防護能力を皆無に等しくした金星のステルス艦を、一気にあぶり出し、行動不能に追い込むために開発された地球軍の新兵器であった。
『主砲、拡散モード照射ーッ!』
無数の目に見えない細かな光線網が、暗黒の宙域を一瞬にして網羅した。
「――目標『ガンマ』、レーダー反応消失! ダミーだったようです!」
オペレーターの声に、副長が目を見開く。
「な……! 敵の罠を見破っていたのですか、艦長! 一体どうやって……!?」
(……ただの勘よ)
ローラは心の中でそう呟き、当然のように答えた。
「わざわざステルスを解除して堂々と姿を現すなんて、怪しすぎるでしょう。本物の『子猫』は、近くに潜んでいるはずよ。感知できる熱反応はなかった……ということは、大きな機動(エンジン噴射)は行わず、慣性で漂流しているはず」
彼女はホログラム上の「ガンマ」が消えたポイントを指差し、その周辺の空間を円で囲んだ。
「潜める範囲は、このダミーから1000キロメートル以内。『太陽側』が本命ね。燻し出すわよ。……姿を現すまで、撃ち続けなさい!」
◆
一方――潜宙母艦<サラマンダー>のブリッジ。
『 ダミー3、撃破されました! 敵艦から連続する微弱なエネルギー反応を感知!』
オペレーターの報告に、大西艦長は苦虫を噛み潰した。
「……ダミー3がやられたか。敵の攻撃パターンは?」
「おそらく低出力レーザーの広域大量発射と思われます! 発射数1000から5000、単発火力は0.01から0.03ギガジュールと推定!」
「切り離した艦首のダミー1と、RCS(姿勢制御)計算で作ったダミー2は敵の艦載機だけで処置……。本体のステルス外装の三分の一も注ぎ込んで、派手に『爆誕演出』までやってみせたダミー3までいきなりブチ抜かれるとはな。……とんでもない相手だ」
副長が引きつった顔で額の汗を拭う。
「敵艦、ショットガンのような広域制圧攻撃を継続中! 30秒おきに斉射を繰り返しています! 照射エリアが徐々に、確実に本艦へ近づいてきてますよ!」
今の<サラマンダー>は、もはや「軍艦」と呼ぶのも憚られる状態だった。
壊れた主兵装の四十連装レールガンは艦首ごと宇宙へ投げ捨てた。ステルス外装も、敵艦に面した側の一部しか残っていない。ダミーの制御のために艦載機も全て使い切った。
残されているのは、主機関と副砲。そして、工作用のステルス塗料で作った「模擬弾(上手くあたればレーダーを麻痺)」が数発のみ。
「……これ以上じっとしていれば、あのレーザー網に引っかかって蜂の巣だ。敵の網が届く前に動くぞ!」
大西艦長は拳を握り締め、腹の底から叫んだ。
「残ったステルス外装を全てパージ! 敵艦と反対方向へ最大加速! 友軍へ緊急救助要請を打電しろ! あと少し……あと少しだ! 逃げ切るぞ!!」
『了解! ステルス外装パージ! 主機関、最大加速ーッ!!』
サラマンダーは身を包んでいた最後の黒い装甲を脱ぎ捨て、むき出しになった船体から猛烈な推進炎を吐き出し、闇の中へ跳び出した。
◆
再び――<アクエリアス>のブリッジ。
「……射撃停止」
モニターの端で、突如として激しい噴射を開始した影を捉え、ローラはフッと満足げに口角を上げた。
「そうそう当たるものではないけれど……絨毯爆撃をじっと我慢し続けるのは難しいものよね」
「『子猫』を捕捉! 距離五万キロメートル! 加速度、毎分0.33キロメートル!」
「本艦もフル加速! 敵は常にこちらへ艦尾を向けながら逃げようとするはずだから……それを予測して、内側を回り込むように進路をとりなさい。この『子猫捕獲作戦』のためにわざわざ装甲を削ってまで装備した、新型核熱ロケットの真価を見せてやるのよ!」
「了解! アクエリアス、全機関フル加速! 進路、内回り追撃コース!」
最大加速度、毎分0.40キロメートル。
重い装甲を徹底的に軽量化し、最新型の高推進ロケットと、低出力の広域制圧レーザー(拡散主砲)を搭載する――。
貴重な最新鋭高速戦艦を、ここまでの「対・隠密艦(子猫)専用の奇想兵器」へ改装してしまった地球連邦軍。
その狂気と執念は、少なくとも『この局面的状況』において、完璧なまでの正解を叩き出していた。
逃げるサラマンダー(最大加速度 0.33km/分)と、追うアクエリアス(最大加速度 0.40km/分)。
圧倒的な速度差をもって、肉食獣の爪が「子猫」の背中に届こうとしていた――。




